誰かが彼にキスをした

ゆづ

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美村 綾

秘密基地

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 学校に着くと同時にチャイムが鳴ったので、私たちは一時間目が終わった後に再び会うことを約束した。
 待ち合わせの場所は、ひと気のない屋上前の階段の踊り場にした。屋上には常に鍵がかかっているため、近づく人は滅多にいない。内緒話には最適の場所だ。

 授業が終わると私は真っすぐ階段にやってきて、陽向が来るのを待った。

 もう夏なのに、ちょっとひんやりしている壁が気持ちいい。
 昔、陽向と一緒に遊んだ公園の、タコの形をしたすべり台を思い出す。タコの足に見立てた四つのすべり台の下はドーム型になっていて、いつでもひんやりと涼しかったのだ。
 私と陽向はその空間を「秘密基地」と呼んでいた。
 多分、近所の子はみんなそれぞれ同じように呼んでいたと思う。

『あそこは「ぼく」の
     「わたし」の「秘密基地」だった』って。


「なんか、ここって秘密基地みたいだなあ」

 呑気な声に振り返ると、陽向が階段を駆け登ってきていた。
 空気が揺れて埃が舞う。そんな様子も秘密基地に似ている。

「きったないけど、懐かしい感じがするよな」
「うん」

 あの頃と違うのは、陽向の背丈と私の気持ちだけみたいだ。


「じゃあ、誰から行く?」
「一番無さそうなところから潰して行こうか」
「俺にとってはみんな無さそうなんだけどなあ」
「誰がどんな動機を持っているかは分からないよ」
 陽向はチラッと私の顔を見た。
「うん、そうだな。確かめに行こう」

 一番可能性が無さそうなのは、養護教諭の美村先生だ。
 私たちは保健室に向かって出発した。
 
 冒険の始まりみたいで、ちょっとだけワクワクする。
 そんなふうに思えるのは今だけなのかもしれないけど。



 
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