誰かが彼にキスをした

ゆづ

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氷崎 玲奈

迷子の記憶

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「こ、こんなところに来る前に、陽向には行かなきゃいけないところがあるでしょ?」
 赤くなった顔を見られたくなくて、そっぽを向きながら言った。

「あ! そうだった! 昼休みに校舎裏! すっかり忘れてた」
 陽向はそう言うと、私の肘をグイッと引っ張り上げた。

「早く行こ! 先輩待たせちゃう」
「ちょ、ちょっと待って! 何で私まで!」

 陽向の大胆な行動に、周りがざわめいている。私はますます熱ってきた。
「先輩からの呼び出しぐらい、一人で行きなさいよ!」

 これは陽向が勝手にやっていることです。私の意ではありません。
 周囲にそれを強調するために、わざと突き放した態度を取ってみたけど、

「昴にそばにいてほしいんだ、お願い!」

 陽向は、子供の頃によく見たウルウル仔羊モードの瞳で最大級の爆弾投下。
 見事に返り討ちにあい、気づけば椅子から立ち上がらされていた。
 
 ああ。もうどうにでもなれ。

 完全に思考停止したまま廊下に出ると、後ろの教室から「今の何⁉︎」的な言葉にならない悲鳴のような声が聞こえた。
 
 ……もうあそこに帰りたくない。きっと針のむしろが待っている。
 これだから、陽向に関わるとろくなことがないんだってば。
 私を地獄に叩き落としたことを全く理解していない男は、また私の手首を掴んだまま廊下を爆進中だ。

「恥ずかしいから、手を放してよ!」
 陽向は私を振り向いて、嬉しそうに笑った。

「何がおかしいの?」
「なんか、子供の頃と逆だよね。俺たち」
「えっ?」
「昔はいつも、俺が引っ張られてたよね。すぐ迷子になっちゃうから、こうしていないとダメなんだって」

 私の頭の中にふと赤い風船が現れて揺れた。
 ああ……そんなこともあったっけ。
 あれは確か小学校一年生の時だった。
 
 

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