【完結】氷男子がダチョウ系男子に求愛されています

伊藤あまね

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*15 駆け抜ける野生な彼と、軽薄でも憎めない彼と

15章前編

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 夏休みが明けると、文化祭に次いで大きな行事である体育祭が開催される。小学校のあのリレーの忌まわしい思い出があるので、僕が最も嫌う行事でもある。
 仮病を使ってずる休みをするほどの度胸がないので、どうにか合法的に休める、いわゆる公欠扱いになる方法を模索した結果が、いまのように生徒会の役員などになって運営側に回ることだ。中学の時にそれに気付いて以降、僕はずっと生徒会役員に立候補し、役職についてきた。
 日々面倒な細々とした仕事はあることはあるけれど、特に明花高校は生徒会がもつ裁量や権限が割と自由なので、細々としたそれらを厭わないのであれば、結構楽しくはある。それに内申書にも書かれるという特典付きでもある。

「……とは言っても、炎天下に日長一日晒されるのを耐えるのって、やっぱかなりツラいな……」

 高校生ともなれば、大掛かりな全体練習などはしないけれども、それでも本番当日は暑い日差しに晒されなくてはならない。僕は得点係の責任者として、得点板を設置している空き教室に控えているけれど、それでも日差しの照り返しに顔をしかめてしまう。

「まあ、それでも私らは一応日陰にいられるんだから、マシじゃない?」
「それはそうだけど……」

 青川さんとそんなことを言いながら、競技で盛り上がるグランドに目をやる。いまはちょうどトラック内で障害走が行われているらしく、応援席は大いに沸いている。
 全校生徒を赤組と白組と青組に分けて得点を競うのだけれど、毎年のようにどの組も僅差で競り合っている状況だ。

(暑い中走り回るだけのことがそんなに盛り上がることなのかな……そんなにみんな、クラス愛なんてないだろうに)

 そんな冷めた目でグランドを見ていたら、次の競技が始まった。競技は、百メートル走のようだ。

「あ、百メートル? 楽田くん出るのかな?」
「陸上部の選手なのに出ていいものなんですかね? 公平じゃない気がしますけど」

 しかも、楽田は中学時代のものとは言え、日本二位の記録を持っているのだ。それを、ごく普通の生徒たちが太刀打ちできるわけがないと思うのだけど。
 すると青川さんは肩をすくめ、さあ? と言うように苦笑する。

「こう言ったらあれだけどさ、中学の時とは言え、記録持ってるほど陸上部ですごいのって楽田くんだけじゃない? だから、楽田くんだけ出ちゃダメ、なんて言いにくいから、そういうのはないと思うけど」

 確かにそれは一理あるかもしれないな……と、思っている内に、グランドがわあっと湧きあがった。青川さんと思わずバルコニーに出て見に行くと、どうやら楽田がスタートに立ったらしいのだ。
 春先の大会で好成績を修めたことと、僕に対する熱烈アプローチを含む陸上部の一件で、楽田はそこそこ校内で認知されているようだ。

「何かアレでしょ? ファンがいるって話じゃん、楽田くん」
「へえ……」
「イケメンで足が速くてギャップ萌えするくらいかわいくて、って感じで、人気らしいよ」
「……なんで僕の方見るんですか」

 何か言いたげに見てくる青川さんの視線と含みのある言葉に、ムッとして言い返していると、スタートのピストルが鳴り響いた。
 グランドの方に目をやると、六コースある内のどこに楽田がいるとは聞いていなかったのに、すぐにわかってしまった。真ん中の三コース目の選手が、スタートから他よりも身体二つ分くらい飛びぬけていたのだ。
 あ、あれだ。そう、認識したころには第一コーナーを曲がり、直線コースに差し掛かっていた。ひとりそこだけ切り抜かれたかのように、流れている時間や空気が違っているように見える程に、楽田だけが駆け抜けていく。
 速い、とかそんな形容ではありきたり過ぎてチープに感じられてしまうほどに、楽田の走りは別次元で、ダントツの走り、と実況する放送部の声が聞こえる頃にはゴールテープを切っていた。

「すごい……楽田の走り……」

 僕は走りについて、陸上について何も知らないし、寧ろ知りたくないと思って来ていた。だから、記録の話をされても、だから何だろうか、と思っていたし、練習を見ていても、「ああ、速いんだな」くらいにしか思っていなかった。
 でも、それを実際のレースを目の当たりにして、彼がどれほどすごい脚力の持ち主であるかを改めて思い知る。

「すごーい! めっちゃカッコいい! ダントツだったよねぇ」

 青川さんがはしゃぎながら僕にそう声をかけて来たけれど、上手く応えられない。それくらいに、圧巻の走りだった。

「でもさあ、競技会だっけ? そういうのに行くとさ、あんな速い人ごろごろいるんだよねぇ。すごい……同じ人間とは思えない」
「……同感です」

 うなずく僕に、青川さんは、だよねぇ、と言い、一位入賞の選手だけが集められていく所に並ぶ楽田に向かって手を振っている。
 楽田はそれに気付いたらしく、手を振り返してくる。それに対して青川さんがきゃあきゃあとはしゃいで飛び跳ねている。それがなんだか、僕は面白くなかった。

(僕を好きって言う割に、誰にでも手を振ったり愛想よくしたりはするんだな……)

 呟いた胸の内の言葉に、僕は自分で驚き、顔が熱くなっていくのを感じて教室に戻る。暑さのせいにして、顔が赤くなっていくのを見られたくなかったからだ。なんだかまるで、僕が楽田の走りに見惚れていたように思われそうで、癪で。
 それでも、と、僕は時期に報告が来るだろう百メートル走の得点を待ちながら、考える。それでもやっぱり、楽田が走る姿はカッコいいと思えてしまうな、と。孤高で凛としていて、まっすぐにゴールだけを捕えている眼差しが、いつもの軽薄さが消えてぞくりとするほどで。
 だけどゴールすると、一転していつものあの音がしそうなほど軽薄な雰囲気に戻ってしまう。大きな黒目がちな目許を線にして、子どもみたいに手を振ったりして、あっという間にあどけなくなる。
 そのギャップを。女の子たちは良いというのだろう。そういう所がモテる要素でもあるのは、なんとなくわかって来た。
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