【完結】みなしごは不器用な海の神から愛を知る

伊藤あまね

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*三十二 神様と交わるということは

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 海璃が帰還して早々に神の仲間とする儀式としてのまぐわいを行うこととなり、慌ただしくムツが準備に取り掛かる。
 まぐわう寝台は清潔で真っ白な絹織物で覆われ、それを囲う天蓋の幕も上質の紗々さしゃのを用い、それは海璃がまとう着物にも使われている。布地なのに透けるように薄くて軽く、ほとんど着心地は裸同然だ。一応の下履きもつけてはいるが、あまり意味は成していない。
 湯あみの時に裸を知られているのに、微妙に見え隠れしている様が余計に羞恥心を煽る。海璃は先に寝台に通されて腰を下ろし、渡津海の用意が整うまでの間、ムツから最後の仕上げを施されていた。
 神とのまぐわいは神聖なる儀式であるりつつも、命のかかった重大な行為でもある。そのため、魔物に付け入られないために、魔よけとして目許と口許に紅を施すのだ。愛らしく大きな目許や可憐な口許に施された紅は、海璃の持つ艶やかさを際立たせ、幼い雰囲気から妖艶なものへと変貌させる。

「……さあ、出来上がりましたよ、海璃様。ああ、本当にお美しいです」

 感嘆の溜め息をつきながらムツは海璃を見つめ、やがて感極まったように目を潤ませてそっと袖で抑える。
 思えば海璃が竜宮にやって来てから十数年。無茶なことを言いだした渡津海に、押し切られるようにこの儀式のことを告げられていたムツは、長らく心配で仕方がなかったのだ。陸の子であった海璃を、無事に成熟までここで迎えさせることができるのか、その日を迎えることはできるのか。
 ようやく成熟までこぎつけられたと思った時の連れ去りの一件は、ムツを寝込ませるほどの大事となったというのだが、いまとなっては渡津海と海璃の結びつきを強固なものにした出来事になったのかもしれない。

「ありがと、ムツ……あと、いっぱい心配かけて、ごめんなさい」
「いえいえ……私ができることなんて心配することぐらいですから」

 泣き顔で苦笑するムツの言葉に海璃もまた弱く笑っては見たものの、これから待ち受ける行為を想うと、どうしても体が強張ってしまう。
 まぐわいがどのようなものであるか、一応の知識はあるものの、少し前に垣助の許で襲いかかられた恐怖が完全に拭いきれたわけではない。大きな身体に組み敷かれ、力のままに体に触れられる。それがどうにも海璃には恐ろしい記憶として蘇ってしまうのだ。
 膝上に握りしめる拳が震える。大丈夫、渡津海はあの男とは違う……頭でそう理解していても、想像が悪い方へと傾きがちになってしまう。
 その手に、そっとムツが触れ、海璃の目を見つめて呟く。

「渡津海様は、あなた様を、初めてお会いした時からお慕いしておりました。あなた様を想うあの方の御心はどんな宝石よりも美しく強固でございます」
「ムツ……」
「海璃様が、渡津海様の唯一無二の伴侶である神となるお力を賜れるよう、心からお祈りしております」

 最も近くでふたりを見守って来てくれた者の言葉は、強張る海璃の心と体に染み入っていく。
 やがて部屋にひとりきりとなった海璃は、先程よりも穏やかな気持ちで、寝台で渡津海が現れるのを待っていた。


 それからしばらくして、寝室の引き戸が開いた気配がし、そっと寝台の天蓋の幕がめくられる。現れたのは、海璃よりも深い色の紗々の着物をまとった渡津海だった。その姿に、海璃は無意識に息を呑む。
 日に焼けた褐色の肌は、鍛え上げられた厚い胸元と、無駄な脂肪のない胴回りを包み、肩の筋肉は隆起して彼のたくましさを際立たせている。
 目許には海璃と同じく紅が施されており、違っている点は唇の上ではなく、口角に紅を施しているところだった。
 先程湯あみで洗った髪は丁寧に梳かれて背中に垂らされ、淡く光ってすら見える。

『海璃』

 渡津海は寝台に座る海璃の隣に腰を下ろし、そっと海璃の頬に触れる。指先からは、海璃が初めて竜宮で湯あみをしてもらった際に洗ってもらった泡のにおいがする。懐かしさと安堵感で海璃が頬に触れる渡津海の手を取ると、そのまま渡津海の顔が近づいてきた。
 距離をなくし、唇を重ねる。幼い頃からの習慣で行っていた、ついばむようなそれではない、濡れた音を伴う深い口吸いだ。

「ンぅ……っふ、ンぅ……」

 こわごわ半開きにしている海璃の唇の間に、渡津海の舌が挿し込まれ、歯列をなぞってくる。まだ強張る海璃の舌を撫でながら上あごを擦り、じわじわと海璃の緊張を解こうとしてくるのがわかった。
 そうしている間にも渡津海は海璃の細い肩を抱き、そっと髪からうなじ、背を丁寧に撫でていく。決して気をはやらせる仕草ではないはずなのに、海璃の心音が逸っていく気がした。
 その感覚は呼吸にも伝播し、一度唇を解かれる時には走り回ったように息が上がっていたほどだ。
 頬を上気させ、潤んだ眼をして渡津海を見つめると、渡津海もまた、上気した目を向けてくる。眼差しはとろけるように甘く、海璃を心ごと包み込む。

『愛おしいぞ、海璃。お前と、ひとつに溶け合いたい』
「うん……俺も、渡津海、好き。一緒になりたい」
『いまから行うことは、とてもお前に負担がかかる。出来る限り取り除くが、完全に痛みや苦しみをないものにできるかはわからぬ。そして……儂が与える力によっては、お前の身が耐えうるかはわからぬ。――それでも、儂とまぐわってくれるか?』

 甘さの中に真剣な想いがこもる眼差しに、海璃は迷うことなく頷く。
 まぐわいの裏に死が潜んでいることに、怖気づいていないと言えば、嘘になる。
 しかし、自分でも驚くほど、海璃は渡津海と今こうして向き合えていることが嬉しくてならず、不思議と先程まで感じていた恐怖心が小さくなっている気がした。
 膝上に置いた手のひらに渡津海のそれを重ねられ、再び距離をなくす。今度は背に手を宛がわれ、ゆっくりと布団の上に組み敷かれつつ口を吸われる。ほどける脚をするりと割られ、紗々の着物の裾が開かれた。

「あ……」

 露わになった下履きの布地が、わずかに浮き上がっていることに海璃は気付き、恥ずかしさで脚を閉じようとする。しかしそれを、渡津海がやんわりと押し留め、ずいっと脚をより開いていく。一層あられのない姿になり、海璃は身体中が熱く火照っていく。

「っふ、ンぅ……」
『しなやかで健やかな体に、よう育ったな、海璃……良く、見せてくれぬか』

 先程湯あみで見せたようなものなのに、改めてそう乞われ、海璃は一層恥ずかしくなっていく。しかし、渡津海から向けられる眼差しの熱さに抗う気は起きず、小さく頷いて自ら帯を解いていく。
 はらりと帯を解くと、待ち構えていたように渡津海の手がそれを捲り上げる。露わになった肌は、湯あみの時よりも赤く染まっている。
 そこに、渡津海が屈みこむように顔を近づけ、すぅっと舌を這わせ始めた。曝された腹部やへそ、そして左右の腿を丹念に味わうように愛撫が始まる。
 しかも、指先はめくりあげて露わになった胸元に触れ、小さな突起を摘まむ。その甘い痛みに、海璃は堪らずに声を漏らす。

「ッあぅ! ッや、ンぅ」
『海璃の肌は菓子のように甘いな……お前だからなのか、愛しい者の肌とはそういうものなのか……』
「ッは、あぁ!」

 甘いあまいと呟きながら続く渡津海の愛撫は、くすぐったさを伴いつつも、海璃が甘い痺れを覚えるところを探り当ててはそこを刺激してくる。そのせいか、下履きの中の海璃の性器が先程から何かをにじませている気配がする。
 まるで精通で、あの白い何かを吐き出してしまった時に近いような感覚に、海璃は抗うように首を振り、身を捩る。

「や、あ、渡津海……何か、漏れ、ちゃ……出、そうぅ……」
『良い、心地よいという証しだ。気にする事はない』
「あ、ああ! ン、ンぅ! っや、あぁ!」

 一層激しくなる愛撫に海璃が悲鳴じみた声をあげ、慌てて口を自分の手で塞ぐ。思っている以上にはしたない声が出て驚いたのだ。
 こんなあけすけな声なんてあげたら、ムツにまで聞こえてしまうし、何より渡津海が呆れるのではないだろうか。恥ずかしさで一層海璃の肌が赤くなっていく。
 しかしその手を、渡津海がつかんでほどき、耳元に近づいて囁いた。

『構わぬ。聞かせてくれ、海璃』
「で、でも……っは、あぁう……」
『お前が甘く声をあげる程に、儂も喜びを感じるのだ』
「渡津海も……嬉しい、の?」
『そうとも……だから、躊躇うことなく、声をあげてくれ。儂はお前をしあわせにしたいのだ』

 囁きと共に溢される吐息交じりの言葉が、耳たぶに触れ、聴覚を通じて海璃を痺れさせる。ぞくぞくとするそれは心地よく、海璃はうっとりと眼を閉じ、小さく息を吐く。
 気持ちがいい――味わったことがない感覚に、海璃は視界が潤んで揺れる。こんな形のしあわせを、愛しい人と交わせるのかと思うと、それこそがしあわせだと思えた。
 これ以上のしあわせを、渡津海と。それが、まぐわいというものなのだろう。
 命も懸ける、危険を伴う行為ではあるのだろうが、それでも、愛しいものと繋がり溶け合えることに変わりはないのではないだろうか。海璃はそう思い、渡津海を抱きしめて答える。

「――一緒にしあわせになろう、渡津海」

 海璃の言葉にうなずく代わりに、唇が重なり合う。水が交じり合うような音を立て始めたそれが、神事であり情愛を交わす、神とのまぐわいの始まりの合図だった。


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