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act14 なれそめ
しおりを挟む下戸で全く酒の呑めない匠は、
黒いセルの眼鏡を照れくさそうに押し上げ、頬を染めた。
その夜から、匠は蛍子にとって特別なひとになった。
それを表に出すことはなかったが、今度は匠が積極的に蛍子に
関わるようになり、楽器合わせにかこつけて、
密に時間を過ごすようになった。
蛍子がサークルに入ったときから
匠が興味を持って目を留めていたことを知ったのは、
年明けに、ふたりで初詣に行ったときのことだ。
年末、匠からのプロポーズで、
ふたりはカレシカノジョのおつきあいをはじめていた。
秘密裏につきあっていたので、サークル内にそのことが
知られるようになったのは、半年以上後のことであった。
同じバンドで活動する以上、リード・ギターとキーボードが
ふたりきりで居ることを訝しく思う者はいない。
しかも、女ッ気はないけれどモテ要素満載の匠と、
敬意は払うけれども誰に対しても態度の変わらぬ蛍子である。
表向きの距離感は縮んでいないから察せられるヒントがない。
それがバレたときの女子学生たちの慟哭と、
男子学生たちの驚愕は推して知るべしだが、
「ショー先輩は、女を選ぶときに中身で選ぶ」
と、匠はますます株を上げた。
なかなかにシツレイな話のようでもあるが、
蛍子にとっては、とても誇らしい評である。
「原さんは、ほかの女の子たちとは違っていたから」
匠は言う。
「女の子らしくないところが、いい」
そんな風に思ってくれるひとを蛍子は待ち、そして得た。
匠先輩にとって特別な存在は、わたしだけ
おつきあいをはじめてから今の今まで、
何度も反芻をしてきたその考えは、
蛍子をいつも勇気づける。
女として?
音楽の同志として?
何でもいい。
今、匠が自分の頬をなで、髪に指をからめてくる
優しい感触を愉しめばいい。
蛍子は匠の唇に軽く自分の唇を重ね、舌の先でなぞった。
匠がくすぐったがって身をよじるのに構わず、
そのまま口元から顎、首筋にかけて蛍子は柔らかく唇を滑らせていく。
蛍子と匠の親密な時間のはじまりだが、
身体中に温かい掌を感じ、蛍子は匠の胸に顔を埋めたまま
快い眠りに誘われてしまった。
ゴメン、明日たっぷり埋め合わせするから…
夢うつつの蛍子の声が匠に届いたかどうか。
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