2 / 5
第2話
しおりを挟む酒の銘柄を春冷花酒という。
春花の一種である桜の花びらの入った酒で、少々甘いがきりりとした舌触りが特徴だ。酒のつんとした香りの中に、春花の芳醇な香りも混ざっていて、香りだけで酔いそうになる。
また酒の中に入っている花びらは塩漬けされているため、食むとその塩気と酒が絶妙に合った。
今宵、酔うにはとてもいいお酒だと、叶は思った。
何より咲蘭が自分を叩き起こしてまで酒に付き合わそうと、わざわざ来たのだと思うと、それだけで胸の中が暖かくなる。
普段であれば正面に座る咲蘭も、今日は叶の隣だ。
いつもは『男』を意識して胡坐に座るが、今は無意識に『女』を意識しているのか、しおらしい座り方をしている。
口に出して言えば咲蘭の性格上、意識して『男』であり続けるだろうから、叶は何も言わず、ただその無意識に向けられた自分への『好意』を見守ることにする。
時折、衣擦れの音とともに咲蘭が足の向きを変える。
夜着の裾の隙間から、ちらちら見える白い足首に、思わず目を背けてしまう叶だ。
叶に酒を注ごうとした咲蘭を、叶は笑みで制して、咲蘭の杯に注ぐ。咲蘭はそれを、とても美味しそうに飲み干した。
咲蘭は酒が強い。
叶もどちらかと言えば強い方であるが、咲蘭には負ける。真剣に勝負をしたことはないが、そんな気がする。あまり酔ったという印象がないのだ。むしろ変わらない気がしている。
「咲蘭は、強いですね? お酒」
「仕事の関係上、鍛えられましたからね。あの人に」
あの人、という言い回しに叶は、咲蘭に気付かれない程度に、先程までの表情を少し、曇らせた。
「……ああ、紫雨、ですか? 確かに強いですね」
咲蘭と紫雨は仕事上、共にあることも多い。すると必要上、共に食事を共にすることも多いのだ。
始めの内は自分の加減が分からず、悪酔いをすることもあった咲蘭だったが、紫雨と食事を重ねる毎に共に酒を楽しめるまでになっていた。
叶と飲む機会もあったが、気付けば咲蘭は自身の加減を理解していた。
それがどういうことなのか、わからない叶ではなかった。
「麗国で一番値が張って、強い神澪酒をまるで水のように飲んでましたからね」
懐かしむような口調の咲蘭に、叶は無言で自分の杯に残る酒を仰いだ。
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる