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Ⅵ 女王

夜明けの女王 Ⅲ

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『卵と小麦粉を混ぜてしまえば、もう決して二度と元には戻らない様に、私はこの化け物と混じり合い一つになってしまった……だから猫弐矢ねこにゃさまの大切な故郷を壊したのも村人達をさらって食べてしまった事も、全て半分は私の罪の様な気がします……もう私の事は忘れて下さい。だから気を落とさないで猫弐矢さま……』

 膝を折りガックリと肩を落として泣く猫弐矢を、加耶クリソベリルのホログラムは手をかざして慰めた。美柑みかにはそれが加耶からの別れの言葉に聞こえた。

「卵と醤油の場合はどうですかな?」
「ショーユが何か分からんが、今以降下手な事言ったら顔の原型留めん程タコ殴りにするぞ。お前の為だからな?」

 セレネはわざわざ拳を見せて警告した。

「そんなのおかしいよっ! 加耶さんは怪物に襲われてただけなのにっ加耶さんの責任な訳が無い! なんとか救出出来ないの?」

 メランがやるせないという感じで叫んだ。

「僕は決めたよ! 此処に住む。此処にテントか小屋を建てて加耶ちゃんと一生一緒に暮らすよ。そうでなきゃ荒涼回廊のお母さまに顔向けが出来ない。クラウディアの事はちょっと心配だけど、猫呼ねここに戻ってもらうよ、あの子なら立派に治めてくれるだろうさ」

 突然起き上がった猫弐矢は幻影に手を置いて、しっかりした声で決意した様に語った。

「猫弐矢さま……」

 フゥーはそれ以上何も言えない。

「住めば都等といいますし、なんと立派な男の鏡ですなあ」
「お前が荒涼回廊から連れて来たんだぞ!?」

 指をさして突っ込んだセレネも連れて来た当事者である。

『結構です……お母さまはちゃんと分かってられます。一人で旅立った時から死ぬも生きるも私の自己責任だから……だからそんな責任感で此処に住むとか言わなくとも結構ですから』

 加耶のホログラムがぷいっと横を向いた。

「違う! 責任感で言ってるんじゃない。折角こうして生きてた加耶ちゃんと此処で暮らしたいんだ。此処は静かだし自然も多い、此処で虫の音を聞いたり本を読んだり、一生それで良いよ、君と一緒なら」

 言い終わると一瞬サーッと風が吹いて木の葉と草がなびいた。その言葉を聞いて加耶は静かに涙を流していた。

『もう帰って下さい……』

 パシッ!
 突然見えない力で猫弐矢は弾き飛ばされた。

「……何を加耶ちゃん!?」
『もう帰って下さい顔も見たくない』

「うううっ酷い……」
「セレネさん声を詰まらせてどうしたんですか?」
「何とかしろよ砂緒」
「何をどうするんですか? 一件落着ですよね!?」
「お前本気で嫌いになるぞ」
「嘘ですよ嘘。だから小声で話してるでしょ?」

 さすがに砂緒ですら緊迫した場面だと分かって、大声で冗談を言える状況では無かった……

「紅蓮何とかならないの?」

 美柑も小声で紅蓮に問うたが、彼もどうして良いか分からず黙ったままだった。最近全く取り上げていないが、ちゃんとフェレットも彼女の肩の上で深刻な事態に困り果てている。

「加耶さん、初めまして雪乃フルエレです。もう少し冷静になって、時間を掛ければ解決法が見つかるかもしれないわ、何とかなるかも」

 居たたまれなくなってフルエレが前に進み出て二人の間に入った。

『ありがとうございますセブンリーフの女王陛下……貴方が来てくださって本当に良かった。砂緒さんに直接頼むのはシャクだけど、美しくお優しそうな貴方のお顔を見れて決心が付きました。貴方になら心から最後の願いを頼む事が出来ます……』

 ホログラムの加耶は両手を揃えて頭を下げた。皆が一体何を頼む? と疑問に感じると同時に、不吉な事を予想せずには居られなかった。

「加耶ちゃん何を?」

 猫弐矢が再び加耶に向き直す。

「何……かしら?」

 フルエレも加耶の目を見た。

『女王陛下お願いします。私がこの地にいると今後どんな不吉な事をしでかすか分かりません。ですから貴方の家来の砂緒さんにお頼みして、あの荒涼回廊でも見た凄まじい威力の雷で私を千岐大蛇ちまたのかがち中心核ごと消して欲しいのです。硬い表皮の無くなった今なら思い残す事無く欠片も残さず消え去る事でしょう……』

 彼女はきっぱりと言い切った。

「そんなバカなっ!」
「そうよ、駄目よ……」

 猫弐矢とフルエレは同時に言ったが、声の調子は真逆であった。フルエレの声には力は無かった。本心では何処か残酷にもう仕方が無いと思う部分があったのかも知れない。もちろん優しい彼女は、そんな自分の気持ちを認めたく無いだろうが。

「え、えらい深刻な話になりましたなァ、私雷撃つんですか?」
「撃たないよ……撃たせないよ」

 さすがに砂緒も過去の一瞬の事とは言え、いきなり元仲間の女性の命を絶つ事に手を貸すのは気が引けた。セレネは砂緒がいきなり笑いながら撃ったりしないで少しホッとした。

「砂緒くん、雷を撃ったら僕は君を一生許さないよ」
「勝手に決めないで下さい、私にも決定権ありますから」

 砂緒を睨む猫弐矢の眼光が余りにも鋭くて砂緒は冗談を言う隙も無かった。

「女王陛下?」

夜宵やよいお姉さま)

 フゥーと美柑がほぼ同時に黙ったままのフルエレの顔を見た。

「加耶さん分かったわ、貴方の願い叶えて上げる」

 フルエレは静かにだがハッキリと言った。

(え何で、お姉さま!?)

「フルエレさん!!」
「女王陛下っ酷いよ」

 美柑が内心驚き、セレネと猫弐矢が叫んだ。

『有難うございます女王陛下』
「そうよ、貴方の生きて猫弐矢さんと一緒に帰りたいという願いを絶対に叶えるわ」
『え?』

 加耶のみならずその場にいる全員が驚いた。

「フルエレちゃんどうやって叶えるんだい?」
「フルエレ、あまり無責任な希望を持たせるのも残酷という物です」

 紅蓮アルフォードと砂緒がほぼ同時に話し、お互いがじろっと睨み合う。

「私が……混ざってしまった卵と小麦粉を別けてみせるわ! だから砂緒、加耶さんの言う通り雷を撃って上げて……」
「は? 本気ですかフルエレ」

 今度は突然撃てと言われて砂緒がギョッとした。

「でも、その後に私と砂緒とセレネの蛇輪の回復と、紅蓮くんの白鳥號の回復で二機で絶対に加耶さんだけを蘇らせるわっ!!」

 フルエレの宣言に皆が一瞬ポカーンとした。

(いや……まさかフルエレちゃんは、そういうテイで加耶さんの自死を手助けして上げる気か? そうだとすれば残念だな……)

 紅蓮は口には出さなかったが半信半疑であった。

「あたしはフルエレさんは本気なんだと思う。いつも無茶やらかすお人だからな。あたしは信じるよ」
「セレネが信じるなら私も当然信じますよ」

 砂緒はセレネの手を握った。

「加耶さん、本当にもう此処で一人生きるのも、猫弐矢さんと一緒に住むのもどちらも絶対に嫌なのね?」
『……はい。女王陛下のお心遣い有難く思います。心置きなく砂緒さんの雷に撃たれます』

 加耶は清々しいくらいに言いきった。

「僕は嫌だっ! そんな提案飲める訳が無い、そんなの出来っこないよ!!」

 だが猫弐矢は最後まで泣きじゃくって反対した。

『お願いします、お聞き下さい。それが民を率いるクラウディア王のお勤め。だけど最後にキスを……』

 その言葉にかなり長い間猫弐矢は固まった。そのまま誰も何も言わず猫弐矢の決心を見守った。



「ああああ、僕は承服したつもりは無いよ……だけど、それが加耶ちゃんの願いなら」

 言いながら加耶のホログラムに震え泣きながら唇を重ねた。

「美柑、白鳥號に一緒に乗って! 僕だけじゃ到底無理だよ」
「う、うん……やってみよう!」

 美柑は紅蓮が差し出した手を素直に掴んだ。

「猫弐矢、君も来るんだ。君も白鳥號の中で強く彼女をイメージし続けるんだ」
「うぐっっぐ、うううっ……加耶ちゃん」

 猫弐矢はそっと触れられない唇を離すと、差し出された加耶の手を最後まで名残惜しそうに透過して握り合いながら、指先がするりと離れ行くまで見つめ合い泣きじゃくりながら踵を返し若君に従った。

兎幸うさこも白鳥號に乗って上げて!」
「う、うん」

 兎幸も後に続く。

「私は蛇輪に乗って良いですか、女王陛下」

 フゥーは加耶の手前、もう猫弐矢と同席する事は出来なかった。

「来て頂戴」
「じゃあ私も蛇輪に乗っていいの?」
「そうね、もう一人乗りの白鳥號は満杯ね、来てメラン」

 最後にメランが蛇輪に乗り込んだ。

「ううっ加耶ちゃん、必ず蘇らせる!!」
『ありがとう猫弐矢さん』

 最後は加耶は笑顔で猫弐矢を見送ってスーッと消えた。


『巨大化!!』

 全ての乗員の割り振りが終わり、最後に砂緒が蛇輪の巨大化を念じた……最大威力の雷で苦しまずに中心核を一瞬で消し去る為だ……

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