【紅玉の盾】

隆臣

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●季節・イベント系エピソード

💙バレンタイン

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【相楽28歳頃のお話】

 騎士団の寮、自室のソファに腰を下ろして新聞を読んでいた、ある夜のことだった。

「相楽」

 ベッドにひっくり返っていた城月隆臣しろつきたかおみが隣に来たので、何事かと手を止める。一瞥すると、ニマニマと嫌な笑みを浮かべていた。こういうとき、大抵この男はくだらないことを考えている。それはもう嫌というほど経験済みだ。

「今月の14日のご予定は?」
「14日……? 特に何もな──」

 言いかけてふと思い出す。今月は2月だ。つまりこの男は……

「おやおや、数々の女性にキャーキャー言われているあの相楽さんが、14日にご予定の一つもないのですか?」

 案の定、くだらない内容でため息をつく。バレンタインのマウントを取りたいのがバレバレだ。無視してもいいが、それはそれで後が面倒くさくなるのは目に見えている。

「そう言うお前はどうなんだ。臣」

 早く終わらせるため、仕方なく心にもない質問を投げかける。すると、よくぞ聞いてくれたとばかりに城月が胸を張った。

「ふっふっふ、素敵なレディとデートに行ってきますよ。デートです。ふふふ」
「はぁ」
「それだけですか?」
「そうだな」

 話が長くなりそうな気配を察知し、新聞に目を戻す。そして紙の隙間から様子を見れば、ムッとした表情を城月は浮かべていた。

「さすがおモテになる方は違いますねぇ」
「お前から色っぽい話なんて、こういう時くらいしか出ないもんな」

 売り言葉に買い言葉、そんな風に聞こえるかも知れないが、こんな会話は日常茶飯事で、だいたい暇に感じた城月が構って欲しさに言ってくる時が多い。二言三言言い返してやればそのうち居なくなるのだが、案の定、城月は「イーッ」て顔してその後すんなり離れ、デスクに腰掛けた。

 城月には過去に婚約者がいたことがある。相手は10歳年下のこの国の王女だった。下級貴族な俺とは違い平民である城月が婚約者に選ばれた理由は『奇跡の子供』であるから以外になく、慣れぬ貴族社会に相当苦労したと聞いている。さらに真面目すぎる性格が仇となり、幼い王女のわがままを真に受けてひたすらに振り回され疲弊。最後には王女側から“社会的に抹殺される”ようなえん罪をかけられて婚約を破棄された。後に王女側の言い分は虚実であったと証明されたものの、1度広まった話を完全に拭うことは不可能で、傷を持つ男となった城月の相手をする女性など現れるはずもなく、そういった話は一切城月から聞こえることはなかった。
 そんな中でのデートの話。まぁ良かったんじゃないの?と喜ばしい事ではある。そう思いながら視線を城月に向けると楽しそうにバレンタインの準備をしているのが見えた。

「何ですか?」

 気付いたのか目を細める城月が『本当は羨ましいのでしょう?』と視線で訴えてくる。
 俺は呆れて席を立った。

「何でもねぇよ」

 ◇◇◇

 来たる2月14日。世はバレンタインデー。
 昼過ぎから『この服じゃダメですね、やっぱりあの服じゃないと』などと騒ぐ城月が気に障り、1人外に出て早1時間。
 何をするでもなく黙々と散歩をしているのも飽きて、そろそろ宿舎へ戻ろうとした時、ピンクの花々で作られた花束を抱えた城月が大通りを歩いているのが目に入った。
 こんなところまで来てあの男と遭遇するとは、腐れ縁か悪縁か、やれやれと思いながら道の角を曲がろうとしたその時、

「隆臣さん!」

 城月を呼ぶ随分と幼い大きな声が耳に届いて反射的に振り返る。

「はるなさん~! ゴメンなさい、迎えに来るのが遅れて。一人で怖くなかったですか?」

 瞳に飛び込んできたのは、父娘ほども歳の離れた少女を抱き上げて、嬉しそうに一回転する城月の姿だった。

 いやいやいやいやちょっと待て!あいつは先日素敵なレディーとデートすると言っていなかったか? アレはどう見てもちんちくりんな子供じゃないか。いや、臣のことだから年齢問わずレディと言いそうだとしても……!
 衝撃に痛む頭を片手で押さえながら、距離をとって城月らの様子を伺う。
 城月から花束を笑顔で受け取る可愛らしい少女。歳のころは10歳位に見える。フリルやリボンのついたおしゃれなワンピースに、これまた可愛らしいコートを身に纏っていた。
 城月は城月でそんな少女の前に片膝をついて恭しい態度で対応している。
 二人の様子は歳の差さえ除けば姫と騎士的な雰囲気の恋人同士のように見えなくもないが、城月の過去を思えば幼い子供の相手などトラウマ以外の何物でも無いだろう。
 一体あいつは何をやっているんだ、大丈夫なのか?と、声をかけようと思ったその時、少女から手荷物を預かった城月がふとこちらを向いたような気がした。
 慌てて物陰に隠れてその場をやり過ごす。
 一体俺は何をやっているのだろう。首を振って恐る恐る覗き込めば、歩き出した二人の後ろ姿が。そして、それに釣られるように俺の足も一歩踏み出していた。

 ◇◇◇

 城月と少女は繁華街を通り抜け、美術館に立ち寄り、あちらこちらと少女が好みそうな店舗を巡った後、やがてホテルに併設されたお洒落なレストランの中へと消えていった。
 その背を離れた場所から見送った俺はホテルのロビーの片隅にあるソファーに腰掛け、天井を見上げた。

「ストーカーかよ……」

 ポツリと呟く。
 自分でも何をやっているのか、あきれを通り越して絶望すら感じ始めてきていた。それなのに、どうしても気になってしまっている自分に嫌気がさす。
 いい加減帰ろう、そう思って立ち上がったとき、目の前に見知った姿が立ち塞がった。城月だ。

「相楽さんや」
「あ。ああ、臣、偶然だな……」
「偶然?」

 城月の表情は硬く、普段の軽い雰囲気とは程遠かった。これはバレてる。そりゃ怒るか……。腹を括って頭を下げる。

「悪い、付き纏うつもりは無かった。街でお前を見かけたのは偶然なんだ。ただその、デートの相手というか、恋人にしては幼すぎる相手に驚いて……。お前の過去もあるし……。その……なんだ、声をかけそびれて、つい……」

 城月の険しい雰囲気に、気まずさが勝ち視線がついつい泳いでしまう。
 だがしかし、今、城月がここにいるということは、あの少女はレストランに1人。あんなに大切に接していた子を1人にさせて良いのだろうか。2人に付きまとったことを謝罪するのが先とは思うが、心配にもなる。俺は恐る恐る口を開いた。

「……あの、彼女とは一緒にいなくて良いのか?」

 城月は俺の問いに暫し黙っていたものの、やがてレストランを覗うように視線を送った。

「あの子なら大丈夫ですよ。兄にお返ししてきましたから」
「は?」

 兄?返す?
 思わぬ言葉にぽかんと力なく口が開く。

「彼女は姪っ子なんです。今は親御さんと一緒に居ます」
「姪っ子……」
「ええ。私にとても懐いてくれていて、彼女の要望でデートを。なので恋人でも何でも無いんです。以前、写真もお見せしたことがあると思うのですが……まぁ記憶にないですよね」
「……あ」

 言われてはっと思い出す。
 ここ数日、通信機を片手に浮かれっぱなしの城月に、姪っ子が可愛いのだと熱く語られ、写真をこれでもかと見せられていた。
 冷静になって思い返せば、明らかにあの子はその写真の子供とそっくりだ。

「悪い……」
「まったく、君という人は……騎士団員なのを疑いたくなります」

 あきれ顔を向けられて、ぐうの音も出ない俺は苦笑した。普段こなしている任務を考えると、こんな低レベルな失態は犯さないはずだ。

「……いやその……ははは」
「心配してくれたことは嬉しいですが、私もいい年した大人なんですよ? それに……」

 おもむろに城月が腕を組む。

「君のおかげで予定を切り上げたのでディナーを食べ損ねてしまいましたよ。悪いと思うようでしたら、夕飯、何かおごってください」
「は? なんで」

 付きまとったのはこちらの勝手だ。無視してゆっくり食事をしてから出てくれば良かっただろうに。

「自分の身長や髪をお忘れですか? 君の体はとても目立つんです。分かります?」
「あ……」
「はるなさん──姪っ子が気にかけていましたよ。私が連れて帰ると言ったら安心してくれましたけど」

 なんと言うことだ。城月にバレていただけでなく、子供にまで気付かれていたとは。自分が情けなくて嫌になる。

「ああ……本当かっこ悪いな俺」
「ええ、最高にかっこ悪かったです」

 フフと城月の笑い声が聞こえ、様子を見ればさっきまでの怒っている様子はなくなっていた。

「全く、私の相棒は心配性ですね」
「そりゃ相棒なんだから心配はするさ」

 不意に城月から差し出された拳に拳で返す。
 ほっとして、帰ろうと上着をただした時だった。

「でも、ソレと夕飯とは違いますからね。いつものファミレスに行きましょう。君に渡したいものもありますし」
「はいはい」
 ​​​​​​​
 歩み出した城月の後ろに続いて歩く。
 この調子だと今年も城月に色っぽい話は無さそうだな。そんなことを思いながらホテルを後にした。
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