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第八話 裁かれなかった者
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ソフィアの暴行事件から数日が経った。あの後強いストレスで意識を失った私は気が付くと屋敷に帰っており、自分の部屋で寝かされていた。それから今日まで心の療養が必要として学校には行っていない。実際に今の私は酷い有様で、夜にもなると理由もなく息がつまった。
ウェンディ達はどうなったかと言うと、ソフィアに暴行を働いた罪から学校を退学となった。しかし私がウェンディを気絶するまで殴った事や、本気で取り巻き達を殺そうとした事は隠されたままだ。
その結果、私はソフィアを助けた事だけが事実となり、後の王族として正しい行動をしたと評価された。それもこれも私がアルベルトの婚約者と言う立場であったから。もしも仮に私が男爵家の者で、相手が公爵家の者だったりしたら、私の首は飛んでいただろう。
私は権力の力によって相手を封殺したのだ。
良い悪いじゃない。権力の上下関係によって私は許された。
「……気持ち悪い」
王妃となるからには正しく権力を使わなければならない。そう思っていたはずなのに私は自己の保身のために使用してしまった。事後処理に関しては私の意志関係なく、周りが勝手に進めた事ではあるが、それは慰めにならなかった。
だって表向きはただの退学の扱いであるが、ウェンディ達四人の未来はきっと閉ざされた。いや、下手すれば家ごと傾くかもしれない。下位貴族達にとって私を怒らせたという事実はそれ程重いのだ。今後彼女らの家は付き合いの輪から外され、苦境に立たされるだろう。
ウェンディの顔には少なからず傷が残されるはずだ。そんな彼女が婚約を結べる機会は多分もう訪れない。少なくとも貴族の世界では。
これが、これこそが私がもたらした結果であった。
彼女らの行った事は何もかもが腹立たしい。だからどうなったっていい相手のはずだった。ソフィアに暴行を働いた報いは受けさせるべきだ。何度考えたってその答えは変わらない。
でも心は酷く重い。後悔はないはずなのに……
人が人を裁くというのはここまでのものなのか。
「はあ……」
動くのが酷く億劫だ。鬱屈とした思いを抱えたままベッドから起き上がり、カーテンを開け放つ。そこにあるのはいつもの景色だ。
ロイドが手入れした温かみのある庭、屋敷の塀の奥には王都の町並みが広がる。天気だって晴天で気持ちの良い朝だ。窓を開けると心地よい風が頬を撫でる。心湧き上がる光景のはずが、どこか違って見えるのは私が変わってしまったせいなのだろうか?
そのまま外を眺めていると、ドアからノック音が聞こえる。
「……誰かしら」
いつもだったらすぐに問いかけているのにどういうわけか時間がかかった。そこでようやく私は緊張している自分に気づいた。
「エリシアです」
エルと聞いて肩の力が一気に抜ける。そうか、私は今の自分を人に見られたくないのか。エルは私の失態を知っているだけでなく実際に見た者だから、これ以上評価が下がる事はない。そんな変な安心感があった。
「入って良いわよ」
「失礼します。ナタリア様、アルベルト殿下から見舞いの品が届いています」
「エル、わざわざ貴方が持ってきてくれたの?」
「今は人に会いたくないだろうと思いましたので、メイドの方に代わっていただきました」
「世話をかけるわね。でも正直助かったわ。それでアルベルトは何をくれたのかしら?」
「ハーブティーとクッキーの菓子折りですね」
「ふふ、普通ね」
雑と言うか無難と言うか、でもそれを言ったら私も一緒だ。アルベルトが休んだ日、私が見舞いの品に選んだのもまた無難なものだったから。ただの体調不良とは状況が違うと思うかもしれない。婚約者が傷心しているのであれば見舞いに来るべきだと。
でも私はアルベルトには会いたくない。何故なら私の中で今回の事件の折り合いがついていないから。だからこそ励ましてもらえと言うのは真っ当な意見だと思う。でもアルベルトに私は救えない。彼だけは無理だ。
ソフィアに対する対応の差が出たとはいえ、私とアルベルトは基本的に同じ思考をしている。彼はすでに私が起こしてしまった事件を知っているだろう。そして私と同じように悩んでいるはずだ。自分なら違う結末に至る事が出来るかと。
そんな私達が今出会っても深みに嵌るだけで、マイナス効果にしかならない。似ているのは気が楽でもあるが、こうした時にはてんで役に立たない。同じ時に病んでしまうのだから。
暗くなった気持ちを少しでも振り切ろうと私はエルへと話しかけた。
「せっかくだからこのお茶を今いただこうかしら。クッキーもね。エルはお茶を入れる事が出来て?」
「出来ますがあくまで普通です。美味しさは期待しないでくださいね」
「大丈夫よ。味の違いを気にする事が出来る程元気じゃないわ」
思わず口にしてしまったネガティブな言葉にしまったと思った。場を和ませる粋なジョークのつもりが、ただの自虐になってしまった。しかしエルからの反応はなく、それではと茶葉を持って踵を返す。彼女なりの優しさなのだろう。
何も言わないでくれたエルにほっとした私は窓の外へと視線を戻す。だからエルが部屋の入り口で今一度私の方へと振り返った事など分からなかった。
「ウェンディ嬢達の結果は変わらなかったと思いますよ」
「……エル?」
まだ部屋にいた事に驚きつつも私は彼女の方へと視線を向ける。
「特待生制度はバージェス国王陛下の政策の要です。彼女達はそれに反旗を翻したのだから、仮にナタリア様が手を下さなくても同じ結果になっていたでしょう」
エルの言った通りだった。私が私刑をしなくても、きっとウェンディらは重い罰を与えられていた。だったら私が行動した意味は何であったのだろう?
「同じ結果になったのはあくまで彼女らについてですが……」
含みを持たせたエルの言葉に私は苛立ちを覚える。あいつら以外の誰がいたというのか。エルは私が怪訝な表情を受けべてもお構いなしに言葉を続けた。
「ナタリア様がいち早く駆け付けたからこそソフィア嬢は守られました。これこそは貴方様が行動した結果です」
私は目を見開いた。それはまさしく私にとっての救いの言葉であった。しかし納得するわけには行かない。結局私は間に合わなかったのだから。
「でもソフィアは暴行を受けたわ。それに……」
髪だって切られたのだ。だがエルはそんな私の言葉を遮った。
「逆ですよナタリア様。それだけで済んだのです。もちろんもっと早く気づいていれば無傷で済んでいたかもしれませんが、それでもあの時真っ先に行動したのはナタリア様です。貴方様が行動したからこそソフィア嬢は救われました」
「それは……」
「もしもあのタイミングで行っていなければ、ソフィア嬢はより悲惨な目にあっていたはずです。優秀な平民を恨んでいたウェンディ嬢らは間違いなくやります」
今更ながらにあったかもしれない悲劇に心を震わせる。そんな、そんな間違いなどあってはならない。
「確かにナタリア様は遅かったです。でも遅すぎてもいませんでした」
エルが告げるのはあくまで事実の列挙だ。それでも心に染みわたるものがあった。ふと大丈夫と私の背を撫で続けてくれたソフィアの姿が目に浮かんだ。
「私は……間に合わなかったと思っていた。でも違っていたのね」
完全無欠の勝利ではない。本当にギリギリ間際の勝利。
「ソフィア嬢は今日学校への登校を再開しましたよ」
「そう……」
自然と笑みがこぼれていた。エルはそれ以上ソフィアがどうだったかを語らない。でも私は何となく想像が出来た。きっと彼女は己の身に起きた不幸をものともせず、元気な姿を見せているのだろう。そうした芯の強さが彼女にはある。
切られてしまった髪は戻らないが、短く切り揃えた姿だってソフィアだったら似合うはずだ。新しい彼女の姿を頭に思い描くとわくわくする。ソフィアに会いたいな、そう素直に思えた瞬間、少し心が軽くなった気がした。
「エル……ありがとう」
「どういたしまして」
エルは今度こそ部屋から去って行った。
エルを見送った後、私はまた窓の外へと視線を戻す。何故だか景色が少し色を取り戻したように感じた。今一度全体を眺め直していると、小さくロイドが庭園の世話をしている姿が見える。実際先ほど見た時も彼はいたのだろう。ただ私が気が付いていないだけであって。あまりにもの自分の余裕の無さに失笑する。
でも今はもうそれに気づけた。予感がした。今現在、エルのいれてくれているはずのハーブティーはしっかり味がするだろうと。アルベルトの好みの味は私の好みの味である。何もこんなところまで似なくてもと思うが、今はそれがありがたい。
私は何時しか知らぬ内に微笑んでいた。次に訪れるであろう穏やかなティータイムを期待しながら。
ウェンディ達はどうなったかと言うと、ソフィアに暴行を働いた罪から学校を退学となった。しかし私がウェンディを気絶するまで殴った事や、本気で取り巻き達を殺そうとした事は隠されたままだ。
その結果、私はソフィアを助けた事だけが事実となり、後の王族として正しい行動をしたと評価された。それもこれも私がアルベルトの婚約者と言う立場であったから。もしも仮に私が男爵家の者で、相手が公爵家の者だったりしたら、私の首は飛んでいただろう。
私は権力の力によって相手を封殺したのだ。
良い悪いじゃない。権力の上下関係によって私は許された。
「……気持ち悪い」
王妃となるからには正しく権力を使わなければならない。そう思っていたはずなのに私は自己の保身のために使用してしまった。事後処理に関しては私の意志関係なく、周りが勝手に進めた事ではあるが、それは慰めにならなかった。
だって表向きはただの退学の扱いであるが、ウェンディ達四人の未来はきっと閉ざされた。いや、下手すれば家ごと傾くかもしれない。下位貴族達にとって私を怒らせたという事実はそれ程重いのだ。今後彼女らの家は付き合いの輪から外され、苦境に立たされるだろう。
ウェンディの顔には少なからず傷が残されるはずだ。そんな彼女が婚約を結べる機会は多分もう訪れない。少なくとも貴族の世界では。
これが、これこそが私がもたらした結果であった。
彼女らの行った事は何もかもが腹立たしい。だからどうなったっていい相手のはずだった。ソフィアに暴行を働いた報いは受けさせるべきだ。何度考えたってその答えは変わらない。
でも心は酷く重い。後悔はないはずなのに……
人が人を裁くというのはここまでのものなのか。
「はあ……」
動くのが酷く億劫だ。鬱屈とした思いを抱えたままベッドから起き上がり、カーテンを開け放つ。そこにあるのはいつもの景色だ。
ロイドが手入れした温かみのある庭、屋敷の塀の奥には王都の町並みが広がる。天気だって晴天で気持ちの良い朝だ。窓を開けると心地よい風が頬を撫でる。心湧き上がる光景のはずが、どこか違って見えるのは私が変わってしまったせいなのだろうか?
そのまま外を眺めていると、ドアからノック音が聞こえる。
「……誰かしら」
いつもだったらすぐに問いかけているのにどういうわけか時間がかかった。そこでようやく私は緊張している自分に気づいた。
「エリシアです」
エルと聞いて肩の力が一気に抜ける。そうか、私は今の自分を人に見られたくないのか。エルは私の失態を知っているだけでなく実際に見た者だから、これ以上評価が下がる事はない。そんな変な安心感があった。
「入って良いわよ」
「失礼します。ナタリア様、アルベルト殿下から見舞いの品が届いています」
「エル、わざわざ貴方が持ってきてくれたの?」
「今は人に会いたくないだろうと思いましたので、メイドの方に代わっていただきました」
「世話をかけるわね。でも正直助かったわ。それでアルベルトは何をくれたのかしら?」
「ハーブティーとクッキーの菓子折りですね」
「ふふ、普通ね」
雑と言うか無難と言うか、でもそれを言ったら私も一緒だ。アルベルトが休んだ日、私が見舞いの品に選んだのもまた無難なものだったから。ただの体調不良とは状況が違うと思うかもしれない。婚約者が傷心しているのであれば見舞いに来るべきだと。
でも私はアルベルトには会いたくない。何故なら私の中で今回の事件の折り合いがついていないから。だからこそ励ましてもらえと言うのは真っ当な意見だと思う。でもアルベルトに私は救えない。彼だけは無理だ。
ソフィアに対する対応の差が出たとはいえ、私とアルベルトは基本的に同じ思考をしている。彼はすでに私が起こしてしまった事件を知っているだろう。そして私と同じように悩んでいるはずだ。自分なら違う結末に至る事が出来るかと。
そんな私達が今出会っても深みに嵌るだけで、マイナス効果にしかならない。似ているのは気が楽でもあるが、こうした時にはてんで役に立たない。同じ時に病んでしまうのだから。
暗くなった気持ちを少しでも振り切ろうと私はエルへと話しかけた。
「せっかくだからこのお茶を今いただこうかしら。クッキーもね。エルはお茶を入れる事が出来て?」
「出来ますがあくまで普通です。美味しさは期待しないでくださいね」
「大丈夫よ。味の違いを気にする事が出来る程元気じゃないわ」
思わず口にしてしまったネガティブな言葉にしまったと思った。場を和ませる粋なジョークのつもりが、ただの自虐になってしまった。しかしエルからの反応はなく、それではと茶葉を持って踵を返す。彼女なりの優しさなのだろう。
何も言わないでくれたエルにほっとした私は窓の外へと視線を戻す。だからエルが部屋の入り口で今一度私の方へと振り返った事など分からなかった。
「ウェンディ嬢達の結果は変わらなかったと思いますよ」
「……エル?」
まだ部屋にいた事に驚きつつも私は彼女の方へと視線を向ける。
「特待生制度はバージェス国王陛下の政策の要です。彼女達はそれに反旗を翻したのだから、仮にナタリア様が手を下さなくても同じ結果になっていたでしょう」
エルの言った通りだった。私が私刑をしなくても、きっとウェンディらは重い罰を与えられていた。だったら私が行動した意味は何であったのだろう?
「同じ結果になったのはあくまで彼女らについてですが……」
含みを持たせたエルの言葉に私は苛立ちを覚える。あいつら以外の誰がいたというのか。エルは私が怪訝な表情を受けべてもお構いなしに言葉を続けた。
「ナタリア様がいち早く駆け付けたからこそソフィア嬢は守られました。これこそは貴方様が行動した結果です」
私は目を見開いた。それはまさしく私にとっての救いの言葉であった。しかし納得するわけには行かない。結局私は間に合わなかったのだから。
「でもソフィアは暴行を受けたわ。それに……」
髪だって切られたのだ。だがエルはそんな私の言葉を遮った。
「逆ですよナタリア様。それだけで済んだのです。もちろんもっと早く気づいていれば無傷で済んでいたかもしれませんが、それでもあの時真っ先に行動したのはナタリア様です。貴方様が行動したからこそソフィア嬢は救われました」
「それは……」
「もしもあのタイミングで行っていなければ、ソフィア嬢はより悲惨な目にあっていたはずです。優秀な平民を恨んでいたウェンディ嬢らは間違いなくやります」
今更ながらにあったかもしれない悲劇に心を震わせる。そんな、そんな間違いなどあってはならない。
「確かにナタリア様は遅かったです。でも遅すぎてもいませんでした」
エルが告げるのはあくまで事実の列挙だ。それでも心に染みわたるものがあった。ふと大丈夫と私の背を撫で続けてくれたソフィアの姿が目に浮かんだ。
「私は……間に合わなかったと思っていた。でも違っていたのね」
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「ソフィア嬢は今日学校への登校を再開しましたよ」
「そう……」
自然と笑みがこぼれていた。エルはそれ以上ソフィアがどうだったかを語らない。でも私は何となく想像が出来た。きっと彼女は己の身に起きた不幸をものともせず、元気な姿を見せているのだろう。そうした芯の強さが彼女にはある。
切られてしまった髪は戻らないが、短く切り揃えた姿だってソフィアだったら似合うはずだ。新しい彼女の姿を頭に思い描くとわくわくする。ソフィアに会いたいな、そう素直に思えた瞬間、少し心が軽くなった気がした。
「エル……ありがとう」
「どういたしまして」
エルは今度こそ部屋から去って行った。
エルを見送った後、私はまた窓の外へと視線を戻す。何故だか景色が少し色を取り戻したように感じた。今一度全体を眺め直していると、小さくロイドが庭園の世話をしている姿が見える。実際先ほど見た時も彼はいたのだろう。ただ私が気が付いていないだけであって。あまりにもの自分の余裕の無さに失笑する。
でも今はもうそれに気づけた。予感がした。今現在、エルのいれてくれているはずのハーブティーはしっかり味がするだろうと。アルベルトの好みの味は私の好みの味である。何もこんなところまで似なくてもと思うが、今はそれがありがたい。
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