ユルギと剣の柱

eden

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仮のふるさとは砂漠のなか

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 西暦二一六八年。奇しくも明治元年から二百年後に、日本は内紛によって消滅した。


 西暦二〇八〇年代から日本人の人口減少が深刻化したため、当時の日本政府は移民を積極的に受け入れる政策を打ち出した。それまでの日本は永住権取得の条件を厳しく設定していたが、取得条件のハードルを低くしたのだ。すると、日本以外の国で戦争やテロに巻き込まれ、住処を失った人々が日本を頼ってくることが多くなった。彼らは日本で働くようになり、日本企業の重役のほとんどが日本国外出身者となっていった。

 また、日本の国土を私有していた日本人たちが減るにつれ、海外の富豪が日本の国土を購入するようになった。

 国名は「日本」でも、そこにいる国民や土地や仕事が日本のものではなくなっていく。この状況に危機感を覚えた初野はつのシュウトは、西暦二一三二年に「純粋日本復活の会」を立ち上げ、移民反対運動を実施した。


 初野シュウトと考えを同じくする者は多かった。移民反対運動は瞬く間に全国に広がり、海外出身者が重役を務める企業では暴動が発生するようになった。


 一方、日本政府は初野シュウトの移民反対運動を認めなかった。「大企業」と呼ばれる企業のほとんどの重役に海外出身者が存在し、日本にあるスーパー・レストラン・コンビニ・ファッション雑貨店など人々にとって身近な店の九五パーセント以上に海外出身者が関わっていたからだ。

 もはや、彼らなしでは、日本という国は動かない。海外出身者がいるからこそ日本が存続している。それが、日本政府の見解だった。


 純粋日本復活の会と日本政府は衝突した。移民たちも純粋日本復活の会に対して激怒した。純粋日本復活の会に入っていると判明した人を次々にリストラしたり、小売店は出禁にしたりした。純粋日本復活の会のメンバーは、仕事を追われ、家を失っていった。

 西暦二一三三年、初野シュウトは日本という国を存続させたいと考えている他国と密に連携をとり、日本の利益を牛耳っている海外出身者たちを排除しようと決意した。初野シュウトはインターネットを駆使して、自分のバックにいる国から情報と資金援助を受け、純粋日本復活の会のメンバーを鼓舞した。

 このころから、各地で海外出身者が殺害される事件が頻発するようになった。海外出身者が経営する店は次々に襲われ、日本の警察は対応に追われた。


 日本の治安が乱れ、「海外出身者は襲われる」という情報が世界中に伝わったとき、各国の反応は次のように分かれた。


1、日本には関わらないほうがいい。
2、日本には行かなければいい。
3、日本人が日本を奪い返すのはもっともだ。
4、日本という国が存続していたほうが、世界の平和の均衡が保たれる。
5、日本を潰して違う国の支配下におけばいいのではないか。
6、日本を我が国の手中に収めるなら今だ。


 1や2の反応を示す国がほとんどだったが、3と4の反応を示した国は日本政府の援護に、5の反応を示した国は純粋日本復活の会の援護に回った。6の反応を示した国は、日本政府と純粋日本復活の会の双方が消耗するのを待った。


 西暦二一三五年、初野シュウトは情報・資金・兵器などといった戦争のための準備を終えた。同年五月に国会議事堂を襲い、日本政府と純粋日本復活の会の戦争が勃発。それから長い年月、日本は内紛が続くこととなった。

 初野シュウトが日本国土を消滅させるほどの兵器を所持している――内紛当初から囁かれていたが、この噂が真実かもしれないと考えられるようになったのは、淡路島が沈んだときだった。このとき、初野シュウトはインターネット上で次のような声明を発表した。


「日本政府よ、僕には物体を無にする力がある。その証拠に、淡路島あわじしまを無に返した。嘘だと思うなら、現地におもむき確かめるがいい。

いいか、僕には淡路島どころか日本列島そのものを消す力があるのだ。本当は、このような力を使いたくない。イザナギさまとイザナミさまが最初に創造したとされる島……日本の初めを無に還す行為を、誰も許しはしないだろう。

しかし、日本が他のものに支配され、日本ではなくなるくらいなら、この手ですべて滅ぼす。そしてその罪と罰を受ける覚悟だ。

日本政府よ、僕にこの力を使わせないでほしい。移民受け入れ政策を即刻止めよ。日本をあるべき姿に戻すのだ」


 この声明が発表される前後に、淡路島近隣の明石あかし鳴門なると市民を中心に「突然淡路島が見えなくなった」という声が挙がっていた。警察など公人によって淡路島消滅の確認が取られると、日本政府は動揺した。

 島ひとつ消えたにも関わらず、大気も潮の流れも何ひとつ変わらなかった。地震も起きなかった。人々には、まるで、淡路島は最初からなかったもののように感じられた。

 そしてそれは、非常に恐ろしいことだった。初野シュウトは、誰にも知られずに島をひとつ消し去ってみせた。淡路島で生活している人々も、である。


 日本政府は、初野シュウトは日本列島をも消失させるほどの兵器を所持していると考えた。


 初野シュウトが最終手段として日本国土を消滅させる兵器を使ったら、日本は滅びる。


 日本に住む人々は恐怖した。内紛で命を落とすかもしれない。もちろん、それも怖い。しかし、自分が今生きている国がなくなるのも怖い。自分たちが生きた証が消え、自分たちの跡を継ぐ子どもたちも消える。そんな恐ろしいことが起こるのか。


 日本国外にいる人々も、それぞれの立場で将来を危惧した。日本が滅びれば、日本をビジネス拠点として重視していた国々に多大な経済的損失が発生する。日本を軍事拠点としていた国もまた、自国の平和が脅かされかねない。




 日本が滅びるわけにはいかない。




 日本政府や、日本存続を願う国々は、なんとしても初野シュウトを捕らえようとした。

 しかし、初野シュウトはなかなか尻尾を掴ませない。というのも、初野シュウトは、インターネット上で声明を発表するのみで、姿を現さなかった。純粋日本復活の会のメンバーともネット上でやり取りをしており、純粋日本復活の会で積極的に活動している立場の人間でさえ、初野シュウトに会ったことがなかった。

 さらに、初野シュウトは、ネット上の自分の痕跡を消す能力に長けていた。日本政府による初野シュウトの捜索は難航した。


 西暦二一三七年、日本政府は秘密裏に日本の研究員数十名と海外出身者の研究員数十名を集め、指示を出した。


「日本国土の外に日本を作ってほしい」


 万が一、初野シュウトによって今の日本が滅ぼされたときのために、仮の日本国を用意しておいて日本という国を存続させようと考えたのだ。そして、いずれ今の日本の国土を復活させる。


 仮の日本国――仮非けひのくに創造計画は、純粋日本復活の会や他国に知られないよう、内密に進められることとなった。

 日本政府に集められた研究員たちは、こっそりと世界中に飛び立ち、新たに日本の国土を得るべく土地探しを行った。そして、とある研究員が提案した砂漠の土地に、新しい日本を創ることになった。

 まず誰も近寄ることがないであろう砂漠の土地だったが、誰にも知られずにひとつの都市を創るというのは不可能に近い作戦だった。人工衛星で世界のどこでも監視できる時代に、多くの人々が住む都市を人知れず作り上げる。研究員たちのほとんどが無謀だと思った。


 ところが、その無謀な計画を成し遂げるための方法を考え出した者がいた。黎明れいめいツナギ。地方大学の大学院生だった。


 黎明ツナギの提案した方法は、ステルス都市を創るというもの。

 まず、およそ二千キロ平方メートルの砂漠を覆うことができるだけのバリアーシステムを構築する。このバリアーを管理するための研究所を、仮非けひのくにの中央に建てる。研究所を中心として、ビルや民家といった家屋を造っていく。

 バリアー内部の気候は、日本と同じ気候になるように設定する。大気や気温、春夏秋冬に至るまで、もとの日本と同じになるように。

 黎明ツナギの話は夢物語のように思われた。だが、彼はやってのけた。黎明ツナギが建てた研究所は、衛生で探索できなかった。それは、バリアーシステムが作動していたためだ。黎明ツナギがどうやってこのバリアーを創り出したのかは誰にもわからなかったが、たしかに、ステルス製のバリアーが創られたのだ。

 黎明ツナギが創り出したバリアーのなかに、都市建設のために必要な物資と人材が送り込まれた。

 西暦二一六七年の時点で、仮非けひのくには都市としての機能を果たせる状態に仕上がった。

 万が一への備えはできた。しかし、初野シュウトや他国に知られることなく、仮非けひのくにへ全日本国民を誘導する手段を講じることはできなかった。




 西暦二一六八年、3月末日、日本列島消滅。純粋日本復活の会は、ふるさとの土とともに消え去った。初野シュウトも、愛する国とともに消えたと考えられた。日本国民も、日本という国そのものも。



 しかし、「日本」という国は消えてはいない。仮非けひのくにに、日本国土をふるさととする日本人たちがいたからだ。彼らは、自分たちがもといた場所に戻るため、新たな研究を始めた。


 日本列島の再建計画。


 それと同時に、初野シュウトは、いったいどんな兵器を使って日本列島を消滅させたのか、兵器の正体の研究も行われることとなった。
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