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拝啓、愛しのキミヘ。そろそろ正直になりませんか。
合コンへの誘い
しおりを挟むあの日以来、特に触れ合いはないまま数か月が過ぎたところで、慧司が女子を含む大人数での遊びに誘われた。
これまでも何度も誘われていることは知っていたけれど、慧司は一度も行かずに断っていた。
けれど、今日は違う。
「断る理由もないから」と、慧司が電話で了承しているのを聞いてしまった。
リビングで電話をしているせいで、嫌でも聞こえてくる。
自室に入ろうかと思ったけれど、気になったからリビングに居座ることにした。
コップに水を注ぎ、ソファに座る。テレビをつけてアピールもしてみたけれど、慧司は俺に気づいたのに、そのまましばらく電話を続けていた。
「お前、合コン行くのか」
「合コンって……」
電話を終えた慧司に、テレビに視線を向けたままで尋ねると、軽い声色で「まあな」と答えられた。
慧司も水を注いだコップを手に、俺の横に座る。
見たかったわけでもないテレビを無言でしばらく見た後で、思い切って尋ねてみた。
「彼女、作る気?」
慧司に興味を持たない女子はいないだろうし、そう言う場に出向くということは、イコール恋人を作るつもりなんだろう。
自分で聞いておきながら、返事の内容が怖くなり、俺は手を伸ばしてテレビのリモコンを掴むと選局ボタンを数回押した。
たまたま音楽番組になったところで、慧司が「それがいい」と言うものだから、希望通りそれにすると、またしばらく無言が続いた。
聞こえなかったのか、それならもう一度尋ねたほうが良いのか、聞こえたけれど答えるつもりがないのか。
慧司が考えそうなことを想像してみるが結局分からず、視線を彼に向けると、それに気づいた慧司が真っ直ぐ俺をみた。
……あ、聞こえてはいるんだ。
慧司の表情を見て、何となくそうだと思い、同じ質問をするのはやめた。
「気になる?」
ソファの背の部分に肘をつき、慧司は俺にそう言うとすぐに視線をテレビへと戻した。
気になるから聞いているんだが? と言えるわけもなく、「いや、一応俺らルームシェアしてるし、この家に連れ込まれるのはちょっとな……」と、咄嗟に考えたそれらしい理由を伝えた。
「心配すんなって。さすがに連れ込まねえよ」
「でも……」
「あの手紙の送り主も名乗り出てくれないし、俺もそろそろ恋人がほしいし。文句ねえよな」
「えっ……」
慧司は大きく身体を伸ばすと立ち上がり、「シャワー浴びるわ」と俺の反応も特に見ずに背を向けた。
久しぶりに手紙の話題が出たこと、慧司がまだ送り主を気にしていたことに驚きつつ、それが俺だと言えないことがもどかしい。
言ってしまえばルームシェアを解消されるかもしれないし、そうなるくらいなら言わないままで、慧司に彼女ができる度に羨ましく見るしかないのだろう。
「あ、そういえば。男がひとり足りてないんだって。お前も行く?」
リビングのドアを開けながら、慧司が振り返った。
「……お前の大学の人に混ざって?」
「そう」
本当は行きたくないけれど、大学での慧司がどんなふうに過ごしているのか知りたいし、彼が気に入る女子がどんな子なのかも知りたい。
知った結果、傷つくことがことがあったとしても。
「……行く」
「へえ、来るんだ」
「お前が誘ったんだろうが」
「じゃあ、時間とか場所が決まったらまた言うわ」
今度こそ風呂場へと向かった慧司がいなくなると、俺は大きくため息をついた。
ルームシェアを了承した時点で、いずれこうなると分かっていたのに、実際にそれが迫ってくるととても怖い。
それから、手紙を出してもう1年は経っているのに、慧司がまだ諦めていないことにもショックを受けた。
忘れてほしかったわけではないけれど、叶いもしないものを大切されるのは違うし、俺は区切りをつけたくて送ったのに。
「はあ……」
テレビの音量を大きくし、しばらくの間ただその音をぼーっと聞いていた。
合コン当日、指定された時間に集合場所の駅に向かうと、慧司だけがそこにいた。他のみんなは店に直接向かうらしい。
「わざわざ俺の迎えにきてくれたんだ」
「だってお前、俺が来る前に知らん奴らの中にひとりでいるのは気まずいだろ?」
慧司はスマホで文字を打ちながら、俺を見ずにそう言った。
態度は雑だけれど、言葉は優しい。胸がきゅっとして、俺はシャツの胸元を握りしめた。
「行くか」
「……おう」
隣に並ぶことはせず、慧司の数歩後ろを歩く。慧司はずっと誰かにメッセージを打っていて、俺のほうを見ることはなかった。
赤信号で止まったとき、気まぐれに振り返った慧司は、「お前こそ、彼女作る気なん?」とそれだけ言うと、すぐにスマホに視線を移す。
「俺? 俺は……別に……」
「じゃあ何で来たわけ? てっきり興味があったのかと思ったけど」
「……いや。お前に誘われたから」
「ふうん」
信号が青に変わる。顔を上げた慧司は、ポケットにスマホを突っ込むと、「ん」と俺に手を伸ばした。
「え?」
「手、出せ」
意図が分からないけれど、ここは言う通りにしたほうがいい気がして、慧司へ手を伸ばすとその手を掴まれ、引っ張られた。
「ここらへん、人が多いから」
「……はあ、」
「はぐれんなよ」
怒っているのか、優しいのか、どうでもいいのか、気まぐれなのか。
慧司が何を考えているのか読めなくて、それに疲れてしまう。
それでも繋いだ手の温もりだけは感じられ、また胸が苦しくなった。
ルームシェアもそうだけれど、そもそも進路を今の大学に決めたのだって慧司のせいだし、あの日のキスも、合コンに連れて行かれる今も、全てが慧司に振り回されている。
「慧司、お前、……意味分からん」
「俺はお前が分からんよ」
「え?」
俺の手を握る力が強くなる。
痛いと言ってみたけれど、慧司は力を弱めることもなければ、離されることもなく、店に着くまでずっと握られていた。
店に着くと既に男ふたりと女子たちが向かい合って座っていた。慧司の友人ふたりは、慧司を見ると「よ!」と手を挙げる。
みんなかっこいいけれど、誰も慧司ほどではないから、顔だけで見る女子ばかりだったら、慧司がモテてしまうんだろうと、始まる前から嫌になる。
案の定、女子数人がキラキラした目で慧司を見ていた。
「あ、慧司の幼なじみ? 初めまして」
慧司の友人のひとりが気さくに挨拶し、俺のほうへと手を伸ばす。俺もそれに応えようと手を伸ばしたら、慧司が間に割り込み座った。
「おい、慧司!」
「そういうのいらないだろ。大真、ここ座って」
お互い手を引っ込めるしかなくなったところで気まずくなり、「てか俺らが最後なんだ。すみません」と謝ると、みんながきょとんとした顔で俺たちふたりを見つめた。
「最後っていうか、私たちは昼すぎからずっと遊んでて。慧司くんたちはご飯からしか参加しないって聞いてたから……」
「え? あ、そうだったんだ。俺、何も知らなくて……」
状況があまり読めないまま慧司を見ると、目を逸らされた。
慧司以外は早くから集まってたのに、どうしてこのタイミングから参加するわけ? 恋人がほしそうだったのにさ。
「まあ、とりあえず慧司も、幼なじみさんも座ってよ。改めて自己紹介しようぜ」
遅れて来た俺たちのために、もう既に仲良くなっているみんなが自己紹介をしてくれたけれど、俺はそれを聞く余裕がなく、奥の人たちの名前をすぐに忘れてしまった。
俺以外のみんなは、自己紹介から楽しそうにしていて、俺だけモチベーションが明らかに違う。
隅で小さく目立たないようにするしかないか。
「ふう……」
お酒も飲めないのに、参加者みんなのノリが良くて、始まってからずっと俺がひとり浮いているように思えた。
慧司も嘘くさい笑顔を張りつけているかと思ったら、俺との時間によく見せている笑顔で過ごしていて、それに驚いた。
自分と過ごす時間が慧司にとって良い時間だとそう言いたいわけではないものの、慣れた幼なじみとそうではない相手に見せる表情が違うのを知っているから。
慧司は本気で楽しんでいるんだ。
「大真くん、食べてる?」
ぼーっとしていると、目の前に座っている棗さんに声をかけられた。
彼女は俺の正面に座っているから、さすがに名字だけは覚えている。
「大真くんは初めて? あまりにも場慣れしてない感じが出てる」
「え?」
いきなり失礼なことを言われた? と構えたけれど、棗さんはカラッと笑っていた。
俺がぽかんとしていたからか、「あ、失礼なこと言っちゃったかも。ごめんね」と眉を垂らす。
「ついつい思ったことを言っちゃうんだよね。ごめんね。見ての通り私もこういうの初めてなの。今日ひとりいなくなったからって急遽頼まれたんだけどさ、何をどうして過ごせばいいのか分かんないや」
見ての通りと言われてもよく分からないし、この人も昼から過ごしていたはずなのにまだ慣れていないのか?
それにしては一気に話す言葉数が多さや表情、話し方の全てから緊張感は伝わらないけれど。
独特な雰囲気のある彼女に、思わず笑みがこぼれた。
「はは、棗さんって面白いね。さっき自己紹介でちゃんと言わなかったけど、俺だけ大学違うんだよね。慧司の繋がりで参加させたらもったけど、俺からしたら慧司以外誰も知らない人だから緊張がすげえの」
棗さんは、他の女子に比べたら恋愛的な意味でグイグイくる圧もなければ、特定の誰かに興味がある様子もなかった。
俺もついつい多く返してしまい、ふたりで笑った。
「私もね、本当は興味なかったんだけど、こういう合コン的な……、ん? 合コンでいいのかな? まあ分からないけど、経験しておくと役立つかなって思って」
「役立つ?」
「うん。実は小説書いてて。些細なことでも色んなことを経験してみようって思ってるの。いつか書くかもしれないしね」
「へえ、小説かあ」
「文字で表現するって、大好きなんだよね。良いよね」
「大真、お前楽しそうじゃん」
棗さんとの話に盛り上がっていると、慧司に肘で突かれた。
楽しんでいるのはお前だろ、と言い返したかったけれど、黙ってウーロン茶を一気に飲んだ。
慧司が気になって仕方ないし、楽しそうにしているのは見ていてモヤモヤするけれど、棗さんがいることで何とかここに居ることがでいるのだから邪魔しないでほしい。
「無視すんなって」
慧司は、俺の頬を掴んで自分のほうへと向かせた。指が頬に食い込み、唇が突き出してみっともない顔になる。
慧司の目の前にいた女の子が「きゃあっ」と声をあげ、みんなが俺たちのほうへと視線を向けた。
「慧司、お前何してんの」
友人のひとりが声をかけると、「大真が無視するから」とだけ答えて、俺の頬を解放する。
「慧司くんって、Sなの? 結構強引なんだ」
「私までドキッとしちゃった~」と、何を想像したのか、うっとりした顔をしながらその女子は慧司を見つめた。
「さあ? どうだろうな」
「え~、気になっちゃう」
甘えた声を出す女の子に笑いかける慧司を睨みながら、さっきまで掴まれていた頬を押さえる。
「びっくりした。大真くん、大丈夫?」
棗さんが心配してくれ、「大したことない」と伝えると、既に女子たちとの会話に戻った慧司を見つめながら、彼女は「独占欲強めかあ……」と呟いた。
「え?」
「慧司くん、すごいね。私たちが楽しそうに話していたから気に入らなかったんだね」
何か閃きました、みたいな顔をして棗さんが頷いた。
「独占欲強いと思ったことはないけどなあ」
「だってさ、大真くんが会話に入らないのもあるけど、慧司くんって絶対大真くんに話を回さないんだもの。自分から大真くんをこの場に誘っておいて、変だね」
この唐揚げおいしいよ~! と棗さんはすぐに話を変えてしまったから、それ以上は聞けなかったけれど、馴染みのない独占欲という言葉が頭から離れない。
俺に? 慧司がどうして?
今だって、女子と楽しく話しているのに?
棗さんの発言の根拠が俺には何も分からないまま、あっという間に2時間が経った。
よくここまで会話が盛り上がるなと思いながら、俺はずっと棗さんとだけ話していた。
慧司のことが気になっていたけれど、慧司が回さないのか、俺が会話に入るのが下手くそだったのか分からないけれど、タイミングが掴めなかった。
「そろそろ別のところ行く? カラオケとか?」
友人のひとりが声をかけると、棗さんともうひとりの女子だけ「ここで終わりにしとく」と返事をした。
正直俺も抜けたくてたまらなかったけれど、慧司の目の前に座っていた子が残るのなら、近くにいて見ておかなければ。
「俺も抜けるわ。大真も」
けれど、予想外なことに慧司は抜けると言い、俺の手を掴んだ。みんなからは見えない位置だけれど、一瞬身体がかたまったから、棗さんにはバレてしまったかもしれない。
握られた手を、テーブルのもっと下のほうへとずらした。
「じゃあ連絡先交換しようよ」
「私も~」
棗さん以外の女子に頼まれると、慧司は「いいよ」とあっさり交換する。
鈍いわけもないから、どういう意味で連絡先の交換を希望されたのか分かっていて、そうする慧司にモヤモヤした。
「大真くん、せっかくだからしとく? 交換」
他のみんなが盛り上がっている中、取り残された棗さんが、同じく取り残された俺に笑いかける。
棗さんとは話していて楽しかったし、彼女も俺とどうこうなるつもりがないことは何となく分かっていたから良いかもしれない。
俺はスマホを取り出そうと、慧司に握られた手を捻ると彼に睨まれた。
「慧司くんって、変だね」
女子との連絡先交換を終え、俺たちのほうへと身体を向けた慧司に、ほとんど彼と喋っていない棗さんが悪気なく言葉を放った。
「そうかな」
「だってそんなに嫌なら、大真くんを連れて来なければ良かったのに」
「俺が何を嫌って?」
「私は見ていて分かりやすくて楽しかったけど、大真くんは分からないと思うよ」
棗さんが何を言っているのか分からなかったけれど、慧司には伝わったようで、ははっと笑う。
「でも始めたのは大真なんだけどね」
「へえ」
「進まないから連れて来た。棗さん? 不快にさせたならごめんね。連絡先交換、どうぞ」
交換するかどうかは俺が決めるべきなのに、どうして慧司の許可がいるのか?
変わらず繋がれたままの手にも戸惑いながら慧司を見ると、何とも言えない表情で俺を見ていた。
毎回言われる、始めたのは俺と言う言葉。
いったい何のことだ?
「うーん、やりとりをしたいわけでもないし、記念だったからいいや。大真くん、またどこかで会ったらよろしくね」
棗さんは立ち上がると、帰ると言っていた別の女の子を呼び、それから俺らにひらひらと手を振った。
「俺らも帰るか」
慧司が俺の手を握ったまま立ち上がる。
角度的には変わらず見られない位置ではあるけれど、俺が動揺してしまったせいでそれに棗さんが気づき、今度こそ確実に見られてしまった。
くすりと笑われて、恥ずかしい。
「残りも楽しんでね」
「じゃあな」
「慧司くん、連絡するね」
俯いた俺をよそにみんなは挨拶を済ませ、棗さんたちと店の入り口まで一緒に歩いた。
さすがに手を離されたけれど、慧司が思ったより強く握っていたせいで、はっきりと感触が残っている。
「バイバイ」
棗さんともうひとりの子は、せっかくだから寄り道して帰ると言い、駅まではまだ行かないようだった。
慧司とふたりきりで気まずいまま、無言で駅まで歩く。
気まずいのに、帰る家も同じだからどうしようもない。
結局何も話さないままで、マンションへと着いてしまった。
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