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彼との関係
しおりを挟む体調も良くなり、気分転換をしたいと久しぶりに街へと出かけることにした。
弘明くんとは今月末に出かけることになっているから、次の予定まで時間がある。
看病をしてくれたお礼がしたいから私が計画を立てたいと伝えたけれど、全て任せるように言われてしまい、私には何もできることがなくなってしまった。どこに出かけるのか、何をするのか、まだ何も分からない。
それに、彼は私の家の鍵を持っているのだから気軽に来れば良いものを、彼がその鍵を使うことはなく、それもあって私からも誘いにくくなっている。
まあ、私がほとんど家にいるのだから、そもそも鍵を渡したところで使うことはないのだが。
「こんなもので良いだろう」
鏡を見ながら、シャツの襟を正す。
いつもより念入りに髭を剃り、珍しく昨日切った髪もワックスで整えた。
ここまで気にするのは小説関係のイベントに出る時くらいだと、久しぶりのヘアセットに手こずる自分に笑いさえ出てくる。
「今日誰かに会ったら、少し恥ずかしいな」
街中に出るのであれば、部屋に篭り切りの私では変に目立ってしまいそうだと思い、身なりを気にしたものの、自分にはそれが違和感となり、かえって気になってしまう。
自分が思っているより人は他人に興味を示さないものだと聞くけれど、それでも私はその言葉を信用できないから仕方がない。
現に私はこれから小説の材料集めに街中に出るのだから。何が流行っているか、どんな雰囲気なのか、それだけではなくて人間観察も目的の一つにある。
私のように誰かを見ている人がいるかもしれないし、そうでなくても普段の私が街中をあちこち見まわしながら歩いていれば、職質でも受けてしまうかもしれない。
だからこそ、街中に溶け込める見た目でいなければ。
「うん、随分とマシに見えるな」
久しぶりの材料集めに胸を踊らせながら、普段履かない革靴を出してみた。
踵と爪先に多少の違和感があるが、そこまで長時間でもないし、たまには良いだろう。
「ふー!」
共通玄関を出て、眩しい光を受けながら伸びをすると、近くでニャアと猫の鳴き声がした。視線をやればパッツンがいる。
いつの間にか近くにいた猫に、思わず頬が緩んだ。今日は素敵な一日になりそうだ。
「おお! いつもと違う雰囲気でもお前は分かってくれるのか」
ここで猫を触り始めると、いつもと同じになってしまうと思い、頭を数回撫でるだけにとどめた。少し物足りないが今日は仕方がない。
「帰って来たら撫でてあげるからね」
誰かに見られているかもしれないことなどお構いなく、私はパッツンに手を振りその場を後にした。
最寄りの駅まで歩き、そこから電車に乗った。栄えている場所から離れたところにマンションを借りたから、電車で三十分ほどかかってしまう。
しばらく揺られながら、乗車や下車する人々をぼんやりと眺めた。
「ねぇねぇ、お揃いの服を買おうよ」
「良いね。それなら俺、ここのブランドがいいなって候補があるんだ」
「え? 本当? じゃあそこ行こうよ」
私の目の前に座った男女が、腕を組みながらそんなことを話す。恋人同士なのだろう、とても幸せそうだ。
男性の膝の上で彼女は手を重ね、指を絡めている。見つめ合う視線には、お互いを思い合う気持ちが透けて見える。
私も弘明くんと、いつかああいう雰囲気で過ごせる日が来るのだろうか。
人前でこうして触れ合いたいわけではないが、本心では何を考えているのだろうと気にすることもなければ、私の気持ちや意図がどのように伝わっているのかと落ち着かなくなることもないような、そういうやりとりには憧れてしまう。
「そんな夢みたいな話、あるわけないのに」
彼に、何かあった時に駆けつけられる存在になりたいと言われたり、はっきりとした言葉では伝えられていないが、好意も感じている。
私の人生に入れてもらいたいという言葉も、いつまでもはっきりと覚えているくらいだ。
それでもその好意が、どういう意味なのかは分からない。いくら考えたところで私の理想が含まれてしまうだけ。
所謂セックスフレンドか? と考えてみても、最後までしていない私たちに果たしてそれが当てはまるのだろうか。
それに、自宅に来ることはあっても毎回身体に触れ合っているわけではなく、ただテレビを見てのんびり過ごす日だってある。
「そんな関係の先に、何があるのか」
同じような日々の繰り返しを重ねていくだけ? 何か名前がつくような関係になってしまっても、それが永遠に続くわけではないのだろうし。
遅かれ早かれ、どこかで終わってしまう関係なのは間違いないだろう。
彼は私に会いに来てくれたり、連絡をくれているのだから、今はそれ以上望むべきではないことは確かだ。
何かを望んでしまえば、それこそ終わりが来てしまう。
身体ごと少しだけ捻り、外の景色を眺める。風は少し強そうだが、天気は雲もほどよくあり、散歩には良さそうだ。
せっかくだから、出かけたついでに自分に似合う服でも買ってみようか。
何も望まなくても、彼といる間に少しでも自分に自信が持てたら良い。長く続かなくても、その瞬間、これまでよりも顔を上げていられるように。
電車から降り、広い駅の構内で度々迷いながら、何とか外へと出た。人混みと目的地を気にしながら歩くのは、久しぶなこともあって余計に疲れてしまう。
「ふぅ」
最初は商店街のほうをぶらぶらと歩いてみることにした。
それからお気に入りのカフェに行き、街の雰囲気や行き交う人たちを観察してみるのも良いだろう。
それにしてもお洒落な人が多いな。ここで浮かないように、私もいつもと雰囲気を変えてみて良かった。
「……あれ? 先生?」
気分良く歩き出そうとした瞬間に、突然後ろから肩を叩かれ、振り返って見れば棗さんがいた。
「え!?」
驚く私以上に驚いた顔でこちらを見ている。
誰かと一緒に来たのかと周りを見るも、彼女の横には誰もおらず、ひとりで来たようだった。
誰かに会うと恥ずかしいなどと思ってしまったから、こうなったのだろうか。
こうならないでほしいと願ったことは、たいてい起きることが多い。それがまさか今日のこのタイミングとは。
「棗さんも一人?」
「一人ですよ。買い物に来たんです。季節の変わり目だし、新しい服でも買おうかな、なんて。そんなことより、先生はどうしてこんなところに? 珍しいですね。服まできっちりしているし、髭も剃って髪も切って! 先生、いったいどうしたんですか?」
「……そんなに驚くことかな? なんだか恥ずかしくなるね」
「そりゃあ驚きますよ!」
小説の材料集めだと説明をしても、彼女は眉間に皺を寄せながら私に顔を近づけた。
そんなことは到底信じられないとでも言いたそうな表情をしながら、私の目を見つめる。
「ここ最近、そんなことしていなかったのに? 新しいお仕事の件で、ですか? でも、そんなわけないですよね」
「ねぇ棗さん。そんなわけないだなんて、私のことを何だと思っているんだ?」
「先生は先生ですよ。でも私の知っている先生はこんなことあまりしないなーって、そう思っただけです。というか先生も一人なんですね。弘明くんは?」
私の横に彼がいて当たり前だという認識なのだろうか。
いつも一緒にいるわけではないことくらい分かっているだろうに。
「先生がお洒落をしているから、てっきり弘明くんと一緒にいるのかと思ったんですよ。でも一緒じゃあないんだ」
「いつも一緒にいるわけではないよ」
「ふぅん。でも、彼はこんな先生の姿見たことないだろうから、もし会ったら驚くでしょうね。私ですら滅多に見ないから驚きましたもん」
「お洒落のつもりではなくてだな、ただ怪しまれないような服装をしたかっただけなんだが」
私からすればその服装をしていること自体が怪しいですが、と棗さんがケラケラと笑う。……失礼な。
「それで、最近はどうなんですか? 彼との関係性は。ただの友人って感じはしませんでしたけどね。私以外の人とほとんど関わりを持とうとしない先生が、出会ったばかり……ではないのかもしれないけれど、あんなに気を許して、熱冷ましのシートまで貼ってもらっちゃって、看病されている姿を見たらさすがの私でも何か察しますよ」
この間の写真を見ますか? と揶揄ったような表情で鞄の中から携帯を取り出し、画面を見せようとする。
やめてくれと焦って止めると、最初から本気でそうするつもりがなかったのだろう、棗さんはニヤリと笑った。
「そういうことばかりするんだから」
「だって先生が可愛いんですもん」
「こんなおじさんが可愛いだなんて。君の目は腐っているんじゃあないか」
「あらやだ。小説家なのにそんな表現しかできないんです? それに可愛いだなんて彼にもたくさん言われているでしょうに!」
当たり前のようにそんなことを口にする彼女に、先ほど声をかけられて驚いた以上の反応を返すと、「そんな大袈裟な」と、また笑われる。
彼と私の関係性について、何の迷いもなく友人以上であると決めつけているが、仮にそうだとして、彼女はどうしてその事実をさらりと受け入れられるのだろう?
「いくら私が棗さんと同じように彼に気を許していたとして、それがなぜ友人以上の関係だと判断する要素になるんだ?」
「私にも気を許してくれているんだ?」
「だからもう、そういうのは良いから」
「はいはーい。最初は先生の悩みについて友人が少ないからこそ悩むのかなと思っていましたけど、弘明くんが先生のためだけに私なんかと連絡先を交換して牽制したりとかしている姿を見たら、あれ? 違うなあと」
「牽制って。君は彼のあの行動をそう捉えたのか?」
「どう見てもそうでしょ? 先生の反応も可愛かったですけどね。まあそんなことは一旦置いといて、せっかくだからどこかでお茶でもしません? どうせ急ぎの用はないんでしょ?」
お勧めのカフェがいくつかあるからと、棗さんに腕を引っ張られる。
私と彼のことに余程興味があるのか、長い時間話を聞くつもりのようだ。
このモードに入ってしまうと、彼女が止まらなくなることはよく知っている。
自分で歩くから大丈夫だと何度か伝えたところでやっと腕を解放してもらい、少し早歩きの彼女の隣を歩いた。
「先生は珈琲が良いです? それとも何かパフェとか甘いものをしっかり食べたいですか?」
「お腹はそこまで空いていないから珈琲くらいで大丈夫だ」
「じゃあ、あそこの緑色の看板見えます? あのお店、珈琲がおいしいのでそこにしましょう。珈琲だけじゃあなくて、紅茶も充実しているし、最近はパンケーキもあるらしいんです。ふわふわのではなくて、薄めのもので、たっぷりバターが乗っているやつです。SNSでよく見かけるから食べてみたくて」
彼女に言われるがまま歩き続け、緑色の看板が目印の、雰囲気の良いカフェへと入った。
店内に入ると、甘い香りが漂ってきた。
けれど、思っていたよりも人が多く、人混みに不慣れな私は少し落ち着かない。
女性客が多く、噂のパンケーキがやたらと視界に入ってきた。
「しっとりとお話をする感じではないですけど、ここで良いです?」
「大丈夫だよ」
気にかけてくれている棗さんにそう返事をしたところで、穏やかそうや男性の店員さんに「二名様ですか?」と声をかけられる。
頷けばそのまま二階へと案内され、狭い階段を慎重に上がると、一階よりも少し開けた空間になっていた。
幸いまだ人もそこまで多くなく、壁側のソファ席を案内される。
四人掛けの席で、さらには観葉植物やちょっとした仕切りのおかげで半個室のような作りになっていた。
「ちょっと微妙かもと思いましたがこの席で良かったです。ゆっくり話せそうですね。この窓から景色も見えるし」
「そうだね。ゆっくりって、何を聞かれるのかと思うと、私は少し怖いんだが」
「まあまあ、まずはメニューでも見ましょう」
デザートは写真が載っており、あのパンケーキは最初のページで紹介されていた。彼女はすぐに食いつき、「私はこれを絶対に食べます!」と鼻息を荒くしている。
私はこのお店のブレンド珈琲に決め、注文をする。先程の男性店員が、パンケーキを楽しみにしている棗さんの様子を見ながら微笑んだ。
「ちょっと私、恥ずかしかったです?」
「ん? いいや、それが君の良さでもあるから。パンケーキ楽しみだね」
「へへ、私の良さですか。嬉しいです! って、そんなことよりも、ですよ。先生の話の続きをしなくちゃ」
テーブルに肘をつき、両手で頬を支えながら、上目遣いで棗さんがそう言う。
本当に切り替えが早い。
「いきなりだね」
「私はいつもいきなりですよ。ってだから、そんなことよりも、さっきの友人以上の関係だと判断した要素についてですけど、一番は彼の視線を見ていれば分かります。先生のこと大切にしているんだなあって」
切り替えの早さに戸惑う暇もなく、棗さんが言葉を続ける。
いつまでも気まずさを感じている場合ではないからと、話を聞いてみることにした。
「視線?」
「男性って視線に愛情が出やすいなと思うのは私だけですか? 先生も視線に出ていましたけども」
「私も……?」
男性のほうが視線に出やすいかどうかについて、実際にその通りなのかは分からないが、ここに来るまでの電車で見かけた恋人たちを思い出すと、確かに見つめ合う視線にお互いを思い合う気持ちが溢れていた。
視線に気持ちが表れやすい、ということは理解できる。
それでも私たちは恋人同士ではないのだから、私の視線はともかくとして、お互いにそういう気持ちが視線に表れている、というのは棗さんの優しいフィルターのおかげにも思えるが。
「お互い視線にすら出ているし、それをお互いに分かっているんだと思っていたんですが、違いました? え? でも付き合っているんじゃあないんですか?」
「付き合う!? まさか、そんなことはないよ」
「え? どうしてまさかなんて言うんです?」
棗さんは、囁き声にしては大きめの声でそう言い、それまで頬を支えていた手を、バンっとテーブルに叩きつけた。
水が注がれているコップの中の氷が、その振動でカランと揺れる。
「どうしてだなんて。そんなのどう見ても釣り合わないだろう? 君と弘明くんならまだしも、私が彼の横にそういう意味で並んでいたら不自然さしかない。さっきから視線がどうだとか言うけれど、それだけで隣にいられるわけないじゃあないか。そもそも男同士というだけではなくて、年齢差もこれだけあるというのに、どうして君はそうも当たり前に考えられるんだ?」
棗さんに負けじと言い返す。
こんなに自身の考えがすらすらと言葉になって出てきたのは初めてかもしれない。
整理する前の段階の思考そのものだから、自分でも何が言いたいのか分からなくなるが、口は止まらずに回り続ける。
彼女に突っ込まれてしまったら、これまで避けて守ってきたものが崩れそうな気がしたから、あまり割り込ませたくない。
そう思うだけで、これだけ言葉が出てくるのなら、私は案外ここぞというときに強いタイプなのかもしれないな。
「私と弘明くん? 何言ってるんです? そもそも彼が何歳なのかはっきりとは知りませんけど、自立している成人した大人だし、何より先生のほうが支えられていませんか? 実際のところ精神年齢で言えば彼のほうが上なのでは?」
「さすがにそれは言い過ぎじゃあないか?」
「先生が言わせたんでしょ? いつも言っていますけど、先生は細かいことを気にしすぎです。誰から見た不自然さなんですか? 少なくとも私はそう思いませんけどね。先生といる時の弘明くん、とても嬉しそうだったし、あなたの顔も柔らかかったですよ。お似合いでしたけど。先生って、本当に自分に自信がないですよね。それもまた可愛いんですけど、今はその可愛さが邪魔ですね」
ゆっくり話せますね、と微笑んでいた彼女はいなくなり、私に対して怒ったような表情と口調で話し続ける。私よりもさらに回転が早い。
ここまで言われると言い返しようがなくなってしまい、さっきまで案外強いかもしれないと考えていた私は消え去った。
「そうは言っても、自信は簡単に持てるものではないよ。私の性格を知っているだろう? これでも少し前向きに考えようとしてはいるんだよ」
テーブルの上で握っている手に力がこもる。喋りすぎで喉が渇き、コップの半分くらいの量を一気に流し込んだ。
棗さんは、そんな私を待つことなく、相変わらずの早さで話し続ける。
「そんなこと言ったって、そもそも自信を持つ気がないですよね? 隣に並んだ時の違和感だか何だか知りませんけど、そういうことばかりに気を取られて、他人から見てどうだとか、私なんかが……とか気にしていたら、本当に自分のほしいもの、必要なものはなくなっていきますよ。いつか終わるからとか色々悩むんでしょうが、何も踏み出さないで終わりをただ待つだなんて、そんな勿体無いこと私だったらしないですけどね」
何か言い返したかったが、その通り過ぎて言葉が出てこなかった。今は何を言っても答えにならない気がする。
怒ったような表情と口調ではなくて、棗さんは本当に私に対して怒っているみたいだ。
いつも私のために手を尽くしてくれているのに、これまで私に対して伝えてきてくれたことが、私の中で積み上がっていないと分かったからだろう。
「せっかく最近は前向きな印象もあったというのに、自分の内に留めている間は良くても、こうして私に触れられると、すぐに保身に走りますよね。どうせ他人には認めてもらえないと決めつけているから、せめて自分だけは自分を守らなきゃとでも思うんですか?」
何も言えないまま彼女の目を見つめると、彼女は眉を垂らしながら私を見つめ返す。
ああ、私に怒っているんじゃあない。伝わっていないことに悲しんでいるんだ。
「私は先生に幸せになってほしいって思っているんです。先生のこと大好きなんですよ。あなたが守りたいと思うものは、私にとっても大切だし、守りたいものでもあるんです。あまり怖がらないでくださいよ」
流石に一気に話し続け過ぎたと棗さんが水を飲む。私のことなのに、自分のこと以上に熱くなっている彼女を見て申し訳なくなった。
「ほら私って思ったことずけずけ言うから関係作るの難しいじゃあないですか。今もあなたの気持ちに共感せずに言いたいこと言っちゃっているし。それでも先生は、こんな私と仕事抜きにしても関わってくださるから、私の中で先生はずっと特別なんです。それに先生はとても魅力的ですよ。ご自身の魅力を今すぐに分からなくても良いです。でも私が先生のことを魅力的だと思っているという事実だけでも覚えておいてくださいね。親友からのお願いですよ」
タイミングが良いのか悪いのか、注文していた珈琲やパンケーキが運ばれてきた。
SNSで話題になっているのも頷けるその見た目に、彼女の目が輝く。
そんな彼女を見て、運んできてくれた店員さんが優しく微笑んだ。
「ねぇ先生。見てください!」
熱いうちにとすぐにシロップをかけ、パンケーキにそれが染みていく様子を嬉しそうに見ている。彼女を見ていると、私まで嬉しく思えた。
「おいしそう! 頼んでみて良かった。先生にも分けてあげますね!」
言いたいことを全て伝えたらお腹が空いたと、棗さんが笑い、それから大きな一口でパンケーキを頬張る。
うっとりとして食べ続ける彼女に私も笑い返し、珈琲を啜った。
「そういえば、今度はいつ会うんですか?」
「今月末に出かける予定があるけれど、彼が何も教えてくれないから、詳しいことはまだ」
「えっ、良いじゃあないですか! サプライズでもしてくれるんですかね? それなら、その日に着て行く服を一緒に選びましょう。先生に似合うとびきりの服、探すのお手伝いします」
「そんなに張り切った感じを出されると、恥ずかしいんだが」
テーブルに置いてあったケースから新しいフォークを取り出し、パンケーキのシロップが染みている部分を切り分けると、彼女はそれを私の口元へと運んだ。
唇に押しつけ、無理やり口を開かせてケーキを捩じ込んだ棗さんの行動力に感動すらする。
今日会ってから今の今まで、終始彼女のペースに巻き込まれている。
やはり台風のような人かもしれない。
「ちょっとくらい先生も張り切りましょう! どうせ言葉で全て伝えられないんだから、見た目だけでもアピールしていきましょうよ。私に任せてください!」
自分のことのように張り切る彼女に「お手柔らかに」と伝えると、わざとらしくニヤリと笑われた。
「食べ終わって少ししたら、早速行きましょうね! 彼の服装のイメージを考えてみても、先生が今日みたいにあまりカッチリとし過ぎても良くないかもしれないから、ラフな感じで探しましょうね。先生が年齢に拘るのなら、少しでも若く見えるようにしてみます? 髪も切って髭も剃っている今の感じだと、服装の渋さを除けば、実年齢より確実に片手分は若く見えますよ」
「ラフな感じ? 若く見えるように? 難しくないか?」
「いいえ! もう頭の中でイメージができています!」
私のことでここまで楽しくなれるのかというほどにご機嫌な彼女に降参する。
「何でもいい、君に任せるから」と言えば、残り一口になったパンケーキを見せつけるように口に含んだ。
私より大人びた考えをすることが多い彼女の、こういう子どもっぽさを見ると少し安心感すらある。
「じゃあ、行こうか」
買い物に付き合わせるお礼だと、お会計を済ませれば、ますます彼女のやる気が漲るようで、お店から出る際には軽くスキップをしていた。
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