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二章 エリスロース竜王国へ
エリスロース竜王国へ
すぐにでもエリスロース竜王国のプロミネンス公爵領に向かった方がいいという話になり、リヴィアスは慌てて持って行くものを用意する。
服はいつの間にか、侍女のアクアが用意しており、読み掛けの本を数冊持って行こうとすると、侍従のアンブラが用意していた。
用意周到な侍従と侍女に、リヴィアスは内心苦笑した。
その他の薬を作るための道具類は、母ステラが作ったマジックバッグに常に入れているので問題ない。
今の服装も、きらびやかな貴族服ではなく、旅にも適した身軽で丈夫な素材でシンプルな服だ。
腰まである長い銀色の髪も結い上げ、邪魔にならないようにする。
あっさりと準備が整ったリヴィアスは、馬車の方に向かおうとすると、レインに止められた。
「リヴィ、待った。もし良かったら、俺の騎竜のルスに乗らないか?」
「ルスに乗っても良いんですか?!」
天色の目を大きく見開いて、リヴィアスは頭一つ分背の高いレインを見上げる。
ルスはレインの騎竜で、卵の時からの彼の相棒だ。
子供の時はお互いの家に遊びによく行っていたため、リヴィアスはルスを知っている。
ルスの怪我や病気になった時は、すぐに薬を作って、レインに送るくらい、交流は深く、懐かれているとリヴィアスは思っている。
「ああ。元々そのつもりだったんだ。アンブラ達には馬車で敢えてプロミネンスに来てもらって、俺達は騎竜に乗って、後でウチの城で合流しようと思ってたんだ。万が一、アレが追って来たとしても、馬車の方を追うだろうし、騎竜にリヴィが乗ってるって気付いたとしても、空には届かないだろ? それに、ルスもリヴィを乗せることが出来て喜ぶ」
「ルスが嫌じゃなければ、乗りたいです!」
目を輝かせてリヴィアスは大きく頷いた。その天色の目が光に反射して、空色に輝く。
「よし、じゃあ、ルスのところに行こうか」
レイディアンス大公家の領主館の裏庭で、レインの騎竜ルスは待機している。
のんびりと大量の野菜と果物を食べていたルスは、レインの気配に気付き、彼の方を見た。その後ろに、リヴィアスがいることに気付いたルスは、嬉しそうな声で鳴いた。
「ルス! 元気にしてた?」
侍女のアクアに、空は寒いだろうからと外套を渡され、着たリヴィアスはルスに駆け寄る。
鳴いて返事をするルスの鼻を撫でて、リヴィアスは朗らかに笑う。
「ルス。リヴィと一緒にプロミネンスに帰るけど、ルスの背に乗せてもいいか?」
レインがルスの太い首を撫でながら、声を掛ける。
人間の言葉を理解しているのか、それに答えるかのようにルスはレインに頷いた。
「ありがとな。それじゃあ、リヴィ。準備はいいか?」
「はい。父様、母様、グレイ兄様、アイス。行ってきます。何かありましたら、すぐ連絡を下さい。薬も定期的に送りますし、手紙も送ります」
リヴィアスは穏やかに微笑み、ミストラル達に一礼する。
「こちらも何か進展等あれば連絡する。無理はするなよ、リヴィアス」
「薬を作るのは良いけれど、程々にね?」
「リヴィがプロミネンスにいる間に、あの不貞野郎と浮気相手は後悔させておく。ゆっくり休むんだぞ」
「リヴィ兄上、薬を作るのはいいけど、ちゃんと食事と睡眠は摂ってね!」
自分の身を案じる家族達の言葉に、温かい気持ちになりながら、リヴィアスは大きく頷いた。
ミストラル達は数歩、離れる。
レインの手を借り、騎竜のルスの背にある鞍にリヴィアスは乗る。その後ろにレインが乗り、リヴィアスが落ちないようにする。
しっかり乗ったのを確認したルスは一鳴きして、翼を広げた。
小さく翼を上下に揺らし、鋭い爪がついた足でその場を跳ねた。
風にしっかり乗り、ルスの身体は宙に浮いた。
「行ってきます!」
リヴィアスがもう一度、家族に挨拶をしてから、ルスは一気に上空へと飛ぶ。
地上から空を見上げるミストラル達の目には、あっという間にルスは見えなくなった。
「――さぁ、あの小僧と浮気相手には、リヴィアスを傷付けたことを後悔してもらおう。もう容赦しない」
「そうですね。作戦を考えましょうか、父上」
しばらく空を見上げた後、ミストラルはそう呟き、執務室へと向かった。その後ろをグレイシア達が続いた。
レイディアンス辺境領を上空から見下ろし、リヴィアスは興奮したように目を輝かせている。
上空は寒いのだが、レインの魔法で騎竜のルスの周囲に結界を張り、風の抵抗を抑え、空気も暖かくしている。騎竜に乗る際に必ず行うことで、この結界のお陰で、長時間乗ることが出来る。
暖かいお陰で、リヴィアスも目を輝かせてレイディアンス辺境領の領主館を指差したり、領内の森を見たりしている年齢相応な姿に、レインの口元が綻ぶ。
「リヴィ。もう少しで国境だ」
レイディアンス辺境領とエリスロース竜王国の間の国境の関所を、レインは騎竜のルスの手綱を駆使して目指す。
騎竜で国を越境するため、関所を通らないといけない。無視して越境すると不法侵入になる上に、国際問題に繋がる。
ブラカーシュ王国のレイディアンス辺境領に接している、エリスロース竜王国の国境沿いの領は国所有の領だ。
元々、伯爵家の領だったのだが、十年前にエリスロース竜王国の王子を誘拐し、ブラカーシュ王国とエリスロース竜王国と隣り合う国へ売ろうとしていたところを、レイディアンス大公とプロミネンス女公爵とその夫プロミネンス侯爵が救ったことで、犯人だった伯爵家は爵位を剥奪され、領は取り上げられ、エリスロース竜王国の所有となった。
その国境沿いの国が管理している関所に降り立ち、レインは自分とリヴィアスの身分証明書を関所の騎士に見せる。
関所の騎士はレインの顔馴染みだったようで、リヴィアスと従兄弟同士だと知ると、気さくに話し掛けてくれ、更には少しの手続きの間にお茶やお菓子をくれた。
リヴィアスは嬉しそうにお礼を言い、中級ポーションを関所の騎士人数分渡した。
レインはそれにぎょっとして驚き、慌ててプロミネンス公爵家からの差し入れと伝え、関所の騎士に受け取ってもらった。
リヴィアス達は騎竜のルスに再び乗り、プロミネンス公爵領を目指した。
「リヴィ……茶菓子をもらったお礼なのは分かるが、流石に差し引いても中級ポーションの方が高いからな?」
「う……でも、関所の騎士さん達、初対面の僕にも優しかったし、関所のお仕事は大変で、怪我をすることが多いだろうから、少しでも怪我がなくなればと思って……ごめんなさい」
ルスに乗り、空を飛びながら、リヴィアスはレインに窘められ、しょんぼりと項垂れる。
「気持ちは分かるけどな。リヴィが心優しいのも知ってるけど、無償でポーションを渡すのは違うぞ。エリスロース竜王国だと、下級ポーションでも銀貨三枚程度の相場で、中級ポーションは銀貨ニ十枚から三十五枚くらいだ。それを無償で渡すと、他の薬師達にも影響が出る。リヴィにとっても本意ではないだろ?」
「そうですね……レイン兄様の仰る通りです……。良かれと思ってしまいました……」
「次、気を付ければいいさ。リヴィの気持ちは分かってるから。公的の時はしっかりしてるのに、私的な時は損してでも助けようとするのも知ってる。まぁ、プロミネンス公爵家からの差し入れとしておけば、少しばかり、融通が利くかもしれないしな。そういう意味では良かったかもな」
片目を瞑って、レインはリヴィアスの頭を撫でる。
「気を付けます」
レインの表情にホッとして、リヴィアスは肝に銘じた。
「あの、レイン兄様。エリスロース竜王国とブラカーシュ王国の貨幣の価値は同じなんですよね?」
ふと思い出したように、リヴィアスは背後のレインの方を振り返る。
「ん? ああ。大体の主要国では共通の貨幣だし、価値は同じだな。一部では自国だけの貨幣もあるらしいが……」
レインは思い出すように、目線を上に向けて呟く。
世界共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類だ。
銅貨十枚が銀貨一枚。銀貨百枚が金貨一枚。金貨百枚が白金貨一枚。白金貨百枚で大白金貨になる。
「共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類ですよね。大白金貨は流石に僕は見たことがないですが、レイン兄様はありますか?」
「いや、俺もないなぁー。リヴィは白金貨を何処で見たんだ?」
「伯父様――国王陛下が、父様に報奨金として渡したのを一度だけ……」
「……報奨金……ミストラル叔父上、何したんだ?」
「えーっと、五年前にレイディアンス辺境領に現れたケルベロスを単独討伐した報奨金です」
リヴィアスの言葉を聞き、レインの顔が引き攣った。
「ケルベロスを単独……普通、大勢で連携取って倒すのが普通だからな?! “水碧の大公殿下”怖過ぎっ!」
「父様、強いからという理由で辺境領の領主になりましたからね……」
苦笑いを浮かべ、リヴィアスはレインを見上げる。
「エリスロースでも、流石にケルベロス単独討伐は難しいだろうな……。一人出来そうな方がいらっしゃるけど、何かあった時に大事になるから、皆止めるだろうし」
「討伐出来そうな方って、どなたですか?」
「王太子殿下だよ。あの方は強いから、時々手合わせして下さるけど、俺は負けっぱなしだよ」
「凄い方なんですね……」
目をぱちくりと瞬かせながら、リヴィアスは呟く。
「機会があれば、紹介するよ、リヴィ」
「えっ?! いえ、恐れ多いですし、紹介されても凄い方との話題が思い付きません!」
「凄い方だけど、気さくな方だから大丈夫だよ。それに、機会があれば、だから!」
「機会なんてありませんよ……! 僕は元々、引き籠もりの薬師なんですから……!」
頭を左右に振り、リヴィアスはあわあわと焦る。
特に今は婚約破棄されて、婚約者からも解放され、次以降の婚約もしないと父ミストラルにお願いして、生涯独身でいるつもりのリヴィアスは内心、慌てふためく。
ただひたすら、引き籠もって薬を作っていたい。
今のリヴィアスは、そのことしか頭にないのだ。
そんな会話をしていると、プロミネンス公爵領に入ったことにリヴィアスは気付いた。
上空から見るプロミネンス公爵領は初めてだが、領都の形を見て、すぐに分かった。
プロミネンス公爵領の領都は、過去に功績を認められて、エリスロース竜王家が所有していた城を下賜され、許可を貰って改装改築した。
改装改築した城を中心に、公共施設、商業施設、領民の家が円状に連なり、騎士の屯所が外周に点在し、大きな壁で隔てて魔物等の侵入を防ぐ要塞のような形に見える。
要塞のような形の領都の城の内部の広場に向かって、ルスの手綱を駆使して、降り立つ。
レインの手を借りて、ルスから降りるとリヴィアスは持参したマジックバッグから、林檎を取り出した。
「ルス、お疲れ様。乗せてくれてありがとう」
林檎をルスに差し出し、リヴィアスは首を撫でた。
「リヴィ! いらっしゃい! レインお兄様、お帰り!」
銀色の髪、橙色の勝ち気な少し吊り目、レインと同じ左に竜を象る紋章が描かれた腕章を着け、赤い炎の環を象った模様の黒いローブ、深緑色の騎士服を着た女性がリヴィアスに抱き着く。
「わっ、アウラ姉様! お久し振りです。しばらくお邪魔します」
リヴィアスは驚きつつも、嬉しそうに微笑む。
「あー! 何で、十六歳の男の子なのにこんなに可愛いの! リヴィが変な奴のところに嫁がなくて、本っっ当に良かった!」
「ね、姉様……あの、苦しいです……」
嘆くアウラにぎゅうぎゅうと抱き締められ、リヴィアスはローブ越しに肩を優しく叩く。
「アウラ、落ち着けよ。リヴィが苦しがってるぞ」
ルスの手綱を厩務員に渡し、厩舎に連れられる姿を見届けつつ、レインは呆れた声でアウラに言う。
「あっ、ごめんね、リヴィ。あの最悪な奴から逃れて、本当に良かったね。婚約者を大事にしない奴は、箪笥の角に足の小指がぶつかればいいのよ!」
「アウラ姉様、僕は元々婚約者に恋愛感情を持っていませんでしたから、気になさらないで下さい。もう、関係ありませんし……」
我が事のように怒るアウラに苦笑しながら、リヴィアスは呟く。
「うーん……あの最悪な奴に対する危機感のなさは心配だけれど、リヴィがそこまで落ち込んでなくて良かったわ。というか、恋愛感情を持たれなかったなんて、あの最悪な奴、哀れね……」
「アウラ姉様、後半、何と言いましたか……?」
後半が小声で聞き取れず、リヴィアスは首を傾げて聞き返す。
「気にしなくていいわ。何でもないのよ。さぁ、リヴィ! しばらくウチにいるんでしょ? お父様とお母様に挨拶した後はゆっくりしましょう!」
リヴィアスの両手をぎゅっと握り、アウラは嬉しそうに笑う。
レインとアウラに連れられ、リヴィアスはプロミネンス公爵家の当主で母ステラの姉エクラと、その夫のエタンセルに挨拶した。
アンブラ達もその日の夜にプロミネンス公爵領に到着し、合流した。
※いつの間にか、お気に入り登録が300人を超えていて、非常に驚いています(見た瞬間、腰が抜けました……)
読んで下さって、本当にありがとうございます!
あと少し、あと少しでヒーローがさらっと出ますので、もう少しお待ち下さいませ。
服はいつの間にか、侍女のアクアが用意しており、読み掛けの本を数冊持って行こうとすると、侍従のアンブラが用意していた。
用意周到な侍従と侍女に、リヴィアスは内心苦笑した。
その他の薬を作るための道具類は、母ステラが作ったマジックバッグに常に入れているので問題ない。
今の服装も、きらびやかな貴族服ではなく、旅にも適した身軽で丈夫な素材でシンプルな服だ。
腰まである長い銀色の髪も結い上げ、邪魔にならないようにする。
あっさりと準備が整ったリヴィアスは、馬車の方に向かおうとすると、レインに止められた。
「リヴィ、待った。もし良かったら、俺の騎竜のルスに乗らないか?」
「ルスに乗っても良いんですか?!」
天色の目を大きく見開いて、リヴィアスは頭一つ分背の高いレインを見上げる。
ルスはレインの騎竜で、卵の時からの彼の相棒だ。
子供の時はお互いの家に遊びによく行っていたため、リヴィアスはルスを知っている。
ルスの怪我や病気になった時は、すぐに薬を作って、レインに送るくらい、交流は深く、懐かれているとリヴィアスは思っている。
「ああ。元々そのつもりだったんだ。アンブラ達には馬車で敢えてプロミネンスに来てもらって、俺達は騎竜に乗って、後でウチの城で合流しようと思ってたんだ。万が一、アレが追って来たとしても、馬車の方を追うだろうし、騎竜にリヴィが乗ってるって気付いたとしても、空には届かないだろ? それに、ルスもリヴィを乗せることが出来て喜ぶ」
「ルスが嫌じゃなければ、乗りたいです!」
目を輝かせてリヴィアスは大きく頷いた。その天色の目が光に反射して、空色に輝く。
「よし、じゃあ、ルスのところに行こうか」
レイディアンス大公家の領主館の裏庭で、レインの騎竜ルスは待機している。
のんびりと大量の野菜と果物を食べていたルスは、レインの気配に気付き、彼の方を見た。その後ろに、リヴィアスがいることに気付いたルスは、嬉しそうな声で鳴いた。
「ルス! 元気にしてた?」
侍女のアクアに、空は寒いだろうからと外套を渡され、着たリヴィアスはルスに駆け寄る。
鳴いて返事をするルスの鼻を撫でて、リヴィアスは朗らかに笑う。
「ルス。リヴィと一緒にプロミネンスに帰るけど、ルスの背に乗せてもいいか?」
レインがルスの太い首を撫でながら、声を掛ける。
人間の言葉を理解しているのか、それに答えるかのようにルスはレインに頷いた。
「ありがとな。それじゃあ、リヴィ。準備はいいか?」
「はい。父様、母様、グレイ兄様、アイス。行ってきます。何かありましたら、すぐ連絡を下さい。薬も定期的に送りますし、手紙も送ります」
リヴィアスは穏やかに微笑み、ミストラル達に一礼する。
「こちらも何か進展等あれば連絡する。無理はするなよ、リヴィアス」
「薬を作るのは良いけれど、程々にね?」
「リヴィがプロミネンスにいる間に、あの不貞野郎と浮気相手は後悔させておく。ゆっくり休むんだぞ」
「リヴィ兄上、薬を作るのはいいけど、ちゃんと食事と睡眠は摂ってね!」
自分の身を案じる家族達の言葉に、温かい気持ちになりながら、リヴィアスは大きく頷いた。
ミストラル達は数歩、離れる。
レインの手を借り、騎竜のルスの背にある鞍にリヴィアスは乗る。その後ろにレインが乗り、リヴィアスが落ちないようにする。
しっかり乗ったのを確認したルスは一鳴きして、翼を広げた。
小さく翼を上下に揺らし、鋭い爪がついた足でその場を跳ねた。
風にしっかり乗り、ルスの身体は宙に浮いた。
「行ってきます!」
リヴィアスがもう一度、家族に挨拶をしてから、ルスは一気に上空へと飛ぶ。
地上から空を見上げるミストラル達の目には、あっという間にルスは見えなくなった。
「――さぁ、あの小僧と浮気相手には、リヴィアスを傷付けたことを後悔してもらおう。もう容赦しない」
「そうですね。作戦を考えましょうか、父上」
しばらく空を見上げた後、ミストラルはそう呟き、執務室へと向かった。その後ろをグレイシア達が続いた。
レイディアンス辺境領を上空から見下ろし、リヴィアスは興奮したように目を輝かせている。
上空は寒いのだが、レインの魔法で騎竜のルスの周囲に結界を張り、風の抵抗を抑え、空気も暖かくしている。騎竜に乗る際に必ず行うことで、この結界のお陰で、長時間乗ることが出来る。
暖かいお陰で、リヴィアスも目を輝かせてレイディアンス辺境領の領主館を指差したり、領内の森を見たりしている年齢相応な姿に、レインの口元が綻ぶ。
「リヴィ。もう少しで国境だ」
レイディアンス辺境領とエリスロース竜王国の間の国境の関所を、レインは騎竜のルスの手綱を駆使して目指す。
騎竜で国を越境するため、関所を通らないといけない。無視して越境すると不法侵入になる上に、国際問題に繋がる。
ブラカーシュ王国のレイディアンス辺境領に接している、エリスロース竜王国の国境沿いの領は国所有の領だ。
元々、伯爵家の領だったのだが、十年前にエリスロース竜王国の王子を誘拐し、ブラカーシュ王国とエリスロース竜王国と隣り合う国へ売ろうとしていたところを、レイディアンス大公とプロミネンス女公爵とその夫プロミネンス侯爵が救ったことで、犯人だった伯爵家は爵位を剥奪され、領は取り上げられ、エリスロース竜王国の所有となった。
その国境沿いの国が管理している関所に降り立ち、レインは自分とリヴィアスの身分証明書を関所の騎士に見せる。
関所の騎士はレインの顔馴染みだったようで、リヴィアスと従兄弟同士だと知ると、気さくに話し掛けてくれ、更には少しの手続きの間にお茶やお菓子をくれた。
リヴィアスは嬉しそうにお礼を言い、中級ポーションを関所の騎士人数分渡した。
レインはそれにぎょっとして驚き、慌ててプロミネンス公爵家からの差し入れと伝え、関所の騎士に受け取ってもらった。
リヴィアス達は騎竜のルスに再び乗り、プロミネンス公爵領を目指した。
「リヴィ……茶菓子をもらったお礼なのは分かるが、流石に差し引いても中級ポーションの方が高いからな?」
「う……でも、関所の騎士さん達、初対面の僕にも優しかったし、関所のお仕事は大変で、怪我をすることが多いだろうから、少しでも怪我がなくなればと思って……ごめんなさい」
ルスに乗り、空を飛びながら、リヴィアスはレインに窘められ、しょんぼりと項垂れる。
「気持ちは分かるけどな。リヴィが心優しいのも知ってるけど、無償でポーションを渡すのは違うぞ。エリスロース竜王国だと、下級ポーションでも銀貨三枚程度の相場で、中級ポーションは銀貨ニ十枚から三十五枚くらいだ。それを無償で渡すと、他の薬師達にも影響が出る。リヴィにとっても本意ではないだろ?」
「そうですね……レイン兄様の仰る通りです……。良かれと思ってしまいました……」
「次、気を付ければいいさ。リヴィの気持ちは分かってるから。公的の時はしっかりしてるのに、私的な時は損してでも助けようとするのも知ってる。まぁ、プロミネンス公爵家からの差し入れとしておけば、少しばかり、融通が利くかもしれないしな。そういう意味では良かったかもな」
片目を瞑って、レインはリヴィアスの頭を撫でる。
「気を付けます」
レインの表情にホッとして、リヴィアスは肝に銘じた。
「あの、レイン兄様。エリスロース竜王国とブラカーシュ王国の貨幣の価値は同じなんですよね?」
ふと思い出したように、リヴィアスは背後のレインの方を振り返る。
「ん? ああ。大体の主要国では共通の貨幣だし、価値は同じだな。一部では自国だけの貨幣もあるらしいが……」
レインは思い出すように、目線を上に向けて呟く。
世界共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類だ。
銅貨十枚が銀貨一枚。銀貨百枚が金貨一枚。金貨百枚が白金貨一枚。白金貨百枚で大白金貨になる。
「共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類ですよね。大白金貨は流石に僕は見たことがないですが、レイン兄様はありますか?」
「いや、俺もないなぁー。リヴィは白金貨を何処で見たんだ?」
「伯父様――国王陛下が、父様に報奨金として渡したのを一度だけ……」
「……報奨金……ミストラル叔父上、何したんだ?」
「えーっと、五年前にレイディアンス辺境領に現れたケルベロスを単独討伐した報奨金です」
リヴィアスの言葉を聞き、レインの顔が引き攣った。
「ケルベロスを単独……普通、大勢で連携取って倒すのが普通だからな?! “水碧の大公殿下”怖過ぎっ!」
「父様、強いからという理由で辺境領の領主になりましたからね……」
苦笑いを浮かべ、リヴィアスはレインを見上げる。
「エリスロースでも、流石にケルベロス単独討伐は難しいだろうな……。一人出来そうな方がいらっしゃるけど、何かあった時に大事になるから、皆止めるだろうし」
「討伐出来そうな方って、どなたですか?」
「王太子殿下だよ。あの方は強いから、時々手合わせして下さるけど、俺は負けっぱなしだよ」
「凄い方なんですね……」
目をぱちくりと瞬かせながら、リヴィアスは呟く。
「機会があれば、紹介するよ、リヴィ」
「えっ?! いえ、恐れ多いですし、紹介されても凄い方との話題が思い付きません!」
「凄い方だけど、気さくな方だから大丈夫だよ。それに、機会があれば、だから!」
「機会なんてありませんよ……! 僕は元々、引き籠もりの薬師なんですから……!」
頭を左右に振り、リヴィアスはあわあわと焦る。
特に今は婚約破棄されて、婚約者からも解放され、次以降の婚約もしないと父ミストラルにお願いして、生涯独身でいるつもりのリヴィアスは内心、慌てふためく。
ただひたすら、引き籠もって薬を作っていたい。
今のリヴィアスは、そのことしか頭にないのだ。
そんな会話をしていると、プロミネンス公爵領に入ったことにリヴィアスは気付いた。
上空から見るプロミネンス公爵領は初めてだが、領都の形を見て、すぐに分かった。
プロミネンス公爵領の領都は、過去に功績を認められて、エリスロース竜王家が所有していた城を下賜され、許可を貰って改装改築した。
改装改築した城を中心に、公共施設、商業施設、領民の家が円状に連なり、騎士の屯所が外周に点在し、大きな壁で隔てて魔物等の侵入を防ぐ要塞のような形に見える。
要塞のような形の領都の城の内部の広場に向かって、ルスの手綱を駆使して、降り立つ。
レインの手を借りて、ルスから降りるとリヴィアスは持参したマジックバッグから、林檎を取り出した。
「ルス、お疲れ様。乗せてくれてありがとう」
林檎をルスに差し出し、リヴィアスは首を撫でた。
「リヴィ! いらっしゃい! レインお兄様、お帰り!」
銀色の髪、橙色の勝ち気な少し吊り目、レインと同じ左に竜を象る紋章が描かれた腕章を着け、赤い炎の環を象った模様の黒いローブ、深緑色の騎士服を着た女性がリヴィアスに抱き着く。
「わっ、アウラ姉様! お久し振りです。しばらくお邪魔します」
リヴィアスは驚きつつも、嬉しそうに微笑む。
「あー! 何で、十六歳の男の子なのにこんなに可愛いの! リヴィが変な奴のところに嫁がなくて、本っっ当に良かった!」
「ね、姉様……あの、苦しいです……」
嘆くアウラにぎゅうぎゅうと抱き締められ、リヴィアスはローブ越しに肩を優しく叩く。
「アウラ、落ち着けよ。リヴィが苦しがってるぞ」
ルスの手綱を厩務員に渡し、厩舎に連れられる姿を見届けつつ、レインは呆れた声でアウラに言う。
「あっ、ごめんね、リヴィ。あの最悪な奴から逃れて、本当に良かったね。婚約者を大事にしない奴は、箪笥の角に足の小指がぶつかればいいのよ!」
「アウラ姉様、僕は元々婚約者に恋愛感情を持っていませんでしたから、気になさらないで下さい。もう、関係ありませんし……」
我が事のように怒るアウラに苦笑しながら、リヴィアスは呟く。
「うーん……あの最悪な奴に対する危機感のなさは心配だけれど、リヴィがそこまで落ち込んでなくて良かったわ。というか、恋愛感情を持たれなかったなんて、あの最悪な奴、哀れね……」
「アウラ姉様、後半、何と言いましたか……?」
後半が小声で聞き取れず、リヴィアスは首を傾げて聞き返す。
「気にしなくていいわ。何でもないのよ。さぁ、リヴィ! しばらくウチにいるんでしょ? お父様とお母様に挨拶した後はゆっくりしましょう!」
リヴィアスの両手をぎゅっと握り、アウラは嬉しそうに笑う。
レインとアウラに連れられ、リヴィアスはプロミネンス公爵家の当主で母ステラの姉エクラと、その夫のエタンセルに挨拶した。
アンブラ達もその日の夜にプロミネンス公爵領に到着し、合流した。
※いつの間にか、お気に入り登録が300人を超えていて、非常に驚いています(見た瞬間、腰が抜けました……)
読んで下さって、本当にありがとうございます!
あと少し、あと少しでヒーローがさらっと出ますので、もう少しお待ち下さいませ。
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婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。