7 / 71
二章 エリスロース竜王国へ
エリスロース竜王国へ
しおりを挟む
すぐにでもエリスロース竜王国のプロミネンス公爵領に向かった方がいいという話になり、リヴィアスは慌てて持って行くものを用意する。
服はいつの間にか、侍女のアクアが用意しており、読み掛けの本を数冊持って行こうとすると、侍従のアンブラが用意していた。
用意周到な侍従と侍女に、リヴィアスは内心苦笑した。
その他の薬を作るための道具類は、母ステラが作ったマジックバッグに常に入れているので問題ない。
今の服装も、きらびやかな貴族服ではなく、旅にも適した身軽で丈夫な素材でシンプルな服だ。
腰まである長い銀色の髪も結い上げ、邪魔にならないようにする。
あっさりと準備が整ったリヴィアスは、馬車の方に向かおうとすると、レインに止められた。
「リヴィ、待った。もし良かったら、俺の騎竜のルスに乗らないか?」
「ルスに乗っても良いんですか?!」
天色の目を大きく見開いて、リヴィアスは頭一つ分背の高いレインを見上げる。
ルスはレインの騎竜で、卵の時からの彼の相棒だ。
子供の時はお互いの家に遊びによく行っていたため、リヴィアスはルスを知っている。
ルスの怪我や病気になった時は、すぐに薬を作って、レインに送るくらい、交流は深く、懐かれているとリヴィアスは思っている。
「ああ。元々そのつもりだったんだ。アンブラ達には馬車で敢えてプロミネンスに来てもらって、俺達は騎竜に乗って、後でウチの城で合流しようと思ってたんだ。万が一、アレが追って来たとしても、馬車の方を追うだろうし、騎竜にリヴィが乗ってるって気付いたとしても、空には届かないだろ? それに、ルスもリヴィを乗せることが出来て喜ぶ」
「ルスが嫌じゃなければ、乗りたいです!」
目を輝かせてリヴィアスは大きく頷いた。その天色の目が光に反射して、空色に輝く。
「よし、じゃあ、ルスのところに行こうか」
レイディアンス大公家の領主館の裏庭で、レインの騎竜ルスは待機している。
のんびりと大量の野菜と果物を食べていたルスは、レインの気配に気付き、彼の方を見た。その後ろに、リヴィアスがいることに気付いたルスは、嬉しそうな声で鳴いた。
「ルス! 元気にしてた?」
侍女のアクアに、空は寒いだろうからと外套を渡され、着たリヴィアスはルスに駆け寄る。
鳴いて返事をするルスの鼻を撫でて、リヴィアスは朗らかに笑う。
「ルス。リヴィと一緒にプロミネンスに帰るけど、ルスの背に乗せてもいいか?」
レインがルスの太い首を撫でながら、声を掛ける。
人間の言葉を理解しているのか、それに答えるかのようにルスはレインに頷いた。
「ありがとな。それじゃあ、リヴィ。準備はいいか?」
「はい。父様、母様、グレイ兄様、アイス。行ってきます。何かありましたら、すぐ連絡を下さい。薬も定期的に送りますし、手紙も送ります」
リヴィアスは穏やかに微笑み、ミストラル達に一礼する。
「こちらも何か進展等あれば連絡する。無理はするなよ、リヴィアス」
「薬を作るのは良いけれど、程々にね?」
「リヴィがプロミネンスにいる間に、あの不貞野郎と浮気相手は後悔させておく。ゆっくり休むんだぞ」
「リヴィ兄上、薬を作るのはいいけど、ちゃんと食事と睡眠は摂ってね!」
自分の身を案じる家族達の言葉に、温かい気持ちになりながら、リヴィアスは大きく頷いた。
ミストラル達は数歩、離れる。
レインの手を借り、騎竜のルスの背にある鞍にリヴィアスは乗る。その後ろにレインが乗り、リヴィアスが落ちないようにする。
しっかり乗ったのを確認したルスは一鳴きして、翼を広げた。
小さく翼を上下に揺らし、鋭い爪がついた足でその場を跳ねた。
風にしっかり乗り、ルスの身体は宙に浮いた。
「行ってきます!」
リヴィアスがもう一度、家族に挨拶をしてから、ルスは一気に上空へと飛ぶ。
地上から空を見上げるミストラル達の目には、あっという間にルスは見えなくなった。
「――さぁ、あの小僧と浮気相手には、リヴィアスを傷付けたことを後悔してもらおう。もう容赦しない」
「そうですね。作戦を考えましょうか、父上」
しばらく空を見上げた後、ミストラルはそう呟き、執務室へと向かった。その後ろをグレイシア達が続いた。
レイディアンス辺境領を上空から見下ろし、リヴィアスは興奮したように目を輝かせている。
上空は寒いのだが、レインの魔法で騎竜のルスの周囲に結界を張り、風の抵抗を抑え、空気も暖かくしている。騎竜に乗る際に必ず行うことで、この結界のお陰で、長時間乗ることが出来る。
暖かいお陰で、リヴィアスも目を輝かせてレイディアンス辺境領の領主館を指差したり、領内の森を見たりしている年齢相応な姿に、レインの口元が綻ぶ。
「リヴィ。もう少しで国境だ」
レイディアンス辺境領とエリスロース竜王国の間の国境の関所を、レインは騎竜のルスの手綱を駆使して目指す。
騎竜で国を越境するため、関所を通らないといけない。無視して越境すると不法侵入になる上に、国際問題に繋がる。
ブラカーシュ王国のレイディアンス辺境領に接している、エリスロース竜王国の国境沿いの領は国所有の領だ。
元々、伯爵家の領だったのだが、十年前にエリスロース竜王国の王子を誘拐し、ブラカーシュ王国とエリスロース竜王国と隣り合う国へ売ろうとしていたところを、レイディアンス大公とプロミネンス女公爵とその夫プロミネンス侯爵が救ったことで、犯人だった伯爵家は爵位を剥奪され、領は取り上げられ、エリスロース竜王国の所有となった。
その国境沿いの国が管理している関所に降り立ち、レインは自分とリヴィアスの身分証明書を関所の騎士に見せる。
関所の騎士はレインの顔馴染みだったようで、リヴィアスと従兄弟同士だと知ると、気さくに話し掛けてくれ、更には少しの手続きの間にお茶やお菓子をくれた。
リヴィアスは嬉しそうにお礼を言い、中級ポーションを関所の騎士人数分渡した。
レインはそれにぎょっとして驚き、慌ててプロミネンス公爵家からの差し入れと伝え、関所の騎士に受け取ってもらった。
リヴィアス達は騎竜のルスに再び乗り、プロミネンス公爵領を目指した。
「リヴィ……茶菓子をもらったお礼なのは分かるが、流石に差し引いても中級ポーションの方が高いからな?」
「う……でも、関所の騎士さん達、初対面の僕にも優しかったし、関所のお仕事は大変で、怪我をすることが多いだろうから、少しでも怪我がなくなればと思って……ごめんなさい」
ルスに乗り、空を飛びながら、リヴィアスはレインに窘められ、しょんぼりと項垂れる。
「気持ちは分かるけどな。リヴィが心優しいのも知ってるけど、無償でポーションを渡すのは違うぞ。エリスロース竜王国だと、下級ポーションでも銀貨三枚程度の相場で、中級ポーションは銀貨ニ十枚から三十五枚くらいだ。それを無償で渡すと、他の薬師達にも影響が出る。リヴィにとっても本意ではないだろ?」
「そうですね……レイン兄様の仰る通りです……。良かれと思ってしまいました……」
「次、気を付ければいいさ。リヴィの気持ちは分かってるから。公的の時はしっかりしてるのに、私的な時は損してでも助けようとするのも知ってる。まぁ、プロミネンス公爵家からの差し入れとしておけば、少しばかり、融通が利くかもしれないしな。そういう意味では良かったかもな」
片目を瞑って、レインはリヴィアスの頭を撫でる。
「気を付けます」
レインの表情にホッとして、リヴィアスは肝に銘じた。
「あの、レイン兄様。エリスロース竜王国とブラカーシュ王国の貨幣の価値は同じなんですよね?」
ふと思い出したように、リヴィアスは背後のレインの方を振り返る。
「ん? ああ。大体の主要国では共通の貨幣だし、価値は同じだな。一部では自国だけの貨幣もあるらしいが……」
レインは思い出すように、目線を上に向けて呟く。
世界共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類だ。
銅貨十枚が銀貨一枚。銀貨百枚が金貨一枚。金貨百枚が白金貨一枚。白金貨百枚で大白金貨になる。
「共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類ですよね。大白金貨は流石に僕は見たことがないですが、レイン兄様はありますか?」
「いや、俺もないなぁー。リヴィは白金貨を何処で見たんだ?」
「伯父様――国王陛下が、父様に報奨金として渡したのを一度だけ……」
「……報奨金……ミストラル叔父上、何したんだ?」
「えーっと、五年前にレイディアンス辺境領に現れたケルベロスを単独討伐した報奨金です」
リヴィアスの言葉を聞き、レインの顔が引き攣った。
「ケルベロスを単独……普通、大勢で連携取って倒すのが普通だからな?! “水碧の大公殿下”怖過ぎっ!」
「父様、強いからという理由で辺境領の領主になりましたからね……」
苦笑いを浮かべ、リヴィアスはレインを見上げる。
「エリスロースでも、流石にケルベロス単独討伐は難しいだろうな……。一人出来そうな方がいらっしゃるけど、何かあった時に大事になるから、皆止めるだろうし」
「討伐出来そうな方って、どなたですか?」
「王太子殿下だよ。あの方は強いから、時々手合わせして下さるけど、俺は負けっぱなしだよ」
「凄い方なんですね……」
目をぱちくりと瞬かせながら、リヴィアスは呟く。
「機会があれば、紹介するよ、リヴィ」
「えっ?! いえ、恐れ多いですし、紹介されても凄い方との話題が思い付きません!」
「凄い方だけど、気さくな方だから大丈夫だよ。それに、機会があれば、だから!」
「機会なんてありませんよ……! 僕は元々、引き籠もりの薬師なんですから……!」
頭を左右に振り、リヴィアスはあわあわと焦る。
特に今は婚約破棄されて、婚約者からも解放され、次以降の婚約もしないと父ミストラルにお願いして、生涯独身でいるつもりのリヴィアスは内心、慌てふためく。
ただひたすら、引き籠もって薬を作っていたい。
今のリヴィアスは、そのことしか頭にないのだ。
そんな会話をしていると、プロミネンス公爵領に入ったことにリヴィアスは気付いた。
上空から見るプロミネンス公爵領は初めてだが、領都の形を見て、すぐに分かった。
プロミネンス公爵領の領都は、過去に功績を認められて、エリスロース竜王家が所有していた城を下賜され、許可を貰って改装改築した。
改装改築した城を中心に、公共施設、商業施設、領民の家が円状に連なり、騎士の屯所が外周に点在し、大きな壁で隔てて魔物等の侵入を防ぐ要塞のような形に見える。
要塞のような形の領都の城の内部の広場に向かって、ルスの手綱を駆使して、降り立つ。
レインの手を借りて、ルスから降りるとリヴィアスは持参したマジックバッグから、林檎を取り出した。
「ルス、お疲れ様。乗せてくれてありがとう」
林檎をルスに差し出し、リヴィアスは首を撫でた。
「リヴィ! いらっしゃい! レインお兄様、お帰り!」
銀色の髪、橙色の勝ち気な少し吊り目、レインと同じ左に竜を象る紋章が描かれた腕章を着け、赤い炎の環を象った模様の黒いローブ、深緑色の騎士服を着た女性がリヴィアスに抱き着く。
「わっ、アウラ姉様! お久し振りです。しばらくお邪魔します」
リヴィアスは驚きつつも、嬉しそうに微笑む。
「あー! 何で、十六歳の男の子なのにこんなに可愛いの! リヴィが変な奴のところに嫁がなくて、本っっ当に良かった!」
「ね、姉様……あの、苦しいです……」
嘆くアウラにぎゅうぎゅうと抱き締められ、リヴィアスはローブ越しに肩を優しく叩く。
「アウラ、落ち着けよ。リヴィが苦しがってるぞ」
ルスの手綱を厩務員に渡し、厩舎に連れられる姿を見届けつつ、レインは呆れた声でアウラに言う。
「あっ、ごめんね、リヴィ。あの最悪な奴から逃れて、本当に良かったね。婚約者を大事にしない奴は、箪笥の角に足の小指がぶつかればいいのよ!」
「アウラ姉様、僕は元々婚約者に恋愛感情を持っていませんでしたから、気になさらないで下さい。もう、関係ありませんし……」
我が事のように怒るアウラに苦笑しながら、リヴィアスは呟く。
「うーん……あの最悪な奴に対する危機感のなさは心配だけれど、リヴィがそこまで落ち込んでなくて良かったわ。というか、恋愛感情を持たれなかったなんて、あの最悪な奴、哀れね……」
「アウラ姉様、後半、何と言いましたか……?」
後半が小声で聞き取れず、リヴィアスは首を傾げて聞き返す。
「気にしなくていいわ。何でもないのよ。さぁ、リヴィ! しばらくウチにいるんでしょ? お父様とお母様に挨拶した後はゆっくりしましょう!」
リヴィアスの両手をぎゅっと握り、アウラは嬉しそうに笑う。
レインとアウラに連れられ、リヴィアスはプロミネンス公爵家の当主で母ステラの姉エクラと、その夫のエタンセルに挨拶した。
アンブラ達もその日の夜にプロミネンス公爵領に到着し、合流した。
※いつの間にか、お気に入り登録が300人を超えていて、非常に驚いています(見た瞬間、腰が抜けました……)
読んで下さって、本当にありがとうございます!
あと少し、あと少しでヒーローがさらっと出ますので、もう少しお待ち下さいませ。
服はいつの間にか、侍女のアクアが用意しており、読み掛けの本を数冊持って行こうとすると、侍従のアンブラが用意していた。
用意周到な侍従と侍女に、リヴィアスは内心苦笑した。
その他の薬を作るための道具類は、母ステラが作ったマジックバッグに常に入れているので問題ない。
今の服装も、きらびやかな貴族服ではなく、旅にも適した身軽で丈夫な素材でシンプルな服だ。
腰まである長い銀色の髪も結い上げ、邪魔にならないようにする。
あっさりと準備が整ったリヴィアスは、馬車の方に向かおうとすると、レインに止められた。
「リヴィ、待った。もし良かったら、俺の騎竜のルスに乗らないか?」
「ルスに乗っても良いんですか?!」
天色の目を大きく見開いて、リヴィアスは頭一つ分背の高いレインを見上げる。
ルスはレインの騎竜で、卵の時からの彼の相棒だ。
子供の時はお互いの家に遊びによく行っていたため、リヴィアスはルスを知っている。
ルスの怪我や病気になった時は、すぐに薬を作って、レインに送るくらい、交流は深く、懐かれているとリヴィアスは思っている。
「ああ。元々そのつもりだったんだ。アンブラ達には馬車で敢えてプロミネンスに来てもらって、俺達は騎竜に乗って、後でウチの城で合流しようと思ってたんだ。万が一、アレが追って来たとしても、馬車の方を追うだろうし、騎竜にリヴィが乗ってるって気付いたとしても、空には届かないだろ? それに、ルスもリヴィを乗せることが出来て喜ぶ」
「ルスが嫌じゃなければ、乗りたいです!」
目を輝かせてリヴィアスは大きく頷いた。その天色の目が光に反射して、空色に輝く。
「よし、じゃあ、ルスのところに行こうか」
レイディアンス大公家の領主館の裏庭で、レインの騎竜ルスは待機している。
のんびりと大量の野菜と果物を食べていたルスは、レインの気配に気付き、彼の方を見た。その後ろに、リヴィアスがいることに気付いたルスは、嬉しそうな声で鳴いた。
「ルス! 元気にしてた?」
侍女のアクアに、空は寒いだろうからと外套を渡され、着たリヴィアスはルスに駆け寄る。
鳴いて返事をするルスの鼻を撫でて、リヴィアスは朗らかに笑う。
「ルス。リヴィと一緒にプロミネンスに帰るけど、ルスの背に乗せてもいいか?」
レインがルスの太い首を撫でながら、声を掛ける。
人間の言葉を理解しているのか、それに答えるかのようにルスはレインに頷いた。
「ありがとな。それじゃあ、リヴィ。準備はいいか?」
「はい。父様、母様、グレイ兄様、アイス。行ってきます。何かありましたら、すぐ連絡を下さい。薬も定期的に送りますし、手紙も送ります」
リヴィアスは穏やかに微笑み、ミストラル達に一礼する。
「こちらも何か進展等あれば連絡する。無理はするなよ、リヴィアス」
「薬を作るのは良いけれど、程々にね?」
「リヴィがプロミネンスにいる間に、あの不貞野郎と浮気相手は後悔させておく。ゆっくり休むんだぞ」
「リヴィ兄上、薬を作るのはいいけど、ちゃんと食事と睡眠は摂ってね!」
自分の身を案じる家族達の言葉に、温かい気持ちになりながら、リヴィアスは大きく頷いた。
ミストラル達は数歩、離れる。
レインの手を借り、騎竜のルスの背にある鞍にリヴィアスは乗る。その後ろにレインが乗り、リヴィアスが落ちないようにする。
しっかり乗ったのを確認したルスは一鳴きして、翼を広げた。
小さく翼を上下に揺らし、鋭い爪がついた足でその場を跳ねた。
風にしっかり乗り、ルスの身体は宙に浮いた。
「行ってきます!」
リヴィアスがもう一度、家族に挨拶をしてから、ルスは一気に上空へと飛ぶ。
地上から空を見上げるミストラル達の目には、あっという間にルスは見えなくなった。
「――さぁ、あの小僧と浮気相手には、リヴィアスを傷付けたことを後悔してもらおう。もう容赦しない」
「そうですね。作戦を考えましょうか、父上」
しばらく空を見上げた後、ミストラルはそう呟き、執務室へと向かった。その後ろをグレイシア達が続いた。
レイディアンス辺境領を上空から見下ろし、リヴィアスは興奮したように目を輝かせている。
上空は寒いのだが、レインの魔法で騎竜のルスの周囲に結界を張り、風の抵抗を抑え、空気も暖かくしている。騎竜に乗る際に必ず行うことで、この結界のお陰で、長時間乗ることが出来る。
暖かいお陰で、リヴィアスも目を輝かせてレイディアンス辺境領の領主館を指差したり、領内の森を見たりしている年齢相応な姿に、レインの口元が綻ぶ。
「リヴィ。もう少しで国境だ」
レイディアンス辺境領とエリスロース竜王国の間の国境の関所を、レインは騎竜のルスの手綱を駆使して目指す。
騎竜で国を越境するため、関所を通らないといけない。無視して越境すると不法侵入になる上に、国際問題に繋がる。
ブラカーシュ王国のレイディアンス辺境領に接している、エリスロース竜王国の国境沿いの領は国所有の領だ。
元々、伯爵家の領だったのだが、十年前にエリスロース竜王国の王子を誘拐し、ブラカーシュ王国とエリスロース竜王国と隣り合う国へ売ろうとしていたところを、レイディアンス大公とプロミネンス女公爵とその夫プロミネンス侯爵が救ったことで、犯人だった伯爵家は爵位を剥奪され、領は取り上げられ、エリスロース竜王国の所有となった。
その国境沿いの国が管理している関所に降り立ち、レインは自分とリヴィアスの身分証明書を関所の騎士に見せる。
関所の騎士はレインの顔馴染みだったようで、リヴィアスと従兄弟同士だと知ると、気さくに話し掛けてくれ、更には少しの手続きの間にお茶やお菓子をくれた。
リヴィアスは嬉しそうにお礼を言い、中級ポーションを関所の騎士人数分渡した。
レインはそれにぎょっとして驚き、慌ててプロミネンス公爵家からの差し入れと伝え、関所の騎士に受け取ってもらった。
リヴィアス達は騎竜のルスに再び乗り、プロミネンス公爵領を目指した。
「リヴィ……茶菓子をもらったお礼なのは分かるが、流石に差し引いても中級ポーションの方が高いからな?」
「う……でも、関所の騎士さん達、初対面の僕にも優しかったし、関所のお仕事は大変で、怪我をすることが多いだろうから、少しでも怪我がなくなればと思って……ごめんなさい」
ルスに乗り、空を飛びながら、リヴィアスはレインに窘められ、しょんぼりと項垂れる。
「気持ちは分かるけどな。リヴィが心優しいのも知ってるけど、無償でポーションを渡すのは違うぞ。エリスロース竜王国だと、下級ポーションでも銀貨三枚程度の相場で、中級ポーションは銀貨ニ十枚から三十五枚くらいだ。それを無償で渡すと、他の薬師達にも影響が出る。リヴィにとっても本意ではないだろ?」
「そうですね……レイン兄様の仰る通りです……。良かれと思ってしまいました……」
「次、気を付ければいいさ。リヴィの気持ちは分かってるから。公的の時はしっかりしてるのに、私的な時は損してでも助けようとするのも知ってる。まぁ、プロミネンス公爵家からの差し入れとしておけば、少しばかり、融通が利くかもしれないしな。そういう意味では良かったかもな」
片目を瞑って、レインはリヴィアスの頭を撫でる。
「気を付けます」
レインの表情にホッとして、リヴィアスは肝に銘じた。
「あの、レイン兄様。エリスロース竜王国とブラカーシュ王国の貨幣の価値は同じなんですよね?」
ふと思い出したように、リヴィアスは背後のレインの方を振り返る。
「ん? ああ。大体の主要国では共通の貨幣だし、価値は同じだな。一部では自国だけの貨幣もあるらしいが……」
レインは思い出すように、目線を上に向けて呟く。
世界共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類だ。
銅貨十枚が銀貨一枚。銀貨百枚が金貨一枚。金貨百枚が白金貨一枚。白金貨百枚で大白金貨になる。
「共通の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の五種類ですよね。大白金貨は流石に僕は見たことがないですが、レイン兄様はありますか?」
「いや、俺もないなぁー。リヴィは白金貨を何処で見たんだ?」
「伯父様――国王陛下が、父様に報奨金として渡したのを一度だけ……」
「……報奨金……ミストラル叔父上、何したんだ?」
「えーっと、五年前にレイディアンス辺境領に現れたケルベロスを単独討伐した報奨金です」
リヴィアスの言葉を聞き、レインの顔が引き攣った。
「ケルベロスを単独……普通、大勢で連携取って倒すのが普通だからな?! “水碧の大公殿下”怖過ぎっ!」
「父様、強いからという理由で辺境領の領主になりましたからね……」
苦笑いを浮かべ、リヴィアスはレインを見上げる。
「エリスロースでも、流石にケルベロス単独討伐は難しいだろうな……。一人出来そうな方がいらっしゃるけど、何かあった時に大事になるから、皆止めるだろうし」
「討伐出来そうな方って、どなたですか?」
「王太子殿下だよ。あの方は強いから、時々手合わせして下さるけど、俺は負けっぱなしだよ」
「凄い方なんですね……」
目をぱちくりと瞬かせながら、リヴィアスは呟く。
「機会があれば、紹介するよ、リヴィ」
「えっ?! いえ、恐れ多いですし、紹介されても凄い方との話題が思い付きません!」
「凄い方だけど、気さくな方だから大丈夫だよ。それに、機会があれば、だから!」
「機会なんてありませんよ……! 僕は元々、引き籠もりの薬師なんですから……!」
頭を左右に振り、リヴィアスはあわあわと焦る。
特に今は婚約破棄されて、婚約者からも解放され、次以降の婚約もしないと父ミストラルにお願いして、生涯独身でいるつもりのリヴィアスは内心、慌てふためく。
ただひたすら、引き籠もって薬を作っていたい。
今のリヴィアスは、そのことしか頭にないのだ。
そんな会話をしていると、プロミネンス公爵領に入ったことにリヴィアスは気付いた。
上空から見るプロミネンス公爵領は初めてだが、領都の形を見て、すぐに分かった。
プロミネンス公爵領の領都は、過去に功績を認められて、エリスロース竜王家が所有していた城を下賜され、許可を貰って改装改築した。
改装改築した城を中心に、公共施設、商業施設、領民の家が円状に連なり、騎士の屯所が外周に点在し、大きな壁で隔てて魔物等の侵入を防ぐ要塞のような形に見える。
要塞のような形の領都の城の内部の広場に向かって、ルスの手綱を駆使して、降り立つ。
レインの手を借りて、ルスから降りるとリヴィアスは持参したマジックバッグから、林檎を取り出した。
「ルス、お疲れ様。乗せてくれてありがとう」
林檎をルスに差し出し、リヴィアスは首を撫でた。
「リヴィ! いらっしゃい! レインお兄様、お帰り!」
銀色の髪、橙色の勝ち気な少し吊り目、レインと同じ左に竜を象る紋章が描かれた腕章を着け、赤い炎の環を象った模様の黒いローブ、深緑色の騎士服を着た女性がリヴィアスに抱き着く。
「わっ、アウラ姉様! お久し振りです。しばらくお邪魔します」
リヴィアスは驚きつつも、嬉しそうに微笑む。
「あー! 何で、十六歳の男の子なのにこんなに可愛いの! リヴィが変な奴のところに嫁がなくて、本っっ当に良かった!」
「ね、姉様……あの、苦しいです……」
嘆くアウラにぎゅうぎゅうと抱き締められ、リヴィアスはローブ越しに肩を優しく叩く。
「アウラ、落ち着けよ。リヴィが苦しがってるぞ」
ルスの手綱を厩務員に渡し、厩舎に連れられる姿を見届けつつ、レインは呆れた声でアウラに言う。
「あっ、ごめんね、リヴィ。あの最悪な奴から逃れて、本当に良かったね。婚約者を大事にしない奴は、箪笥の角に足の小指がぶつかればいいのよ!」
「アウラ姉様、僕は元々婚約者に恋愛感情を持っていませんでしたから、気になさらないで下さい。もう、関係ありませんし……」
我が事のように怒るアウラに苦笑しながら、リヴィアスは呟く。
「うーん……あの最悪な奴に対する危機感のなさは心配だけれど、リヴィがそこまで落ち込んでなくて良かったわ。というか、恋愛感情を持たれなかったなんて、あの最悪な奴、哀れね……」
「アウラ姉様、後半、何と言いましたか……?」
後半が小声で聞き取れず、リヴィアスは首を傾げて聞き返す。
「気にしなくていいわ。何でもないのよ。さぁ、リヴィ! しばらくウチにいるんでしょ? お父様とお母様に挨拶した後はゆっくりしましょう!」
リヴィアスの両手をぎゅっと握り、アウラは嬉しそうに笑う。
レインとアウラに連れられ、リヴィアスはプロミネンス公爵家の当主で母ステラの姉エクラと、その夫のエタンセルに挨拶した。
アンブラ達もその日の夜にプロミネンス公爵領に到着し、合流した。
※いつの間にか、お気に入り登録が300人を超えていて、非常に驚いています(見た瞬間、腰が抜けました……)
読んで下さって、本当にありがとうございます!
あと少し、あと少しでヒーローがさらっと出ますので、もう少しお待ち下さいませ。
3,259
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった
水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。
そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。
ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。
フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。
ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!?
無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで
水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。
身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。
人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。
記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。
しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。
彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。
記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。
身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。
それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる