婚約破棄をされたので、次の婚約をせずに薬師として生きます!

羽山由季夜

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三章 薬神の加護

エリクサーとソーマ

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 朝、プロミネンス公爵一家に挨拶後、リヴィアスはいつもの習慣の薬の在庫確認を専用の薬を作る小屋で行い、在庫の補充と、実家のレイディアンス大公家へ定期的に送るためのポーションの準備をしていた。
 今日、作るのは下級と中級ポーションだ。
 リヴィアスがプロミネンス公爵家に静養として訪れてから、三週間経つ。
 今朝、小物入れのような水色の袋――母のステラの魔導具によって届いた、弟のアイシクルからの手紙によると、リヴィアスが不在の間、レイディアンス大公家では色々と大変だったらしい。
 どんなことでも報告してくれる弟が、詳しく書いていないとなると、恐らくリヴィアスの元婚約者関連だろうと当たりを付けている。
 兄のグレイシアからの手紙には、リヴィアスの体調を気遣う内容と、うっかりレイン達に話してしまったパーティーでの元婚約者の命令について、しっかりウィキッド侯爵家に抗議すると書いてあった。
 父のミストラルからは、恐らく元婚約者関連だと思われる『こちらで一度処理した』としかなく、詳しく書かれていない。話題も次に移っており、レイディアンス辺境領内にオークキング三体と、オーク百体という数の魔物が現れたが、被害もなく殲滅したとあった。
 ポーションが足りているだろうかと思っていると、水色の袋の中が光り、中から手紙が現れる。
 母のステラからで、『ポーションはまだ足りているから安心してね』と書いてあった。
 恐らく、父の報告書のような手紙を見て、リヴィアスが考えることにまで至らないだろうと思い、送った手紙だと思われる。

「流石、母様だなぁ……」

 小さく微笑み、リヴィアスは作業用の机の引き出しから、便箋を取り出す。
 家族それぞれに似たような内容だが、手紙を書いていく。
 自分は元気で、穏やかに薬作りと静養をしていること、エリスロース竜王国の王太子ラディウスとライトニング公爵令息のリヒトと顔見知りになったこと、レインの許可の下、二人に薬神の加護について説明し、彼等が自分を案じてくれて制約魔法を自身に掛けたことを書いていく。
 三週間で、とても心が落ち着いている。
 エリスロース竜王国の伯母家族の家とはいえ、実家のレイディアンス大公家で暮らしているような、穏やかな、優しい気持ちで日々過ごせている。
 ブラカーシュ王国のタイバス学園やパーティーのような、息が詰まるような気持ちにはならない。

「やっぱり、精神的に良くなかったんだね。僕には婚約は合わないんだよ、きっと」

 使える時間を目一杯、薬作りに使いたいリヴィアスにとって、性格が合わず、居心地も悪く感じる元婚約者との週に一度のお茶会やパーティーは時間の浪費にしか感じなかった。
 恋愛感情もなく、装飾品のような扱いをする元婚約者より、レイディアンス辺境領の領民や国民のために新しい薬を作る方がリヴィアスにとって有意義だ。
 お互いに恋愛感情がなくとも、家族として、パートナーとして誠実に接してくれていたら違っていたかもしれない。
 もう過ぎてしまった話だ。
 家族それぞれに手紙を書き終え、封をして、リヴィアスは水色の袋に入れると、袋の中が光り、手紙が消えた。転送されたようだ。

「……でも、殿下やリヒト様とのお話は楽しいんだよね」

 ポーションの準備の続きをしながら、リヴィアスは呟く。
 タイバス学園では、元婚約者の妨害もあり、友人が作れなかった。
 年上で、隣国の王太子や公爵令息に対して恐れ多いが、初めての友人のような立ち位置にあたる二人との会話はリヴィアスにとって、とても新鮮で、楽しい気持ちになれた。
 そんなことを考え、リヴィアスはまた楽しそうに小さく笑う。
 そして、いつものように大きな鍋を用意する。
 鍋に水を八分目くらい注ぎ、水に魔力を加える。
 魔力水になったのを確認してから、火を点けて沸かす。
 沸かしている間に、薬草や素材、ポーションの瓶を準備する。
 薬草等の素材を入れ、しばらく煮詰めていく。
 中級ポーションの黄緑色になったのを確認し、火を止めて、冷ます。
 冷ました後は瓶に入れていく。
 慣れた手付きで、中級ポーション三十本をリヴィアスは笑顔で作った。

「出来た……!」

 リヴィアスは天色の目が太陽に反射して、きらきらと澄んだ水のような色に輝く。
 下級ポーションの準備をしようとした時、誰かの視線とくすくすと小さく笑う声を耳にして、リヴィアスはそちらへと目を向けて、ぎょっとした。
 ラディウスとリヒト、レインが小屋の出入り口に立っていた。

「で、殿下とリヒト様、レイン兄様?! どうしてこちらに……!」

 驚いたリヴィアスは上擦った声で、慌てて一礼する。

「すまない。今日もお忍びで訪ねたら、レインがリヴィアスは専用の小屋で、ポーションを作っていると聞いたから、興味に引かれて見学させてもらった」

「こ、声を掛けて下されば宜しかったのに……! 立たせたままでごめんなさい!」

 慌てたリヴィアスは、端に置いていた椅子を三脚持って行こうとする。

「気にしないでくれ。貴方がポーションを作る姿が愛らしくて、時間が経つのも忘れて見つめていたくらいだ」

 ラディウスは目を細めて、穏やかに微笑んだ。
 その微笑みを目の当たりにしたリヴィアスは、ぴたりと固まる。

「あ、愛らし……っ! あの、恐れながら、十代後半の男に言う言葉ではないです! 仰るなら、婚約者様に仰って下さいっ」

 慌てて、顔を真っ赤にして、リヴィアスは言った。
 穴があったら入りたい。
 そう思えるくらい、リヴィアスは焦っていた。
 その姿が、小さな兎が焦って、小さく飛び跳ねているように、ラディウスとリヒトの目には重なって見えた。

「残念なことに、俺には婚約者はいない。俺の竜神の加護の特性で、匂いがな……。国王陛下や宰相が選んだ婚約者候補と何度か会ったが、色んな意味で鼻がひん曲がるくらいの匂いで、常に共にいるのはキツイ。父である国王陛下に伝えた上で、候補者の素行や家を調べたら不正やら不貞やら色々出て来て、白紙になって、流れた。陛下と宰相は調べていなかったのか、と俺が同情されるくらいだった」

 苦い表情を浮かべ、ラディウスが告げる。
 婚約者のことで嫌な気持ちを経験したリヴィアスは、ラディウスに同情した。
 特に、広大な国土を持つエリスロース竜王国の王太子なら、世継ぎは必須で、必然的に相手も必要となる。
 将来的には王妃になる婚約者は、家柄や人柄、功績等から審査され、選ばれる。
 数ある候補から探すにしても、候補者同士で足の引っ張り合いはあるだろうし、それも見極めた上で王太子として、王家や国に益になる者を選ばないといけない。
 竜神の加護の特性で五感が優れていることで、嘘も嗅ぎ分けてしまうラディウスは婚約者を探すのも大変だろう。
 元婚約者で苦労したリヴィアスだが、ラディウスのように世継ぎが必要な訳ではない。
 それを考えると、絶対世継ぎが必要なラディウスには同情しかない。
 ラディウスに何か言葉を掛けようとするが、リヴィアスには何も掛ける言葉が見つからなかった。

「その点、貴方には嫌な匂いがしない。家柄も人柄も功績も素晴らしい。俺の婚約者にならないか?」

 いきなりの発言に、リヴィアスは目を丸くして固まった。

「はい?! な、何を仰ってるんですか?! 僕には分不相応ですし、力不足です!」

「何を言う。ブラカーシュ王国の王弟のレイディアンス大公の次男で、薬で人々を助けようとする精神、一年半前にブラカーシュ王国で広まった流行り病を特効薬で救い、その功績が認められ、一代限りの公爵位を持つのに? 俺の婚約者の候補に選ばれてもおかしくないぞ。むしろ、筆頭だな」

「あの、いえ、僕は……」

 婚約はもうしたくありません。
 そう言いたかったのに、リヴィアスは何故か言えなかった。

「まあまあ、殿下。リヴィアス様は婚約破棄したばかりです。ひどく傷付いて静養しにいらっしゃっているのに、そうグイグイ迫られると嫌われますよ?」

 リヒトが呆れた表情で、ラディウスを嗜める。

「……あ。そうだったな。すまない、リヴィアス。こんなに清浄で澄んだ匂いは初めてで、舞い上がってしまった。婚約で辛い目に遭ったのに、軽率だった」

 申し訳なさそうにラディウスは頭を下げた。

「あ、いえ、あの、僕は大丈夫ですから! 頭をお上げ下さい、殿下!」

 また慌てて、リヴィアスは頭を下げるラディウスに必死に懇願した。

「俺を嫌いになっていないだろうか……」

「あの、僕は、僕の中で一番最悪を知っています。殿下は僕の家族や親戚、侍従達の次に良い人だと思っています。ですので、今のところは嫌いになることはありません」

「――成程。、ね。それなら良かった。貴方には嫌われたくない。これからもお忍びでお邪魔したいからな」

 艶やかな笑みを浮かべ、ラディウスはリヴィアスの手を取り、手の甲に口が触れる。
 さりげない、自然なラディウスの動きに、リヴィアスは固まった。
 このようなこと、元婚約者からはされたことがない。
 貴族なら挨拶でもする、その行動に免疫がないリヴィアスは、どう反応していいか分からない。

 (え? な、何を、今、僕はされた……??)

 かちんと固まってしまったリヴィアスに、ラディウスは笑みを深めた。

「殿下。リヴィが困っているので、これ以上はやめて下さい。オイ、やめろ、コラ」

 固まっていることをいいことに、ラディウスがもう一度、リヴィアスの手の甲に口付けしようとしたところをレインが普段よりも低い声で止めた。ついでにラディウスの手をリヴィアスから払い除けるのも忘れない。

「止められたか。惜しいな。あと少しだったのに」

「ウチの可愛い従弟に許可なく手を出したら、俺もだが、ケルベロス単独討伐を平気な顔でする“水碧の大公殿下”が漏れなく出て来るからな」

 リヴィアスを背後に庇いながら、レインはジトっとした目でラディウスに忠告する。
 その忠告に、ラディウスの手がピクリと反応する。

「え、ミストラル大公は、ケルベロス単独討伐をやってのけるのか?」

「はい。父は五年前に単独討伐をしましたよ」

 レインの背中からひょっこりと顔を出し、リヴィアスが答える。

「「かわっ……」」

 リヴィアスの行動を見て、ラディウスとリヒトが同時に言うが、レインが睨むと途中で止めた。
 変な空気になってしまい、リヴィアスはその空気を消すべく、ラディウスとリヒトにある提案をする。

「あの、殿下、リヒト様。もし、宜しければ、薬神の加護で薬を作るところを見てみませんか?」

「薬神の加護で薬? 先程のではないのか? 通常の薬師の作り方より早かったように見えたが……」

「はい。先程のは薬師として薬を作る方法です。ですので、他の薬師の皆様も同じ作り方です」

「薬神の加護で薬を作る方法は違うのですか?」

 ラディウスとリヒトは首を傾げながら、リヴィアスを見つめる。

「はい。実際に見て頂いた方が分かりやすいと思います」

 そう言って、リヴィアスは空のポーションの瓶を四本取り出す。
 それを両手で持ち、目を閉じて集中する。
 ふわりと銀色の前髪が魔力で揺れる。
 ポーションの瓶がリヴィアスの目と同じ天色に光り輝く。
 その光が反射して、リヴィアスの美しい顔が神々しくラディウス達には感じ、見惚れる。
 ポーションの瓶がしばらく光り輝き、消えると瓶には水色の液体と橙色の液体が、それぞれ二本ずつ満たされていた。

「――出来ました」

 作業用の長机に置き、リヴィアスはラディウス達を見た。
 呆然と瓶を見つめるラディウスとリヒトに、リヴィアスは笑みを零す。

「殿下? リヒト様?」

「……リヴィアス様。こちらは何の薬でしょうか? 見たところ、上級、中級、下級、魔力回復ポーションのいずれでもないように思うのですが……」

 リヴィアスの声で、我に返ったリヒトが恐る恐る尋ねる。その声音は、間違いであって欲しい、そんな懇願が混じっていた。
 リヒトの心境が手に取るように分かるレインは、苦笑するしかなかった。

「はい、よく分かりましたね。水色の液体がエリクサーで、橙色の液体がソーマです」

 リヴィアスが笑顔で答えると、リヒトはがくりと膝から床へと崩れるように座った。腰が抜けたようだ。

「……これがエリクサーとソーマか。初めて見た」

 ラディウスはまじましとエリクサーとソーマの瓶を見つめた。

「はい。それで、こちらを殿下とリヒト様に……」

 それぞれエリクサーとソーマの瓶を持って、ラディウスとリヒトの手にそっと渡す。

「いやいやいや! 流石に貴重なものを頂けませんよ?!」

 腰が抜けたまま、受け取ったリヒトは慌てて、リヴィアスを見上げた。
 ラディウスも受け取ったまま、固まっている。

「大丈夫です。僕は魔力がある限り、エリクサーもソーマも作れますから。流石に、無尽蔵は無理ですし、消費魔力も多いので、一日それぞれ三本くらいが限界ですけど……」

「それなら、尚のこと頂けません!」

「そうだぞ、リヴィアス。消費魔力が多いのなら、余計に受け取れない」

 リヒトの言葉に同意するように、ラディウスはリヴィアスを見る。

「いえ、是非とも受け取って下さい。殿下は竜神の加護をお持ちですが、それでも世界で一人のみの、希少な加護です。人より頑丈と言っても、それでも人間です。王族ですし、何が起きるか分かりません。僕は薬神の加護があるとはいえ、ほとんど引き籠もっているので、殿下より命を狙われる可能性は低いです。ですから、もしもの時のために、お守りと思って持っていて頂きたいのです。リヒト様も殿下の側近ですから、お守りと思ってもしもの時のために」

 ふわりと優しい微笑みを浮かべ、リヴィアスは告げる。
 二人の身を案じるリヴィアスに、ラディウスもリヒトも何も言えなくなる。
 人としての純粋な好意を無碍に出来ない。

「……では、有り難く頂く。ありがとう、リヴィアス」

「私からも。ありがとうございます、リヴィアス様」

 爽やかに笑うラディウスと、ようやく立ち上がれたリヒトはリヴィアスに礼をする。

「はい。使用されたらいつでも言って下さい。また作ります」

 にっこりと嬉しそうに微笑み、リヴィアスは告げた。

「あ……いや、そうならないように気を付ける」

「私も……滅多にないとは思いますが……」

「竜神の加護を持つ殿下がエリクサー案件になるような事態が起きたら、エリスロース竜王国が滅んでるぞ、リヴィ」

 静かにレインが呟いたが、リヴィアスの耳には届かなかった。
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