婚約破棄をされたので、次の婚約をせずに薬師として生きます!

羽山由季夜

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四章 悪意の薬と月華の君

閑話4 陽光竜の恋心(ラディウス視点)

 初めて見た時、目を離すことが出来なかった。
 フードに隠されていた銀色の長い髪と、空のような、水のような澄んだ天色の目が顕になる。
 必死に見知らぬ子供にポーションを飲ませ、子供に安心させるように笑い掛ける。
 離れた位置にいる俺のところまで届く、清浄な空気、薬の匂い、傷付いた誰かを救いたいといった感情の匂いを、こんなに澄んだ匂いを嗅いだことがない。
 次の怪我人の下へ駆けるまで、その美しさに、俺はずっと立ち尽くしていた。







 昨日、見た美しい人が頭から離れない俺は、生まれた時に充てがわれた自分の宮殿の陽光宮の自室で項垂れていた。

「……何やってるんです、殿下?」

 初めて見せる仕草に、俺の乳兄弟で側近のリヒトが怪訝な表情を浮かべている。

「……昨日から、頭から離れない人がいるんだ……」

 正直に話すと、リヒトはひどく驚いた顔をした。

「……は?! それは悪い意味ですか? 良い意味ですか??」

「……良い意味」

「殿下の頭から離れない人……銀色の髪、天色の目の美人ですか?」

「……何故、一発で分かる!」

 あっさりと言い当てられて、俺はリヒトについ威嚇する。

「あれだけ凝視していたら、分かりますよ、それくらい。あと、威嚇なさらなくて大丈夫です。私には愛する婚約者がいますので」

 しれっと自慢げにリヒトは俺に言った。
 別に、悔しくはない。
 俺にも婚約者が出来そうだったのに、父と宰相が決めた候補者五人、全員が全員、本人もしくは実家が不正や不貞等をやらかしていた。
 お陰で、俺の婚約の話は流れ、俺に友好的な大臣達から憐れみの視線を向けてくるが、別に悔しくはない。悔しくなんかない。断じて。

「それなら、あの美しい人が誰なのかは分かるか?」

「恐らくですが、ブラカーシュ王国の王弟殿下のご子息のリヴィアス卿でしょう。噂通りの見た目でしたし」

「リヴィアス卿? “月華の君”で、十歳の頃から薬師として様々な功績を上げた逸材か?」

「ええ。それに、リヴィアス卿はプロミネンスのレインやアウラさんとは従兄弟同士ですから。プロミネンスの領都にいてもおかしくはありません」

 自信満々に力強く頷くリヒトを見ながら、俺は首を捻る。
 俺が聞いたことがある『月華の君』は、薬師として我が国でも有名だ。
 だが、社交に参加していてもなかなか会話することはなく、時間が許す限りレイディアンス辺境領や国のために薬を作っていると聞いたことがある。

「そんな彼が、何故、伯母が治めるプロミネンスの領都に?」

「それは私にも分かりません。ご本人にお聞きするしかないでしょう。それに、殿下ご自身が“良い意味で頭から離れない人”と仰るのでしたら、それはもしかしたら、竜王家の特有性のようなものかもしれませんし」

 リヒトが困ったように笑って言う。
 竜王家の特有性。
 エリスロース竜王家は、竜神と人間との間に生まれた子供が初代国王だったこともあり、竜神の血が流れ、竜神の加護を持つ者が必ず一人生まれる。
 竜神の加護を持つ者が亡くなった後には、必ず竜神の加護を持つ者が生まれ、その者が国王になる。
 それが例え、長子でなくとも。
 竜神の加護を持つ者が国王を退き、亡くなるまでの国王は長子がなる。
 これが世間でよく知られる竜王家の特有性だ。
 だが、リヒトが言う特有性は違う。
 竜王家に近しい者しか知らされていないが、竜王家には必ず『心の底から愛しいと感じる者』が一人いるらしい。
 その一人を見つけられた竜王家の者は、幸福なのだとか。
 が、その一人が既に婚約や結婚していた場合は、倫理観の面で、諦めるしかない。
 いなければ、猛進してしまうとか、しないとか。
 俺にそう感じる相手がいないから、まだ分からない。
 だが、リヴィアス卿は今までと違う感覚がある。
 いつも嗅ぎたくないあの臭いが、リヴィアス卿には嫌な臭いがしない。
 しないのだが……。

「待て。彼には確か、婚約者がいなかったか……?」

「……ああ……殿下、会話する前から振られましたね。ご愁傷様でした……」

 軽く残念だねと言いたげに、リヒトはにんまりと笑った。

「言葉と表情が噛み合っていないぞ、リヒト」

「……何と言いますか、殿下って、恋愛面でご運がないですよね。でももしかしたら、一回の機会があるかもしれませんよ? 玉砕覚悟でレインに聞いてみますか?」

 俺を哀れに思ったのか、リヒトがそう提案してきた。
 俺も本人に、竜王家の特有性に当て嵌まる人なのか、確認したいのもあり、頷いた。








「で。それで、ウチに来たのは分かった。でも、何でこのタイミングで来るかな、ホント」

 次の日、プロミネンス公爵領に赴き、レインと面会した。
 レインには正直にリヴィアス卿に会いたいと説明した。

「俺の大事な可愛い従弟は静養するために、ウチに来てて、社交するつもりもさせる予定もないんだが?」

「静養? 何故だ?」

「それはいくら殿下でも言えん。本人から了承されてないからな。いつかは殿下を紹介したいとは本人に言ったことはあるが、こんな急に紹介するつもりはないんだ」

「リヴィアス卿に、俺を紹介するつもりだったのか?」

 何故か胸がざわつき、レインの方に身を乗り出す。

「まぁ、いつかは。今じゃねえ」

 腕を組んで、レインはジロリと俺を睨んだ。

「……頼む。会わせてもらえないだろうか。竜王家の特有性を確認したい。彼でなかった場合は諦める」

「は? 竜王家の特有性? ウチのリヴィが?」

 レインも知っているため、特有性と言うだけで目を見開いた。
 だが、それよりも。レインはリヴィアス卿を愛称で呼んでいるのか! 羨ましいな……!
 まだ会えていないのに、レインからも許可をもらえていないのに、初めて見た時のリヴィアス卿の匂いが応接室にいても感じる。
 そわそわして仕方がない。
 竜王家は五感が優れている。更に俺は竜神の加護で倍だ。
 ……これ、変態じゃないのか。
 と思わないでもない。

「……そう来たか……。まぁ、友人として、殿下も幸せになって欲しいと思うし、リヴィにも幸せになって欲しいんだ。会わせたことで、怖がらせない、困らせない、悲しませないと約束出来るなら、仕方ない」

 そう言って、レインから許可をもらい、リヴィアスに会えた俺は、ばっちり竜王家の特有性だった。
 『心の底から愛しいと感じる者』どころか、愛しいが溢れている。
 ただ、リヴィアスとの会う約束を無理強いするような形となり、帰る前にレインに、陽光宮に帰った時にリヒトに説教を喰らい、次に会う時に謝罪した。






 それから、何度もリヴィアスと会話を交わした。
 会話をする度に、リヴィアスを愛しく思う。愛しさが募る。
 そこで知った、リヴィアスの元婚約者の所業を聞き、怒りが溢れる。
 婚約破棄出来たのは、リヴィアスにとっても、俺にとっても僥倖だと感じた。
 俺が、リヴィアスの婚約者だったなら、元婚約者のようなことは絶対にしないし、悲しませるようなことはしない。
 元婚約者の所業は、リヴィアスの心を酷く傷付けているのがよく分かった。
 リヴィアスの自己評価が低い。
 元婚約者がリヴィアスを大事にしなかったのが原因の一つだ。
 家族や親族、侍従達がリヴィアスを愛してくれることで、何とか踏み止まっているが、これもなければ危なかったかもしれないと思うくらいに。
 あんなに綺麗な心を踏み躙った元婚約者を俺は許せない。
 どうにか、ミストラル大公に会って、元婚約者と浮気相手のお仕置きに一枚噛めないだろうか。
 そして、リヴィアスの心を俺が癒やすことは出来ないだろうか。
 俺なら、貴方に愛をこれでもかと囁くのに。

「俺を選んでくれないか、リヴィアス……」





 そう呟いた陽光宮で、俺は後日、竜神の加護を過信して、一歩間違えれば、命を落としていたかもしれない薬を飲まされたことで、愛してやまない『月華の君』に説教されることになるとは思わなかった。










※いつも読んで下さり、ありがとうございます!
遅くなってごめんなさい!
ちょっと、殿下がヘタレっぽいですが、ヘタレではない……はず。

お気に入り登録、感想、ハート、エールもありがとうございます!
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