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九章 冤罪と断罪
後悔
「……さて。こちらが本題だ。ウィキッド侯爵家。其方達の番だ」
冷ややかにリュミエールは、アルギロス、ウィキッド侯爵夫人、ウィキッド侯爵の後ろに隠れている次男ベーゼを見据える。
その間に、沈黙魔法で一時的に声が出なくなったモノリスは、衛兵達に拘束される。
「リュミエール王太子殿下。アルギロスではなく、ウィキッド侯爵家ですか……?」
長男のアルギロスがリヴィアスに対してやってしまったこと以外に思い当たることがなく、ウィキッド侯爵は困惑の表情を浮かべる。が、その左右、後ろに立つ彼の妻、息子達はそれぞれに思い当たることがあるのか少し青褪めている。
「我が王家の査問機関を舐めるなよ、ウィキッド侯爵夫人に、その息子達」
腕を組み、リュミエールは目を細める。
「どういう、ことですか、殿下……」
ウィキッド侯爵は呆然と問い掛ける。
「そういえば、侯爵は知らなかったな。侯爵の妻に、息子達はそれぞれリヴィアス卿を貶めようとした。様々な薬で国民を助ける我が国にとって得難い人物であり、我が従弟でもある彼を、彼の意思を無視して利用しようとした」
「――?!」
リュミエールの言葉に、ウィキッド侯爵は大きく目を見開いて、自分の妻と息子達を問うように見る。
他の貴族達も、困惑の表情でウィキッド侯爵家とリュミエールを交互に見る。
「……リヴィアス卿。来てくれるか」
「はい、王太子殿下」
申し訳なさそうに呼ぶリュミエールに応え、リヴィアスは守るように囲ってくれた父達の間から前に出る。一緒にラディウスも前に出る。
リヴィアスとラディウスの対の衣装を見た貴族達がざわめく。
コート、ウェストコート、スラックスはリヴィアスとラディウスのお互いの髪の色の金と銀。生地は上質な絹で作られたことでギラギラとしておらず、上品で落ち着いた色合いで目に優しい。
シャツ、スカーフ状の首飾り――クラバットは白で、こちらも生地は絹。
胸元のブローチとイヤリングは、それぞれの目の色に似た色合いの宝石が嵌められている。
リヴィアスに寄り添うようにラディウスは立ち、貴族達の視線を受ける。
一番驚いたのはアルギロスのようで、それに気付いたラディウスが不敵に笑う。リヴィアスの腰を抱いて、挑発することも忘れていないのを見て、レインとリヒトは小さく溜め息を吐いた。
「な、何だよ、リヴィアス……。隣の男は誰だよっ! 婚約者の俺がいるのに、何で別のヤツといるんだよ!」
パーティーに参加していた時と違う装いと髪型のリヴィアスを見て、アルギロスは動揺し、大声で叫ぶ。
アルギロスの不敬な叫びに、リヴィアスはピクリと眉を顰める。
「アルギロス! 黙れ! 不敬なことを言うな!」
ラディウスの正体に気付いたウィキッド侯爵が止めるが、アルギロスは父の声が聞こえないのか、怒りで顔を赤くして睨む。
これ以上、不敬なことを言わせないように止めようとリヴィアスが口を開く前に、ラディウスが止め、不敵に笑う。
「――ブラカーシュの侯爵家の長男は、面白いことを言うな。自身の言葉で既に婚約を破棄しているのに、“月華の君”の婚約者をまだ名乗るか。女々しい男だな」
「う、うるさい……! リヴィアスに近付くな!」
「それは私の台詞だ。お前のような屑が私の唯一の名を呼ぶな」
リヴィアスの肩を抱き、ラディウスはアルギロスを見据える。
「だ、誰だよ、お前……!」
「お前の父は気付いたようだが、お前は気付かないか。勉強不足だな。私の名はラディウス・アシェル・ソル・エリスロース。エリスロース竜王国の王太子で、リヴィアスの現婚約者だよ、元婚約者殿?」
挑発するように、ラディウスは不敵に笑い、リヴィアスの腰を左手で抱き、右手で彼の右手を持ち、手の甲に口付けする。
流れるような一連の行動に、リヴィアスは恥じらうように真っ赤になる。
ラディウスの名乗りとリヴィアスの様子に、貴族達がざわめく。
「お前が婚約破棄をしてくれたお陰で、私は私の唯一に出会えた。礼を言う」
尚も挑発するように笑い、ラディウスは言う。
「リヴィアス! お前、俺と婚約していたのに、エリスロース竜王国の王太子と浮気をしていたのか?!」
アルギロスがラディウスの挑発に乗り、リヴィアスを睨む。
アルギロスの言葉に、リヴィアスは眉を顰めた。
「……リュミエール王太子殿下。発言の許可を頂けますか」
静かに、リヴィアスはリュミエールを見た。
「許可する」
「ありがとうございます、リュミエール王太子殿下」
リヴィアスはリュミエールに一礼して、アルギロスに顔を向けた。
冷ややかな、氷のような天色の目は、静かな怒りを宿しており、リヴィアスはアルギロスを見る。
天色の目が、灰色が少し混ざった水色――藍白色にアルギロスは見えた。
「……貴方のように、婚約してから、注意しても、苦言を呈しても、何度も何度も様々な爵位の令嬢と浮気をするようなことを私はしておりません。ラディウス王太子殿下と婚約をしたのは、今から一ヶ月前。出会ったのも貴方が一方的に婚約破棄を宣言した後です。自分のことを棚上げするような人に言われたくありません」
無表情で言い、リヴィアスは更に口を開く。
「それに、先程から貴方は何ですか。隣国の王太子殿下に対して、口調も汚く、お前などと言うとは。不敬にも程があります。王太子殿下に謝罪して下さい」
その美しい顔に感情を乗せず、精巧な人形のように無表情で、リヴィアスは言い放つ。
無表情だが、目には静かな怒りを湛え、その顔に凄みが増す。
アルギロスは初めて怒るリヴィアスを見て、動揺した。
(何で、俺の時には俺のために怒らなかったのに、エリスロースの王太子の時には、王太子のために怒るんだよ……!)
自分にもして欲しかった。
嫉妬心を抱き、アルギロスはリヴィアスではなく、ラディウスを睨む。
同じ婚約者なのに、アルギロスとラディウスでは何が違う? 自問自答しても、何も出て来ない。
「ヴィア。私は気にしていない。あの程度の小物に怒る必要はない。私のために貴方が怒ってくれたのは嬉しいけどな」
リヴィアスの腰を抱き、アルギロスを挑発するように、更にラディウスは密着する。
気にも留めていないラディウスの行動に、リヴィアスは少し顔を赤くした。
リヴィアスの表情が少し戻ったのを確認し、ラディウスはリュミエールに目配せする。
「ウィキッド侯爵。先程、リヴィアス卿本人も少し言ったが、彼を貶めようとしたことを教えよう。まずは、そこのリヴィアス卿の元婚約者で、侯爵の長男のアルギロスは婚約中に何度も不貞をした。様々な爵位の令嬢と不貞をし、リヴィアス卿から何度も苦言を呈されていたにも関わらず、何度も不貞を働いた」
リュミエールの言葉に、ウィキッド侯爵もアルギロスも目を見開いた。
ウィキッド侯爵と他の貴族達は、動揺した様子でアルギロスを見つめる。
対するアルギロスは頭を何度も左右に振る。自分は悪くない。と言いたげに。
「何度も言うが、リヴィアス卿は準王族だ。その彼の心を傷付け、更に不貞をした相手の一人のプサリ元男爵令嬢と結託して、宣言した冤罪と婚約破棄。この時点で、準王族に対する不敬罪が適用される」
リュミエールはアルギロスを睨み、続けた。
「更には、リヴィアス卿と婚約中に、浮気相手と不貞をし、その相手との間に子供を作り、子供が生まれた後は自分の子供ではないのにリヴィアス卿に育てさせ、浮気相手を愛人として招くつもりだったというのも、調べて分かっている」
「な……子供……?」
ウィキッド侯爵が信じられないといった表情で、アルギロスを見た。
アルギロスは目を泳がせ、父とは視線を合わせようとしなかった。
「嘘ではないぞ、侯爵。貴方の息子は、リヴィアス卿と婚約中に、他の令嬢と不貞を働き、その令嬢は子供を宿し、先日出産した。それを侯爵とレイディアンス大公家、王家に知られる訳にはいかないと夫人がもみ消していたからな」
「は……? どういうことだ……?」
ウィキッド侯爵が隣の夫人に顔を向け、真偽を問う。
夫人はばつの悪い表情を浮かべ、侯爵から目を逸らす。
「……何故、私に言わなかった」
尚も目を逸らす夫人を辛抱強く、ウィキッド侯爵は見つめる。
見つめられ、居た堪れなくなった夫人は仕方なさそうに口を開いた。
「……仕方ないではないですか。子爵家の娘より、リヴィアス様の方が爵位も、才能も、美しさも上。子供が生まれたことが理由で、婚約破棄なんてされたら、慰謝料が高くなり、名声も落ちるではありませんか。でしたら、認知せずにそのまま知らないでいてもらった方が、我が家の利益は増えるでしょう?」
さも当然のように夫人が言い放つと、ウィキッド侯爵は目を見開き、他の貴族達もざわめく。
「お前はそんな理由で、私にも、リヴィアス様にも、レイディアンス大公家と王家にも黙っていたのか……!」
「貴方に言ってしまったら、アルギロスとリヴィアス様の婚約が、我が家有責で破棄されるではないですか」
「当たり前だろ! 不貞を働き、更に不貞で生まれた子供をリヴィアス様に育てさせ、浮気相手を愛人として招く? 常識がないにも程がある上に、リヴィアス様を蔑ろにするつもりだったのか!」
「常識ねぇ……。そんなもの夫人にはないぞ、侯爵。貴方の妻はリヴィアス卿が作り、侯爵領の領民のためにと通常より安く融通していた薬を勝手に闇市に高値で売り、私腹を肥やしていたからな。証拠はこの書類だな。闇市に売った数が記録された書類だ。闇市を摘発した際に押収した」
リュミエールが呆れた表情で、ウィキッド侯爵夫人に書類が見えるように高々と上げる。
知られているとは思っていなかった夫人は、目を大きく見開く。
「う、嘘……。どうして、それを……!」
「分からないと思ったのか? 先程も言っただろう? 我が王家の査問機関を舐めるなよ、と」
リュミエールは口元を上げ、冷ややかな目でウィキッド侯爵夫人を見る。
「闇市に高値で売り、国に収入として報告もせずに私腹を肥やしていた時点で犯罪だ。最も、リヴィアス卿の作った薬を闇市に高値で流すのも犯罪だがな。夫人のお陰で、その闇市も潰せたが、それはそれ、これはこれだ。罪人にはそれ相応の罰を受けてもらう。良いな、侯爵?」
「……仕方ありません。妻は罪を犯した……。償っていくしかありません」
「嘘?! どうして! どうしてわたくしを助けてくれないの!?」
懇願するようにウィキッド侯爵夫人は、自分の夫を見上げる。
「罪を犯した者を助ける訳がないだろう。罪を認め、償っていくのが当然だろう。お前といい、アルギロスといい、リヴィアス様になんてことをしたんだ……」
手で顔を覆い、ウィキッド侯爵は項垂れる。
その間も、夫人は自分の夫に縋ろうとするが、振り払われ、床に崩れ落ちた。
夫人の周りに衛兵達が現れ、取り囲まれ、ようやくそこで自分の犯した罪に気付いたのか、身体が小刻みに震えだした。
助けを求めようと、少し離れた場所に立つ、女神のような美しさの少年に目を遣る。
優しい彼なら、助けてくれると夫人は思い、叫ぶ。
「リ、リヴィアス様! 助けて下さい! 優しいリヴィアス様なら、助けて下さいますよね?!」
「我が婚約者を利用し、傷付けておきながら、助けを求めるか。盗人猛々しいな。確かにリヴィアスは優しいが、お前のような屑にその優しさなど与えるものか」
リヴィアスを守るように肩を抱き、ラディウスが拒否する。
それでも縋るようにリヴィアスを夫人は見つめる。
「……ウィキッド侯爵夫人。ご長男と婚約中、私に優しくして下さったことはよく覚えています」
「だったら……!」
「――ですが、その優しさも、私を利用するためだったのですね……。とても、残念です……。将来は、家族になるからと仰って下さったことが、とても嬉しかったのですが……」
悲しげに言うリヴィアスに、ようやっとウィキッド侯爵夫人は犯した罪の重さを思い知る。
子供の時から知っているとても優しい、良い子の義理の息子になるはずだった子になんてことをしたんだ、と項垂れる。
リヴィアスに寄り添うように立ち、労るラディウスの姿を見て、ウィキッド侯爵夫人は涙を流す。
本来なら、自分の息子があの立場にいたのに、と。
衛兵達は抵抗しなくなったウィキッド侯爵夫人を拘束していく。
母が拘束されていく様子をアルギロスは見つめ、リヴィアスに目を移す。
「リヴィアス……お前は、俺を愛していたんじゃなかったのか?!」
「アルギロス、まだ言うか!」
ウィキッド侯爵がアルギロスの右肩を握り締める。
アルギロスの言葉に、リヴィアスは眉を顰める。
「……ヴィア。言った方がいい。アレは言わないと分からない」
ラディウスがリヴィアスの右手に、自分の右手を添えて囁く。
「……そうですね。ウィキッド侯爵令息。私は婚約した時から、貴方に恋愛感情は抱いておりません」
「え……」
アルギロスは目を大きく見開く。リヴィアスに真偽を問うように見つめる。
「六年前の婚約した時から、恋愛感情はありませんでした。ですが、ウィキッド侯爵は父と友人であり、その縁で婚約した以上は交流を持ち、家族として接し、ゆくゆくは夫婦としてお互いを支えられたらと思っていました。ですが、貴方は婚約当初から、私を装飾品のように扱い、様々な爵位の令嬢と浮気をしていました。何度も何度も注意しても、苦言を呈しても、変わらず、私の心は深く傷付きました。貴方に対して、私は何も思っていません。貴方に婚約破棄をして頂いたことで、私を大事に思い、愛を囁いて、心を守って下さるラディウス王太子殿下に出会うことが出来ました。その点についてはお礼申し上げます」
「お、俺は、リヴィアスを愛しているのに……!」
「愛しているなら、リヴィアスだけを見て、尊重するべきだったな。浮気なんて言語道断。誠実に対応せずに、不貞ばかりをしていた者から愛していると言われても、安くなるだけだ」
アルギロスの言葉を斬り、ラディウスはリヴィアスに微笑む。リヴィアスも恥じらうようにラディウスに微笑み掛ける。
「あ……あ……俺は……」
その仲睦まじさに、アルギロスは床にぺたりと座り込んだ。
※更新が遅くなり、申し訳ございません!
長くなったので、少し後半を次話にずらしています。
断罪が少し残ってます。ごめんなさい……!
冷ややかにリュミエールは、アルギロス、ウィキッド侯爵夫人、ウィキッド侯爵の後ろに隠れている次男ベーゼを見据える。
その間に、沈黙魔法で一時的に声が出なくなったモノリスは、衛兵達に拘束される。
「リュミエール王太子殿下。アルギロスではなく、ウィキッド侯爵家ですか……?」
長男のアルギロスがリヴィアスに対してやってしまったこと以外に思い当たることがなく、ウィキッド侯爵は困惑の表情を浮かべる。が、その左右、後ろに立つ彼の妻、息子達はそれぞれに思い当たることがあるのか少し青褪めている。
「我が王家の査問機関を舐めるなよ、ウィキッド侯爵夫人に、その息子達」
腕を組み、リュミエールは目を細める。
「どういう、ことですか、殿下……」
ウィキッド侯爵は呆然と問い掛ける。
「そういえば、侯爵は知らなかったな。侯爵の妻に、息子達はそれぞれリヴィアス卿を貶めようとした。様々な薬で国民を助ける我が国にとって得難い人物であり、我が従弟でもある彼を、彼の意思を無視して利用しようとした」
「――?!」
リュミエールの言葉に、ウィキッド侯爵は大きく目を見開いて、自分の妻と息子達を問うように見る。
他の貴族達も、困惑の表情でウィキッド侯爵家とリュミエールを交互に見る。
「……リヴィアス卿。来てくれるか」
「はい、王太子殿下」
申し訳なさそうに呼ぶリュミエールに応え、リヴィアスは守るように囲ってくれた父達の間から前に出る。一緒にラディウスも前に出る。
リヴィアスとラディウスの対の衣装を見た貴族達がざわめく。
コート、ウェストコート、スラックスはリヴィアスとラディウスのお互いの髪の色の金と銀。生地は上質な絹で作られたことでギラギラとしておらず、上品で落ち着いた色合いで目に優しい。
シャツ、スカーフ状の首飾り――クラバットは白で、こちらも生地は絹。
胸元のブローチとイヤリングは、それぞれの目の色に似た色合いの宝石が嵌められている。
リヴィアスに寄り添うようにラディウスは立ち、貴族達の視線を受ける。
一番驚いたのはアルギロスのようで、それに気付いたラディウスが不敵に笑う。リヴィアスの腰を抱いて、挑発することも忘れていないのを見て、レインとリヒトは小さく溜め息を吐いた。
「な、何だよ、リヴィアス……。隣の男は誰だよっ! 婚約者の俺がいるのに、何で別のヤツといるんだよ!」
パーティーに参加していた時と違う装いと髪型のリヴィアスを見て、アルギロスは動揺し、大声で叫ぶ。
アルギロスの不敬な叫びに、リヴィアスはピクリと眉を顰める。
「アルギロス! 黙れ! 不敬なことを言うな!」
ラディウスの正体に気付いたウィキッド侯爵が止めるが、アルギロスは父の声が聞こえないのか、怒りで顔を赤くして睨む。
これ以上、不敬なことを言わせないように止めようとリヴィアスが口を開く前に、ラディウスが止め、不敵に笑う。
「――ブラカーシュの侯爵家の長男は、面白いことを言うな。自身の言葉で既に婚約を破棄しているのに、“月華の君”の婚約者をまだ名乗るか。女々しい男だな」
「う、うるさい……! リヴィアスに近付くな!」
「それは私の台詞だ。お前のような屑が私の唯一の名を呼ぶな」
リヴィアスの肩を抱き、ラディウスはアルギロスを見据える。
「だ、誰だよ、お前……!」
「お前の父は気付いたようだが、お前は気付かないか。勉強不足だな。私の名はラディウス・アシェル・ソル・エリスロース。エリスロース竜王国の王太子で、リヴィアスの現婚約者だよ、元婚約者殿?」
挑発するように、ラディウスは不敵に笑い、リヴィアスの腰を左手で抱き、右手で彼の右手を持ち、手の甲に口付けする。
流れるような一連の行動に、リヴィアスは恥じらうように真っ赤になる。
ラディウスの名乗りとリヴィアスの様子に、貴族達がざわめく。
「お前が婚約破棄をしてくれたお陰で、私は私の唯一に出会えた。礼を言う」
尚も挑発するように笑い、ラディウスは言う。
「リヴィアス! お前、俺と婚約していたのに、エリスロース竜王国の王太子と浮気をしていたのか?!」
アルギロスがラディウスの挑発に乗り、リヴィアスを睨む。
アルギロスの言葉に、リヴィアスは眉を顰めた。
「……リュミエール王太子殿下。発言の許可を頂けますか」
静かに、リヴィアスはリュミエールを見た。
「許可する」
「ありがとうございます、リュミエール王太子殿下」
リヴィアスはリュミエールに一礼して、アルギロスに顔を向けた。
冷ややかな、氷のような天色の目は、静かな怒りを宿しており、リヴィアスはアルギロスを見る。
天色の目が、灰色が少し混ざった水色――藍白色にアルギロスは見えた。
「……貴方のように、婚約してから、注意しても、苦言を呈しても、何度も何度も様々な爵位の令嬢と浮気をするようなことを私はしておりません。ラディウス王太子殿下と婚約をしたのは、今から一ヶ月前。出会ったのも貴方が一方的に婚約破棄を宣言した後です。自分のことを棚上げするような人に言われたくありません」
無表情で言い、リヴィアスは更に口を開く。
「それに、先程から貴方は何ですか。隣国の王太子殿下に対して、口調も汚く、お前などと言うとは。不敬にも程があります。王太子殿下に謝罪して下さい」
その美しい顔に感情を乗せず、精巧な人形のように無表情で、リヴィアスは言い放つ。
無表情だが、目には静かな怒りを湛え、その顔に凄みが増す。
アルギロスは初めて怒るリヴィアスを見て、動揺した。
(何で、俺の時には俺のために怒らなかったのに、エリスロースの王太子の時には、王太子のために怒るんだよ……!)
自分にもして欲しかった。
嫉妬心を抱き、アルギロスはリヴィアスではなく、ラディウスを睨む。
同じ婚約者なのに、アルギロスとラディウスでは何が違う? 自問自答しても、何も出て来ない。
「ヴィア。私は気にしていない。あの程度の小物に怒る必要はない。私のために貴方が怒ってくれたのは嬉しいけどな」
リヴィアスの腰を抱き、アルギロスを挑発するように、更にラディウスは密着する。
気にも留めていないラディウスの行動に、リヴィアスは少し顔を赤くした。
リヴィアスの表情が少し戻ったのを確認し、ラディウスはリュミエールに目配せする。
「ウィキッド侯爵。先程、リヴィアス卿本人も少し言ったが、彼を貶めようとしたことを教えよう。まずは、そこのリヴィアス卿の元婚約者で、侯爵の長男のアルギロスは婚約中に何度も不貞をした。様々な爵位の令嬢と不貞をし、リヴィアス卿から何度も苦言を呈されていたにも関わらず、何度も不貞を働いた」
リュミエールの言葉に、ウィキッド侯爵もアルギロスも目を見開いた。
ウィキッド侯爵と他の貴族達は、動揺した様子でアルギロスを見つめる。
対するアルギロスは頭を何度も左右に振る。自分は悪くない。と言いたげに。
「何度も言うが、リヴィアス卿は準王族だ。その彼の心を傷付け、更に不貞をした相手の一人のプサリ元男爵令嬢と結託して、宣言した冤罪と婚約破棄。この時点で、準王族に対する不敬罪が適用される」
リュミエールはアルギロスを睨み、続けた。
「更には、リヴィアス卿と婚約中に、浮気相手と不貞をし、その相手との間に子供を作り、子供が生まれた後は自分の子供ではないのにリヴィアス卿に育てさせ、浮気相手を愛人として招くつもりだったというのも、調べて分かっている」
「な……子供……?」
ウィキッド侯爵が信じられないといった表情で、アルギロスを見た。
アルギロスは目を泳がせ、父とは視線を合わせようとしなかった。
「嘘ではないぞ、侯爵。貴方の息子は、リヴィアス卿と婚約中に、他の令嬢と不貞を働き、その令嬢は子供を宿し、先日出産した。それを侯爵とレイディアンス大公家、王家に知られる訳にはいかないと夫人がもみ消していたからな」
「は……? どういうことだ……?」
ウィキッド侯爵が隣の夫人に顔を向け、真偽を問う。
夫人はばつの悪い表情を浮かべ、侯爵から目を逸らす。
「……何故、私に言わなかった」
尚も目を逸らす夫人を辛抱強く、ウィキッド侯爵は見つめる。
見つめられ、居た堪れなくなった夫人は仕方なさそうに口を開いた。
「……仕方ないではないですか。子爵家の娘より、リヴィアス様の方が爵位も、才能も、美しさも上。子供が生まれたことが理由で、婚約破棄なんてされたら、慰謝料が高くなり、名声も落ちるではありませんか。でしたら、認知せずにそのまま知らないでいてもらった方が、我が家の利益は増えるでしょう?」
さも当然のように夫人が言い放つと、ウィキッド侯爵は目を見開き、他の貴族達もざわめく。
「お前はそんな理由で、私にも、リヴィアス様にも、レイディアンス大公家と王家にも黙っていたのか……!」
「貴方に言ってしまったら、アルギロスとリヴィアス様の婚約が、我が家有責で破棄されるではないですか」
「当たり前だろ! 不貞を働き、更に不貞で生まれた子供をリヴィアス様に育てさせ、浮気相手を愛人として招く? 常識がないにも程がある上に、リヴィアス様を蔑ろにするつもりだったのか!」
「常識ねぇ……。そんなもの夫人にはないぞ、侯爵。貴方の妻はリヴィアス卿が作り、侯爵領の領民のためにと通常より安く融通していた薬を勝手に闇市に高値で売り、私腹を肥やしていたからな。証拠はこの書類だな。闇市に売った数が記録された書類だ。闇市を摘発した際に押収した」
リュミエールが呆れた表情で、ウィキッド侯爵夫人に書類が見えるように高々と上げる。
知られているとは思っていなかった夫人は、目を大きく見開く。
「う、嘘……。どうして、それを……!」
「分からないと思ったのか? 先程も言っただろう? 我が王家の査問機関を舐めるなよ、と」
リュミエールは口元を上げ、冷ややかな目でウィキッド侯爵夫人を見る。
「闇市に高値で売り、国に収入として報告もせずに私腹を肥やしていた時点で犯罪だ。最も、リヴィアス卿の作った薬を闇市に高値で流すのも犯罪だがな。夫人のお陰で、その闇市も潰せたが、それはそれ、これはこれだ。罪人にはそれ相応の罰を受けてもらう。良いな、侯爵?」
「……仕方ありません。妻は罪を犯した……。償っていくしかありません」
「嘘?! どうして! どうしてわたくしを助けてくれないの!?」
懇願するようにウィキッド侯爵夫人は、自分の夫を見上げる。
「罪を犯した者を助ける訳がないだろう。罪を認め、償っていくのが当然だろう。お前といい、アルギロスといい、リヴィアス様になんてことをしたんだ……」
手で顔を覆い、ウィキッド侯爵は項垂れる。
その間も、夫人は自分の夫に縋ろうとするが、振り払われ、床に崩れ落ちた。
夫人の周りに衛兵達が現れ、取り囲まれ、ようやくそこで自分の犯した罪に気付いたのか、身体が小刻みに震えだした。
助けを求めようと、少し離れた場所に立つ、女神のような美しさの少年に目を遣る。
優しい彼なら、助けてくれると夫人は思い、叫ぶ。
「リ、リヴィアス様! 助けて下さい! 優しいリヴィアス様なら、助けて下さいますよね?!」
「我が婚約者を利用し、傷付けておきながら、助けを求めるか。盗人猛々しいな。確かにリヴィアスは優しいが、お前のような屑にその優しさなど与えるものか」
リヴィアスを守るように肩を抱き、ラディウスが拒否する。
それでも縋るようにリヴィアスを夫人は見つめる。
「……ウィキッド侯爵夫人。ご長男と婚約中、私に優しくして下さったことはよく覚えています」
「だったら……!」
「――ですが、その優しさも、私を利用するためだったのですね……。とても、残念です……。将来は、家族になるからと仰って下さったことが、とても嬉しかったのですが……」
悲しげに言うリヴィアスに、ようやっとウィキッド侯爵夫人は犯した罪の重さを思い知る。
子供の時から知っているとても優しい、良い子の義理の息子になるはずだった子になんてことをしたんだ、と項垂れる。
リヴィアスに寄り添うように立ち、労るラディウスの姿を見て、ウィキッド侯爵夫人は涙を流す。
本来なら、自分の息子があの立場にいたのに、と。
衛兵達は抵抗しなくなったウィキッド侯爵夫人を拘束していく。
母が拘束されていく様子をアルギロスは見つめ、リヴィアスに目を移す。
「リヴィアス……お前は、俺を愛していたんじゃなかったのか?!」
「アルギロス、まだ言うか!」
ウィキッド侯爵がアルギロスの右肩を握り締める。
アルギロスの言葉に、リヴィアスは眉を顰める。
「……ヴィア。言った方がいい。アレは言わないと分からない」
ラディウスがリヴィアスの右手に、自分の右手を添えて囁く。
「……そうですね。ウィキッド侯爵令息。私は婚約した時から、貴方に恋愛感情は抱いておりません」
「え……」
アルギロスは目を大きく見開く。リヴィアスに真偽を問うように見つめる。
「六年前の婚約した時から、恋愛感情はありませんでした。ですが、ウィキッド侯爵は父と友人であり、その縁で婚約した以上は交流を持ち、家族として接し、ゆくゆくは夫婦としてお互いを支えられたらと思っていました。ですが、貴方は婚約当初から、私を装飾品のように扱い、様々な爵位の令嬢と浮気をしていました。何度も何度も注意しても、苦言を呈しても、変わらず、私の心は深く傷付きました。貴方に対して、私は何も思っていません。貴方に婚約破棄をして頂いたことで、私を大事に思い、愛を囁いて、心を守って下さるラディウス王太子殿下に出会うことが出来ました。その点についてはお礼申し上げます」
「お、俺は、リヴィアスを愛しているのに……!」
「愛しているなら、リヴィアスだけを見て、尊重するべきだったな。浮気なんて言語道断。誠実に対応せずに、不貞ばかりをしていた者から愛していると言われても、安くなるだけだ」
アルギロスの言葉を斬り、ラディウスはリヴィアスに微笑む。リヴィアスも恥じらうようにラディウスに微笑み掛ける。
「あ……あ……俺は……」
その仲睦まじさに、アルギロスは床にぺたりと座り込んだ。
※更新が遅くなり、申し訳ございません!
長くなったので、少し後半を次話にずらしています。
断罪が少し残ってます。ごめんなさい……!
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※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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