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十五章 本婚約
閑話15 未練と執着(ベーゼ視点)
僕を愛しているか、と問うたら、愛しいあのお方はこう答えた。
『……いいえ。私が愛しているのは、ラディウス王太子殿下です。ウィキッド侯爵令息のお二人ではありません。ご長男と婚約していた時は、家族になる私にウィキッド侯爵家の皆様も良くして下さっていると思っていました。ですが、先程からのお話を聞くと、家族になるからと心から優しくして下さったのはウィキッド侯爵だけだったのですね……』
悲しげに微笑み、愛しいあのお方――リヴィアス様は僕に言った。
あのお方の言葉に、僕の心は絶望する。
こんなに大好きなのに。
愛しているのに。
母や兄のように、僕は貴方に何もしていない。
僕は母や兄を含めて、あらゆる外敵から、貴方を守りたくて、二人だけの場所に閉じ込めたかっただけなのに。
それだけの加護を僕は持っているーーいや、与えられた。
最初は闇神の加護だけだったのに、ある日、現れた神様から僕だけの加護を与えられた。
与えられた加護は、悪神の加護。
ただし、この加護は欠片だけ。
完全な加護を与えられると、人の身体では耐えられないらしい。
この加護は、任意の人間を風で囲い、指定した場所に閉じ込め、閉じ込められた者は、指定した者しか見えなくなる。
詳しくはよく分からないけど、空神や星の女神の加護を持つ者に見つかると、悪神の加護は封じられてしまうそうだ。
だから、空神や星の女神の加護を持つ者に見つからないように、加護の擬態が出来るように神さまはしたらしい。
どうして、悪神の加護を欠片だけど、僕に与えたのか。
神様は詳しくは教えてくれなかったけど、リヴィアス様は何かの特殊な加護を持っているらしく、僕が閉じ込めれば、あの方を加護した神様も手に入るからと言っていた。
僕と神様の利害は一致していたから、あの王家のパーティーで久々にお会いするリヴィアス様を閉じ込めたかった。
僕しか見えなくなるのなら、リヴィアス様は僕しか頼ることしか出来ない。
僕しか見えない、頼れない。なんて、素敵なんだろう。
そう思って、兄を焚き付けたのに、僕も兄も失敗してしまった。
その結果、国王陛下から母も兄も僕も、それぞれ年数は異なるけど、全員囚人として、鉱山の力仕事等を課された。
更にはエリスロース竜王国から譲り受けた加護を封じる魔導具を僕は着けさせられた。
母も兄も僕もリヴィアス様への接近禁止命令も出された。
鉱山へ護送される前に、国王陛下から父に、家族と向き合うようにと、それぞれに少し時間を与えられた。
母や兄は知らないけど、僕は別に父と向き合うようなことはない。
だって、領地から帰ってくる度に父とは会っていたし、話も王都の中で耳にする噂や世間話をしていた。
なのに、何故、父と向き合う必要があるのか。
それをそのまま父に伝えると、悲しげに微笑した。
『 ……お前が抱える闇に気付かなかった。すまない、ベーゼ』
鉱山に連行される前に会った、領地を半分が国に没収され、爵位も侯爵から子爵に落ちた父は、没収された領地についての報告や引き継ぎ、事後処理等で疲れたような表情をしていた。
そのような顔をされても、僕の心は揺るがない。
今更、何を言うのか。
本当に今更だ。
母は子供に教育をする、していると父に言っていた。
実際は侍女に放置、父が領地から戻る二日前にそれらしい体で、僕や兄に食事中に簡単に伝えるだけ。侍女が思春期前後の子供に教えられる範囲の限界もある。
だから、自分達より爵位が上のリヴィアス様を蔑ろに出来たのだ、あの母と兄は。
母はこちらに嫁いで来るのだから、嫁の資産は姑のモノと考え、リヴィアス様が作った領民のための薬を闇市に高額で転売し、私腹を肥やした。
兄は爵位が自分より落ち、妻になるからと美しいリヴィアス様を他人に自慢するために装飾品のように扱った。
主人の妻と嫡子が行っていることを当時の侯爵家に雇われている侍従や侍女が、教育のためにと止めたり、異を唱えられる訳がない。
執事達も父に報告しなかった。
リヴィアス様の薬を母が執事を筆頭に使用人達に融通し、口止めしていたから。
これは王家の査問機関によって判明したらしく、加担した使用人達も平民や下級貴族用の鉱山へと連行された。
母は女性用の鉱山へ既に護送されたらしい。
使用人達のことを知った、ブラカーシュ王家とレイディアンス大公家の怒りは凄まじかったそうだ。
これを聞いたのは、鉱山に連行されている馬車の中。
僕にその話をした相手は、レイディアンス大公家とは違う、別の準王族。
ブラカーシュ王家の査問機関所属で、刑の執行の見届け人として護送に同行している一人。
ヒンメル・フォトン・リワナグ。
リワナグ公爵家の当主で、前王妹の息子。
国王陛下とミストラル大公殿下の従弟。
彼も、レイディアンス大公家のご子息達を可愛がっていると聞いたことがある。
その彼に、僕は加護の力を封じる腕輪を着けられた。
「私にとっても大事な可愛い従弟甥の心を傷付け、更に拉致しようとした者達だからな。途中、脱走させる訳にはいかない」
ーー責任を持って、護送しよう。
ミストラル大公殿下と同じくらい冷ややかな紺碧色の目で、緩く三つ編みされた桔梗色の長い髪を背に流して、リワナグ公爵は僕と兄をちらりと見る。
護送され、鉱山に着いた僕と兄は、常駐している看守兼騎士に引き渡された。
護送し、着いたのを確認したリワナグ公爵は、帰っていった。
それを見届けた後、看守が僕と兄の部屋へ連れていく。
部屋はそれぞれ個室だったが、狭い。
簡易ベッドというらしい、一人分の狭く小さなベッドがあるだけの部屋。
看守からは自死が出来ないように部屋を含め至るところに、魔法陣と魔導具が使用されていると説明があった。
今まで力仕事もしたことがない貴族が、これからのことに絶望したり、罪を犯したことの罪悪感等で自死を考えることがあるらしい。
僕はとっとと鉱山から出て、リヴィアス様の元へ行きたい。
接近禁止命令を出されたからって、何故、リヴィアス様を諦めないといけない?
僕はリヴィアス様を愛しているのに。
だから、近付けなくても、お近くにいたい。
それから鉱山での力仕事をし続けた。
二ヶ月経つけど、力仕事をもちろんしたことがない僕も兄も、毎日していても、すぐには慣れない。
今までしたことがなかったことで、手は切れて血や土だらけ。爪の中にも土が入る。
過去に剣を多少習ったことがあったけど、騎士を目指していた訳ではないから、嗜む程度だから剣胼胝もない手は既にボロボロだ。
僕は黙々と作業をするけど、兄はずっとリヴィアス様の名を呟いている。
そんなに惜しんでいるのなら、あんな態度をしなければ良かったのに。
そんな愚かな兄を一瞥した後、僕は作業に戻る。
黙々と作業をしていると、近くに人の気配を感じ、顔を上げる。
「……ウィキッド侯爵家の、ベーゼ様ですか?」
僕や兄と同じ囚人の服装をした三十代くらいの男性がにこやかに笑う。
男性は、男にしては綺麗な顔だが、リヴィアス様には劣る。
リヴィアス様の輝くような銀色の髪とは違う、くすんだ灰色の髪、とても暗い赤色と灰色が混ざった鈍色の目をしていた。
人が好感を抱くような笑みで、貴族がよくする作り笑顔。
リヴィアス様の、心に残るような綺麗な笑顔ではない。
目の前の男性とリヴィアス様を、つい、比べたくなった。比べるまでもないのに。
「……今は子爵家ですが、ベーゼです。僕に何か?」
僕も作り笑顔で対応する。
「ーーレイディアンス大公家のご子息、リヴィアス様を早く手に入れたくはありませんか?」
男性の言葉に内心、動揺する。
今の言葉の意図は何だろう。
目の前の男性が、もし、王家や大公家の回し者なら、僕の答え次第で更に罪が増える気がする。
そうなれば、リヴィアス様にお会いする日が延びる。
だけど、目の前の男性が王家でも、大公家でも、査問機関でもなければ……答えはもちろん、早くリヴィアス様にお会いして、僕のものにしたい。
六年前に初めてお会いした時から、僕の心の中にはリヴィアス様しかいない。
綺麗で、美しく、優しい、お側にいると癒されるリヴィアス様。
時折、花のような香りが香る。
年下だから、弟を見るような目だけど、それでも僕を僕として見てくれる美しいリヴィアス様が大好きだ。
そのリヴィアス様を手に入れたくないと思う人がいるのだろうか。
「ああ、申し訳ごさいません。私は王家でも大公家でも査問機関の者でもございません」
人の良い笑みを尚もして、男性は続ける。
「ーー私は、貴方の味方です。ベーゼ様。私はカース伯爵家から参りました。貴方をこの鉱山からお助けするために」
男性の言葉に、僕は眉を寄せる。
母の実家のカース伯爵家とは、僕も兄もほとんど縁はない。
理由は知らないが、母がなかなか帰りたがらないのもあるけど、カース伯爵家自体が謎めいた家だから伯爵家の親戚達ともほとんど面識がない。
カース伯爵家の前当主の祖父と祖母、現当主の伯父と伯母、二十代らしい従兄が二人。兄上と同い年の従姉が家族構成なのは聞いている。
その中で、会ったことがあるのは祖父母くらいだ。
「貴方のお祖父様とお祖母様である前当主と夫人、伯父様でもある現当主が特に心配されていました。まだ十四歳と幼いのに、このような鉱山で重労働させるとは……。話を聞けば、きっと、リヴィアス様も心配なさることでしょう」
「……何故、今更、ウィキッド侯爵……子爵家と交流しなかった、母の実家のカース伯爵家が僕を助けるというんですか?」
「ーーエリスロース竜王国の王太子は、レイディアンス大公家のリヴィアス様との婚約を国内外へ伝えるため、エリスロース竜王国で婚約パーティーをなさるそうです」
「え……」
悲しげに、男性は僕に告げる。
耳の奥から耳鳴りがする。
あの時、ブラカーシュ王家のパーティーで、確かに、エリスロースの王太子はリヴィアス様を婚約者と言った。
パーティーだけの、はったりかもしれないとずっと思っていた。
本当に、するんだ、婚約……。
「ああ、ベーゼ様。何とお可哀想に……」
俯く僕に、男性は大袈裟に嘆く。
「ベーゼ様。もう一度お聞きします。今ならまだ間に合います。リヴィアス様を早く手に入れたくはありませんか?」
人の良い笑顔で、男性が悪魔のような囁きを僕に言う。
手に入れられるのなら、手に入れたい。
でも、リヴィアス様は僕にこう言ってくれた。
『ベーゼ様、これからはどうか、罪を犯さず、心を正しくもって生きて下さい 』
その言葉を、約束として、僕は守りたい。
怖がらせて、傷付けてしまったと思うのに、リヴィアス様は僕のことを案じて言ってくれた。
会うのは最後、と遠回しに言われたとしても、これからのことを思って、リヴィアス様は言ってくれた。
でも、それでも、リヴィアス様が誰かのモノになるのは見たくない。
「……いつ、ですか?」
小さく問う、僕に、男性は満面の笑みを浮かべた。
「約三ヶ月後です。確実に手に入れるために、準備を致しましょう。良いご判断です、ベーゼ様」
「でしたら、兄も一緒にいいでしょうか……?」
「……それは、兄君のためですか?」
「…………」
男性の問いに、僕は無言で目を逸らす。
兄のためではない。
失敗して逃げる時に、兄を囮に出来ればと思っただけだ。
僕の表情や動作で察したのか、男性は嗤う。
「……兄君もお連れしましょう」
「……名前、貴方の名前は何というのですか?」
「イスキオス・ペイン・カースと申します。六年前にカース伯爵家の遠縁のペイン男爵家より、カース伯爵家へ養子になりました。どうぞ、私のことはイスキオスとお呼び下さい、ベーゼ様」
男性ーーイスキオスはにこやかにそう告げた。
それからイスキオスと共に、兄を連れ出した。
イスキオスの手引きで、僕と兄は鉱山から逃亡した。
イスキオスは特に罪を犯した訳ではなく、僕をカース伯爵家で保護するために、鉱山に侵入したそうだ。
加護を封じる腕輪は、カース伯爵家で取れるらしい。
何故、僕が必要なのか。
それは僕の加護の悪神の加護がカース伯爵家に必要らしい。
リヴィアス様が持つという加護がカース伯爵家には必要で、僕が伯爵家にいるのなら、リヴィアス様のお側にいてもいいらしい。
詳しいことは話せないと言われたけど、リヴィアス様のお側にいられるのなら、詳しく知らなくていい。
その説明の間も、兄は項垂れたまま、イスキオスの話を聞いていなかった。
「ああ、アルギロス様には、私の風の加護で眠って頂きました。説明を聞いて、怖気付かれても困りますので」
にこやかに嗤うイスキオスに、内心、恐怖を感じる。
悪いとは思っていないイスキオスを見て、カース伯爵家とはどんなところなのか、と興味半分、怖さ半分を感じた。
それでも、僕はリヴィアス様を諦めきれない。
『……いいえ。私が愛しているのは、ラディウス王太子殿下です。ウィキッド侯爵令息のお二人ではありません。ご長男と婚約していた時は、家族になる私にウィキッド侯爵家の皆様も良くして下さっていると思っていました。ですが、先程からのお話を聞くと、家族になるからと心から優しくして下さったのはウィキッド侯爵だけだったのですね……』
悲しげに微笑み、愛しいあのお方――リヴィアス様は僕に言った。
あのお方の言葉に、僕の心は絶望する。
こんなに大好きなのに。
愛しているのに。
母や兄のように、僕は貴方に何もしていない。
僕は母や兄を含めて、あらゆる外敵から、貴方を守りたくて、二人だけの場所に閉じ込めたかっただけなのに。
それだけの加護を僕は持っているーーいや、与えられた。
最初は闇神の加護だけだったのに、ある日、現れた神様から僕だけの加護を与えられた。
与えられた加護は、悪神の加護。
ただし、この加護は欠片だけ。
完全な加護を与えられると、人の身体では耐えられないらしい。
この加護は、任意の人間を風で囲い、指定した場所に閉じ込め、閉じ込められた者は、指定した者しか見えなくなる。
詳しくはよく分からないけど、空神や星の女神の加護を持つ者に見つかると、悪神の加護は封じられてしまうそうだ。
だから、空神や星の女神の加護を持つ者に見つからないように、加護の擬態が出来るように神さまはしたらしい。
どうして、悪神の加護を欠片だけど、僕に与えたのか。
神様は詳しくは教えてくれなかったけど、リヴィアス様は何かの特殊な加護を持っているらしく、僕が閉じ込めれば、あの方を加護した神様も手に入るからと言っていた。
僕と神様の利害は一致していたから、あの王家のパーティーで久々にお会いするリヴィアス様を閉じ込めたかった。
僕しか見えなくなるのなら、リヴィアス様は僕しか頼ることしか出来ない。
僕しか見えない、頼れない。なんて、素敵なんだろう。
そう思って、兄を焚き付けたのに、僕も兄も失敗してしまった。
その結果、国王陛下から母も兄も僕も、それぞれ年数は異なるけど、全員囚人として、鉱山の力仕事等を課された。
更にはエリスロース竜王国から譲り受けた加護を封じる魔導具を僕は着けさせられた。
母も兄も僕もリヴィアス様への接近禁止命令も出された。
鉱山へ護送される前に、国王陛下から父に、家族と向き合うようにと、それぞれに少し時間を与えられた。
母や兄は知らないけど、僕は別に父と向き合うようなことはない。
だって、領地から帰ってくる度に父とは会っていたし、話も王都の中で耳にする噂や世間話をしていた。
なのに、何故、父と向き合う必要があるのか。
それをそのまま父に伝えると、悲しげに微笑した。
『 ……お前が抱える闇に気付かなかった。すまない、ベーゼ』
鉱山に連行される前に会った、領地を半分が国に没収され、爵位も侯爵から子爵に落ちた父は、没収された領地についての報告や引き継ぎ、事後処理等で疲れたような表情をしていた。
そのような顔をされても、僕の心は揺るがない。
今更、何を言うのか。
本当に今更だ。
母は子供に教育をする、していると父に言っていた。
実際は侍女に放置、父が領地から戻る二日前にそれらしい体で、僕や兄に食事中に簡単に伝えるだけ。侍女が思春期前後の子供に教えられる範囲の限界もある。
だから、自分達より爵位が上のリヴィアス様を蔑ろに出来たのだ、あの母と兄は。
母はこちらに嫁いで来るのだから、嫁の資産は姑のモノと考え、リヴィアス様が作った領民のための薬を闇市に高額で転売し、私腹を肥やした。
兄は爵位が自分より落ち、妻になるからと美しいリヴィアス様を他人に自慢するために装飾品のように扱った。
主人の妻と嫡子が行っていることを当時の侯爵家に雇われている侍従や侍女が、教育のためにと止めたり、異を唱えられる訳がない。
執事達も父に報告しなかった。
リヴィアス様の薬を母が執事を筆頭に使用人達に融通し、口止めしていたから。
これは王家の査問機関によって判明したらしく、加担した使用人達も平民や下級貴族用の鉱山へと連行された。
母は女性用の鉱山へ既に護送されたらしい。
使用人達のことを知った、ブラカーシュ王家とレイディアンス大公家の怒りは凄まじかったそうだ。
これを聞いたのは、鉱山に連行されている馬車の中。
僕にその話をした相手は、レイディアンス大公家とは違う、別の準王族。
ブラカーシュ王家の査問機関所属で、刑の執行の見届け人として護送に同行している一人。
ヒンメル・フォトン・リワナグ。
リワナグ公爵家の当主で、前王妹の息子。
国王陛下とミストラル大公殿下の従弟。
彼も、レイディアンス大公家のご子息達を可愛がっていると聞いたことがある。
その彼に、僕は加護の力を封じる腕輪を着けられた。
「私にとっても大事な可愛い従弟甥の心を傷付け、更に拉致しようとした者達だからな。途中、脱走させる訳にはいかない」
ーー責任を持って、護送しよう。
ミストラル大公殿下と同じくらい冷ややかな紺碧色の目で、緩く三つ編みされた桔梗色の長い髪を背に流して、リワナグ公爵は僕と兄をちらりと見る。
護送され、鉱山に着いた僕と兄は、常駐している看守兼騎士に引き渡された。
護送し、着いたのを確認したリワナグ公爵は、帰っていった。
それを見届けた後、看守が僕と兄の部屋へ連れていく。
部屋はそれぞれ個室だったが、狭い。
簡易ベッドというらしい、一人分の狭く小さなベッドがあるだけの部屋。
看守からは自死が出来ないように部屋を含め至るところに、魔法陣と魔導具が使用されていると説明があった。
今まで力仕事もしたことがない貴族が、これからのことに絶望したり、罪を犯したことの罪悪感等で自死を考えることがあるらしい。
僕はとっとと鉱山から出て、リヴィアス様の元へ行きたい。
接近禁止命令を出されたからって、何故、リヴィアス様を諦めないといけない?
僕はリヴィアス様を愛しているのに。
だから、近付けなくても、お近くにいたい。
それから鉱山での力仕事をし続けた。
二ヶ月経つけど、力仕事をもちろんしたことがない僕も兄も、毎日していても、すぐには慣れない。
今までしたことがなかったことで、手は切れて血や土だらけ。爪の中にも土が入る。
過去に剣を多少習ったことがあったけど、騎士を目指していた訳ではないから、嗜む程度だから剣胼胝もない手は既にボロボロだ。
僕は黙々と作業をするけど、兄はずっとリヴィアス様の名を呟いている。
そんなに惜しんでいるのなら、あんな態度をしなければ良かったのに。
そんな愚かな兄を一瞥した後、僕は作業に戻る。
黙々と作業をしていると、近くに人の気配を感じ、顔を上げる。
「……ウィキッド侯爵家の、ベーゼ様ですか?」
僕や兄と同じ囚人の服装をした三十代くらいの男性がにこやかに笑う。
男性は、男にしては綺麗な顔だが、リヴィアス様には劣る。
リヴィアス様の輝くような銀色の髪とは違う、くすんだ灰色の髪、とても暗い赤色と灰色が混ざった鈍色の目をしていた。
人が好感を抱くような笑みで、貴族がよくする作り笑顔。
リヴィアス様の、心に残るような綺麗な笑顔ではない。
目の前の男性とリヴィアス様を、つい、比べたくなった。比べるまでもないのに。
「……今は子爵家ですが、ベーゼです。僕に何か?」
僕も作り笑顔で対応する。
「ーーレイディアンス大公家のご子息、リヴィアス様を早く手に入れたくはありませんか?」
男性の言葉に内心、動揺する。
今の言葉の意図は何だろう。
目の前の男性が、もし、王家や大公家の回し者なら、僕の答え次第で更に罪が増える気がする。
そうなれば、リヴィアス様にお会いする日が延びる。
だけど、目の前の男性が王家でも、大公家でも、査問機関でもなければ……答えはもちろん、早くリヴィアス様にお会いして、僕のものにしたい。
六年前に初めてお会いした時から、僕の心の中にはリヴィアス様しかいない。
綺麗で、美しく、優しい、お側にいると癒されるリヴィアス様。
時折、花のような香りが香る。
年下だから、弟を見るような目だけど、それでも僕を僕として見てくれる美しいリヴィアス様が大好きだ。
そのリヴィアス様を手に入れたくないと思う人がいるのだろうか。
「ああ、申し訳ごさいません。私は王家でも大公家でも査問機関の者でもございません」
人の良い笑みを尚もして、男性は続ける。
「ーー私は、貴方の味方です。ベーゼ様。私はカース伯爵家から参りました。貴方をこの鉱山からお助けするために」
男性の言葉に、僕は眉を寄せる。
母の実家のカース伯爵家とは、僕も兄もほとんど縁はない。
理由は知らないが、母がなかなか帰りたがらないのもあるけど、カース伯爵家自体が謎めいた家だから伯爵家の親戚達ともほとんど面識がない。
カース伯爵家の前当主の祖父と祖母、現当主の伯父と伯母、二十代らしい従兄が二人。兄上と同い年の従姉が家族構成なのは聞いている。
その中で、会ったことがあるのは祖父母くらいだ。
「貴方のお祖父様とお祖母様である前当主と夫人、伯父様でもある現当主が特に心配されていました。まだ十四歳と幼いのに、このような鉱山で重労働させるとは……。話を聞けば、きっと、リヴィアス様も心配なさることでしょう」
「……何故、今更、ウィキッド侯爵……子爵家と交流しなかった、母の実家のカース伯爵家が僕を助けるというんですか?」
「ーーエリスロース竜王国の王太子は、レイディアンス大公家のリヴィアス様との婚約を国内外へ伝えるため、エリスロース竜王国で婚約パーティーをなさるそうです」
「え……」
悲しげに、男性は僕に告げる。
耳の奥から耳鳴りがする。
あの時、ブラカーシュ王家のパーティーで、確かに、エリスロースの王太子はリヴィアス様を婚約者と言った。
パーティーだけの、はったりかもしれないとずっと思っていた。
本当に、するんだ、婚約……。
「ああ、ベーゼ様。何とお可哀想に……」
俯く僕に、男性は大袈裟に嘆く。
「ベーゼ様。もう一度お聞きします。今ならまだ間に合います。リヴィアス様を早く手に入れたくはありませんか?」
人の良い笑顔で、男性が悪魔のような囁きを僕に言う。
手に入れられるのなら、手に入れたい。
でも、リヴィアス様は僕にこう言ってくれた。
『ベーゼ様、これからはどうか、罪を犯さず、心を正しくもって生きて下さい 』
その言葉を、約束として、僕は守りたい。
怖がらせて、傷付けてしまったと思うのに、リヴィアス様は僕のことを案じて言ってくれた。
会うのは最後、と遠回しに言われたとしても、これからのことを思って、リヴィアス様は言ってくれた。
でも、それでも、リヴィアス様が誰かのモノになるのは見たくない。
「……いつ、ですか?」
小さく問う、僕に、男性は満面の笑みを浮かべた。
「約三ヶ月後です。確実に手に入れるために、準備を致しましょう。良いご判断です、ベーゼ様」
「でしたら、兄も一緒にいいでしょうか……?」
「……それは、兄君のためですか?」
「…………」
男性の問いに、僕は無言で目を逸らす。
兄のためではない。
失敗して逃げる時に、兄を囮に出来ればと思っただけだ。
僕の表情や動作で察したのか、男性は嗤う。
「……兄君もお連れしましょう」
「……名前、貴方の名前は何というのですか?」
「イスキオス・ペイン・カースと申します。六年前にカース伯爵家の遠縁のペイン男爵家より、カース伯爵家へ養子になりました。どうぞ、私のことはイスキオスとお呼び下さい、ベーゼ様」
男性ーーイスキオスはにこやかにそう告げた。
それからイスキオスと共に、兄を連れ出した。
イスキオスの手引きで、僕と兄は鉱山から逃亡した。
イスキオスは特に罪を犯した訳ではなく、僕をカース伯爵家で保護するために、鉱山に侵入したそうだ。
加護を封じる腕輪は、カース伯爵家で取れるらしい。
何故、僕が必要なのか。
それは僕の加護の悪神の加護がカース伯爵家に必要らしい。
リヴィアス様が持つという加護がカース伯爵家には必要で、僕が伯爵家にいるのなら、リヴィアス様のお側にいてもいいらしい。
詳しいことは話せないと言われたけど、リヴィアス様のお側にいられるのなら、詳しく知らなくていい。
その説明の間も、兄は項垂れたまま、イスキオスの話を聞いていなかった。
「ああ、アルギロス様には、私の風の加護で眠って頂きました。説明を聞いて、怖気付かれても困りますので」
にこやかに嗤うイスキオスに、内心、恐怖を感じる。
悪いとは思っていないイスキオスを見て、カース伯爵家とはどんなところなのか、と興味半分、怖さ半分を感じた。
それでも、僕はリヴィアス様を諦めきれない。
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※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
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「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。