光と闇の継承者〜神に選ばれた少女の物語〜

加藤 すみれ

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間章 受け入れるということ

目覚めの刻、旅立ちの朝

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白い天井が、滲むように視界へ流れ込んできた。

ー私、いったい?ー

そう思った瞬間、胸の奥が軋んだ。
呼吸をするたび、身体の内側で何かがずれている感覚がある。

瞼を持ち上げようとすると、鉛を載せられたように重い。
指先をわずかに動かした瞬間、鋭い痛みが走った。

「…っ」

喉から零れたのは、音になりきらない声だった。

「スミレ!!」

その声と同時に、視界いっぱいに誰かの顔が迫る。
赤く充血した目。涙の跡を隠しきれていない。

「……ルイ……?」

名前を呼ぶと、ルイは息を呑み、それから一気に息を吐いた。
そのまま、スミレの手を強く握る。

「よかった……本当に……」

震えた声。
握る力が、三日分の不安を物語っていた。

「……ここは……?」

「村の診療所だ。三日間、眠りっぱなしだった」

三日。
その言葉に、意識を失う直前の光景が脳裏を掠める。

黒い魔力。
歪む空気。
――そして、自分の中で暴れた“もう一つの力”。

「……あの後、どうなったの?」

ルイの表情が、わずかに硬くなる。

「……三つ子の妹と、アイビスさん?っていう人は?」

言いかけて、彼は視線を逸らした。

「あいつは、アイビスでいい。呼び捨てで」

「え……?」

「俺の、親代わりだ」

短い言葉だった。

「生まれてすぐ捨てられた俺を拾って、育ててくれた。
 口うるさいし、正直うざいけど……」

一瞬、口角が上がる。

「……大切な人なんだ」

ルイは小さく頷いた。

その時、扉が軋む音を立てて開いた。

「聞こえてるぞ、それ」

低く、抑揚の少ない声。

振り向くと、長身の男と、淡い髪色の少女が立っていた。
空気が、僅かに冷える。

「……アイビス」

「目、覚めたか」

ぶっきらぼうな声。
だが、その視線は確かにスミレを捉えていた。

「良かった、姉さん」

少女――スイレンが静かに言う。
感情を抑えた声の奥に、微かな安堵が滲んでいた。

スミレは一度、深く息を吸った。

「……聞かせてください」

声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

「三つ子のこと。
 それと――あなたが、何者なのか」

部屋の空気が、張り詰める。

その沈黙を破ったのは、足音だった。

「……その前に」

現れたのは、メイサだった。

「母さん……?」

メイサはスミレの前まで来ると、何も言わず、深く頭を下げた。

「ごめんなさい」

掠れた声。

「あなたに……ずっと、酷い態度を取ってきた」

胸が、きゅっと締め付けられる。

「……嫌われているのだと、思っていました」

次の瞬間、強く抱きしめられた。

「違う……!」

震える声。

「失うのが怖かったの……クリスタを失って……
 あなたまで失うのが……」

メイサの腕が、縋るように震える。

「守り方が分からなかった……
 厳しくすることが、正しいのだと……」

スミレは、そっと目を閉じた。

「……母さん」

胸に溜まっていた澱が、静かに溶けていく。

「嫌われていたわけじゃ……なかったんですね」

「当たり前でしょう……」

ようやく、二人の時間が終わる。

その空気を切り裂くように、アイビスが前に出た。

「……改めて名乗る」

彼が一歩踏み出した瞬間、
部屋の空気が、目に見えない圧で歪んだ。

「俺はアイビス。魔人族だ」

身体の奥が、ざわりと反応した。

「そして、スミレ。
 お前の父親だ」

「……やはり、そうでしたか」

スミレの声は静かだった。
あまりにも静かで、逆に空気が張り詰める。

「知っていたのか?」

アイビスの問いに、スミレはすぐには答えなかった。
背中に意識を集中させる。

白い翼が、音もなく広がる。
次の瞬間、それは黒へと染まり、禍々しい気配を帯びた。

「……私が混血だということは、前から分かっていました」

淡々とした言葉。
けれど、その指先はわずかに震えていた。

「でも……」

翼が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。

「本当は――知りたく、なかったんです」

ぽつり、と落とされた本音。

「名前も、理由も……
 確かめてしまったら、もう戻れない気がして」

黒い翼が、ゆっくりと畳まれる。

「だから、分かっていても……
 知らないふりを、していました」

その視線は、アイビスではなく床に向けられていた。

「……父が誰なのかを知ることが、
 自分の居場所を壊してしまう気がして」

短い沈黙。

「それでも……今は」

スミレは、ようやく顔を上げる。

「逃げたままでは、進めないと思ったんです」

その言葉にその場にいた者は、顔を歪めた。

「そうか、まだ子供であるお前に相当な重荷を背負わせてしまっていたんだな...」

「ごめんなさい...気づいてあげられなくて」

「スイレンは、お前の三つ子の妹だ。
 魔人族の血を強く引いた。だから、俺が引き取った」

「……でも、どうして分けたのですか」

メイサとアイビスが、視線を交わす。

「争いが激しくなったの」

「力の偏りが露見すれば、狙われる。
 だから……守るために、分けた」

「リリナは?」

「カモフラージュよ。でも、今は本当に大切な娘」

スミレは、深く息を吸った。

「……これから、どうするのですか」

その問いに、アイビスの表情が硬くなる。

「グレイルが動いている」

「次は、耐えられない」

「だから、仲間を集める」

メイサが続ける。

「スミレ。あなたには、下界へ行ってほしい」

「下界……」

「人間族、妖精族、獣人族。
 彼らと出会い、力を磨くの」

一瞬の沈黙。

「彼らは、争いのせいで深く傷ついている
 ……戻れない可能性もある」

その言葉が、重く落ちた。

スミレは拳を握る。

怖い。
けれど――立ち止まる理由にはならない。
もう、誰も失わないために。

「分かりました」

顔を上げ、はっきりと言う。

「行きます」

こうして、新たな旅が、静かに幕を開けた。

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