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34. 宣戦布告
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カテリーナ様が、有無を言わさない強引さで、エーリック殿下の腕を引きます。
「さあ、シュゼットの事はセドリックに任せて、私達は教室に戻りましょう? ダリナス関係者が皆帰ってしまったら、それはそれで問題でしょう? 幾ら心配しているとは言え」
こんな時にカテリーナ様が、正論でエーリック殿下を抑え込むとは。
「でも、だったら、セドリックでなく、私が送っても良いのではないか?」
エーリック殿下も食い下がりますけど。
「シュゼットが遠慮してしまうわ! 仮にも私やエーリックが送って行ったら、他国の王族が直々に送っていくことになるでしょう? 公爵家だって、何があったかと思うわよ! そう思わない?」
「あっ……」
エーリック殿下が気付いたようです。
「だから、セドリックにお願いしているの!! 私だって本当は行きたいのに我慢しているのよ!! できれば、具合の良くないシュゼットを私の膝に抱いていきたいくらいよ! 判ってる!?」
ああ。途中からいつものカテリーナ様になってしまいましたが。
そうですわ。幾ら親しくして頂いているとは言え、そう簡単にエーリック殿下やカテリーナ様に送って頂けません。ここは、カテリーナ様、グッジョブ!! ですわ。
そんなことを言い合っている間、ハート先生はずっと私達を見ていましたが、思い出したように立ち上がると、薬棚からガラス瓶を取り出しました。
空き瓶ですわ。空っぽです。
「ハート先生? どうされましたの? 先生も早くお仕事に……!」
気付いたカテリーナ様が、すかさずお声を掛けた時、先生の長い指がするりと瓶を撫でました。
コポコポ……コポッ……
「「「水が!」」」
何てことでしょう!! 空っぽだったガラス瓶に、水が入っています。いえ、正確には、空のガラス瓶の底から水が湧き出てきたように見えました。そして、溢れた水が瓶の口から少し零れて、先生の手を濡らして床にタパタパと滴りました。
「魔法?」
エーリック殿下が呟きました。そうですよね。魔法術ですわ。初めてこんな至近距離で見ました。
「グリーンフィールド。これを持っていきなさい。もし、具合が悪くなったら飲むと良い。只の水だから」
差し出されたガラス瓶は、嘘のようにキンッと冷えていました。
「まあ! 冷たいですわ」
「氷の魔法術も応用した。冷たい方が気分が良くなるだろう? 屋敷に着くまで、温まらないようにしておく。安心して持っていけばいい」
ほう? こんな使い方も出来るのですね? まったく便利ですわね。ハート先生から瓶を受けとると、お三方にご挨拶をします。もう、これ以上いると、ややこしいことが起きそうですもの。
「それでは、皆様。失礼させて頂きます。また明日よろしくお願いします」
セドリック様が、静養室の扉を開けて待っていてくれます。エーリック殿下が馬車まで送ると食い下がりましたが、カテリーナ様に力技で教室の方に引っ張って行かれました。さすが、イノシシ娘さんです。
ハート先生は、もう一寝入りすると言ってソファに横になると、ひらりと私達に手を振りました。先生のお仕事は大丈夫なのでしょうか?
馬車に乗るため、長い廊下をセドリック様と二人で歩きます。少し早歩きのセドリック様は、後ろを歩く私を見ることなくずんずん進んでいきます。
こんなふうに、セドリック様の後ろ姿を見たのは久し振りかもしれません。
1年前と比べて、随分背が伸びましたのね? エーリック殿下より少しだけ低いのかしら。私よりはずっと高いですけれど。肩幅は……華奢ですわね? 尤もセドリック様は文科系ですから、剣術は上の中といったところでしょうか。それでも立派ですわ。
本人を前にしては、絶対にこんなふうに眺めることは出来ませんけど、今は後ろから追っているのですから仕方ないですわね。そう思って見ていると、彼のアッシュブロンドの髪に眼が留まりました。サラサラの癖の無い髪です。
「あっ……」
思わず、声が出てしまいました。
すると、前を歩いていたセドリック様が、ピタッと足を止めて振り返りました。
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールド。どうかしたのか?」
やっぱりですわ。
「あの、いいえ、少し歩くのが早いので」
ここは誤魔化します。廊下で聞くことではありませんもの。
すると、セドリック様が、ああ。と溜息を吐いて私の傍まで戻って来ました。
「……悪かった。具合が悪かったのに」
そう言って、なんと!! 私の右手を握ったのです!!
「しっかり、繋いでいて」
私はセドリック様に右手を繋がれて歩いていたのです。
学院の裏側にある馬車寄せに、ダリナス王国専用の馬車がありました。ダリナスの紋章である大鷲と王冠の意匠が扉に刻印された黒い立派な馬車です。さすがに今まで、この馬車に乗せて貰うことはありませんでした。本当に宜しいのでしょうか?
「あの、セドリック様? 私が乗せて頂いても、本当に宜しいのですか?」
幾らエーリック殿下とカテリーナ様にお勧め頂いても、やっぱり恐縮してしまいます。恐る恐る少し前を歩く彼に声を掛けます。
「大丈夫だ。体調の悪い女性を助けるためとあれば、全く問題ない。むしろ放って置く方が問題だ」
セドリック様は、私の方を見ずに繋いでいた右手を解いて御者に合図をしました。御者にはすでに伝えられているようで、直ぐに扉を開けてくれました。
「手を」
はい?
「手を貸して、シュゼット・メレリア・グリーンフィールド」
セドリック様が、再度私の手を取ってくれました。
えっ? 初めてですわ。もしかして、馬車に乗るのをエスコートして下さるの? そう言えば、セドリック様と二人で馬車に乗るのは初めてかもしれません。
馬車に乗り込むとセドリック様は、進行方向を向く座席に座らせてくれました。そして、ガラス瓶を肘置きの物入れに置くと、静かに馬車は動き始めました。
「……」
「……」
無言です。何か考え事をしているように、セドリック様は窓枠に肘をついて外を見ています。
やっぱり、今日は少し、いえ、とっても変ですわ。やっぱり、私が何かやらかしたのでしょうか? だとしたら、謝らなくては!
「あの、セドリック様?」
「……何だ?」
姿勢はそのままで、セドリック様が瞳だけを私に向けて口を開きました。薄いアイスブルーの瞳は、何だか迷惑そうに見えます。
ああ! やっぱり! やらかしてる!?
「あの、セドリック様、ごめんなさい。私、歌劇場で酔っ払って、セドリック様に何か失礼なことをしてしまったのでしょうか? ご迷惑をお掛けしたり……あの、私、覚えていなくて……」
もう、覚えていないものは仕方ありません。素直に謝っておきます。
「……」
「セドリック様?……」
「迷惑なんて掛けられていない」
「はっ?」
「だから、迷惑なんて掛けられていないから。気にすることは何も無いから」
「本当ですか?」
「ああ。君が気にする様な事は何も無いから」
そう言って、セドリック様がふーっと溜息を吐かれて、また窓の方に眼を向けました。ソウデスカ。セドリック様がそうおっしゃるなら、もう気にするのは止めましょう。絶対教えてくれなさそうですもの。
そうですわ。さっき廊下で言いそびれた事。ここなら聞いても良いですね。
「セドリック様? 随分前髪が長くなったように思いますけど、切っていないのですか?」
「前髪?」
今度は、セドリック様が私の方にちゃんと向きました。今のセドリック様は前髪を横分けにして後ろに流していますが、耳に掛けていても癖が無い分前に落ちて、綺麗な瞳が隠れてしまいます。
「随分伸ばしたままなのですね? 1年ぐらい切っていませんか?」
思わず手を伸ばしそうになりましたが、いくら何でもそれはダメですよね?
「これは……」
前髪を搔き上げて、セドリック様が私の目をじっと見ました。
あら? 両の耳が、赤くなったように見えましたわ。
「これは?」
理由があるのでしょうか?
「君と離れてから、切っていない」
へっ? それが理由? それに君って、君って? 言いましたわよ? フルネームじゃなくて!! どうしましたの!?
「それでは、これで失礼する。また明日な」
髪を切らない理由を話してから、その後セドリック様はずっと黙ったままでした。私と離れてから切っていないということは、成績勝負の賭けをする人がいなかったからでしょうか? そこまで私を待っていてくれたということですか? うーん。複雑ですけど。
屋敷に着くと、先ぶれで伝えてあったせいか、マシューとマリが玄関まで迎えてくれました。いつになく、理路整然とセドリック様が早退の説明をして下さり、エーリック殿下とカテリーナ様の依頼で送って下さったことも伝えてくれました。王族の名前が出てくれば、クレームは表立っては出せませんから。
それに何より、体調不良が早退の原因ですから、マシューも大目に見てくれるでしょう? 見て下さい!
セドリック様の乗った馬車をお見送りし、ハート先生から頂いたガラス瓶を持って部屋に向かいます。マシューには、後でお話があります。と言われてしまいましたが、やっぱり無理がありましたよね。ハイ。大人しく叱られますわ。
マリと自室に着くと、ソファにボスっと座り込みました。
「あらあら、シュゼットお嬢様、具合が悪いですか? お医者様をお呼びしましょうか?」
心配したマリが駆け寄ります。
「具合は全然悪くないの。疲れただけよ。半日ちょっとで色々あったわ。聞いてくれる?」
クッションを抱き込んでマリに話しかけますが、さすがに制服は着替えてからと諭されて、お茶の用意をして貰います。
「えっ? あの、ロイ様の妹君が? そんなことを?」
香りのよいお茶を飲みながら、マリにローナ様の事を話します。思わぬ人物から先制攻撃を受けたのですから。
「結構な性格よね? まだ編入して1日目よ? 様子見の時期じゃなくて? それを二人きりになってすぐ振ってきましたモノ。5年分のモヤモヤをぶつけられたのかしら?」
「そう言うことなんでしょうね? まあ、妹君様は随分とフェリックス王子に懸想しているようですね だとしたら、我が身を顧みない高望みといったところじゃないですか?」
「マリ? 随分な言い方ですけど。貴方、ローナ様を見たことあるの?」
「直接は見たことはございません。まだ。でも、姿かたちは何時会っても良いように情報は集めました」
さすがですわね。
「あの程度の容姿で、わがシュゼットお嬢様に太刀打ちしようなど。笑止千万ですわ! 5年前のお嬢様のお姿をご存じでありながら、今でも変わらずマルコロ体型など努力が足りないでしょう!! 気概が感じられませんわ!! お嬢様を見習いなさいませ!!」
何だか、方向が少しずれて来たわよ。まあ、マリがそう言うのもちょっとは頷けます。私が言われたことを一番近くで聞いていたのに、なぜあの方はマルコロでいらっしゃるのかしら?
「判らないわ。でも、これからは気を付けるわ。なんて言っても隣のお席ですから」
「そうですか。それでは明日から更に眩く、美しくなるようにお仕度しましょう。目にもの見せてやりますわ!」
とにかく、ヤツに仕返しする前に、とんだ伏兵というかターゲットが出現ですから。
「ところで、シュゼット様? この瓶は何ですか?」
マリが、ハート先生から頂いたガラス瓶を指差しました。
「ああ、これはね、具合が悪くなったら馬車の中で飲むようにと、ハート先生から頂いたお水なの」
「ハート先生?」
マリの気配がビシッと引きつりました。それまでの口調が嘘のように冷たくなったような。
あら? どうしたのかしら? そう言えば、ハート先生からマリに預かった物がありました。
「マリ、これハート先生から、貴方にって? 判る?」
手提げポーチから預かったハンカチを取り出します。白い絹地の縁を、銀色の刺繍糸で丁寧にかがられた上等なハンカチです。
「これを、ハート先生が?」
「そう。マリに渡せば判るって言っていたわ」
「きぃぃぃぃぃっ!! (あんにゃろぅ~っ!!)」
マリはハンカチを受け取ると、くしゃくしゃにして床に叩きつけました。そして、ガラス瓶をむんずと掴むと、腰に手を当てて一気に水を飲み干しました!!
「ふしゅ~っ」
マリは口元を乱暴に拭って、ガラス瓶をダンッとテーブルに置きます。
「だ、大丈夫? マリ?」
どうしたの? 怖いですわよ? マリサン?
「宣戦布告と受け取りました!! シュゼット様は私がお守りしますから!! 宜しいですね!?」
「さあ、シュゼットの事はセドリックに任せて、私達は教室に戻りましょう? ダリナス関係者が皆帰ってしまったら、それはそれで問題でしょう? 幾ら心配しているとは言え」
こんな時にカテリーナ様が、正論でエーリック殿下を抑え込むとは。
「でも、だったら、セドリックでなく、私が送っても良いのではないか?」
エーリック殿下も食い下がりますけど。
「シュゼットが遠慮してしまうわ! 仮にも私やエーリックが送って行ったら、他国の王族が直々に送っていくことになるでしょう? 公爵家だって、何があったかと思うわよ! そう思わない?」
「あっ……」
エーリック殿下が気付いたようです。
「だから、セドリックにお願いしているの!! 私だって本当は行きたいのに我慢しているのよ!! できれば、具合の良くないシュゼットを私の膝に抱いていきたいくらいよ! 判ってる!?」
ああ。途中からいつものカテリーナ様になってしまいましたが。
そうですわ。幾ら親しくして頂いているとは言え、そう簡単にエーリック殿下やカテリーナ様に送って頂けません。ここは、カテリーナ様、グッジョブ!! ですわ。
そんなことを言い合っている間、ハート先生はずっと私達を見ていましたが、思い出したように立ち上がると、薬棚からガラス瓶を取り出しました。
空き瓶ですわ。空っぽです。
「ハート先生? どうされましたの? 先生も早くお仕事に……!」
気付いたカテリーナ様が、すかさずお声を掛けた時、先生の長い指がするりと瓶を撫でました。
コポコポ……コポッ……
「「「水が!」」」
何てことでしょう!! 空っぽだったガラス瓶に、水が入っています。いえ、正確には、空のガラス瓶の底から水が湧き出てきたように見えました。そして、溢れた水が瓶の口から少し零れて、先生の手を濡らして床にタパタパと滴りました。
「魔法?」
エーリック殿下が呟きました。そうですよね。魔法術ですわ。初めてこんな至近距離で見ました。
「グリーンフィールド。これを持っていきなさい。もし、具合が悪くなったら飲むと良い。只の水だから」
差し出されたガラス瓶は、嘘のようにキンッと冷えていました。
「まあ! 冷たいですわ」
「氷の魔法術も応用した。冷たい方が気分が良くなるだろう? 屋敷に着くまで、温まらないようにしておく。安心して持っていけばいい」
ほう? こんな使い方も出来るのですね? まったく便利ですわね。ハート先生から瓶を受けとると、お三方にご挨拶をします。もう、これ以上いると、ややこしいことが起きそうですもの。
「それでは、皆様。失礼させて頂きます。また明日よろしくお願いします」
セドリック様が、静養室の扉を開けて待っていてくれます。エーリック殿下が馬車まで送ると食い下がりましたが、カテリーナ様に力技で教室の方に引っ張って行かれました。さすが、イノシシ娘さんです。
ハート先生は、もう一寝入りすると言ってソファに横になると、ひらりと私達に手を振りました。先生のお仕事は大丈夫なのでしょうか?
馬車に乗るため、長い廊下をセドリック様と二人で歩きます。少し早歩きのセドリック様は、後ろを歩く私を見ることなくずんずん進んでいきます。
こんなふうに、セドリック様の後ろ姿を見たのは久し振りかもしれません。
1年前と比べて、随分背が伸びましたのね? エーリック殿下より少しだけ低いのかしら。私よりはずっと高いですけれど。肩幅は……華奢ですわね? 尤もセドリック様は文科系ですから、剣術は上の中といったところでしょうか。それでも立派ですわ。
本人を前にしては、絶対にこんなふうに眺めることは出来ませんけど、今は後ろから追っているのですから仕方ないですわね。そう思って見ていると、彼のアッシュブロンドの髪に眼が留まりました。サラサラの癖の無い髪です。
「あっ……」
思わず、声が出てしまいました。
すると、前を歩いていたセドリック様が、ピタッと足を止めて振り返りました。
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールド。どうかしたのか?」
やっぱりですわ。
「あの、いいえ、少し歩くのが早いので」
ここは誤魔化します。廊下で聞くことではありませんもの。
すると、セドリック様が、ああ。と溜息を吐いて私の傍まで戻って来ました。
「……悪かった。具合が悪かったのに」
そう言って、なんと!! 私の右手を握ったのです!!
「しっかり、繋いでいて」
私はセドリック様に右手を繋がれて歩いていたのです。
学院の裏側にある馬車寄せに、ダリナス王国専用の馬車がありました。ダリナスの紋章である大鷲と王冠の意匠が扉に刻印された黒い立派な馬車です。さすがに今まで、この馬車に乗せて貰うことはありませんでした。本当に宜しいのでしょうか?
「あの、セドリック様? 私が乗せて頂いても、本当に宜しいのですか?」
幾らエーリック殿下とカテリーナ様にお勧め頂いても、やっぱり恐縮してしまいます。恐る恐る少し前を歩く彼に声を掛けます。
「大丈夫だ。体調の悪い女性を助けるためとあれば、全く問題ない。むしろ放って置く方が問題だ」
セドリック様は、私の方を見ずに繋いでいた右手を解いて御者に合図をしました。御者にはすでに伝えられているようで、直ぐに扉を開けてくれました。
「手を」
はい?
「手を貸して、シュゼット・メレリア・グリーンフィールド」
セドリック様が、再度私の手を取ってくれました。
えっ? 初めてですわ。もしかして、馬車に乗るのをエスコートして下さるの? そう言えば、セドリック様と二人で馬車に乗るのは初めてかもしれません。
馬車に乗り込むとセドリック様は、進行方向を向く座席に座らせてくれました。そして、ガラス瓶を肘置きの物入れに置くと、静かに馬車は動き始めました。
「……」
「……」
無言です。何か考え事をしているように、セドリック様は窓枠に肘をついて外を見ています。
やっぱり、今日は少し、いえ、とっても変ですわ。やっぱり、私が何かやらかしたのでしょうか? だとしたら、謝らなくては!
「あの、セドリック様?」
「……何だ?」
姿勢はそのままで、セドリック様が瞳だけを私に向けて口を開きました。薄いアイスブルーの瞳は、何だか迷惑そうに見えます。
ああ! やっぱり! やらかしてる!?
「あの、セドリック様、ごめんなさい。私、歌劇場で酔っ払って、セドリック様に何か失礼なことをしてしまったのでしょうか? ご迷惑をお掛けしたり……あの、私、覚えていなくて……」
もう、覚えていないものは仕方ありません。素直に謝っておきます。
「……」
「セドリック様?……」
「迷惑なんて掛けられていない」
「はっ?」
「だから、迷惑なんて掛けられていないから。気にすることは何も無いから」
「本当ですか?」
「ああ。君が気にする様な事は何も無いから」
そう言って、セドリック様がふーっと溜息を吐かれて、また窓の方に眼を向けました。ソウデスカ。セドリック様がそうおっしゃるなら、もう気にするのは止めましょう。絶対教えてくれなさそうですもの。
そうですわ。さっき廊下で言いそびれた事。ここなら聞いても良いですね。
「セドリック様? 随分前髪が長くなったように思いますけど、切っていないのですか?」
「前髪?」
今度は、セドリック様が私の方にちゃんと向きました。今のセドリック様は前髪を横分けにして後ろに流していますが、耳に掛けていても癖が無い分前に落ちて、綺麗な瞳が隠れてしまいます。
「随分伸ばしたままなのですね? 1年ぐらい切っていませんか?」
思わず手を伸ばしそうになりましたが、いくら何でもそれはダメですよね?
「これは……」
前髪を搔き上げて、セドリック様が私の目をじっと見ました。
あら? 両の耳が、赤くなったように見えましたわ。
「これは?」
理由があるのでしょうか?
「君と離れてから、切っていない」
へっ? それが理由? それに君って、君って? 言いましたわよ? フルネームじゃなくて!! どうしましたの!?
「それでは、これで失礼する。また明日な」
髪を切らない理由を話してから、その後セドリック様はずっと黙ったままでした。私と離れてから切っていないということは、成績勝負の賭けをする人がいなかったからでしょうか? そこまで私を待っていてくれたということですか? うーん。複雑ですけど。
屋敷に着くと、先ぶれで伝えてあったせいか、マシューとマリが玄関まで迎えてくれました。いつになく、理路整然とセドリック様が早退の説明をして下さり、エーリック殿下とカテリーナ様の依頼で送って下さったことも伝えてくれました。王族の名前が出てくれば、クレームは表立っては出せませんから。
それに何より、体調不良が早退の原因ですから、マシューも大目に見てくれるでしょう? 見て下さい!
セドリック様の乗った馬車をお見送りし、ハート先生から頂いたガラス瓶を持って部屋に向かいます。マシューには、後でお話があります。と言われてしまいましたが、やっぱり無理がありましたよね。ハイ。大人しく叱られますわ。
マリと自室に着くと、ソファにボスっと座り込みました。
「あらあら、シュゼットお嬢様、具合が悪いですか? お医者様をお呼びしましょうか?」
心配したマリが駆け寄ります。
「具合は全然悪くないの。疲れただけよ。半日ちょっとで色々あったわ。聞いてくれる?」
クッションを抱き込んでマリに話しかけますが、さすがに制服は着替えてからと諭されて、お茶の用意をして貰います。
「えっ? あの、ロイ様の妹君が? そんなことを?」
香りのよいお茶を飲みながら、マリにローナ様の事を話します。思わぬ人物から先制攻撃を受けたのですから。
「結構な性格よね? まだ編入して1日目よ? 様子見の時期じゃなくて? それを二人きりになってすぐ振ってきましたモノ。5年分のモヤモヤをぶつけられたのかしら?」
「そう言うことなんでしょうね? まあ、妹君様は随分とフェリックス王子に懸想しているようですね だとしたら、我が身を顧みない高望みといったところじゃないですか?」
「マリ? 随分な言い方ですけど。貴方、ローナ様を見たことあるの?」
「直接は見たことはございません。まだ。でも、姿かたちは何時会っても良いように情報は集めました」
さすがですわね。
「あの程度の容姿で、わがシュゼットお嬢様に太刀打ちしようなど。笑止千万ですわ! 5年前のお嬢様のお姿をご存じでありながら、今でも変わらずマルコロ体型など努力が足りないでしょう!! 気概が感じられませんわ!! お嬢様を見習いなさいませ!!」
何だか、方向が少しずれて来たわよ。まあ、マリがそう言うのもちょっとは頷けます。私が言われたことを一番近くで聞いていたのに、なぜあの方はマルコロでいらっしゃるのかしら?
「判らないわ。でも、これからは気を付けるわ。なんて言っても隣のお席ですから」
「そうですか。それでは明日から更に眩く、美しくなるようにお仕度しましょう。目にもの見せてやりますわ!」
とにかく、ヤツに仕返しする前に、とんだ伏兵というかターゲットが出現ですから。
「ところで、シュゼット様? この瓶は何ですか?」
マリが、ハート先生から頂いたガラス瓶を指差しました。
「ああ、これはね、具合が悪くなったら馬車の中で飲むようにと、ハート先生から頂いたお水なの」
「ハート先生?」
マリの気配がビシッと引きつりました。それまでの口調が嘘のように冷たくなったような。
あら? どうしたのかしら? そう言えば、ハート先生からマリに預かった物がありました。
「マリ、これハート先生から、貴方にって? 判る?」
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「これを、ハート先生が?」
「そう。マリに渡せば判るって言っていたわ」
「きぃぃぃぃぃっ!! (あんにゃろぅ~っ!!)」
マリはハンカチを受け取ると、くしゃくしゃにして床に叩きつけました。そして、ガラス瓶をむんずと掴むと、腰に手を当てて一気に水を飲み干しました!!
「ふしゅ~っ」
マリは口元を乱暴に拭って、ガラス瓶をダンッとテーブルに置きます。
「だ、大丈夫? マリ?」
どうしたの? 怖いですわよ? マリサン?
「宣戦布告と受け取りました!! シュゼット様は私がお守りしますから!! 宜しいですね!?」
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「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
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