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53. 思惑は渦巻く
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「見たぞ」
もう一度そう言うと、変わらぬ微笑みで見詰められた。
「見られましたか、どこから」
「玄関から出て来てから、今までずっとだ」
遮るようにエーリック殿下が言った。そうか。そうなら、話は早い。
「そうですか。では、そういう事なので」
この方には隠し事はしたくない。したくないが、言いたくないことはある。
「随分と大雑把な話だ。お前にあんな真似ができるとは思わなかった」
「自分もです。でも、一歩進んだ殿下に対抗するにはアレしかないかと?」
澄まして言ってみた。この聡い殿下はどう思うだろうか。
「ぷっ! あはは。お前、本当によく言うな? そうか。判った。お前がそのつもりなら、私もそのつもりでいよう」
やっぱりこの方は、自分の数段上をいく方だ。物凄い笑顔から、いつもの微笑みになる。自分と同じ土俵に立つことに何の抵抗も感じていないのだろう。
勝負として見てくれているのか、それとも問題外と思っているのか。
多分、どちらもだろう。この方には、自分の意志による自由は極めて少ないのだから。彼女を想う気持ち位は自由であって貰いたい。
「ところで、お前、何と言ってシュゼットに告白したのだ?」
「えっ?」
ニコニコ顔でエーリック殿下が聞いてくる。
「だから、何と言ったのだ? お前がシュゼットに、告白する絵が思い浮かばない」
そう言われて気付いた。
「……言っていない……?」
小さく呟いた。
「はっ? 聞こえない。何と言ったのだ?」
エーリック殿下が身を乗り出して、下から目を覗かれた。
「言っていない、かも」
殿下の紫の瞳が大きく開かれ、怪訝そうな声が漏れた。
「お前、言っていないのか? 一番大事なことだぞ! あんなことをしておいて?」
殿下!? 人聞きの悪い言い方は止め下さい! でも、何ていうことだ。
肝心な事を言っていないのに、今気が付いた。
セドリックとシュゼットが、放課後にロイと一緒にいた頃、エーリックは一人で、シルヴァの研究室兼教務室に向かっていた。以前、シュゼットと菓子を届けに来た部屋だ。
(叔父上からの話とは、国ダリナスに関することか? 今は急ぎの話など聞いていないが、何かあったのだろうか)
(それとも、シュゼットのことか? レイシル様から何か言われてきたのか?)
昨日の鑑定式後が気になる。レイシル様はシュゼットに興味を持たれたようだったから。選りによって、彼女が希少識別者だったことが、レイシル様を必要以上に引き付けてしまった。確かに100年不在の光の識別者なら、魔法科学省垂涎の識別者のはずだ。
(レイシル様か。全く、面倒だな)
レイシルの顔を思い浮かべて、エーリックはげんなりとした。
神官長としての見た目要素はバッチりだ。艶やかで真っ直ぐな、腰より長い銀色の髪。グリーントルマリンの涼やかな瞳は、高貴な顔立ちと相まって神秘的な印象すら感じる。
感じるのに……今一つ威厳が感じられない。まだ若いせいか? それはそうか。自分とも4歳しか変わらないのだから。
(フェリックスの婚約者候補の話には、何かお考えがありそうだったな)
あの時、婚約者候補なんて選ばなければ良いと言っていた。候補なんて無くしてしまえって。
(本当に。面倒)
扉の前に立って、溜息を漏らす。結構自分は、苦労人だと思った。セドリックにカテリーナ、そしてレイシル。何故か自分の周りには面倒な性格の人間が集まる。
(ああ、シルヴァ叔父上も面倒と言ったら、面倒だな)
唯一の癒しが、シュゼットだ。
(ああ。会いたい・・・)
「ハート教授? いらっしゃいますか?」
扉に手を掛けて、ゆっくりと開ける。同時に叔父上の声がした。
「ああ。入ってくれ」
叔父上はソファに座って待っていた。
「エーリック。お前は、シュゼットの事をどう思っている?」
いきなり言われた。それはこっちが聞きたいことだ。
「どういう意味でしょうか? 彼女は仲の良い友人ですよ。好意が在るか無いかと言われれば、好意は在りますが」
真意が判らない。なぜ、そんなことを聞くんだ。
「叔父上、どういう意味ですか? 何を聞きたいのですか?」
「お前は、彼女が光の識別者になったことをどう思う?」
質問に、質問で返された。嫌な感じがする。
「どう思うとは? 希少識別者の発現は、当事者も周囲も大変だと思います」
当たり障りのない一般論で返す。何が言いたいのか判らない以上、冷静にならなくては。
「彼女が、フェリックス殿の婚約者に選ばれる。その可能性がカテリーナより高くなった」
叔父上の言葉に息を飲んだ。やっぱり。と心のどこかが納得する。
予感はしていた。あの鑑定式で、彼女が100年振りの希少識別者であることを聞いてから。
それに、レイシル様が婚約者候補の制度に異を唱えたことにも引っかかった。
「そうでしょうね。その可能性は感じていました。100年振りの光の識別者は、コレール王国にとって貴重で大切な存在です。フェリックス殿の婚約者候補でなければ、そこまで問題視はされなかったかもしれませんが、彼女が候補という立場である以上、カテリーナが選ばれ、彼女が候補から外れた時に、側室になることを皆が受け入れられるかですね」
シュゼットが、自分から側室になるなんて考えられない。でも、貴族の令嬢としては政略結婚は当たり前の事だ。王家からの正式な申し入れか、フェリックスから強く請われれば自分から断れるとは思えない、
ギリっと心臓が痛む。考えたくないことを考えているせいだ。
「そう言うことだ。光の識別者は絶大なる癒しの効果を持つ。まして容姿、資質共に王妃となり得る人材で、更に公爵家の令嬢と家柄も申し分が無い。コレールとしてはシュゼットを婚約者、そして王妃へと考えるのが普通だろうな。癒しの力を持つ王妃など、人心を掌握する良い材料となるだろうな」
確かに、他国の姫を王妃に迎える事を良しとしない者もいる。だからその思考を緩和する為に、カテリーナは早くからコレールに留学して、人気のあった王太后に預けられている。すでに王妃教育は始まっているのだ。
仮に、もしカテリーナが婚約者になって王妃になったとしても、シュゼットが光の識別者として表に出てくれば、それぞれに思惑を持つ人間が群がるはずだ。有力な公爵家の力を持っているし。
王妃である他国の血を引くカテリーナと、側室で自国の公爵令嬢だった光の識別者、シュゼット。
難しいバランスだ。
「でも、シュゼットはフェリックスの婚約者になりたくないと言っていました。側室にもなりたくないと」
「彼女がどう考えようと、制度を前にすれば関係なくなる。それに、あくまでも私達は、他国の人間だ。コレールの制度についてはどうにもできない。エーリック、それは判っているな?」
叔父上は、私に釘を刺したのか。そこを言いたかったのか。
そんなことは判っている。叔父上に言われるまでも無い。
「判っています。確かに私はシュゼットの事は好きです。でも、彼女がフェリックス殿の婚約者候補であることを、無視している訳ではありません」
ただ、シュゼットと約束したことがある。
「でも、彼女が婚約者候補から抜けたい。婚約者になりたくないと思っていて、協力して欲しいと言われれば、それには協力はします。友人の一人として彼女の意志を尊重したいですから」
通用するか判らない。叔父上はじっと私の目を見ている。詭弁だと言われても、こうなる前に約束したのだから変えるつもりは無い。
「そうか。お前の考えは判った。お前はお前の思うように動けばいい。但し、余り表立ってコレールに喧嘩は売るなよ? 我が国ダリナス王家としては、カテリーナが王妃になることを望んでいるのだからな」
そう言って叔父上は少し口の端を上げた。余り表情の出ない方だから、珍しく微笑んでいるように思えた。
「はい。私もカテリーナを傷つけたくは無いので。それより、叔父上? 気になることがあります」
叔父上なら聞いているかもしれない。
「レイシル様です。あの方は、どう思っているのですか?」
一応聞いておく。今後、シュゼットに関りを持ってくる事を考えると、結構危なっかしい。色んな意味で。
「……」
「叔父上?」
「アイツは、お前に会いに来ると言っていた。その時に聞いてみろ。本人の口から聞くのが一番確かだ」
叔父上は何か聞いている。でも、直接私に言うのを躊躇している? 悪い予感しかしない。
「判りました。それと、もう一つ」
「何だ?」
やっぱり聞いておく。
「叔父上は、シュゼットの事をどう思っているのですか? 勿論、生徒だとか、識別者とかという事でなくて」
どう答えるか身構えた。
コン! コン!
「ハート教授? 魔法科学省の馬車がいらっしゃいました。お急ぎください!」
教務課の事務員が走って来たようだ。ハアハアと息を乱して呼んでいる。
「じゃあ、エーリック。気を付けて帰れよ?」
少し目を細めてからモノクルを外し、胸ポケットに入っていた眼鏡を掛け直すと席を立った。すでに事務員が開けて待っている扉に向かっている。
この雰囲気は、さっきの質問に答えるつもりは無いらしい。
ヤラレタ。
「だから、大人はズルい」
主の居なくなった部屋でエーリックが呟いた。
もう一度そう言うと、変わらぬ微笑みで見詰められた。
「見られましたか、どこから」
「玄関から出て来てから、今までずっとだ」
遮るようにエーリック殿下が言った。そうか。そうなら、話は早い。
「そうですか。では、そういう事なので」
この方には隠し事はしたくない。したくないが、言いたくないことはある。
「随分と大雑把な話だ。お前にあんな真似ができるとは思わなかった」
「自分もです。でも、一歩進んだ殿下に対抗するにはアレしかないかと?」
澄まして言ってみた。この聡い殿下はどう思うだろうか。
「ぷっ! あはは。お前、本当によく言うな? そうか。判った。お前がそのつもりなら、私もそのつもりでいよう」
やっぱりこの方は、自分の数段上をいく方だ。物凄い笑顔から、いつもの微笑みになる。自分と同じ土俵に立つことに何の抵抗も感じていないのだろう。
勝負として見てくれているのか、それとも問題外と思っているのか。
多分、どちらもだろう。この方には、自分の意志による自由は極めて少ないのだから。彼女を想う気持ち位は自由であって貰いたい。
「ところで、お前、何と言ってシュゼットに告白したのだ?」
「えっ?」
ニコニコ顔でエーリック殿下が聞いてくる。
「だから、何と言ったのだ? お前がシュゼットに、告白する絵が思い浮かばない」
そう言われて気付いた。
「……言っていない……?」
小さく呟いた。
「はっ? 聞こえない。何と言ったのだ?」
エーリック殿下が身を乗り出して、下から目を覗かれた。
「言っていない、かも」
殿下の紫の瞳が大きく開かれ、怪訝そうな声が漏れた。
「お前、言っていないのか? 一番大事なことだぞ! あんなことをしておいて?」
殿下!? 人聞きの悪い言い方は止め下さい! でも、何ていうことだ。
肝心な事を言っていないのに、今気が付いた。
セドリックとシュゼットが、放課後にロイと一緒にいた頃、エーリックは一人で、シルヴァの研究室兼教務室に向かっていた。以前、シュゼットと菓子を届けに来た部屋だ。
(叔父上からの話とは、国ダリナスに関することか? 今は急ぎの話など聞いていないが、何かあったのだろうか)
(それとも、シュゼットのことか? レイシル様から何か言われてきたのか?)
昨日の鑑定式後が気になる。レイシル様はシュゼットに興味を持たれたようだったから。選りによって、彼女が希少識別者だったことが、レイシル様を必要以上に引き付けてしまった。確かに100年不在の光の識別者なら、魔法科学省垂涎の識別者のはずだ。
(レイシル様か。全く、面倒だな)
レイシルの顔を思い浮かべて、エーリックはげんなりとした。
神官長としての見た目要素はバッチりだ。艶やかで真っ直ぐな、腰より長い銀色の髪。グリーントルマリンの涼やかな瞳は、高貴な顔立ちと相まって神秘的な印象すら感じる。
感じるのに……今一つ威厳が感じられない。まだ若いせいか? それはそうか。自分とも4歳しか変わらないのだから。
(フェリックスの婚約者候補の話には、何かお考えがありそうだったな)
あの時、婚約者候補なんて選ばなければ良いと言っていた。候補なんて無くしてしまえって。
(本当に。面倒)
扉の前に立って、溜息を漏らす。結構自分は、苦労人だと思った。セドリックにカテリーナ、そしてレイシル。何故か自分の周りには面倒な性格の人間が集まる。
(ああ、シルヴァ叔父上も面倒と言ったら、面倒だな)
唯一の癒しが、シュゼットだ。
(ああ。会いたい・・・)
「ハート教授? いらっしゃいますか?」
扉に手を掛けて、ゆっくりと開ける。同時に叔父上の声がした。
「ああ。入ってくれ」
叔父上はソファに座って待っていた。
「エーリック。お前は、シュゼットの事をどう思っている?」
いきなり言われた。それはこっちが聞きたいことだ。
「どういう意味でしょうか? 彼女は仲の良い友人ですよ。好意が在るか無いかと言われれば、好意は在りますが」
真意が判らない。なぜ、そんなことを聞くんだ。
「叔父上、どういう意味ですか? 何を聞きたいのですか?」
「お前は、彼女が光の識別者になったことをどう思う?」
質問に、質問で返された。嫌な感じがする。
「どう思うとは? 希少識別者の発現は、当事者も周囲も大変だと思います」
当たり障りのない一般論で返す。何が言いたいのか判らない以上、冷静にならなくては。
「彼女が、フェリックス殿の婚約者に選ばれる。その可能性がカテリーナより高くなった」
叔父上の言葉に息を飲んだ。やっぱり。と心のどこかが納得する。
予感はしていた。あの鑑定式で、彼女が100年振りの希少識別者であることを聞いてから。
それに、レイシル様が婚約者候補の制度に異を唱えたことにも引っかかった。
「そうでしょうね。その可能性は感じていました。100年振りの光の識別者は、コレール王国にとって貴重で大切な存在です。フェリックス殿の婚約者候補でなければ、そこまで問題視はされなかったかもしれませんが、彼女が候補という立場である以上、カテリーナが選ばれ、彼女が候補から外れた時に、側室になることを皆が受け入れられるかですね」
シュゼットが、自分から側室になるなんて考えられない。でも、貴族の令嬢としては政略結婚は当たり前の事だ。王家からの正式な申し入れか、フェリックスから強く請われれば自分から断れるとは思えない、
ギリっと心臓が痛む。考えたくないことを考えているせいだ。
「そう言うことだ。光の識別者は絶大なる癒しの効果を持つ。まして容姿、資質共に王妃となり得る人材で、更に公爵家の令嬢と家柄も申し分が無い。コレールとしてはシュゼットを婚約者、そして王妃へと考えるのが普通だろうな。癒しの力を持つ王妃など、人心を掌握する良い材料となるだろうな」
確かに、他国の姫を王妃に迎える事を良しとしない者もいる。だからその思考を緩和する為に、カテリーナは早くからコレールに留学して、人気のあった王太后に預けられている。すでに王妃教育は始まっているのだ。
仮に、もしカテリーナが婚約者になって王妃になったとしても、シュゼットが光の識別者として表に出てくれば、それぞれに思惑を持つ人間が群がるはずだ。有力な公爵家の力を持っているし。
王妃である他国の血を引くカテリーナと、側室で自国の公爵令嬢だった光の識別者、シュゼット。
難しいバランスだ。
「でも、シュゼットはフェリックスの婚約者になりたくないと言っていました。側室にもなりたくないと」
「彼女がどう考えようと、制度を前にすれば関係なくなる。それに、あくまでも私達は、他国の人間だ。コレールの制度についてはどうにもできない。エーリック、それは判っているな?」
叔父上は、私に釘を刺したのか。そこを言いたかったのか。
そんなことは判っている。叔父上に言われるまでも無い。
「判っています。確かに私はシュゼットの事は好きです。でも、彼女がフェリックス殿の婚約者候補であることを、無視している訳ではありません」
ただ、シュゼットと約束したことがある。
「でも、彼女が婚約者候補から抜けたい。婚約者になりたくないと思っていて、協力して欲しいと言われれば、それには協力はします。友人の一人として彼女の意志を尊重したいですから」
通用するか判らない。叔父上はじっと私の目を見ている。詭弁だと言われても、こうなる前に約束したのだから変えるつもりは無い。
「そうか。お前の考えは判った。お前はお前の思うように動けばいい。但し、余り表立ってコレールに喧嘩は売るなよ? 我が国ダリナス王家としては、カテリーナが王妃になることを望んでいるのだからな」
そう言って叔父上は少し口の端を上げた。余り表情の出ない方だから、珍しく微笑んでいるように思えた。
「はい。私もカテリーナを傷つけたくは無いので。それより、叔父上? 気になることがあります」
叔父上なら聞いているかもしれない。
「レイシル様です。あの方は、どう思っているのですか?」
一応聞いておく。今後、シュゼットに関りを持ってくる事を考えると、結構危なっかしい。色んな意味で。
「……」
「叔父上?」
「アイツは、お前に会いに来ると言っていた。その時に聞いてみろ。本人の口から聞くのが一番確かだ」
叔父上は何か聞いている。でも、直接私に言うのを躊躇している? 悪い予感しかしない。
「判りました。それと、もう一つ」
「何だ?」
やっぱり聞いておく。
「叔父上は、シュゼットの事をどう思っているのですか? 勿論、生徒だとか、識別者とかという事でなくて」
どう答えるか身構えた。
コン! コン!
「ハート教授? 魔法科学省の馬車がいらっしゃいました。お急ぎください!」
教務課の事務員が走って来たようだ。ハアハアと息を乱して呼んでいる。
「じゃあ、エーリック。気を付けて帰れよ?」
少し目を細めてからモノクルを外し、胸ポケットに入っていた眼鏡を掛け直すと席を立った。すでに事務員が開けて待っている扉に向かっている。
この雰囲気は、さっきの質問に答えるつもりは無いらしい。
ヤラレタ。
「だから、大人はズルい」
主の居なくなった部屋でエーリックが呟いた。
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