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81. 眠りの底の二人
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どうしたんだろう……
身体が動かない。酷く頭が痛む。そして、鉄の匂いのする生暖かい何かが頭の下に広がるのを感じる。
ああ。血だ。血の匂いだ。
遠くで、呼ぶ声がする。随分懐かしい、子供の頃の呼び方だ……
『セド……』
こう呼ぶのは家族の他に二人だけ。
ああ。エーリック殿下が呼んでいるんだ……
学院を早退し、馬車で魔法科学省の医術院に向かった。カテリーナ様には全てお見通しで、気もそぞろで集中力の欠けていた様子に、プディングで口止めを良しとして送り出されたのだった。
カテリーナ様には、シュゼットの意識消失している原因も療養している場所も知らされていない。多分、本当に風邪位にしか思っていないだろう。……笑顔で送り出されたのだから。
「済まないが、途中に花屋があったら寄ってくれ」
今のこの時期に、シュゼットが好きだと言っていた香りの良い花があったはずだ。甘く爽やかな果実の様な香りの。
眠りから覚めた時、良い香りに包まれて欲しい。綺麗な花を見て欲しい。それで少しでもシュゼットの心と身体が癒されるなら……そう思った。
医術院の建物前にある馬車寄せには、魔法科学省の紋章入りの馬車が停めてあった。今朝、シルヴァ王弟殿下がエーリック殿下をお迎えにいらっしゃった馬車だ。
「最上階の一番端だったな」
独り言のように呟くと、医術院の玄関から病室を目指した。人の気配がしない不思議な建物だ。守衛もいないなんて、どんだけユルユルの警備なんだ? こんなんでシュゼットは大丈夫なんだろうか?
「全く! 何かあったらどうするんだ?」
そう言って階段を急いだ。気が急くのは仕方が無い。何か胸騒ぎがしたから。
1階、2階、3階と階段を急ぎ足で駆け上がる。すると、自分の足音でないモノが聞こえた。自分よりも上の階に向かっている様な音だ。
誰か、来ているのか? でも馬車寄せに、それらしい馬車は無かったが?
そう思って、更にスピード上げて階段を駆け上がった。何となく嫌な予感がしたからだ。
すると、グレーのプリーツスカートが目の先に翻った。
制服!?
そして、4階と5階の踊り場で上を見上げた時、一人の女の子の後ろ姿を見つけた。
「ローナ嬢?」
何でここに?
普段のおっとりとした感じは全くしなかった。彼女の後ろ姿からは、何だか決闘にでも挑むような、切迫した緊張感が感じられた。
おかしい。そう感じて彼女に声を掛けようと、もう少しで手が届きそうになった時……
パシィイイイッ!
聞いた事の無い音と、上から物凄い風? 違う。稲妻? 違う。弾く様な風圧を感じた。
と、ローナ嬢の身体が弾かれるように宙を泳いだ。
階段の一番上辺りから、彼女は背中を向けたまま直ぐ脇を落ちて来る。
「ローナ!?」
持っていた花束を投げ捨てると、思わず腕を引っ張った。このまま階下に落ちれば大変な事になる。
彼女の腕を引っ張り上げようと、自分の身体と入れ替える様に抱き込んで手摺を握らせた。
宙にあった彼女の身体は、重力に逆らって階段に引っ掛けることが出来た
出来たが……
流石に、体勢を入れ替えて不安定になった自分の体までは支える事が出来なかった。それだけあの衝撃波は凄かった。
落ちる!!
階段と天井がゆっくりと反転した。まるで他人事の様に俯瞰ふかんで落ちる様を見ている感覚がした。
だめだ。死ぬかも。
そう思った。でも、その瞬間、何かに引っ張られた様な気がした。
気のせいでは無い。まるで細い紐の様な物で身体をクンっと引っ張られた感じがした。そのお陰か、ほんの少しだけ落下速度が緩まった様な気がした。
叩きつけられる物凄い衝撃に、身体が大きく跳ね上がり耐えられず眼を瞑った。
ああ。シュゼット……君に会いたい……
動けない身体の代わりに唯一動けるのは、流れ出る赤い血の筋だけだった。
「どなた?」
さっきから誰かにずっと呼ばれている様な感じがします。
それに、赤い糸が上から沢山落ちてきて、私を絡める様に巻き付いています。まるで、大事に大事に包んでいる様な温かさです。
「この糸は何かしら?」
身体に纏わりついていても、全く嫌な気がしません。寧ろ、温かくてその一本一本が小さく脈打っているみたい。撫でるとその糸は、意志を持っているかのようにフワッと浮かび上がります。
「何だか、とても落ち着く感じです」
『シュ……』
『シュ……ゼット』
『お嬢……ま』
やっぱり、呼ばれていますわ。でも、この声はレイシル様ではありませんわ。
もっと、もっと、もっと温かい、私のよく知っている声です。
「エーリック殿下? そこにいらっしゃるの? それに、マリ? えっ!? どうして?」
確かに声の感じは、エーリック殿下とマリです。でも、二人の声が同時に聞こえるなんてあるのかしら。一体どこから聞こえるのかしら?
「上の方から聞こえるのかしら?」
そう呟くと、身体を包んでいた赤い糸がブワッ膨らんで一気に上昇する感覚がしました。
「えっえっ!? な、ナニ? どうして上に上がって行くの?」
赤い糸は、声のする方向を指し示すように靡いています。
『目を覚まして、戻ってきて。シュゼット、聞こえる?』
『お嬢様! 早くお戻り下さいませ! 大変な事が起きているのですよ!』
確かに聞こえるのはエーリック殿下とマリの声です。でも、目を覚ます? ああ。そうでした。私は自らここに沈んでいたのです。
大変な事? マリがそう言っていますけど、どうしてマリの声がするのかしら。それにマリの言う大変な事って何が起きたのかしら?
「大変な事?」
『お嬢様!?』『シュゼット!?』
二人に声が聞こえたみたいです。大きな問い掛けが聞こえました。
『シュゼット。聞こえるか? 聞こえたら答えてくれ』
ああ。この声はシルヴァ様ですわね。この方もいらっしゃるの?
『シュゼット、先程は済まなかった。もう無理やりなんて事はしないから、話を聞いてくれないか』
むっ! レイシル様? やっぱり。さっき無理にひっぱり出そうとしたのね! そう言えば、憂いが無くなるとかどうとか言っていましたわ。王子様がどうとかとも。
「シュゼット。フェリックスだ。聞こえるか? 君に伝えることがあるんだ』
フェリックス殿下もいらっしゃるの? 何ですか? 私に伝える事って?
よく知っている方々の気配と、声が聞こえてきましけど……気になることがあります。
ええ。さっきからずっと感じている。気になっていることがあります。
「セドリック様の気配は強くするのに、お声が聞こえませんわ。そこにいらっしゃるの?」
あのセドリック様ですよ? 傍にいて大人しくしているとか、しゃべらないとか、在り得ませんでしょう?
なのに、まったくお声が聞こえないのです。
「セドリック様、どうしたのですか?」
身体が動かない。酷く頭が痛む。そして、鉄の匂いのする生暖かい何かが頭の下に広がるのを感じる。
ああ。血だ。血の匂いだ。
遠くで、呼ぶ声がする。随分懐かしい、子供の頃の呼び方だ……
『セド……』
こう呼ぶのは家族の他に二人だけ。
ああ。エーリック殿下が呼んでいるんだ……
学院を早退し、馬車で魔法科学省の医術院に向かった。カテリーナ様には全てお見通しで、気もそぞろで集中力の欠けていた様子に、プディングで口止めを良しとして送り出されたのだった。
カテリーナ様には、シュゼットの意識消失している原因も療養している場所も知らされていない。多分、本当に風邪位にしか思っていないだろう。……笑顔で送り出されたのだから。
「済まないが、途中に花屋があったら寄ってくれ」
今のこの時期に、シュゼットが好きだと言っていた香りの良い花があったはずだ。甘く爽やかな果実の様な香りの。
眠りから覚めた時、良い香りに包まれて欲しい。綺麗な花を見て欲しい。それで少しでもシュゼットの心と身体が癒されるなら……そう思った。
医術院の建物前にある馬車寄せには、魔法科学省の紋章入りの馬車が停めてあった。今朝、シルヴァ王弟殿下がエーリック殿下をお迎えにいらっしゃった馬車だ。
「最上階の一番端だったな」
独り言のように呟くと、医術院の玄関から病室を目指した。人の気配がしない不思議な建物だ。守衛もいないなんて、どんだけユルユルの警備なんだ? こんなんでシュゼットは大丈夫なんだろうか?
「全く! 何かあったらどうするんだ?」
そう言って階段を急いだ。気が急くのは仕方が無い。何か胸騒ぎがしたから。
1階、2階、3階と階段を急ぎ足で駆け上がる。すると、自分の足音でないモノが聞こえた。自分よりも上の階に向かっている様な音だ。
誰か、来ているのか? でも馬車寄せに、それらしい馬車は無かったが?
そう思って、更にスピード上げて階段を駆け上がった。何となく嫌な予感がしたからだ。
すると、グレーのプリーツスカートが目の先に翻った。
制服!?
そして、4階と5階の踊り場で上を見上げた時、一人の女の子の後ろ姿を見つけた。
「ローナ嬢?」
何でここに?
普段のおっとりとした感じは全くしなかった。彼女の後ろ姿からは、何だか決闘にでも挑むような、切迫した緊張感が感じられた。
おかしい。そう感じて彼女に声を掛けようと、もう少しで手が届きそうになった時……
パシィイイイッ!
聞いた事の無い音と、上から物凄い風? 違う。稲妻? 違う。弾く様な風圧を感じた。
と、ローナ嬢の身体が弾かれるように宙を泳いだ。
階段の一番上辺りから、彼女は背中を向けたまま直ぐ脇を落ちて来る。
「ローナ!?」
持っていた花束を投げ捨てると、思わず腕を引っ張った。このまま階下に落ちれば大変な事になる。
彼女の腕を引っ張り上げようと、自分の身体と入れ替える様に抱き込んで手摺を握らせた。
宙にあった彼女の身体は、重力に逆らって階段に引っ掛けることが出来た
出来たが……
流石に、体勢を入れ替えて不安定になった自分の体までは支える事が出来なかった。それだけあの衝撃波は凄かった。
落ちる!!
階段と天井がゆっくりと反転した。まるで他人事の様に俯瞰ふかんで落ちる様を見ている感覚がした。
だめだ。死ぬかも。
そう思った。でも、その瞬間、何かに引っ張られた様な気がした。
気のせいでは無い。まるで細い紐の様な物で身体をクンっと引っ張られた感じがした。そのお陰か、ほんの少しだけ落下速度が緩まった様な気がした。
叩きつけられる物凄い衝撃に、身体が大きく跳ね上がり耐えられず眼を瞑った。
ああ。シュゼット……君に会いたい……
動けない身体の代わりに唯一動けるのは、流れ出る赤い血の筋だけだった。
「どなた?」
さっきから誰かにずっと呼ばれている様な感じがします。
それに、赤い糸が上から沢山落ちてきて、私を絡める様に巻き付いています。まるで、大事に大事に包んでいる様な温かさです。
「この糸は何かしら?」
身体に纏わりついていても、全く嫌な気がしません。寧ろ、温かくてその一本一本が小さく脈打っているみたい。撫でるとその糸は、意志を持っているかのようにフワッと浮かび上がります。
「何だか、とても落ち着く感じです」
『シュ……』
『シュ……ゼット』
『お嬢……ま』
やっぱり、呼ばれていますわ。でも、この声はレイシル様ではありませんわ。
もっと、もっと、もっと温かい、私のよく知っている声です。
「エーリック殿下? そこにいらっしゃるの? それに、マリ? えっ!? どうして?」
確かに声の感じは、エーリック殿下とマリです。でも、二人の声が同時に聞こえるなんてあるのかしら。一体どこから聞こえるのかしら?
「上の方から聞こえるのかしら?」
そう呟くと、身体を包んでいた赤い糸がブワッ膨らんで一気に上昇する感覚がしました。
「えっえっ!? な、ナニ? どうして上に上がって行くの?」
赤い糸は、声のする方向を指し示すように靡いています。
『目を覚まして、戻ってきて。シュゼット、聞こえる?』
『お嬢様! 早くお戻り下さいませ! 大変な事が起きているのですよ!』
確かに聞こえるのはエーリック殿下とマリの声です。でも、目を覚ます? ああ。そうでした。私は自らここに沈んでいたのです。
大変な事? マリがそう言っていますけど、どうしてマリの声がするのかしら。それにマリの言う大変な事って何が起きたのかしら?
「大変な事?」
『お嬢様!?』『シュゼット!?』
二人に声が聞こえたみたいです。大きな問い掛けが聞こえました。
『シュゼット。聞こえるか? 聞こえたら答えてくれ』
ああ。この声はシルヴァ様ですわね。この方もいらっしゃるの?
『シュゼット、先程は済まなかった。もう無理やりなんて事はしないから、話を聞いてくれないか』
むっ! レイシル様? やっぱり。さっき無理にひっぱり出そうとしたのね! そう言えば、憂いが無くなるとかどうとか言っていましたわ。王子様がどうとかとも。
「シュゼット。フェリックスだ。聞こえるか? 君に伝えることがあるんだ』
フェリックス殿下もいらっしゃるの? 何ですか? 私に伝える事って?
よく知っている方々の気配と、声が聞こえてきましけど……気になることがあります。
ええ。さっきからずっと感じている。気になっていることがあります。
「セドリック様の気配は強くするのに、お声が聞こえませんわ。そこにいらっしゃるの?」
あのセドリック様ですよ? 傍にいて大人しくしているとか、しゃべらないとか、在り得ませんでしょう?
なのに、まったくお声が聞こえないのです。
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