【更新中】悪役令嬢は天使の皮を被ってます!! -5年前「白パンダ」と私を嗤った皆様に今度は天使の姿でリベンジします! 覚悟は宜しくて?-

薪乃めのう

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88. 月は眠る

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「セドリック様……」

 明るい光に満たされているその部屋で、彼は静かに眠っていた。彼の周りには感染症を防ぐため薬液投与の管が延びていて、未だ安心できる状態で無い事を物語っていた。

 医師の診察が終わり包帯を替えられたセドリックは、昨夜見た時よりはほんの少しだけだが落ち着いているように見える。

「セドリック様? おはようございます。聞こえますか?」

 寝台の傍に近づいたシュゼットは、僅かに顔の見えるセドリックの左側に佇むと静かな声で話し掛けた。セドリックからの返事は無かった。

「医師殿、セドリック殿のご様子は如何なのですか?」

 レイシルが記録を記している医師に向かって説明を求める。医師は、昨夜から特に変わったことは無く、残念ながら未だ意識は戻ってないと言った。それでも、呼吸も脈も穏やかで絶対安静ではあるが落ち着いた状況だとも言った。

「良かった……では、意識が戻る可能性があるという事ですね?」

 エーリックが幾分安堵した表情で聞き募る。セドリックは何時目覚めるのか。何時目を開けて、声を発せられれるのか。最悪の事態を考えたくなくて、安心できる確信が欲しかった。

「それはまだ判りません。何時目覚めるかも判りませんが、麻酔薬がもう少しで切れるはずですから、早ければ昼頃には目覚めるかもしれません。そのタイミングでなければ、もう少し時間は掛かるでしょう。何しろ、頭の中のダメージを診ることは出来ませんから。3日、5日、1週間か、1ヶ月か……セドリック殿の生命力に望みを持ちましょう」

 そう言うと、一昼夜セドリックの看病をしていた彼等は、交代の為に部屋を出て行った。隣室で申し送りを行うのだろう。

「シュゼット。セドリックは眠っているようだけど、どう? 何か反応はありそう?」

 エーリックもセドリックの左側に周ると、シュゼットの後ろから覗き込んだ。確かに、昨日よりは顔色が良くなっている様に見える。でも、その代わりに打ち身を負った頬や額が紫色に変色しているのが見えた。僅かな隙間から見えるその様子が、痛々しくて胸が詰まる。

「痛かったろうな……」

 そっと包帯の上から頬を撫でた。元気な時なら絶対に触る事など無いし、くすぐったがりのセドリックが触らせる事など無い。酔っぱらいシュゼットに頬を触られた以来になるのか。

「本当に。でも、昨日より指先が温かい様な気がしますわ。血が通ってきている感じです」

 シュゼットはそう言って、力なく開かれた掌をそっと両手で包んだ。ピクリともしない指先に寂しさを感じた。

「シュゼット嬢、聞いて貰いたい事があるのだが、こちらに来てくれないか?」

 寝台を挟み反対側でシュゼットとエーリックを見ていたレイシルが口を開いた。

「エーリック。君も一緒に聞いてくれ」

 少しだけ開いていた窓からの風で、ふわりとカーテンが揺れた。










 セドリックの眠る寝台から離れ、シュゼットとエーリックがテーブルを囲んで席に着いた。二人は自然とレイシルに対面するように座った。

 二人が座って落ち着いたところで、レイシルが口を開いた。

「シュゼット嬢、体調はどうだ? 辛いところや、変な感じがする処は無いか?」

 いつになく慈愛に満ちた様な声音だ。キラキラしい容姿から出るその言葉は、まるで神官長の様に見える。確かに、本物の神官長なのだが。

「はい。お気遣い頂きありがとうございます。体調の方は全く問題はありませんわ。寧ろ、ずっと眠っていたので、何だか鈍ってしまった様な感じです」

 そう言ったシュゼットの顔色は、いつもと同じく頬も薄っすらピンク色だった。横目で見ているエーリックは、ほっとした様に小さく息を吐いた。

「そうか。それなら良かった。ところでシュゼット、ここからが本題なんだが……」

 レイシルが目を細めて言葉を止めた。

「……?」

 変な間が空くとシュゼットは、思わずレイシルの顔を見詰めて言葉の続きを待った。

「はっきり聞くけど、君、魔力の流れを感じる?」
「……はい? 魔力。ですか?」

 それまでじっとやり取りを見ていたエーリックが、シュゼットに説明をする様に話し出した。

「シュゼット。実は今、レイシル様は魔法術を使ったんだ。鑑定を展開しましたよね? 人に向けて鑑定を行うと、その干渉は魔力を持たない人間にも感じられる。私には識別魔法があるから、鑑定を仕掛けられるとざわつくんだ。肌の上を何かが走る様な、ピリピリと言うか、ざわざわと言うか……一言で言えば、嫌悪感という感じだけど」
「嫌悪感。それは酷い言い方だな」

 レイシルは困ったように片眉を下げてエーリックを見た。

「だってそんな感じです。他にぴったりくる言葉が見つかりません。でね、識別者は魔力持ちだから感じ方はそれぞれだけど、レイシル様の強力な鑑定魔法を掛けられたら、確実に何かしらは感じるはずなんだ。シュゼットは、何か感じなかった? どこかに違和感とか感じない?」

 しれっとエーリックはレイシルを流して、シュゼットに向き直して問うた。

「……いえ。何も感じませんけど。本当に掛けていらしたのですか?」

 小首を傾げてシュゼットは2人を見た。その様子からは嘘をついている様には見えない。

「何も感じないか。何だか、ショックを感じる言葉だな。うーん……」

 レイシルは、唇に指を当てて考え込むように目を伏せた。濃い銀色の長い睫毛が頬に影を落とす。

「シュゼット嬢、君は魔力の引き出し途中で、意識を失って倒れた。その時の様子は、今までの魔力引き出しで現れた事が無い特別な状況だった。シルヴァ殿の説明では、君の手から光の雫が滴り落ちたという。その直後に君は意識を失った」
「そうですか。でも、何も変わった様には感じません。全くと言って良い程に」

 シュゼットは自分の手を握ったり開いたりして見せた。

「やはりそうか。はっきり言って覚醒していたら俺の鑑定は弾かれるかなと思ったんだけど。全く何も感じないのは、魔力の引き出しが完成していないからだろうな。因みにだけど、鑑定で君の魔力以外は探って無いから安心して良いよ。流石に、個人情報とか、プライベートの事だとか煩いからね?」
「レイシル様、つまりシュゼットが魔法術を使えるようになるには、再度魔力の引き出しを行って更に鍛錬を積むという事ですか?」

 エーリックがそう言うと、

「そう言うことになるな。術式展開に耐えられる魔力の引き出しが、たった一回で済むなんて者はそういない。だが、魔力を光の雫という目に見える形で出せたシュゼットは、多分確実に次で完成するだろう。その魔力量は、溢れんばかりという事だしな」

 そして、レイシルは自分も二度目に完成したと言った。



「△◆や&#*$〇です」



 シュゼットが小さく呟いた。

「シュゼット。何か言った?」

 エーリックが聞き返す。俯いているシュゼットの顔は、金色の髪のせいで表情が見にくかった。

「シュゼット嬢?」

 俯いていたシュゼットが、ゆっくりと顔を上げた。

「嫌です。魔法術なんて使いません。魔力の引き出しなんて二度とゴメンですわ!!」

 青い目が微笑むように柔らかく潤み、唇の両端が愛らしいカーブで上向いている。見る者がうっとりするような天使の笑顔だっだ。



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