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99. 特別な存在
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どうして?
我が屋敷の一番大きな応接間で、王宮からの使者の話を聞いています。
目の前にいるのは、陛下からの勅命を受けた使者。その手には、陛下の紋章が刻まれた巻紙がありました。
コレール王国は、王族の婚約者候補及び側室候補に関わる法を全て撤廃し、一夫一婦制とする。
使者の声が、遠くに聞こえます。目の前で話されていることなのに、随分離れた所から聞こえる位、私の耳にははっきりと聞こえませんでした。
「使者殿。それは、カテリーナ姫が婚約者として決定し、婚約者候補であったローナは、婚約者にも側室にもなれない。という事ですな?」
隣にいるお父様の声で、ハッとしました。
婚約者にも、側室にもなれない。という事は……
「私は……フェリックス殿下に、今までの様に近づくことも出来ないのですね?」
婚約者の決まった殿下に、幼馴染の振る舞いで変わらず近づくなんて出来ません。
「今回の事は、我が娘の不祥事が原因なのですか? フェリックス殿下より、直接自宅謹慎を申し渡されたと聞いています。それが故のご判断なのでしょうか?」
不祥事? 不祥事? どういうこと? 私が何をしたというのですか?
「ここから先は、陛下が直接お話しされます。カリノ侯爵は私と一緒に、陛下の御前まで御同行願います。正しく陛下のお気持ちを伺った方が宜しいでしょう」
お父様と使者は、私を残して王宮へと行ってしまいました。
見送りをする為玄関まで出ると、心配したロイも来てくれます。お父様は、私の方を見ずに馬車に乗り込むと、神妙な面持ちで王宮へと行ってしまわれました。
「ローナ……」
隣にいるロイが、私の肩に手を置きました。暖かい手です。
「……ロイ……私……」
口がカラカラに乾いて、上手くしゃべることが出来ません。
「私、婚約者候補でも、側室候補でも無くなりました……私の、不祥事が原因かもしれないと……」
そこまで言うと、立っていることが出来なくなりました。階段で打ち付けた膝がズキンと痛みました。
ロイは、何にも知りません。知らせていません。私からは何も言っていませんから。
玄関先で座り込んでしまった私に、ロイが両手を差し伸べてくれます。フンワリした優しい笑顔で。
「ローナ。不祥事って、何があったの?」
フェリックス殿下自らが謹慎を申し渡された理由。陛下はお父様に詳しくお話しされるでしょう。私が……私の……
「私のせいで……セドリック様が大怪我をしてしまったの……」
ああ、漸ようやく打ち明けられました。
王宮から戻って来たお父様は、書斎に私を呼ばれると深い溜息を吐かれました。
「ローナ。お前は何故医術院に行ったのだ?」
「フェリックス殿下が、いらっしゃるかと思ったので……」
「殿下を追って、何をしようとしたのだ?」
一言づつお父様が聞いて下さいます。
「……シュゼット様が……殿下にご迷惑を掛けているかと思って……」
そこまで言うと、お父様は顔をしかめて私の言葉を遮りました。
「ローナよ。シュゼット嬢は意識不明でいたと聞いている。彼女が殿下に迷惑を掛けるなど、何故そう思ったのか?」
意識不明? なのに、何故、彼女の所にフェリックス殿下は行っていたのですか!? 何の為に?
「ローナ。シュゼット嬢が魔法識別者であることは知っているな?」
ええ。確か魔法術の導入教育に、双子の王子様達が彼女を迎えに来ていました。中等部の教室で行われるとか言っていましたわ。
でも、それがどうしたのです? 魔法術の識別者であればフェリックス殿下に近づけるのですか?
憮然とした表情で、私は頷きました。
「……ローナ、良く聞いてくれ。彼女は、シュゼット嬢は特別なのだ。王国にとって、このコレールにとって特別な存在なのだ」
お父様は何を言っているの? 彼女が特別? 魔法術の識別者がそんなに特別ですか?
「シュゼット・メレリア嬢は、光の識別者だ。100年振りに発現した光の識別者。魔法科学省と王宮神殿が庇護の対象とする希少識別者だ。
お前は、その光の識別者に悪意を持って接近し、レイシル殿の結界に弾かれたそうだな。それを庇って、助けてくれたのがセドリック殿だと伺った。セドリック殿は、頭を打って今も意識不明の重傷だそうだ……」
目を瞑り、深い皺を眉間に刻んで、お父様が重い溜息を吐きました。
光の識別者……?
国の庇護の対象となる希少識別者?
私が悪意を持っていた? 結界に弾かれた?
セドリック様が大怪我? 意識不明?
私は……
私は、
私は‼
シュゼット様は、いつも、いつも、特別な存在。
5年前のお茶会でも。学院に戻って来ても。
鑑定式を受けても‼
いるも誰よりも特別な存在‼
「お前の嫉妬が、セドリック殿を巻き込んだ。
その原因が、光の識別者に対する悪意があったことだというではないか。もしも、シュゼット嬢に何かあれば、我がカリノ家は取潰しであったであろう。それに、巻き添えで怪我をさせてしまったセドリック殿についても、ダリナスのマラカイト公爵家のご子息だ。外交大使である公爵が何と言ってくるか……」
「取潰し?」
私が原因で? 私の行動が原因で? お父様は、私に婚約者候補になって、婚約者が無理でも側室になれと、側室になれるようにフェリックス殿下に尽くせとおっしゃいましたのに。
カリノ家の為に。家の為に。
「お前の、軽はずみな行動が原因だ。沙汰があるまで、私もお前と共に謹慎する。今後の事を考えなければならない。判っているな、ローナ」
厳しい声で言うお父様に、私は頷くことも出来ませんでした。
私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい……
私は、私は、誰の特別にもなれない……
私は、想う事も出来ない……
私は、ただ、フェリックス殿下に、恋をしていただけだったのに……
我が屋敷の一番大きな応接間で、王宮からの使者の話を聞いています。
目の前にいるのは、陛下からの勅命を受けた使者。その手には、陛下の紋章が刻まれた巻紙がありました。
コレール王国は、王族の婚約者候補及び側室候補に関わる法を全て撤廃し、一夫一婦制とする。
使者の声が、遠くに聞こえます。目の前で話されていることなのに、随分離れた所から聞こえる位、私の耳にははっきりと聞こえませんでした。
「使者殿。それは、カテリーナ姫が婚約者として決定し、婚約者候補であったローナは、婚約者にも側室にもなれない。という事ですな?」
隣にいるお父様の声で、ハッとしました。
婚約者にも、側室にもなれない。という事は……
「私は……フェリックス殿下に、今までの様に近づくことも出来ないのですね?」
婚約者の決まった殿下に、幼馴染の振る舞いで変わらず近づくなんて出来ません。
「今回の事は、我が娘の不祥事が原因なのですか? フェリックス殿下より、直接自宅謹慎を申し渡されたと聞いています。それが故のご判断なのでしょうか?」
不祥事? 不祥事? どういうこと? 私が何をしたというのですか?
「ここから先は、陛下が直接お話しされます。カリノ侯爵は私と一緒に、陛下の御前まで御同行願います。正しく陛下のお気持ちを伺った方が宜しいでしょう」
お父様と使者は、私を残して王宮へと行ってしまいました。
見送りをする為玄関まで出ると、心配したロイも来てくれます。お父様は、私の方を見ずに馬車に乗り込むと、神妙な面持ちで王宮へと行ってしまわれました。
「ローナ……」
隣にいるロイが、私の肩に手を置きました。暖かい手です。
「……ロイ……私……」
口がカラカラに乾いて、上手くしゃべることが出来ません。
「私、婚約者候補でも、側室候補でも無くなりました……私の、不祥事が原因かもしれないと……」
そこまで言うと、立っていることが出来なくなりました。階段で打ち付けた膝がズキンと痛みました。
ロイは、何にも知りません。知らせていません。私からは何も言っていませんから。
玄関先で座り込んでしまった私に、ロイが両手を差し伸べてくれます。フンワリした優しい笑顔で。
「ローナ。不祥事って、何があったの?」
フェリックス殿下自らが謹慎を申し渡された理由。陛下はお父様に詳しくお話しされるでしょう。私が……私の……
「私のせいで……セドリック様が大怪我をしてしまったの……」
ああ、漸ようやく打ち明けられました。
王宮から戻って来たお父様は、書斎に私を呼ばれると深い溜息を吐かれました。
「ローナ。お前は何故医術院に行ったのだ?」
「フェリックス殿下が、いらっしゃるかと思ったので……」
「殿下を追って、何をしようとしたのだ?」
一言づつお父様が聞いて下さいます。
「……シュゼット様が……殿下にご迷惑を掛けているかと思って……」
そこまで言うと、お父様は顔をしかめて私の言葉を遮りました。
「ローナよ。シュゼット嬢は意識不明でいたと聞いている。彼女が殿下に迷惑を掛けるなど、何故そう思ったのか?」
意識不明? なのに、何故、彼女の所にフェリックス殿下は行っていたのですか!? 何の為に?
「ローナ。シュゼット嬢が魔法識別者であることは知っているな?」
ええ。確か魔法術の導入教育に、双子の王子様達が彼女を迎えに来ていました。中等部の教室で行われるとか言っていましたわ。
でも、それがどうしたのです? 魔法術の識別者であればフェリックス殿下に近づけるのですか?
憮然とした表情で、私は頷きました。
「……ローナ、良く聞いてくれ。彼女は、シュゼット嬢は特別なのだ。王国にとって、このコレールにとって特別な存在なのだ」
お父様は何を言っているの? 彼女が特別? 魔法術の識別者がそんなに特別ですか?
「シュゼット・メレリア嬢は、光の識別者だ。100年振りに発現した光の識別者。魔法科学省と王宮神殿が庇護の対象とする希少識別者だ。
お前は、その光の識別者に悪意を持って接近し、レイシル殿の結界に弾かれたそうだな。それを庇って、助けてくれたのがセドリック殿だと伺った。セドリック殿は、頭を打って今も意識不明の重傷だそうだ……」
目を瞑り、深い皺を眉間に刻んで、お父様が重い溜息を吐きました。
光の識別者……?
国の庇護の対象となる希少識別者?
私が悪意を持っていた? 結界に弾かれた?
セドリック様が大怪我? 意識不明?
私は……
私は、
私は‼
シュゼット様は、いつも、いつも、特別な存在。
5年前のお茶会でも。学院に戻って来ても。
鑑定式を受けても‼
いるも誰よりも特別な存在‼
「お前の嫉妬が、セドリック殿を巻き込んだ。
その原因が、光の識別者に対する悪意があったことだというではないか。もしも、シュゼット嬢に何かあれば、我がカリノ家は取潰しであったであろう。それに、巻き添えで怪我をさせてしまったセドリック殿についても、ダリナスのマラカイト公爵家のご子息だ。外交大使である公爵が何と言ってくるか……」
「取潰し?」
私が原因で? 私の行動が原因で? お父様は、私に婚約者候補になって、婚約者が無理でも側室になれと、側室になれるようにフェリックス殿下に尽くせとおっしゃいましたのに。
カリノ家の為に。家の為に。
「お前の、軽はずみな行動が原因だ。沙汰があるまで、私もお前と共に謹慎する。今後の事を考えなければならない。判っているな、ローナ」
厳しい声で言うお父様に、私は頷くことも出来ませんでした。
私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい……
私は、私は、誰の特別にもなれない……
私は、想う事も出来ない……
私は、ただ、フェリックス殿下に、恋をしていただけだったのに……
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