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107. 始まりの兆し
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「シュゼット嬢、長らくお引止めしていましたが、明日退院して宜しいですよ」
カイル様が昼食のワゴンをマリに渡してから、私の方を振り返って言いました。
「明日。ですか? 宜しいのですか?」
「ええ。詳しい事はレイシル様がお話をしに来られますが、明日退院して良いので、お仕度を纏めて置いて下さい。朝食を召し上がってから、魔法科学省の馬車でお送りいたします」
いつか屋敷に帰ることは判っていましたが、結構ここでの生活に慣れてしまったようです。だって、お会いしたい方々はしょっちゅうここには来て下さるし、こちらの方が王宮には近いので王妃様にお呼ばれしたりするには都合が良かったのです。
学院に行っていないので、その時間に刺繍を沢山しましたわ。
最初にセドリック様のハンカチーフを作ってから、エーリック殿下とシルヴァ様、カテリーナ様の分も出来ました。当然宿題になっていたバザー用のハンカチーフもばっちりですわ。
それから、レイシル様に許可を頂いて魔法科学省から持ち出されていた、光の識別者関係の書籍等を読ませて頂きました。
正直言って、コレール王国の古の文字で執筆された物も多く、読むのに大変苦労しましたけど、そこはセドリック様のお見舞いに来たエーリック様やシルヴァ様から教えて頂いたりして、少しですが理解することが出来ました。
セドリック様は、大分回復されて今では顔の半分を覆っていた包帯が取れて、絆創膏になりました。
まだ痣が残っていますが、それももう少しで消えそうです。頭の傷も塞がってきているようですけど、もう暫くは安静にしていなければなりませんね。右手右足の骨折もギプスが取れるまでにはもう少しかかりそうです。
「セドリック様も順調に回復されていますから、お嬢様も安心ですね?」
カイル様が部屋から出るのを待って、マリが口を開きました。
「そうね。昨日も寝るのに飽きたとか、チョコレートブラウニーが食べたいとか、言っていたわね。
それにエーリック殿下に車椅子をお願いしていたわ。口調も今まで通りになったし、本当に良かった」
綺麗にテーブルセッティングがされたランチに舌鼓を打ちます。この味にもサヨナラですね。この医術院のお食事は普通に美味しくて、楽しめたのですけど。
「レイシル様がいらっしゃるのよね。お茶の時間位にみえるのかしら? マリ、少し早目に準備をして頂戴な。私はセドリック様の所に顔を出してくるから、宜しくね?」
マリは、承知したと答える替わりに笑顔で頷きました。
「セドリック様」
お部屋に入ると、半身を起こしているセドリック様が見えました。大きな羽枕に埋もれるように身を預けています。
「シュゼット。昼食は終わったのか?」
まるでお父様です。貴方は、私のお父様ですか?
「ええ。今日も美味しく頂きました。セドリック様は如何でしたか?」
「……まだポリッジとドロドロのポタージュスープだな。まったく赤ん坊か、お年寄りになった気分だ。
いい加減、肉とか、肉とか、肉とか? 食べたいものだ。ローストビーフをホースラデッシュのソースをたっぷり付けて食べたいぞ」
相当お肉が恋しい様です。確かにセドリック様は、お肉が大好きでしたわね。
「セドリック様? 今日、これからレイシル様がいらっしゃるのです。それで、先程私の退院の許可が出ましたの。明日の朝に退院します」
結構な時間をセドリック様のお部屋で過ごしていたので、何とも複雑な気持ちです。私が先に退院してしまうのですから。
「……そうか。それは良かった。確かにここは病気や怪我をしている者がいる場所だ。君の健康が戻ったのなら退院するべきだな」
「そうですけど……何だか寂しいですわね? こんなにセドリック様と一緒にいたことは、ありませんでしたもの。本を正せば、私がここに入院してしまったことがセドリック様の怪我の原因なのですもの……」
思い出しても胸がギュッとなります。私が自分の事だけ考えて、勝手に意識を手放していた事で、セドリック様に、ローナ様に、沢山の方々に色んな事が起きました。直接的な事も間接的な事も、です。
「セドリック様。私は、退院したら光の識別者としての勉強が始まります。魔法科学省で行いますから、ちょくちょく顔を出させて頂きますね?」
寝台の傍にある椅子に座りました。今はこうしてセドリック様の顔が、私とほぼ同じ高さで見られます。少し前までずっと眠っている姿でしたから、こんな風に寝台から起き上がっている姿は嘘のように思えます。
「いよいよ魔法術の講義が始まるのか。シュゼット、君が自分で決めたことだよな? だったら頑張ってくれ。それでなければ、それを後押しした私が浮かばれないからな? 君は優秀な私の、優秀なライバルだろう?」
幾分冗談めかして、でもはっきりと、自分で決めたことだろうと私に思い出させてくれます。
「はい。大丈夫です。私はセドリック様に認められたライバルですわ。勉強熱心で、頑張り屋で、判らない事はとことん追求して、誰にでも丁寧に教えてくれる。そんな素敵なセドリック様に認められた私ですもの?」
何時もセドリック様が私に言っていた、変な褒め方を含ませて言い返しました。
「ぷっ! 何だ。まったく、良く判っているな? まあ、そう言う事だから頑張ってくれ。見舞いは、来られる時だけで良いからな? 遠慮なんてしていないぞ!」
ああ。いつものやり取りにホッとします。
そこに、ノックの音が響きました。
「御機嫌ようセドリック殿。シュゼット嬢」
魔法科学省のローブを羽織ったレイシル様とシルヴァ様、エーリック殿下とフェリックス殿下。その後からマリがお茶ワゴンを運んで入ってきました。そして、扉を閉めたのはカイル様です。
皆様、勢揃いです。
「おはようシュゼット。セドリックもおはよう。調子はどうだ?」
エーリック殿下が寝台の傍迄来ると、私の後ろから声を掛けました。
「殿下。おはようございます。すこぶる良いですよ。お願いしていた車椅子を持って来て下さったのですか?」
「うっ。もうちょっと待て。今、技師に依頼中だ。フェリックス殿から紹介して貰った工房だから安心して待っていろ。な?」
何だかエーリック殿下の方がやり込められている感じ? に見えます。
「君がセドリック殿の部屋にいると聞いたから、侍女殿にお茶をこちらに準備をお願いした。セドリック殿にも聞いて貰いたいこともあるし、良いだろう?」
レイシル様が、寝台の向こう側から声を掛けてきました。
「良いですよ。私はここから動けませんけど。どうぞお使いください」
セドリック様が答えると、マリが手早くテーブルに準備を始めました。
あら? カイル様も手伝って下さいますの? 何でしょうか? マリとカイル様はテキパキと連携している様に見えますけど……
何となくですけど、カイル様の耳が幾分赤いかも。うーん。コレはもしかして……?
「カイル? 随分手際が良いな? 侍女殿をずっと見ていて覚えたのか?」
多分ですけど、レイシル様は何気なく、本当に何の悪気も冷やかしも、なーんにも無く見た儘を口にしたのでしょう。でもね、カイル様とマリの手がピタリと止まったのですわ。まるで、図星を指されたように。です。ああ! 二人の顔が一瞬で真っ赤になりました。これは、もう、確定ですね。
「コホン! さあレイシル様、今日はこれからの事をお話ししに来て下さったのでしょう? お茶を飲みながら聞かせて下さいませ。あまり長い時間ここにお邪魔するのは、セドリック様が疲れてしまいますもの」
真っ赤になったマリを助けようと、皆を席に着けます。このままでは、いつレイシル様の無遠慮な矢が飛んで来るか判りませんからね。
お茶の準備が整うと、マリはそそくさと部屋を退出して行きました。そうですね。それが良いです。お部屋でゆっくり心を鎮めて下さいな。
良い香りが部屋に満ちて、テーブルを囲んで私達は一息吐きました。そう言えばこのお茶って。
「このお茶、フェリックス殿下から頂いたお茶ですね。とってもいい香りで、美味しいですわ」
マリからそう聞いています。
「ああ。そうだね、気に入って貰えたなら良かった」
フェリックス殿下が、カップを口にして目を細めました。ああ、この方はこんな表情もする方だったのですね。
「そろそろ話に入ろう。今後の事に入る前に、シュゼット嬢とセドリック殿に伝えておくことがあるのだ」
神妙な表情になったレイシル様が、私に向かってそう言いました。
ごくりと息を飲み込みます。
「ローナ嬢の事だ。ローナ・ピア・カリノ侯爵令嬢は、王都から離れて暫くカリノ家の領地で療養する事になった。
まあ、これは建前だな。時機を見てバシレーン音楽院に編入する」
バシレーン音楽院。王都から遠く離れた、ダリナスとの国境近くにある宗教音楽院です。宗教系という事で、とても戒律が厳しい寄宿制の学院のはずです。
「ピアノを弾きたいと。それが出来る環境であればどこでも構わない。そう言っていた。
彼女からの謝罪の言葉も聞いている。二人には申し訳なかったと、どう処分されても受け入れて、謝罪したいと言っていた」
フェリックス殿下が続けます。
「マラカイト公爵家から、彼女の事はコレールに任せて頂いていた。
私達も当初は修道院に入れる事も考えたが、彼女もアノ制度に振り回された当事者だった。
シュゼット嬢やセドリック殿には納得が出来ないかも知れないが、彼女にもう一度自分に向き合うチャンスを与えて欲しい。如何だろうか?」
「フェリックス殿下。ローナ様は、私が光の識別者になった事はご存じなかったのですよね?」
確認してみます。
「ああ。医術院に押しかけた時はまだ知らない。あの時は、君を婚約者候補の一人としか見ていなかったはずだ」
そうですか。だったら、私の答えは一つです。
「クラスメイトの恋敵? 本当は違いますけど、それに会いに来たからと言って、修道院送りになる事はありませんわ。だって、そんな事をしたら沢山の令嬢が修道院に行かされて、修道院は満員ですもの。まして私には何の被害もありませんでしたしね? 私には実際何も起きていません」
ローナ様を庇っているつもりはありませんが、彼女の気持ちも判らない訳ではありません……
「セドリック殿、貴方は?」
フェリックス殿下が視線をセドリック様の方に向けてました。
「私は、目の前で階段から落ちそうになった女性を庇っただけです。
残念ながら、私が非力なせいで、支えられたのは彼女だけでしたが。私は自分の力不足で怪我を負ってしまいました。全く情けない事です」
そう言うセドリック様は、残念そうに肩を竦めると、イタタと顔を歪めました。
慌てて駆け寄ろうとした私を片手で制すと、フェリックス殿下をじっと見つめて続けました。
「ローナ嬢が、自分でこれからの道を選んだ。だったら、それを尊重して欲しいです。彼女が初めて自分から望んだ道ならば、尚更です。私達はまだ15歳ですから」
いつになく大人っぽいセドリック様に、皆が頷きます。
「そうか。ありがとう。貴方のその言葉に感謝する」
フェリックス殿下が立ち上がって、セドリック様の所に歩いて行かれました。そして自由になる左手を握り締めたようです。幾分屈んだフェリックス殿下の耳に、セドリック様が何か囁いた様に見えましたけど……
「大丈夫。安心してくれ」
フェリックス殿下がセドリック様にそう言うと、二人はニッコリと微笑み合いました。
「それでは、ローナ嬢の事はこれで終わり。シュゼットの今後の事だが」
おお。そうです明日からどうなるのか聞いておかないと‼
だって、ここにいる皆様には宣言しているのですから。
私は光の識別者になる。と。
カイル様が昼食のワゴンをマリに渡してから、私の方を振り返って言いました。
「明日。ですか? 宜しいのですか?」
「ええ。詳しい事はレイシル様がお話をしに来られますが、明日退院して良いので、お仕度を纏めて置いて下さい。朝食を召し上がってから、魔法科学省の馬車でお送りいたします」
いつか屋敷に帰ることは判っていましたが、結構ここでの生活に慣れてしまったようです。だって、お会いしたい方々はしょっちゅうここには来て下さるし、こちらの方が王宮には近いので王妃様にお呼ばれしたりするには都合が良かったのです。
学院に行っていないので、その時間に刺繍を沢山しましたわ。
最初にセドリック様のハンカチーフを作ってから、エーリック殿下とシルヴァ様、カテリーナ様の分も出来ました。当然宿題になっていたバザー用のハンカチーフもばっちりですわ。
それから、レイシル様に許可を頂いて魔法科学省から持ち出されていた、光の識別者関係の書籍等を読ませて頂きました。
正直言って、コレール王国の古の文字で執筆された物も多く、読むのに大変苦労しましたけど、そこはセドリック様のお見舞いに来たエーリック様やシルヴァ様から教えて頂いたりして、少しですが理解することが出来ました。
セドリック様は、大分回復されて今では顔の半分を覆っていた包帯が取れて、絆創膏になりました。
まだ痣が残っていますが、それももう少しで消えそうです。頭の傷も塞がってきているようですけど、もう暫くは安静にしていなければなりませんね。右手右足の骨折もギプスが取れるまでにはもう少しかかりそうです。
「セドリック様も順調に回復されていますから、お嬢様も安心ですね?」
カイル様が部屋から出るのを待って、マリが口を開きました。
「そうね。昨日も寝るのに飽きたとか、チョコレートブラウニーが食べたいとか、言っていたわね。
それにエーリック殿下に車椅子をお願いしていたわ。口調も今まで通りになったし、本当に良かった」
綺麗にテーブルセッティングがされたランチに舌鼓を打ちます。この味にもサヨナラですね。この医術院のお食事は普通に美味しくて、楽しめたのですけど。
「レイシル様がいらっしゃるのよね。お茶の時間位にみえるのかしら? マリ、少し早目に準備をして頂戴な。私はセドリック様の所に顔を出してくるから、宜しくね?」
マリは、承知したと答える替わりに笑顔で頷きました。
「セドリック様」
お部屋に入ると、半身を起こしているセドリック様が見えました。大きな羽枕に埋もれるように身を預けています。
「シュゼット。昼食は終わったのか?」
まるでお父様です。貴方は、私のお父様ですか?
「ええ。今日も美味しく頂きました。セドリック様は如何でしたか?」
「……まだポリッジとドロドロのポタージュスープだな。まったく赤ん坊か、お年寄りになった気分だ。
いい加減、肉とか、肉とか、肉とか? 食べたいものだ。ローストビーフをホースラデッシュのソースをたっぷり付けて食べたいぞ」
相当お肉が恋しい様です。確かにセドリック様は、お肉が大好きでしたわね。
「セドリック様? 今日、これからレイシル様がいらっしゃるのです。それで、先程私の退院の許可が出ましたの。明日の朝に退院します」
結構な時間をセドリック様のお部屋で過ごしていたので、何とも複雑な気持ちです。私が先に退院してしまうのですから。
「……そうか。それは良かった。確かにここは病気や怪我をしている者がいる場所だ。君の健康が戻ったのなら退院するべきだな」
「そうですけど……何だか寂しいですわね? こんなにセドリック様と一緒にいたことは、ありませんでしたもの。本を正せば、私がここに入院してしまったことがセドリック様の怪我の原因なのですもの……」
思い出しても胸がギュッとなります。私が自分の事だけ考えて、勝手に意識を手放していた事で、セドリック様に、ローナ様に、沢山の方々に色んな事が起きました。直接的な事も間接的な事も、です。
「セドリック様。私は、退院したら光の識別者としての勉強が始まります。魔法科学省で行いますから、ちょくちょく顔を出させて頂きますね?」
寝台の傍にある椅子に座りました。今はこうしてセドリック様の顔が、私とほぼ同じ高さで見られます。少し前までずっと眠っている姿でしたから、こんな風に寝台から起き上がっている姿は嘘のように思えます。
「いよいよ魔法術の講義が始まるのか。シュゼット、君が自分で決めたことだよな? だったら頑張ってくれ。それでなければ、それを後押しした私が浮かばれないからな? 君は優秀な私の、優秀なライバルだろう?」
幾分冗談めかして、でもはっきりと、自分で決めたことだろうと私に思い出させてくれます。
「はい。大丈夫です。私はセドリック様に認められたライバルですわ。勉強熱心で、頑張り屋で、判らない事はとことん追求して、誰にでも丁寧に教えてくれる。そんな素敵なセドリック様に認められた私ですもの?」
何時もセドリック様が私に言っていた、変な褒め方を含ませて言い返しました。
「ぷっ! 何だ。まったく、良く判っているな? まあ、そう言う事だから頑張ってくれ。見舞いは、来られる時だけで良いからな? 遠慮なんてしていないぞ!」
ああ。いつものやり取りにホッとします。
そこに、ノックの音が響きました。
「御機嫌ようセドリック殿。シュゼット嬢」
魔法科学省のローブを羽織ったレイシル様とシルヴァ様、エーリック殿下とフェリックス殿下。その後からマリがお茶ワゴンを運んで入ってきました。そして、扉を閉めたのはカイル様です。
皆様、勢揃いです。
「おはようシュゼット。セドリックもおはよう。調子はどうだ?」
エーリック殿下が寝台の傍迄来ると、私の後ろから声を掛けました。
「殿下。おはようございます。すこぶる良いですよ。お願いしていた車椅子を持って来て下さったのですか?」
「うっ。もうちょっと待て。今、技師に依頼中だ。フェリックス殿から紹介して貰った工房だから安心して待っていろ。な?」
何だかエーリック殿下の方がやり込められている感じ? に見えます。
「君がセドリック殿の部屋にいると聞いたから、侍女殿にお茶をこちらに準備をお願いした。セドリック殿にも聞いて貰いたいこともあるし、良いだろう?」
レイシル様が、寝台の向こう側から声を掛けてきました。
「良いですよ。私はここから動けませんけど。どうぞお使いください」
セドリック様が答えると、マリが手早くテーブルに準備を始めました。
あら? カイル様も手伝って下さいますの? 何でしょうか? マリとカイル様はテキパキと連携している様に見えますけど……
何となくですけど、カイル様の耳が幾分赤いかも。うーん。コレはもしかして……?
「カイル? 随分手際が良いな? 侍女殿をずっと見ていて覚えたのか?」
多分ですけど、レイシル様は何気なく、本当に何の悪気も冷やかしも、なーんにも無く見た儘を口にしたのでしょう。でもね、カイル様とマリの手がピタリと止まったのですわ。まるで、図星を指されたように。です。ああ! 二人の顔が一瞬で真っ赤になりました。これは、もう、確定ですね。
「コホン! さあレイシル様、今日はこれからの事をお話ししに来て下さったのでしょう? お茶を飲みながら聞かせて下さいませ。あまり長い時間ここにお邪魔するのは、セドリック様が疲れてしまいますもの」
真っ赤になったマリを助けようと、皆を席に着けます。このままでは、いつレイシル様の無遠慮な矢が飛んで来るか判りませんからね。
お茶の準備が整うと、マリはそそくさと部屋を退出して行きました。そうですね。それが良いです。お部屋でゆっくり心を鎮めて下さいな。
良い香りが部屋に満ちて、テーブルを囲んで私達は一息吐きました。そう言えばこのお茶って。
「このお茶、フェリックス殿下から頂いたお茶ですね。とってもいい香りで、美味しいですわ」
マリからそう聞いています。
「ああ。そうだね、気に入って貰えたなら良かった」
フェリックス殿下が、カップを口にして目を細めました。ああ、この方はこんな表情もする方だったのですね。
「そろそろ話に入ろう。今後の事に入る前に、シュゼット嬢とセドリック殿に伝えておくことがあるのだ」
神妙な表情になったレイシル様が、私に向かってそう言いました。
ごくりと息を飲み込みます。
「ローナ嬢の事だ。ローナ・ピア・カリノ侯爵令嬢は、王都から離れて暫くカリノ家の領地で療養する事になった。
まあ、これは建前だな。時機を見てバシレーン音楽院に編入する」
バシレーン音楽院。王都から遠く離れた、ダリナスとの国境近くにある宗教音楽院です。宗教系という事で、とても戒律が厳しい寄宿制の学院のはずです。
「ピアノを弾きたいと。それが出来る環境であればどこでも構わない。そう言っていた。
彼女からの謝罪の言葉も聞いている。二人には申し訳なかったと、どう処分されても受け入れて、謝罪したいと言っていた」
フェリックス殿下が続けます。
「マラカイト公爵家から、彼女の事はコレールに任せて頂いていた。
私達も当初は修道院に入れる事も考えたが、彼女もアノ制度に振り回された当事者だった。
シュゼット嬢やセドリック殿には納得が出来ないかも知れないが、彼女にもう一度自分に向き合うチャンスを与えて欲しい。如何だろうか?」
「フェリックス殿下。ローナ様は、私が光の識別者になった事はご存じなかったのですよね?」
確認してみます。
「ああ。医術院に押しかけた時はまだ知らない。あの時は、君を婚約者候補の一人としか見ていなかったはずだ」
そうですか。だったら、私の答えは一つです。
「クラスメイトの恋敵? 本当は違いますけど、それに会いに来たからと言って、修道院送りになる事はありませんわ。だって、そんな事をしたら沢山の令嬢が修道院に行かされて、修道院は満員ですもの。まして私には何の被害もありませんでしたしね? 私には実際何も起きていません」
ローナ様を庇っているつもりはありませんが、彼女の気持ちも判らない訳ではありません……
「セドリック殿、貴方は?」
フェリックス殿下が視線をセドリック様の方に向けてました。
「私は、目の前で階段から落ちそうになった女性を庇っただけです。
残念ながら、私が非力なせいで、支えられたのは彼女だけでしたが。私は自分の力不足で怪我を負ってしまいました。全く情けない事です」
そう言うセドリック様は、残念そうに肩を竦めると、イタタと顔を歪めました。
慌てて駆け寄ろうとした私を片手で制すと、フェリックス殿下をじっと見つめて続けました。
「ローナ嬢が、自分でこれからの道を選んだ。だったら、それを尊重して欲しいです。彼女が初めて自分から望んだ道ならば、尚更です。私達はまだ15歳ですから」
いつになく大人っぽいセドリック様に、皆が頷きます。
「そうか。ありがとう。貴方のその言葉に感謝する」
フェリックス殿下が立ち上がって、セドリック様の所に歩いて行かれました。そして自由になる左手を握り締めたようです。幾分屈んだフェリックス殿下の耳に、セドリック様が何か囁いた様に見えましたけど……
「大丈夫。安心してくれ」
フェリックス殿下がセドリック様にそう言うと、二人はニッコリと微笑み合いました。
「それでは、ローナ嬢の事はこれで終わり。シュゼットの今後の事だが」
おお。そうです明日からどうなるのか聞いておかないと‼
だって、ここにいる皆様には宣言しているのですから。
私は光の識別者になる。と。
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