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110. シルヴァの決心
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「そろそろ一度学院に戻ってみるか?」
魔法科学省、レイシル様の研究室。
今日は、レイシル様の他にシルヴァ様が講義をして下さっています。
レイシル様は魔術応用学、シルヴァ様が系統学の権威ですので、お二人が魔力や魔法展開方法について教えて下さいます。ただ、やはりレイシル様の魔力は特別に強いので、魔法初心者の私に感覚や発動の速度などはまだまだ追いつかないのです。何といっても国一番の魔術師ですからね?
とにかくレイシル様は何度も実践、練習を繰り返させて身体に覚えさせると言う方針ですから、必然的に距離が近く、少しドキドキする時があるのです。何とも困った事ですけど。
それに比べると、シルヴァ様はどちらかと言うと座学が多く、理論的な魔法術の展開方法や、属性魔法の種類や活用方法を教えて下さいます。さすが、学院で授業を持って普段から学生と接しているせいか、教え方もとても上手です。
そう言えばハート先生シルヴァ様は、上級生のお姉様方にもとっても人気があるそうですわ。ランチの時間をずらして食堂ホールに行かれるのも、以前学生と同じ時間で摂ろうとしたら先生の周りに女生徒が集まってしまって大混乱が起きたのですって。それで、男子生徒達から泣きの懇願をされて時間をずらしたとか?
確かに小さな社交場である学院の食堂で、女生徒達の目線を独り占めされたら……
そんな事を考えていたら、シルヴァ様がお話しされた言葉を聞き逃してしまいました。
「シュゼット? 聞いているのか?」
「はいっ!?」
目の前にシルヴァ様のお顔です!! 急に私の頭の上から声がしたので、慌てて顔を上に上げると、机に手を着いて、私を見降ろすシルヴァ様と至近距離で目が合いまいました!!
「っわっ!?」
思わず仰け反る様に、身体を反らして頭を振ります。
「す、すみません。少し考え事をしていました。な、何でしょうか?」
「ああ、レイシルとも相談したのだが、魔法術の鍛錬も順調だから、一旦学院に戻ったらどうかと。
来週にはセドリックも退院できそうだし、学院バザーもあるからな。せっかくだから参加できた方が良いだろう?」
「セドリック様も退院できるのですか?」
それも来週? 本当ですか?
「ああ。君のお陰で大分回復した。もう右足の歩行訓練だけだ。車椅子も今月中には不要になるだろう。まあ、バザーの時はまだ無理かもしれないが」
セドリック様の怪我は、私の回復魔法も効いたのか驚くべき速さで回復されています。まだまだ光の識別者として力の覚束ない私では、今はまだこの速さが限界の様ですけど。
「それでは、セドリック様もご一緒に学園に戻れるのですね?」
もしそうなら、なんて嬉しい! 再び皆さんと一緒に学院に通えるなんて。
「ああ。さすがにセドリックは、身体を慣らす必要があるからフルタイムで通うのは、もう少し先になるだろう」
教卓代わりに使っている机に戻って、本を片付けるシルヴァ様。私は嬉しくなって席を立ち上がると、駆け寄りました。
「君は、セドリックの事になると嬉しそうだ」
背の高いシルヴァ様から見下ろされながら言われました。
「ええ。だって元気になられて、また学院に通えるのですもの。元を正せば、私に関わった事で大怪我を負われてしまったのですから」
見上げてそう答えます。
「それだけか?」
いつになく真剣にじっと目を見詰められます。
「それだけ、とは?」
ふっと、目を逸らされました。しかし、直ぐに目線を戻すと、
「君は、フェリックス殿の婚約者候補でなくなった。そして、これから新たな伴侶となるべき人物を選ばなければならない。コレール王国の公爵家令嬢で、光の識別者という稀有な存在になった君は、一体誰を選ぶのだろうな……」
まるで独り言のように言いました。
思ってもいなかった言葉。シルヴァ様からそう言うお話を聞くなんて、思ってもいませんでした。
改めてそう言われると、何だかドキリとします。確かに、私の周りには素敵な方が多いです。容姿に身分は皆様申し分ありません。まあ、性格についてはまだ判らないことも多いですけど。
「見当が付きません。お父様からは何も言われていませんし、光の識別者になると決めた私には、全く別次元の事に思えますもの」
確かに、エーリック殿下からは好きだと。婚約も視野に入れて考えて欲しいと言われました。あの時は、まだフェリックス殿下の婚約者候補でしたから、もしそうならなかったら考えて欲しいと。
実際、婚約者候補から外れた今、エーリック殿下からは何も言われていません。だって、あの方は大国ダリナスの第三王子様です。ご本人の意志だけで決められる事ではないでしょう。真剣に考えていない訳ではありませんが、今はまだ心の整理がついていません。
「そうか。しかし、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう」
シルヴァ様の手がツイっと伸ばされて、私の髪を一束掬い上げました。そして、その長くてしなやかな指にくるりと一回り絡ませると、結構な至近距離で目を合わせられました!!
「まあ、もし誰もいなかったり、変な奴が候補になったら私に言え」
「はっ?」
「君が断れず、泣く位だったら言ってくれ」
目を細めて、少し微笑んでいる様な表情に、真意が解りかねますけど?
「シルヴァ様? 私は自国の第一王子様にもイヤと言える人間ですわよ?」
少しだけ口調を崩した私です。
「そうだったな」
普段見る事が無い笑い顔ですわ。
「そうだった。君はそういう女性だったな? 余計な心配か」
可笑しそうに笑うシルヴァ様です。そんなに私は可笑しい事を言ったかしら?
「シルヴァ様? そんなにお笑いになるなんて、レディーに向かって失礼じゃございませんこと?」
余りにお笑いになっているので、少し心配になります。それに、マジ失礼ですわよ?
「いや、済まない。でも、さっきのドヤ顔。フェリックス殿にも、君は嫌だと言ったのだったな。想像したら、可笑しくなってしまった」
子供みたいに笑ったシルヴァ様。一体どんな場面を想像したのでしょう。
「もう、知りません! どうしてこんな話になったのでしょう!?」
本気で怒っている訳ではありませんけど、そっぽを向いて言いました。
「君の伴侶に立候補する」
笑いを納めたシルヴァ様の声です。
髪がツン! と引っ張られて、顔を向かされました。真剣な瞳が、私の目を射る様に見詰めています。
「私も、君の伴侶に立候補する。覚えておいてくれ」
驚くほど優しい目になると、指に絡めていた髪をスルリと解きました。そして、もうこの話は終わりとばかりに私の頭にポンと手を置きました。
「じゃあ、今度は学院で」
頭に置いた大きな手を頭に沿わせて、撫でる様に髪を梳きます。ふわりと樹々の深い森の香りがした様に感じました。
子供のみたいな笑い顔。真剣な瞳。大きな手の感触。
『君の伴侶に立候補する』
思いも寄らないその言葉は、何度も私の頭の中に繰り返されたのです。
魔法科学省、レイシル様の研究室。
今日は、レイシル様の他にシルヴァ様が講義をして下さっています。
レイシル様は魔術応用学、シルヴァ様が系統学の権威ですので、お二人が魔力や魔法展開方法について教えて下さいます。ただ、やはりレイシル様の魔力は特別に強いので、魔法初心者の私に感覚や発動の速度などはまだまだ追いつかないのです。何といっても国一番の魔術師ですからね?
とにかくレイシル様は何度も実践、練習を繰り返させて身体に覚えさせると言う方針ですから、必然的に距離が近く、少しドキドキする時があるのです。何とも困った事ですけど。
それに比べると、シルヴァ様はどちらかと言うと座学が多く、理論的な魔法術の展開方法や、属性魔法の種類や活用方法を教えて下さいます。さすが、学院で授業を持って普段から学生と接しているせいか、教え方もとても上手です。
そう言えばハート先生シルヴァ様は、上級生のお姉様方にもとっても人気があるそうですわ。ランチの時間をずらして食堂ホールに行かれるのも、以前学生と同じ時間で摂ろうとしたら先生の周りに女生徒が集まってしまって大混乱が起きたのですって。それで、男子生徒達から泣きの懇願をされて時間をずらしたとか?
確かに小さな社交場である学院の食堂で、女生徒達の目線を独り占めされたら……
そんな事を考えていたら、シルヴァ様がお話しされた言葉を聞き逃してしまいました。
「シュゼット? 聞いているのか?」
「はいっ!?」
目の前にシルヴァ様のお顔です!! 急に私の頭の上から声がしたので、慌てて顔を上に上げると、机に手を着いて、私を見降ろすシルヴァ様と至近距離で目が合いまいました!!
「っわっ!?」
思わず仰け反る様に、身体を反らして頭を振ります。
「す、すみません。少し考え事をしていました。な、何でしょうか?」
「ああ、レイシルとも相談したのだが、魔法術の鍛錬も順調だから、一旦学院に戻ったらどうかと。
来週にはセドリックも退院できそうだし、学院バザーもあるからな。せっかくだから参加できた方が良いだろう?」
「セドリック様も退院できるのですか?」
それも来週? 本当ですか?
「ああ。君のお陰で大分回復した。もう右足の歩行訓練だけだ。車椅子も今月中には不要になるだろう。まあ、バザーの時はまだ無理かもしれないが」
セドリック様の怪我は、私の回復魔法も効いたのか驚くべき速さで回復されています。まだまだ光の識別者として力の覚束ない私では、今はまだこの速さが限界の様ですけど。
「それでは、セドリック様もご一緒に学園に戻れるのですね?」
もしそうなら、なんて嬉しい! 再び皆さんと一緒に学院に通えるなんて。
「ああ。さすがにセドリックは、身体を慣らす必要があるからフルタイムで通うのは、もう少し先になるだろう」
教卓代わりに使っている机に戻って、本を片付けるシルヴァ様。私は嬉しくなって席を立ち上がると、駆け寄りました。
「君は、セドリックの事になると嬉しそうだ」
背の高いシルヴァ様から見下ろされながら言われました。
「ええ。だって元気になられて、また学院に通えるのですもの。元を正せば、私に関わった事で大怪我を負われてしまったのですから」
見上げてそう答えます。
「それだけか?」
いつになく真剣にじっと目を見詰められます。
「それだけ、とは?」
ふっと、目を逸らされました。しかし、直ぐに目線を戻すと、
「君は、フェリックス殿の婚約者候補でなくなった。そして、これから新たな伴侶となるべき人物を選ばなければならない。コレール王国の公爵家令嬢で、光の識別者という稀有な存在になった君は、一体誰を選ぶのだろうな……」
まるで独り言のように言いました。
思ってもいなかった言葉。シルヴァ様からそう言うお話を聞くなんて、思ってもいませんでした。
改めてそう言われると、何だかドキリとします。確かに、私の周りには素敵な方が多いです。容姿に身分は皆様申し分ありません。まあ、性格についてはまだ判らないことも多いですけど。
「見当が付きません。お父様からは何も言われていませんし、光の識別者になると決めた私には、全く別次元の事に思えますもの」
確かに、エーリック殿下からは好きだと。婚約も視野に入れて考えて欲しいと言われました。あの時は、まだフェリックス殿下の婚約者候補でしたから、もしそうならなかったら考えて欲しいと。
実際、婚約者候補から外れた今、エーリック殿下からは何も言われていません。だって、あの方は大国ダリナスの第三王子様です。ご本人の意志だけで決められる事ではないでしょう。真剣に考えていない訳ではありませんが、今はまだ心の整理がついていません。
「そうか。しかし、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう」
シルヴァ様の手がツイっと伸ばされて、私の髪を一束掬い上げました。そして、その長くてしなやかな指にくるりと一回り絡ませると、結構な至近距離で目を合わせられました!!
「まあ、もし誰もいなかったり、変な奴が候補になったら私に言え」
「はっ?」
「君が断れず、泣く位だったら言ってくれ」
目を細めて、少し微笑んでいる様な表情に、真意が解りかねますけど?
「シルヴァ様? 私は自国の第一王子様にもイヤと言える人間ですわよ?」
少しだけ口調を崩した私です。
「そうだったな」
普段見る事が無い笑い顔ですわ。
「そうだった。君はそういう女性だったな? 余計な心配か」
可笑しそうに笑うシルヴァ様です。そんなに私は可笑しい事を言ったかしら?
「シルヴァ様? そんなにお笑いになるなんて、レディーに向かって失礼じゃございませんこと?」
余りにお笑いになっているので、少し心配になります。それに、マジ失礼ですわよ?
「いや、済まない。でも、さっきのドヤ顔。フェリックス殿にも、君は嫌だと言ったのだったな。想像したら、可笑しくなってしまった」
子供みたいに笑ったシルヴァ様。一体どんな場面を想像したのでしょう。
「もう、知りません! どうしてこんな話になったのでしょう!?」
本気で怒っている訳ではありませんけど、そっぽを向いて言いました。
「君の伴侶に立候補する」
笑いを納めたシルヴァ様の声です。
髪がツン! と引っ張られて、顔を向かされました。真剣な瞳が、私の目を射る様に見詰めています。
「私も、君の伴侶に立候補する。覚えておいてくれ」
驚くほど優しい目になると、指に絡めていた髪をスルリと解きました。そして、もうこの話は終わりとばかりに私の頭にポンと手を置きました。
「じゃあ、今度は学院で」
頭に置いた大きな手を頭に沿わせて、撫でる様に髪を梳きます。ふわりと樹々の深い森の香りがした様に感じました。
子供のみたいな笑い顔。真剣な瞳。大きな手の感触。
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