天使の歌が聞こえる

T.村上

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再会

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 僕は病院の集中治療室に案内された。ガラス越しにみる室内には様々な機器が並べられ、それらに囲まれる様にベッドが置かれていた。
「見えるかな、百香さんだ。」
幾つもの機器から伸びたケーブルに繋がれて患者が横たわっているのが辛うじてみえたが、それがモモだという識別はできなかった。ただ彼女を包むシーツの曲線がどこか懐かしく見えた。 
「モモには意識はあるんですよね。」
「もちろん、話も出来る。だが病状は重いそうだ。」
「話せますか。」
「秘密は守れるね。」
田中さんは厳しい表情で確認するように尋ねた。
「もちろんです。」
と、僕は精一杯の気持ちを込めて返事を返した。躰の震えを止められぬままに、彼の後をついていった。ビニールのカーテンの向こうにモモの寝顔があった。久しぶりにみるモモは透き通る様な白い肌になり、頬も細くなっていたけれど、まぎれもなく僕のモモだった。『やっと逢えたね。』僕は心の中で呟いた。モモが微笑んだ気がした。 
 田中さんは僕を残して警備員室に戻った。僕が警備員室に戻る約束の時間は午前三時。後二時間三十七分だ。それまでにモモが目を覚ましてくれる事を願いながら、彼女との事を思い出していた。大学入学間もない頃、嫌嫌行った部活で見かけたトラックを疾走するモモ。五月病になりかけていた僕を焼肉で治してくれたモモ。準急を避け、各駅停車を選んだ小田急線。そして昨日の事の様な気がする合宿でのキス。涙でモモが霞んで見えない。何度も涙を拭ったけれど直ぐに溢れて見えなくなる。一言でいいからモモと話がしたい。僕は祈り続けた、子どもの頃に通った教会の流儀を思い出して。 
 
 
 彼女のベッドに頭を預けて祈り続けていた。時刻は午前二時三十七分。さっきまで溢れていた涙は涸れ、心は空っぽになった。
 僕は大きく息を吸い込み手をモモのベッドの中に潜りこませた。モモは胸の辺りで手を組んでいる。その両手の上に重さをかけないようにそっと手を重ねてみる。モモは静かな寝息をたて眠り続けている。その彼女に囁く声で話しかける。
「モモ、ひどいじゃないか。いきなりさよならなんて。」
モモは相変わらず安らかな寝顔をしている。「君が僕を心配してくれてる様に、その何倍も僕は心配してる。」
ベッドの周りを囲む機械達も息を殺して、耳を傾けている。
「君が僕を好きになってくれた何倍も僕は君が好きなんだ。」
「だからもうさよならは言わないで。僕は何時だって君の側にいて君を守る。」
「誰にも君を渡さない。相手が例え神様だって。」
二時五十三分、僕はそっと手を戻しモモを見つめる。こうしている間も時は歩みを弛めてはくれなかった。
 

 僕が警備員室に戻ろうと立ち上がるとモモの瞼が微かに動いた気がした。もう一度モモの傍らに立った僕をゆっくりとモモが見上げる。僕と目を合わせたモモは力なく笑って、小さく呟く。
「バカ。」
僕はただ頷く。
「カツミのバカ。」
「知らなかったの?」
僕は涙を堪えて答える。
「知らなかったよ、こんなにおバカなんて。」
「モモ、愛してる。」
「うん。」
「別れない。」
「うん。」
「君を守る。」
「ありがと。」
「必ず、また一緒に走れる。」
「うん。」
「ずっと待ってるから、あのグランドで。」
「わかった、待ってて。必ずいくよ。」
 僕は、モモを力一杯抱きしめたい気持ちを抑えて軽く右手をあげる。モモはそれに微笑みで応える。ありったけの力を込めて足を交互に踏み出し僕はICUを後にした。
警備員室に戻ると田中さんがお茶を出してくれた。
「話せたかね。」
「はい、ありがとうございました。」
「それはよかった。」
田中さんは、少し寂しげに笑った。黙ったまま差し出されたお茶を飲むと、張り詰めていた気持ちが少し弛んだ。そして僕は、自分の存在の意義と生きる方向性を見失なった。これからの僕は何をしたらいいのだろう。どこへ行けばいいのだろう。気持ちをICUに残したままの自分が脱け殻だということを自覚していた
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