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翌日、男はふたたび私の元を訪れた。
厳つい顔に似合わない腕いっぱいの花束を抱えて、彼は屋敷の玄関先で私に求婚した。
「おやめになったほうがよろしいかと思います。わたくしは、フランシス様のように容姿の美しい殿方でないとときめきませんの」
私はにっこりと微笑んで優美に一礼してみせた。
わりと本気で、私は線の細い綺麗な男が好きだった。少なくとも目の前に立ち塞がる筋肉ダルマのような男はタイプではなかったのだ。
男は一瞬気圧されたようだったけれど、すぐに唇を引き結んで、私にずずいと花束を突き付けた。
「見てくれはこの様ですが、貴女を想う気持ちは本物です。必ず貴女を幸せにします」
「……でしたらなおさら、おやめになったほうがよろしいですわ」
私は面倒になって、フランシスと婚約したのはカレンの大切なものを横取りしたかったからなのだ、と、彼にありのままの事実を教えてやった。
元々私はフランシスのことなんてどうでも良かったのだ。ちょっと顔は良いけれど、口論で私に勝てたことなんて一度もない情けない男だし。だから、あんな男、カレンにくれてやったのだと。
すると、男は困ったように眉を垂れて、私をみつめて言った。
「でしたらなぜ、あの夜、貴女は泣いていたのですか?」
私は咄嗟に目の前の男の横っ面を引っ叩いていた。
あの夜、夜会を抜け出して公園で泣いていたところを見られていた。こんな、どこの馬の骨かもわからない筋肉ダルマに泣き顔を見られていたなんて、一生の汚点だ。
冷静になって考えれば、普段の私にあるまじき行動だった。淑女が紳士に手をあげるなんて、とんでもない失態だった。
けれど、この際構わないだろう。いい加減、私はこの男が鬱陶しいと思っていたし。
これでこの男が私に幻滅して、二度と目の前に現れなければ結果オーライだ。
しかし、また翌日、懲りもせずに彼はやってきた。
曰く、「突然婚約を破棄されて、腹が立たないのですか」と。
私はうんざりしながら、けれどもそれを表情には出さないように、努めて冷静に彼に話して聞かせた。
「振られて当然なんです。だってわたくしは、フランシス様のことをこれっぽっちも好きじゃなかった。容姿も身分も完璧な『彼女の自慢の恋人』を横取りしてやりたかっただけなんですもの。ですからあの夜泣いていたのも、婚約を破棄されたことで傷ついたからではないのです。何をしても彼女に及ばない愚かな自分に嫌気がさしたの」
彼は黙って私の話を聞いていた。穏やかな眼差しで、ただじっと私の顔をみつめていた。
「貴方はとても優しい方ですわ。わたくしなんかよりもずっと、貴方にふさわしい方がいらっしゃるはずです」
愛想の良い笑顔を作ってそう告げると、私は玄関の扉を閉めた。
厳つい顔に似合わない腕いっぱいの花束を抱えて、彼は屋敷の玄関先で私に求婚した。
「おやめになったほうがよろしいかと思います。わたくしは、フランシス様のように容姿の美しい殿方でないとときめきませんの」
私はにっこりと微笑んで優美に一礼してみせた。
わりと本気で、私は線の細い綺麗な男が好きだった。少なくとも目の前に立ち塞がる筋肉ダルマのような男はタイプではなかったのだ。
男は一瞬気圧されたようだったけれど、すぐに唇を引き結んで、私にずずいと花束を突き付けた。
「見てくれはこの様ですが、貴女を想う気持ちは本物です。必ず貴女を幸せにします」
「……でしたらなおさら、おやめになったほうがよろしいですわ」
私は面倒になって、フランシスと婚約したのはカレンの大切なものを横取りしたかったからなのだ、と、彼にありのままの事実を教えてやった。
元々私はフランシスのことなんてどうでも良かったのだ。ちょっと顔は良いけれど、口論で私に勝てたことなんて一度もない情けない男だし。だから、あんな男、カレンにくれてやったのだと。
すると、男は困ったように眉を垂れて、私をみつめて言った。
「でしたらなぜ、あの夜、貴女は泣いていたのですか?」
私は咄嗟に目の前の男の横っ面を引っ叩いていた。
あの夜、夜会を抜け出して公園で泣いていたところを見られていた。こんな、どこの馬の骨かもわからない筋肉ダルマに泣き顔を見られていたなんて、一生の汚点だ。
冷静になって考えれば、普段の私にあるまじき行動だった。淑女が紳士に手をあげるなんて、とんでもない失態だった。
けれど、この際構わないだろう。いい加減、私はこの男が鬱陶しいと思っていたし。
これでこの男が私に幻滅して、二度と目の前に現れなければ結果オーライだ。
しかし、また翌日、懲りもせずに彼はやってきた。
曰く、「突然婚約を破棄されて、腹が立たないのですか」と。
私はうんざりしながら、けれどもそれを表情には出さないように、努めて冷静に彼に話して聞かせた。
「振られて当然なんです。だってわたくしは、フランシス様のことをこれっぽっちも好きじゃなかった。容姿も身分も完璧な『彼女の自慢の恋人』を横取りしてやりたかっただけなんですもの。ですからあの夜泣いていたのも、婚約を破棄されたことで傷ついたからではないのです。何をしても彼女に及ばない愚かな自分に嫌気がさしたの」
彼は黙って私の話を聞いていた。穏やかな眼差しで、ただじっと私の顔をみつめていた。
「貴方はとても優しい方ですわ。わたくしなんかよりもずっと、貴方にふさわしい方がいらっしゃるはずです」
愛想の良い笑顔を作ってそう告げると、私は玄関の扉を閉めた。
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