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第二章 寝言の強制力と魔法使い
おかえりなさい
しおりを挟む厨房に漂う甘い香り。
それに紛れてわずかにほろ苦い香りが鼻腔をくすぐる。
シリウスの大好物。焦がしカラメルソースがたっぷりかかったプリン。
昔からシリウスはこれが大好きだ。
よくレゼロに頼んで作ってもらって、二人で一緒に食べたのよね。
「ふふ。喜んでくれるかしら」
急いで作った目の前で艶々と黄金色に光るカラメルプリンを見て微笑むと、隣でレゼロがそのはたから見れば凶悪にも見える顔を緩ませた。
「きっと喜んでくださいますとも。他ならぬ奥様が作ってくださったプリンなのですから。それに、味や見た目もこの私が太鼓判を押しているのです。自信を持ってください」
レゼロは長身で顔も強面だ。
裏社会のボスだと言われても納得できてしまうほどの容貌だけれど、料理の腕はピカイチで、味だけでなくいつも見た目でも料理を楽しませてくれる、このカルバン公爵家の宝でもある。
幼い頃に何度もシリウスに隠れて通い、こっそりと彼にプリン作りを教えてもらい、ようやく認めてもらったプリン。
自信を持たなくてどうするの。
「うん……。ありがとう、レゼロ」
微笑みあったその時、厨房のドアが勢い良く開け放たれた。
「奥様!! 旦那様がお帰りになられました……!!」
双知らせに来たのは侍女のポプリ。
だけどその顔は主の無事の帰りを喜ぶようなものではなく、戸惑いと、気づかわしさであふれている。
「どうしたのポプリ。何か浮かない顔だけれど……」
ポプリは昔からこの屋敷にいる使用人だから、シリウスのことは幼い頃からよく知っている。
彼女もずっと、シリウスのことを心配し、待ち続けていた人間の一人だ。
なのにそんな複雑そうな顔……。
何かあったとしか思えない。
私の問いかけに、ポプリは視線を彷徨わせた。
「えっと、あの、それが……。お一人、ではなく……」
一人ではない?
お客様でもいるのかしら?
まさかまた殿下が突然?
「わかったわ。今シリウスは広間かしら? お客様へお茶をお願い。私は先に行くわね」
「は、はいっ……」
私はぴんと背筋を正すと、エプロンを取り、軽くドレスの裾を整えてから、急いで広間へと向かった。
***
広間の扉の前に立つと、とたんに緊張で顔がこわばり始めた。
わ、私、変じゃないかしら?
あぁっ、さっきまでプリンを作っていたから身だしなみを整える時間もなかったわ。
だけどこれ以上待たせるわけにはいかない。
お客様もいるようだし。
私は家を決して扉を叩くと、「失礼します」と言ってから扉を引き開けた。
すると──。
「え──────?」
金色の髪の、綺麗な女性。
その深い海色の瞳と、目が合った。
……誰?
この、人の旦那様の腕に絡みついている美女は──?
ピシリ、と石のように固まってしまった私に、シリウスが「セレン」と名を呼び、美女を腕からやんわりと話してから私に駆け寄った。
「ごめんねセレン。もう少し早く帰れるはずだったんだけど、少しトラブルがあって、寄り道をしていたんだ。心配をかけたね。セレン、会いたかったよ」
そう言って私を抱きしめるシリウス。
その肩口から美女の視線がビシビシと突き刺さる。
いやごめん。
一から説明求む、だわ。
でもまずは……そうね。無事の帰還を喜ばないと。
「シリウス、無事でよかったわ。その……お帰りなさい」
久しぶりの抱擁に照れながらも笑顔を向けると、シリウスはその薄水色の瞳を大きく見開いてから、嬉しそうにほほ笑み私をその胸へと更に押し込んだ。
「セレン、ただいま」
頭のてっぺんから頭蓋骨を伝って響く低い声。
そしてそのぬくもりに、シリウスが帰ってきたのだとあらためて実感し、私は不躾な視線もそのままに、しばし身体を預けるのだった。
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