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第十話 その笑顔が何よりの馳走です
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この日の朝、俺は初めてサナに模擬戦で敗れた。
「はぁ、はぁ…」
「すごいな、サナ…」
「練習時間が貴方より取れただけよ」
屋敷の庭、ここでいつもサナと模擬戦をやっている。サナは一応男の俺を立てて謙遜してくれているが、これまでの腕前を身に付けるのは大変だっただろう。この西の大陸に来る前は槍なんて握ったことが無いのだから。
あとは実戦、ということになるが俺たち夫婦は冒険者じゃないので無理にそんな経験を積むことは無い。
サナは地に尻もちをついている俺に右腕を出した。俺は彼女の右手を掴んで立ち上がった。ベッドでは、あまり気にもしなかったが手のひらのタコがすごい。相当訓練したんだな。
「もう理不尽な暴力に屈することも無いし、自分も守れるな」
「うん、まあ魔法も含めての何でもありなら、ケンジの方が強いだろうけど」
「まあ、そういう戦いの時は俺の背中を守ってくれればいいさ。あとは何とかする」
「ふふ、お願いね。それと…」
「ん?」
「私、もう避妊のポーション飲まないから」
「え?」
「模擬戦で貴方に勝ってからと思ったの。子供を生むの」
「サナ…」
「だってね…。盗賊やモンスターが普通に跳梁跋扈する世の中だもの。生まれる子を槍一閃で守れるくらいの強さ、欲しかったの」
斧(上)の俺から一本取ったのだ。なまじの相手ならサナ一人で大丈夫だろう。父親に理不尽な暴力を受けてきた彼女ゆえの考えかもしれない。
「子供か…。船の上で君と世界を周りたいと言っていたが…」
俺はサナと住む屋敷を眺めつつ
「まさか最初に立ち寄った国が終の棲家となるなんてな…」
「子供が巣立ってからでも旅には行けるでしょ。そして行く先々でロッグ被害者の女性たちを助けることも出来るし」
「うん、そうだな」
当初の見込みでは、王都内の被害者女性たちを治したら次は貴族領の領都、そして王国内に点在する村や町に行く予定だったけれど、ギルドからの要請で先方から馬車隊を組んでやってくるようになった。仕事が早く進むのでありがたい。
「さて、朝食にしようか」
玄関に向かって歩き出した俺とサナ。
「緊張していないの?王女様を今日治療するんでしょう?」
「ああ、十分に練度を高めたから大丈夫、君こそどうだい?」
「私は緊張しているわよ。他国の出身とは言え平民だし」
国王の使いが奥さんたちも一緒に、ということでサナとアザレアも連れて行くことになった。ちなみにケイトさんも同行。ギルド職員として今回の重要クエストの立ち合い役だ。
サナとアザレアを召した利用はレイチェル王女の施術後、食事でも、という話になったからだ。昨日、アザレアが必死に俺とサナにテーブルマナーを仕込んでくれた。堅苦しい食事は嫌なんだけど仕方ないよな。
俺はサナとアザレア、そしてケイトさんを連れて王城へと。駅馬車に乗っていたが、途中王室から迎えの馬車が来て乗り換えた。立派な馬車だな…。
やがて城門を通り、執事らしい老紳士が俺たちを出迎えた。
「王族の執事をしておりますリチャードと申します。治癒師のケンジ様、ようこそお越し下さいました」
「こたび王女様のお悩みを解決するお役目を与えていただき恐悦至極…」
「いやいや、そのように丁寧なご挨拶は陛下や妃殿下に。執事たる私には不要にございます」
「あ、いや、そうですか。ははは、私は治癒師のケンジです。丁寧な出迎えのうえ王城に招いて下されたこと。光栄に存じます」
「なるほど、お若いが分別を弁え、何より歳に似合わない、その落ち着きよう。陛下の言われた通りですな」
この爺さん、メチャクチャ強い。七十は越しているだろうけど執事服を着ていても鋼のような体と分かるし、魔力、面構え、何と言うか塚原卜伝や上泉伊勢守信綱って、こんな雰囲気だったんじゃないか、と思うくらい。とても俺と同じ爺とは思えない。
「こちらは我が伴侶たち、サナとアザレアにございます」
王族に失礼のない身なりを整えたサナとアザレアはリチャード卿に
「第一夫人のサナにございます」
「同じく第二夫人のアザレアにございます」
「ほう、お二人とも実に美しい。男としてケンジ様がうらやましいですぞ」
「お上手ですね、リチャード卿」
「いやいや、アザレア嬢、本当ですよ」
「冒険者ギルドから参りました、ケイトです。ケンジ様が受けた今回のクエストの立ち合いをさせていただきます」
「分かりました。それではレイチェル王女様のお部屋にご案内いたします。ご両親である陛下と妃殿下も、そちらでお待ちです」
リチャード卿の案内で俺はレイチェル王女の部屋へと向かった。
お城の中、初めて入る。中世欧州を舞台にした映画の中に入ったかのようだ。
中世欧州の負の遺産と言える糞尿の垂れ流しもない。かのベルサイユ宮殿も廊下には貴婦人たちが垂れ流した糞尿だらけだったと聞くが、いま俺がいるのはライトノベルの世界。作者さんが世界観の設定で『下水道は各国配備され』と入れておいてくれたので助かっている。トイレも水洗で清潔だしな。
調度品はさほどに見当たらず、不要な贅沢はしていない王族と見える。廊下は清掃行き届き、使用人への教育が確かなことが分かる。
「ねえ、王族の料理ってどんなのだろうね」
「楽しみだね」
サナとアザレアは王女への治療後に招待される食事の方に意識が行ってしまっている。
実は俺も楽しみだ。出される料理を見れば俺がこの世界で作っても問題ない料理が増える。本当はカレーやハンバーグだって作りたいんだ。
だけど、レシピを譲れとか色々と面倒ごとになりそうだから避けている。
やがてサナとアザレアには別のメイドが就いて別室に案内された。王女が最低人数で、と要望したためだ。
のちほど城の食堂で合流。王城自慢の庭園を案内しますとメイドが言うと、サナとアザレアは喜び
「それじゃ、あとで」
サナはそう言ってアザレアと共にメイドについていった。ケイトさんは変わらず立ち合いの役目だ。
「ったく、アザレアはケンジさんの秘書でしょうに」
「まあまあ、今日は俺の奥さんと云うことで招待されているんだから」
サナと別れたあと、しばらくして王女の部屋に着いた。
「陛下、レイチェル様、治癒師のケンジ様と冒険者ギルドのケイト女史をお連れしました」
ドアの向こうからジムサ陛下の『入っていただきなさい』という声が聴こえた。
王女の部屋に入ると、リチャード卿が
「あちらへ、テラスに陛下と王女様がおられます」
テラスに行くよう促され、そちらに向かうと青空の下、ジムサ陛下と王妃様、そして王女がいた。
丸いテーブルを囲んでいる。
「治癒師のケンジです」
「冒険者ギルド職員のケイトです。今回ケンジ様の受けし任務を見届けるため参りました」
「よく来てくれた」
「陛下の言う通り、本当にお若い人なのですね。治癒(大)を使うほどの魔法使いですから、もっとお年を召された方と思っていました」
「…………」
無言の王女はチュールのような帽子を被っている。レースがかかっていて顔を見ることは出来ない。
ただ目は俺のことをしっかりと見ていることは分かる。
そうだ。俺はこれから彼女の人生を左右することをやろうとしているのだから。
「さっそく始めましょう。王女様、大変おつらいと思いますが、そのレースの帽子を取って下さい。痣のある顔、施術後は忘れることをお約束します」
「…忘れて下さい。必ずですよ」
王女は帽子を取った。なるほど、これは年頃の娘にはつらいはずだ。右目から右頬の下部に渡り焦げ茶色の痣。右目はさながらパンダのよう。俺が顔色一つ変えないことに安心してくれたようだ。ここで俺が眉をひそめたりしたら王女は信頼に足りずと言って再び帽子を被ったかもしれない。絶対に顔色は変えまいと自分に言い聞かせて良かった。まあ、ロッグダメージの被害者女性の顔はもっとひどいからな。
「つらかったでしょうな」
「……はい」
「お顔に触れます」
「どうぞ」
俺は王女の前に立ち、痣のある部分に手をそっと添えた。
陛下と王妃様は固唾を飲んで見守っている。
「水魔法…湯」
「温かい…」
「メラニン色素のみ抽出せよ、痣、消去」
魔力を含んだお湯を消すと同時に王女の右顔面にあった痣がすべて消えていた。眼球、肌、何の影響も無し。
「おおおお…!」
「神業だわ…!」
陛下と王妃様は感嘆し、ケイトさんが俺に大き目の手鏡を手渡してくれた。
「王女様、ご覧下さい」
俺は献上するように手鏡を王女に渡した。鏡を見て王女は
「ああ、あああああ!」
「お綺麗ですよ」
「ああああっ!治癒師様!ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!うわああああっ!」
「ありがとう、ケンジ殿!」
「本当に何てお礼を言えば…うううっ」
良かった。ご両親も喜んでくれたようだ。要救助者と、その家族の笑顔こそ消防士としての誇りだ。テラスで小躍りして大喜びをしているレイチェル王女。時々、手鏡を両手でしっかと握り自分の顔を見ている。
思い出すな…。妻の香苗の仕事は美容師、長女美雪の友達で顔に痣があるのを笑われて不登校になった子がいると聞かされるや連れてきなさいと言い、その友達の顔にメイクアップして痣を消してしまった、あの神業は傍で見ていた俺もびっくりした。わんわん泣いて喜んでいたな…。ホント、顔は女の命だ。
「任務達成ですね、ケンジさん」
「あの嬉しそうな顔こそが何よりの報酬ですよ」
「こんなことを言うと怒られそうですが…貴方が他所の国に行く前に何とかギルドで足止めできた自分を褒めたくなります」
「そうですね。旅人として自由は失いましたが、男子一生の仕事をくれた貴女には心から感謝しているのですよ」
「ふふっ、そのお仕事のサポートを出来るのも、また誇りです」
施術後は一緒に昼食を、とジムサ陛下に誘われていたため、城内の大食堂に。
俺より先にサナとアザレアは席に着いていた。俺とケイトさんが席に着くとサナが
「泣き声が庭園まで聴こえてきたわ。王女様の痣、無事に消せたのね」
「ああ、すごい喜びようだったよ。俺も嬉しかった」
「気持ち分かるな…。私もケンジに溶けた顔を治してもらった時はもう嬉しくて涙が止まらなかったもの」
「陛下と王妃様も泣いていたわ。私も何かウルッと来ちゃった」
やがて陛下、王妃様、そしてレイチェル王女が食堂に訪れた。俺と嫁二人、ケイトさんは立ち上がり頭を下げようとしたところ陛下が
「よいよい、ここは謁見の間でも無し、今の余は娘を助けてくれた恩人と、その家族と食事を楽しみたいと思う父親にすぎぬ。座ってくれ」
「「はい」」
俺たちはそのまま腰かけた。王女様は改めて化粧をしてもらったか綺麗な顔立ちだ。
「改めまして、私はジムサの妻マリアンヌです」
「私はレイチェル、ケンジ様、この御恩は一生忘れません」
「どういたしまして。お父上にもお礼を。御自ら城下のギルドに来て私に依頼してくれたのです。一国の王が中々出来ることではございません。もし、呼びつけられて『やれ』と命令されたのだったら私は王女様の顔を治すことなく逃走したでしょうから」
「そうだったんだ…。パパ、ありがとう」
「いやいや、ロッグの被害者女性たちの顔を元に戻せる者がいると聞いてな。飛んでいったよ。ははは」
料理が次々と運ばれてくる。さすが王城のシェフの料理、美味い。サナとアザレアも嬉々として食べている。
地球で言うローストビーフ、ボルシチ、パエリア、ピザ等々がテーブルに。レパートリーが増えた。元から俺も作れる料理だけど、自分が『最初に作った』人物にならないよう注意している。色々と面倒だからな。レシピ公開してくれ、俺たちにも食べさせてほしい、なんて展開もあるかもしれない。
俺は嫁二人の『美味しい』だけ聴ければいいのさ。
やがて楽しいランチを終えるとジムサ陛下はケイトさんに改めて報酬の五万ゴルダーを支払ってくれた。
そして俺に
「本当は勲章を贈りたいほどなのだが、君は望むまい。よって感謝状だけにしておいた」
「ありがたく拝領いたします」
「君ほどのものが家臣になってくれたら嬉しいのだがな…」
「窮屈な役人は性に合いませぬゆえ、ご容赦を」
「うむ、これからも我が愛民たちのため、その腕を振るってほしい」
「承知いたしました」
「ケンジ様」
「はい」
「ありがとう」
レイチェル様はニコリと微笑み、改めてお礼を言ってくれた。
嬉しいものだ。某傾奇者みたいに『その笑顔が何よりの馳走です』と言いたいね。だから
「その笑顔こそが私の喜びであり、誇りです」
その後、執事のリチャード卿に連れられて城を出て行った。城門を潜ったあと城に振り返り
「いや、我ながらいい仕事したと思う」
「そうね、で、ケイトさん。王様からの感謝状ってすごいの?」
サナがケイトさんに訊いた。
「そうね、平民に発給するのは現国王になってから数えられるほどだし、すごいものだと思うわよ」
「ねえ、サナ、ケンジ、帰りに額縁買っていこうよ。屋敷のリビングに飾ろうよ」
アザレアの提案に俺とサナは頷き、奮発して豪勢な額縁を買ってからギルドに寄り、五万ゴルダーを報酬として改めて受け取り、サナとアザレアと共に屋敷へと帰っていった。
今日はいい仕事をしたので気分がいい。嫁二人をたくさん可愛がろう。
「はぁ、はぁ…」
「すごいな、サナ…」
「練習時間が貴方より取れただけよ」
屋敷の庭、ここでいつもサナと模擬戦をやっている。サナは一応男の俺を立てて謙遜してくれているが、これまでの腕前を身に付けるのは大変だっただろう。この西の大陸に来る前は槍なんて握ったことが無いのだから。
あとは実戦、ということになるが俺たち夫婦は冒険者じゃないので無理にそんな経験を積むことは無い。
サナは地に尻もちをついている俺に右腕を出した。俺は彼女の右手を掴んで立ち上がった。ベッドでは、あまり気にもしなかったが手のひらのタコがすごい。相当訓練したんだな。
「もう理不尽な暴力に屈することも無いし、自分も守れるな」
「うん、まあ魔法も含めての何でもありなら、ケンジの方が強いだろうけど」
「まあ、そういう戦いの時は俺の背中を守ってくれればいいさ。あとは何とかする」
「ふふ、お願いね。それと…」
「ん?」
「私、もう避妊のポーション飲まないから」
「え?」
「模擬戦で貴方に勝ってからと思ったの。子供を生むの」
「サナ…」
「だってね…。盗賊やモンスターが普通に跳梁跋扈する世の中だもの。生まれる子を槍一閃で守れるくらいの強さ、欲しかったの」
斧(上)の俺から一本取ったのだ。なまじの相手ならサナ一人で大丈夫だろう。父親に理不尽な暴力を受けてきた彼女ゆえの考えかもしれない。
「子供か…。船の上で君と世界を周りたいと言っていたが…」
俺はサナと住む屋敷を眺めつつ
「まさか最初に立ち寄った国が終の棲家となるなんてな…」
「子供が巣立ってからでも旅には行けるでしょ。そして行く先々でロッグ被害者の女性たちを助けることも出来るし」
「うん、そうだな」
当初の見込みでは、王都内の被害者女性たちを治したら次は貴族領の領都、そして王国内に点在する村や町に行く予定だったけれど、ギルドからの要請で先方から馬車隊を組んでやってくるようになった。仕事が早く進むのでありがたい。
「さて、朝食にしようか」
玄関に向かって歩き出した俺とサナ。
「緊張していないの?王女様を今日治療するんでしょう?」
「ああ、十分に練度を高めたから大丈夫、君こそどうだい?」
「私は緊張しているわよ。他国の出身とは言え平民だし」
国王の使いが奥さんたちも一緒に、ということでサナとアザレアも連れて行くことになった。ちなみにケイトさんも同行。ギルド職員として今回の重要クエストの立ち合い役だ。
サナとアザレアを召した利用はレイチェル王女の施術後、食事でも、という話になったからだ。昨日、アザレアが必死に俺とサナにテーブルマナーを仕込んでくれた。堅苦しい食事は嫌なんだけど仕方ないよな。
俺はサナとアザレア、そしてケイトさんを連れて王城へと。駅馬車に乗っていたが、途中王室から迎えの馬車が来て乗り換えた。立派な馬車だな…。
やがて城門を通り、執事らしい老紳士が俺たちを出迎えた。
「王族の執事をしておりますリチャードと申します。治癒師のケンジ様、ようこそお越し下さいました」
「こたび王女様のお悩みを解決するお役目を与えていただき恐悦至極…」
「いやいや、そのように丁寧なご挨拶は陛下や妃殿下に。執事たる私には不要にございます」
「あ、いや、そうですか。ははは、私は治癒師のケンジです。丁寧な出迎えのうえ王城に招いて下されたこと。光栄に存じます」
「なるほど、お若いが分別を弁え、何より歳に似合わない、その落ち着きよう。陛下の言われた通りですな」
この爺さん、メチャクチャ強い。七十は越しているだろうけど執事服を着ていても鋼のような体と分かるし、魔力、面構え、何と言うか塚原卜伝や上泉伊勢守信綱って、こんな雰囲気だったんじゃないか、と思うくらい。とても俺と同じ爺とは思えない。
「こちらは我が伴侶たち、サナとアザレアにございます」
王族に失礼のない身なりを整えたサナとアザレアはリチャード卿に
「第一夫人のサナにございます」
「同じく第二夫人のアザレアにございます」
「ほう、お二人とも実に美しい。男としてケンジ様がうらやましいですぞ」
「お上手ですね、リチャード卿」
「いやいや、アザレア嬢、本当ですよ」
「冒険者ギルドから参りました、ケイトです。ケンジ様が受けた今回のクエストの立ち合いをさせていただきます」
「分かりました。それではレイチェル王女様のお部屋にご案内いたします。ご両親である陛下と妃殿下も、そちらでお待ちです」
リチャード卿の案内で俺はレイチェル王女の部屋へと向かった。
お城の中、初めて入る。中世欧州を舞台にした映画の中に入ったかのようだ。
中世欧州の負の遺産と言える糞尿の垂れ流しもない。かのベルサイユ宮殿も廊下には貴婦人たちが垂れ流した糞尿だらけだったと聞くが、いま俺がいるのはライトノベルの世界。作者さんが世界観の設定で『下水道は各国配備され』と入れておいてくれたので助かっている。トイレも水洗で清潔だしな。
調度品はさほどに見当たらず、不要な贅沢はしていない王族と見える。廊下は清掃行き届き、使用人への教育が確かなことが分かる。
「ねえ、王族の料理ってどんなのだろうね」
「楽しみだね」
サナとアザレアは王女への治療後に招待される食事の方に意識が行ってしまっている。
実は俺も楽しみだ。出される料理を見れば俺がこの世界で作っても問題ない料理が増える。本当はカレーやハンバーグだって作りたいんだ。
だけど、レシピを譲れとか色々と面倒ごとになりそうだから避けている。
やがてサナとアザレアには別のメイドが就いて別室に案内された。王女が最低人数で、と要望したためだ。
のちほど城の食堂で合流。王城自慢の庭園を案内しますとメイドが言うと、サナとアザレアは喜び
「それじゃ、あとで」
サナはそう言ってアザレアと共にメイドについていった。ケイトさんは変わらず立ち合いの役目だ。
「ったく、アザレアはケンジさんの秘書でしょうに」
「まあまあ、今日は俺の奥さんと云うことで招待されているんだから」
サナと別れたあと、しばらくして王女の部屋に着いた。
「陛下、レイチェル様、治癒師のケンジ様と冒険者ギルドのケイト女史をお連れしました」
ドアの向こうからジムサ陛下の『入っていただきなさい』という声が聴こえた。
王女の部屋に入ると、リチャード卿が
「あちらへ、テラスに陛下と王女様がおられます」
テラスに行くよう促され、そちらに向かうと青空の下、ジムサ陛下と王妃様、そして王女がいた。
丸いテーブルを囲んでいる。
「治癒師のケンジです」
「冒険者ギルド職員のケイトです。今回ケンジ様の受けし任務を見届けるため参りました」
「よく来てくれた」
「陛下の言う通り、本当にお若い人なのですね。治癒(大)を使うほどの魔法使いですから、もっとお年を召された方と思っていました」
「…………」
無言の王女はチュールのような帽子を被っている。レースがかかっていて顔を見ることは出来ない。
ただ目は俺のことをしっかりと見ていることは分かる。
そうだ。俺はこれから彼女の人生を左右することをやろうとしているのだから。
「さっそく始めましょう。王女様、大変おつらいと思いますが、そのレースの帽子を取って下さい。痣のある顔、施術後は忘れることをお約束します」
「…忘れて下さい。必ずですよ」
王女は帽子を取った。なるほど、これは年頃の娘にはつらいはずだ。右目から右頬の下部に渡り焦げ茶色の痣。右目はさながらパンダのよう。俺が顔色一つ変えないことに安心してくれたようだ。ここで俺が眉をひそめたりしたら王女は信頼に足りずと言って再び帽子を被ったかもしれない。絶対に顔色は変えまいと自分に言い聞かせて良かった。まあ、ロッグダメージの被害者女性の顔はもっとひどいからな。
「つらかったでしょうな」
「……はい」
「お顔に触れます」
「どうぞ」
俺は王女の前に立ち、痣のある部分に手をそっと添えた。
陛下と王妃様は固唾を飲んで見守っている。
「水魔法…湯」
「温かい…」
「メラニン色素のみ抽出せよ、痣、消去」
魔力を含んだお湯を消すと同時に王女の右顔面にあった痣がすべて消えていた。眼球、肌、何の影響も無し。
「おおおお…!」
「神業だわ…!」
陛下と王妃様は感嘆し、ケイトさんが俺に大き目の手鏡を手渡してくれた。
「王女様、ご覧下さい」
俺は献上するように手鏡を王女に渡した。鏡を見て王女は
「ああ、あああああ!」
「お綺麗ですよ」
「ああああっ!治癒師様!ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!うわああああっ!」
「ありがとう、ケンジ殿!」
「本当に何てお礼を言えば…うううっ」
良かった。ご両親も喜んでくれたようだ。要救助者と、その家族の笑顔こそ消防士としての誇りだ。テラスで小躍りして大喜びをしているレイチェル王女。時々、手鏡を両手でしっかと握り自分の顔を見ている。
思い出すな…。妻の香苗の仕事は美容師、長女美雪の友達で顔に痣があるのを笑われて不登校になった子がいると聞かされるや連れてきなさいと言い、その友達の顔にメイクアップして痣を消してしまった、あの神業は傍で見ていた俺もびっくりした。わんわん泣いて喜んでいたな…。ホント、顔は女の命だ。
「任務達成ですね、ケンジさん」
「あの嬉しそうな顔こそが何よりの報酬ですよ」
「こんなことを言うと怒られそうですが…貴方が他所の国に行く前に何とかギルドで足止めできた自分を褒めたくなります」
「そうですね。旅人として自由は失いましたが、男子一生の仕事をくれた貴女には心から感謝しているのですよ」
「ふふっ、そのお仕事のサポートを出来るのも、また誇りです」
施術後は一緒に昼食を、とジムサ陛下に誘われていたため、城内の大食堂に。
俺より先にサナとアザレアは席に着いていた。俺とケイトさんが席に着くとサナが
「泣き声が庭園まで聴こえてきたわ。王女様の痣、無事に消せたのね」
「ああ、すごい喜びようだったよ。俺も嬉しかった」
「気持ち分かるな…。私もケンジに溶けた顔を治してもらった時はもう嬉しくて涙が止まらなかったもの」
「陛下と王妃様も泣いていたわ。私も何かウルッと来ちゃった」
やがて陛下、王妃様、そしてレイチェル王女が食堂に訪れた。俺と嫁二人、ケイトさんは立ち上がり頭を下げようとしたところ陛下が
「よいよい、ここは謁見の間でも無し、今の余は娘を助けてくれた恩人と、その家族と食事を楽しみたいと思う父親にすぎぬ。座ってくれ」
「「はい」」
俺たちはそのまま腰かけた。王女様は改めて化粧をしてもらったか綺麗な顔立ちだ。
「改めまして、私はジムサの妻マリアンヌです」
「私はレイチェル、ケンジ様、この御恩は一生忘れません」
「どういたしまして。お父上にもお礼を。御自ら城下のギルドに来て私に依頼してくれたのです。一国の王が中々出来ることではございません。もし、呼びつけられて『やれ』と命令されたのだったら私は王女様の顔を治すことなく逃走したでしょうから」
「そうだったんだ…。パパ、ありがとう」
「いやいや、ロッグの被害者女性たちの顔を元に戻せる者がいると聞いてな。飛んでいったよ。ははは」
料理が次々と運ばれてくる。さすが王城のシェフの料理、美味い。サナとアザレアも嬉々として食べている。
地球で言うローストビーフ、ボルシチ、パエリア、ピザ等々がテーブルに。レパートリーが増えた。元から俺も作れる料理だけど、自分が『最初に作った』人物にならないよう注意している。色々と面倒だからな。レシピ公開してくれ、俺たちにも食べさせてほしい、なんて展開もあるかもしれない。
俺は嫁二人の『美味しい』だけ聴ければいいのさ。
やがて楽しいランチを終えるとジムサ陛下はケイトさんに改めて報酬の五万ゴルダーを支払ってくれた。
そして俺に
「本当は勲章を贈りたいほどなのだが、君は望むまい。よって感謝状だけにしておいた」
「ありがたく拝領いたします」
「君ほどのものが家臣になってくれたら嬉しいのだがな…」
「窮屈な役人は性に合いませぬゆえ、ご容赦を」
「うむ、これからも我が愛民たちのため、その腕を振るってほしい」
「承知いたしました」
「ケンジ様」
「はい」
「ありがとう」
レイチェル様はニコリと微笑み、改めてお礼を言ってくれた。
嬉しいものだ。某傾奇者みたいに『その笑顔が何よりの馳走です』と言いたいね。だから
「その笑顔こそが私の喜びであり、誇りです」
その後、執事のリチャード卿に連れられて城を出て行った。城門を潜ったあと城に振り返り
「いや、我ながらいい仕事したと思う」
「そうね、で、ケイトさん。王様からの感謝状ってすごいの?」
サナがケイトさんに訊いた。
「そうね、平民に発給するのは現国王になってから数えられるほどだし、すごいものだと思うわよ」
「ねえ、サナ、ケンジ、帰りに額縁買っていこうよ。屋敷のリビングに飾ろうよ」
アザレアの提案に俺とサナは頷き、奮発して豪勢な額縁を買ってからギルドに寄り、五万ゴルダーを報酬として改めて受け取り、サナとアザレアと共に屋敷へと帰っていった。
今日はいい仕事をしたので気分がいい。嫁二人をたくさん可愛がろう。
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しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
神々に見捨てられし者、自力で最強へ
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三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
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友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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