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1-2. CEO
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2)CEO
月曜日は先週末の惨事を忘れたことにして気持ち良く仕事に向かった。
朝一で自分のWBをチェックすると、僕の出社より先に部長からメッセージが届いていた。
『今日一緒にお昼食べに行かない? (^o^)/』
これはヤバいやつだ。
月曜の朝っぱらからわざわざ送るような内容ではないし、本人だってダサいと分かっている顔文字が敢えて入れてある。つまりこれは「先週末から考えていた言いにくい案件を、昼食にかこつけてカジュアルに言っちゃうから覚悟してね」という意味だ。
部長は、厳密には今のポジションは「部長」ではない。R-bitに買収される前からの僕の上司で、僕はその名残で部長と呼んでいる。何かと僕に目をかけてくれる良い人なのだが、どうも部下にはっきりものを言うのが苦手な人だった。何事かと思案したが、思い当たる節がない。
僕の思い過ごしだと良かったのだが、果たして昼食は会社から程よく離れた小料理屋に連れて行かれた。
「この店がランチ始めたって言うから、来てみたかったんだよねー」
「ランチでなければ敷居が高そうな店ですね・・・・」
折言った話をするのにぴったりな場所じゃないか?
どうも先週から「とっておきの店」には警戒したくなる。
「今月の業績も君のユニットがダントツで一位だったよ」
部長は席に着くなり言った。
「やった!それは嬉しいな」
それが本題ではないだろうが、喜ばしいことだ。文字通り靴底をすり減らして顧客に通った甲斐があった。
部長はお冷やをロックか何かのようにチビチビ飲みながら、まじまじと僕の顔を見ている。
「なんですか・・・・?」
チャラ男に言われた「婿にしたいナントカ・・・」が頭をよぎった。
いや、まさか。部長に娘はいないはずだ。
「・・・・君は相変わらず、ちっとも偉ぶるところがないね」
「へ?」
「いや、工科大学で博士号まで取った君が、カスタマーサポートなんてつまらないんじゃないかと思ってね」
「何言っているんですか。カスタマーサポートもやりがいがありますよ。それにWBが売れて経営が好転したら、ハードの開発を再開するって約束です。そしたら・・・」
「そんな本社の約束信じてたら、ハード部門が再開した時、君は歳を取って使い物にならなくなってるぞ」
思わずムッとしてしまった。
そんなことは他人に忠告されなくても分かっている。
誰だって同じ不安を抱えている。
いちいち言われなくても。
しかし部長はその答えが欲しかったとでもというようににっこり笑った。
「ほら、ね。君はやっぱり開発に行きたいんだ」
「は?」
「チャンスがあったら、いつでも移動なり転職なりすればいいじゃないか」
「何ですか。退職勧告ですか?」
部長の、まどろっこしい話し方は僕をイライラさせる。
「そんなわけないじゃない。君の意思をはっきりさせたかっただけだから。ところで、里見君。君のユニットにお願いがある」
やっと本題ですか。
「WB日本語版2.0の開発を手伝って欲しい。というか、本社からの命令だ」
「もうバージョンアップするんですか!なんか欠陥ありましたっけ?」
「まさか。欠陥らしいものは見つかってないことは君が一番知ってるじゃないか。とにかく、本社に顔を売るのは君達のユニットにとっても悪いことじゃない。クライアントの要望は君が一番良く知ってるしね」
「もちろん手伝いますけど・・・・。今でも十分売れてるのに無茶なことしますね、本社は・・・・」
そこに料理が運ばれてきたので、僕達は押し黙った。
話はそれで終わりかと思ったが、部長は小鉢に手をつけただけで箸を置いた。
「本当に何も聞いてないのか。君は」
「何をですか! 部長から言われてないことを、僕が知るわけないじゃないですか!」
さすがにいらだちが表に出てしまう。部長は僕に怒られたみたいにうつむいた。
「・・・そうか。改訂版のこと、ディレクターから直々に君を指名されたから、てっきり君はすでに何か聞いているのかと思ったんだ」
「前の日本語版もちょっと手伝いましたから、それで名前を覚えていたんじゃないですか。それで、なんですか。僕の知らない秘密って」
「そのうち公表されるから秘密なわけじゃないけどね。来週、ルドルフ・シュルツが日本に来るらしい」
僕は数秒間フリーズしてしまった。
「ルドルフ・シュルツ?」
「そう。ルドルフ・シュルツ」
「あのルドルフ・シュルツですか?」
「そうだよ。うちのCEOだ」
ルドルフ・シュルツ、R-bitの実質的な創業者兼オーナーで、R-bitの主なプロブラムの特許、株の5割を所有している。WBをほとんど単独で開発したくらいの天才プログラマーらしい。「らしい」というのは、ルドルフ・シュルツは表に出るのを極端に嫌い、正体を知っているのはテッドと重役くらいだからだ。テレビタレントのようなテッドと、ミステリアスなシュルツ、この二人のカリスマ性によりR-bitが大きくなったと言っても過言ではないだろう。
ついにあのプログラマーが正体を現すのか!
僕は餌を目の前にした犬のように目を輝かせていたに違いない。部長は呆れたように笑った。
「本当に何も聞いてなかったんだな。上の方は蜂の巣をつついたような騒ぎになってる。」
「えっと、まさかCEOがわざわざ日本語版の改訂しに来るんですか。」
「建前はね。だけどそんなわけない。分かりやすいカモフラージュだよ。R-bitがNYANCを買収してから今まで元NYANCはほとんど手つかずに放置されてた。これを機に東京支社の組織は大々的に改編されるだろう。でね、君に言っておきたかったのはね、組織改編の際は、僕や周りのユニットに遠慮する事なく、自分らのことだけ考えて行動して欲しいって事だ。君は元々開発を希望してたんだ。正直、元NYANC組の僕達には部下を守る力はないからね・・・・」
ありがたい忠告なのだが、僕は上の空だった。
その後、何を食べたのか覚えていないくらい、ルドルフ・シュルツのことで頭がいっぱいだった。
NYANCがR-bitに買収された時、僕は転職を考えたが、WBの日本語版を作るのに関わって考えを改めた。WBはちまたにあふれているSNSに毛が生えたようなものだろうと思っていたが違った。複雑で高度なシステムがユーザーに使いやすいようにシンプルに組まれている。何より、ユーザーのヒューマンエラーも見越した強固なセキュリティプログラムに舌を巻いた。あのシステムを一人で書き上げた何てまさに神業だった。正体が分からないだけに、死ぬ前に一度会ってみたい人だった。
改めて「ルドルフ・シュルツ」の情報を仕入れようとしても、検索でひっかかってくるのはテッドのシュルツを言及したインタビュー記事だけだ。
『・・・ルディは天才だよ。僕はルディに欲しい物をお願いするだけで良い。願いはルディがかなえてくれる・・・・・・・R-bitは“赤いウサギ”って意味さ。赤はルディの色なんだよね・・・・・・確かにルディはここ最近、開発から距離を置いている。欲がない奴でね。もう十分に資産を作ってしまったしね。僕のお願いは面白くなくなってしまったんだ。もう少し、こう、刺激的でエキサイティングする仕事をしたいらしい。だから皆さん、おもしろい案があったらぜひルディにお願いしてくれよ・・・』
どの記事もテッドがシュルツを賞賛している内容だった。
「里見さ~ん。一口乗りませんか?ルドルフ・シュルツの正体当て」
部下達がヤルヲのデスクに集まってヒソヒソやっていると思ったら、ブラウザでテッドの出身大学同期の卒業アルバム画像を見ていた。
「お前らね・・・・」
「固い事言わな~い。こんな機会二度とないですよ~ん」
部長に言われた件は皆にも伝えておいたが、みんな若くて独身だから、組織改編も他人事らしい。
僕はヤルヲのブラウザを覗いた。どいつもお育ちの良い優秀な学生らしい顔だ。だが、どれもWBを書いたプログラマーのイメージではない。
「この中にはいないんじゃないかな?」
「わお!さすが里見さん!そうきますか」
「なるほど。確かに『テッドと学生時代から仲良かった』とは言われているが、同じ大学出身とは限らない」
「不思議ですお。ルドルフ・シュルツって本名でしょう?これだけ有名なのに正体が分からないなんて。普通は隠そうとしても写真の一枚も出回るものなんですお」
「チャラ男はどう思う?こういうの得意だろ」
チャラ男は全く興味無さげにスマホをいじっていた。
「チャラ男?」
「こん中にいるわけないじゃないっすか~」
チャラ男はアルバムを見もせずに言う。
「なんで?」
「なんでって、シュルツとかってテッドの仮想世界の住人でしょ~。本物を探すだけ無駄っす」
そこに部長が入って来たのでヤルヲは慌ててブラウザを閉じた。
「今日の午後、シュルツさんが着くぞ。全員ロビーで出迎えること。それから間違ってもシュルツさんを、軽々しくルディとか変なあだ名で呼ぶなよ!ミスターシュルツだ。それに彼にジョークは通じないからな」
「イエスサー。ジョークが言えるくらいの英語力はありませんですサー」
「モコさんに同意ですサー」
「・・・ずいぶん、神経質なんですね。テッドは皆にファーストネームで呼ばせてるのに、大違いだ」
「テッドでさえ、気を使う相手ってことだ」
部長はピリピリしていたが、僕達は有名人にでも会えるような浮かれ気分が抜けなかった。
昼過ぎから、社内はいっそう騒がしくなった。空港に降り立ったCEOの動画を、出迎え組が撮影してオンラインで流しているらしく、周りの皆がモニターを見てきゃあきゃあ騒いでいた。僕あえて動画を見ないようにしていた。どうせなら、何の前情報もなく本物にあいたかった。
午後はお達しに従って、全員がロビーに出揃った。役員はエントランスの前に並んでCEOの到着を待っている。
「あ~あ。バカくさい。これで仕事が遅れた分の残業代はもらえるんでしょうね~」
「うるさい、チャラ男。礼儀を重んじる相手なんだからしょうがないだろ。ここにいる全員の首は彼の采配でなんとでもなるんだぞ」
外でどよめきが起こった。
「お、ご到着かな?」
部長が首を伸ばして外を見た。確認するまでもなく、どよめきが大きくなってくる。エントランスの自動ドアが開くと、ロビーは歓声に包まれた。
CEO御一行は10人程の一団だった。
「どれがシュルツ?」
「一番背の高い人。」
「・・・・うそだろ・・・」
ルドルフ・シュルツは僕のイメージと全然違った。
190センチはある長身にシックなスーツ姿のCEOは、ファッション雑誌から飛び出してきたモデルのようだった。秘書らしき金髪の女性や、ボディガードらしきガタイの良い男性陣と連れ立って歩いている様はハリウッド俳優さながらで、なんだか自分が映画のワンシーンの中にいるような気分になった。
彼らが近づくにつれ、CEOの顔の造形もはっきり見えたが、近くで見れば見るほど端正な顔だった。艶のあるダークブラウンの髪を後ろに撫でつけた古風な髪型が、まっすぐな鼻筋と深いブルーの瞳によく似合っている。
「かっけぇ~」
誰かがため息まじりにつぶやいた。
いや、つぶやいたのは僕だったのかもしれない。
「そうっすかぁ~」
隣のチャラ男は興味なさそうにスマホをいじっている。CEO達が近づいて来たので僕はチャラ男を肘でつついた。
と、CEOがこちらを見た。
僕と、目が合った。
CEOの目が驚いたように見開かれた。
彼は数秒間、確かに僕を見ていた。
顔に血が上りそうになったが、実際見られていたのは一瞬だったのかもしれない。気がついたら彼は僕らの前を通り過ぎていた。彼はエレベーターの前でギャラリーに振り返り、微笑んで会釈したので、拍手が起こった。御一行はエレベーターの中に消えた。
部長がため息をついた。
「さすがオーラが違うねえ。それにしても、さっきやけにこっちを見てたけど、知り合いでもいた?」
「好みの女でもいたんじゃないすかぁ~」
「ヤダ、アタシ!?」
「モコ、違うから」
オフィスに戻っても僕達は興奮覚めやらず、仕事にならなかった。いつのまにか社のWBのトップには、「こいつがルディです」というテッドのコメントと共に、テッドと肩を組んだCEOの写真が載っている。さらに、CEOのアカウントが新しくできていた。プロフィールの趣味には空手と柔道黒帯とあり、最新のコメントには子供の時から憧れていた日本に行けるので嬉しくて興奮していると書いてある。どこをとっても完璧すぎて信じられないプロフィールだった。
「あの顔で、あの身長で、スポーツもできて、天才プログラマーで、億万長者だって。神様ってホント不公平だよねぇ~」
モコは周りの男の顔をチラチラみている。モコは顔立ちなら美人の部類に入るのだが、男性からやけに疎まれている理由は余計な事をいちいち口に出すからだ。
「でもさあ、彫刻みたいに整った顔立ちだけど、冷たそうだよね~。なんていうか、アンドロイドみたい?」
「最新型ロボットだったりして。テッドならやりかねないですお」
「実際本物だろうが、代役だろうが誰にも証明できない」
「こら、お前ら、部長にも言われてるだろ。CEOがらみで軽口たたくなよ」
「だって、完璧すぎて嘘くさいんですお~」
「少なくとも、赤いウサギって可愛らしいもんじゃないよね~!どっちかっていうと狼?」
「だから、その話はするなって」
と、いいつつ、僕もCEOのことが頭から離れない。確かにCEOは赤いウサギのイメージとはほど遠いなと思っていた。昔は赤が好きだったのかもしれないが、今の彼から受けるイメージは上質の革製品や家具を連想させるダークブラウンだ。落ち着いた物腰と髪の色のせいだろうか。理知的な眼差しは、プログラマーや経営者というより、学者を思わせる。
「俺が新しいあだ名付けたげます」
それまでスマホをいじっていて会話に入ってなかったチャラ男がKYな発言をした。
「ハバネロ大佐!だって軍服似合いそーじゃん?」
これには僕も吹いてしまった。隣のユニットの奴らまでゲラゲラ笑っていた。
「軍服!そうですね!コスプレして欲しいですね!」
「鞭とかお似合いかも・・・」
と、急にただならぬ雰囲気を感じて部屋が静まり返った。
部署入り口付近のパーティッションの上からCEOが顔を出していた。
彫り深い顔立ちのせいで目が影になっていてものすごく怖かった。金髪の秘書が何か喋りながら入って来た。社内案内中らしい。全員が氷ついてCEOをみていたが、彼はすぐ顔を背けて出て行ってしまった。うちの部署に興味がなかっただけだと思いたかった。さすがにみんな亀の子のように首をすくめている。
「ヤダ。今の聞かれた?」
「どうせ日本語分かんないですお」
「親日家だし、少なくとも秘書は日本語理解できるんじゃないか?」
「あれ?俺らってヤバいことしちゃった?」
「・・・・かなりヤバいね」
ちょっと胃が痛くなってきた。
部長の忠告はもっと真剣に聞いておくべきだった。
その夜は近くのホテルでレセプションパーティが開かれた。役員以下は自由参加なのに僕は当然のごとく部長に連行された。うちの部下達は仕事にかこつけて出てこない。
「あいつらどうしたんだ。やけに大人しくなったな」
「・・・・はあ、仕事が立て込んでいるもので・・・」
「里見君は帰らないでね。CEOに紹介するから」
「CEO・・・ちょっと怖いですね。・・・・大丈夫かな?」
「どうして?今日は機嫌が良いらしいよ。二度とないチャンスかもしれない。」
「機嫌良い・・・?本当ですか・・・」
「御大はパーティには出ないんじゃないかって心配されてたけど、ちゃんと出てきてる。それに、本社はかなり気合い入ってるぞ。あの金髪の秘書グレースは本来、テッドの片腕だし、CKOまで連れて来たんだからね」
「CKOって何ですか?」
「最高知識責任者・・・・?とにかくCKOも重役だよ」
「なんか僕の理解が及ばない、すごいことになってますね」
カスタマーサポートなんて小物は眼中にないのかもしれない。
CEOに顔を売りたいのは当然うちの部署だけではなく、会場は込み合っていた。CEOの周りは人だかりができていて、CEOの頭しか見えない。こんな状況でCEOに挨拶なんかできるんだろうか。そのうち東京支社のチーフディレクターのスピーチが始まって、僕は本気で帰りたくなった。部長に人付き合いで損得を考えるなと怒られているのだが、こういうイベントはどうしても無駄に思えてしまう。
「では、ここで、CEOから自己紹介をお願いします!」
会場のテンションが一気に上がった。
僕もちょっと興奮してきた。CEOのイメージからしてスピーチなんかしてくれないと思っていた。生のスピーチを聞く機会は二度とないかもしれない。出席した甲斐があった。
CEOはちょっとだけ困ったようなそぶりを見せたが、すぐマイクの前に出て来た。満面の笑みからして、本当に機嫌が良さそうだった。
「R-bit東京支社の皆さん、初めまして。僕がルドルフ・シュルツです。どんなモンスターが上陸するか、ご心配されていたかもしれませんが、ご安心下さい、僕は東京支社を解体しに来たわけではありません」
笑いが起こる。
通訳がいらないくらい聞き取りやすい、きれいな英語だった。
「ご存知の通り、僕は怠慢な人間ですが、テッドから新商品を作るようにプレッシャーをかけられています。そこで大好きな日本に来れば、やる気がおきるだろうと思ったのです。そもそも、僕達がNYANCを統合したのは、NYANCの高い創造性と・・・・・・・・」
テッドほどこなれてはいないが、上品で、穏やかで、力強い、組織のリーダーとして完璧なスピーチだ。ずっと聞いていたくなるような心地よい声音に、聞き惚れてしまう。みんなも連れてくれば良かった。きっとみんなもシュルツさんが好きになるだろう。
「・・・・ですから皆さん、どうか僕に力を貸して下さい。Thank you」
自然と盛大な拍手が沸き起こる。
CEOははにかむようにちょっと笑った。
「これでいいかな?グレース?」
秘書がCEOにGJサインを出す。
爆笑が起こった。
「僕はテッドと違ってこういう場面に慣れてないんです。どうもありがとう」
笑いと拍手がいっそう大きくなる。
「なんか、すごく良い人だねえ・・・」
「・・・ええ」
僕は拍手もせずにただ突っ立っていた。
こんな人間がいるなんて信じられない。
テッド・ローゼンバーグの時は、若くして場慣れしたテッドの雰囲気にみんなひたすら圧倒されていた。だが、テッドの底抜けにフランクなアプローチより、CEOの真摯で適度にシャイな態度の方が、日本人に受け入れられやすい。あれをわざと演出してるなら、すごい策士だ。
あれで本当にプログラマーなんだろうか。
神様ってどれだけ不公平なんだ?
「よし!CEOを連れてくる!テクニカルをまとめて紹介したいから、里見君はここにいて!」
「・・・Good Luckです。部長」
部長がCEOに近づけるのかと思ったが、あの年代で営業部の部長だっただけあって、こういう場では頼もしい。部長は本当にCEOと談笑しながら戻って来た。
「このへんはテクニカル部門の人間が多いもので、カジュアルな恰好ですみません。それにしても、シュルツさんはファッションセンスが良くて、失礼ながらプログラマーには見えませんね」
「ありがとう。この服は日本で着るために秘書に選んでもらったんです。僕は普段楽な恰好しかしませんが、日本ではみんな常にお洒落に気を使っていると聞いたもので・・・・」
CEOがこっちに近づいている。
鼓動を押さえきれない。
耳まで赤くなっているかもしれない。
部長とCEOが目の前に立った。
「彼が例のカスタマーサポート部のユニットリーダーです。CIT出身でUnited statesには6年住んでましたから、WBの日本語改訂版ではきっとお役に立てるでしょう」
それまで穏やかに笑っていたシュルツの顔が、僕を見た瞬間ひきつったように見えたのは気のせいだろうか。
「ハルヒト・サトミです。お会いできて嬉しいです」
僕は初対面にふさわしい笑顔で握手を求めたが、CEOは値踏みするように僕を頭から足のつま先までじろじろ眺めている。僕が一歩近づくと、CEOは『しかたない』感じで手を差し出して来た。手をしっかり握ろうとしたが、手の平がわずかに触れたところでさっと手を抜かれてしまった。
は?
目下の人間とはいえ、これはいくらなんでも失礼だろう。僕は唖然として彼の顔を見たが、彼はすでにあさっての方を向いていた。
さらに振り向き様、彼が鼻で笑うのがはっきり聞こえた。
「なあ、チャラ男。僕の服って変か?」
帰り道、僕はチャラ男に聞いてみた。
「どうしたんすか。急に」
僕は腕を広げて自分の服を見下ろした。
「俺にファッションチェックして欲しいんすか?」
チャラ男は顎に手を当てて評論家のマネをする。
「そのスーツ、国産セミオーダーでしょ?体型に合ってるスーツが変なわけないじゃないすか」
チャラ男は僕のジャケットの袖をちょっと触った。
「カシミア混ウール。里見さんってブランドより素材にこだわりますよね」
「着るなら快適な方が仕事しやすいし、実は見栄えにはあまり興味がないんだ」
「またまた~。いつもキメてるくせに。今日もお洒落すぎず、誠実な営業マンって感じでステキです。で、それの何が悪いんすか」
「さっきのパーティでさ、なんか、シュルツさんに鼻で笑われたような気がしてさ。」
「なにそれ?失礼な奴っすね」
「握手もまともにしてもらえなかったんだよね・・・」
「はあっ!?」
くだらないと笑うかと思ったが、意外にもチャラ男は怖い顔をした。
「奴は何か話しました?」
「何も。鼻で笑っただけ」
チャラ男の眉間の皺が深くなる。
「なあ、失礼だよね?昼間のこと根に持ってるのかな」
「・・・俺のせいっすか?」
「まさか。あの時、僕も笑ってたんだから僕の責任だよ」
「まあ、あれを根に持ったなら相当ガキ臭い奴っすね。ちょっと頭がおかしいんじゃないですかね」
「頭がおかしいっていっても、CEOだからね。とにかく僕らCEOに嫌われちゃったよ。困ったね」
「じゃあ、会社辞めましょっか。俺も付いてきますよ」
「WBは好きなんだけどね・・・」
「よし!今日も飲みましょう!そんな失礼な奴のことなんか忘れましょ!里見さんが優秀だと分かったら向こうから謝ってきますよ。当分放っておけば良いんです」
そして、今日もなぜかチャラ男は僕の部屋に一緒に向かっている。
ま、いいか。
今夜はなかなか寝付けそうにない。
月曜日は先週末の惨事を忘れたことにして気持ち良く仕事に向かった。
朝一で自分のWBをチェックすると、僕の出社より先に部長からメッセージが届いていた。
『今日一緒にお昼食べに行かない? (^o^)/』
これはヤバいやつだ。
月曜の朝っぱらからわざわざ送るような内容ではないし、本人だってダサいと分かっている顔文字が敢えて入れてある。つまりこれは「先週末から考えていた言いにくい案件を、昼食にかこつけてカジュアルに言っちゃうから覚悟してね」という意味だ。
部長は、厳密には今のポジションは「部長」ではない。R-bitに買収される前からの僕の上司で、僕はその名残で部長と呼んでいる。何かと僕に目をかけてくれる良い人なのだが、どうも部下にはっきりものを言うのが苦手な人だった。何事かと思案したが、思い当たる節がない。
僕の思い過ごしだと良かったのだが、果たして昼食は会社から程よく離れた小料理屋に連れて行かれた。
「この店がランチ始めたって言うから、来てみたかったんだよねー」
「ランチでなければ敷居が高そうな店ですね・・・・」
折言った話をするのにぴったりな場所じゃないか?
どうも先週から「とっておきの店」には警戒したくなる。
「今月の業績も君のユニットがダントツで一位だったよ」
部長は席に着くなり言った。
「やった!それは嬉しいな」
それが本題ではないだろうが、喜ばしいことだ。文字通り靴底をすり減らして顧客に通った甲斐があった。
部長はお冷やをロックか何かのようにチビチビ飲みながら、まじまじと僕の顔を見ている。
「なんですか・・・・?」
チャラ男に言われた「婿にしたいナントカ・・・」が頭をよぎった。
いや、まさか。部長に娘はいないはずだ。
「・・・・君は相変わらず、ちっとも偉ぶるところがないね」
「へ?」
「いや、工科大学で博士号まで取った君が、カスタマーサポートなんてつまらないんじゃないかと思ってね」
「何言っているんですか。カスタマーサポートもやりがいがありますよ。それにWBが売れて経営が好転したら、ハードの開発を再開するって約束です。そしたら・・・」
「そんな本社の約束信じてたら、ハード部門が再開した時、君は歳を取って使い物にならなくなってるぞ」
思わずムッとしてしまった。
そんなことは他人に忠告されなくても分かっている。
誰だって同じ不安を抱えている。
いちいち言われなくても。
しかし部長はその答えが欲しかったとでもというようににっこり笑った。
「ほら、ね。君はやっぱり開発に行きたいんだ」
「は?」
「チャンスがあったら、いつでも移動なり転職なりすればいいじゃないか」
「何ですか。退職勧告ですか?」
部長の、まどろっこしい話し方は僕をイライラさせる。
「そんなわけないじゃない。君の意思をはっきりさせたかっただけだから。ところで、里見君。君のユニットにお願いがある」
やっと本題ですか。
「WB日本語版2.0の開発を手伝って欲しい。というか、本社からの命令だ」
「もうバージョンアップするんですか!なんか欠陥ありましたっけ?」
「まさか。欠陥らしいものは見つかってないことは君が一番知ってるじゃないか。とにかく、本社に顔を売るのは君達のユニットにとっても悪いことじゃない。クライアントの要望は君が一番良く知ってるしね」
「もちろん手伝いますけど・・・・。今でも十分売れてるのに無茶なことしますね、本社は・・・・」
そこに料理が運ばれてきたので、僕達は押し黙った。
話はそれで終わりかと思ったが、部長は小鉢に手をつけただけで箸を置いた。
「本当に何も聞いてないのか。君は」
「何をですか! 部長から言われてないことを、僕が知るわけないじゃないですか!」
さすがにいらだちが表に出てしまう。部長は僕に怒られたみたいにうつむいた。
「・・・そうか。改訂版のこと、ディレクターから直々に君を指名されたから、てっきり君はすでに何か聞いているのかと思ったんだ」
「前の日本語版もちょっと手伝いましたから、それで名前を覚えていたんじゃないですか。それで、なんですか。僕の知らない秘密って」
「そのうち公表されるから秘密なわけじゃないけどね。来週、ルドルフ・シュルツが日本に来るらしい」
僕は数秒間フリーズしてしまった。
「ルドルフ・シュルツ?」
「そう。ルドルフ・シュルツ」
「あのルドルフ・シュルツですか?」
「そうだよ。うちのCEOだ」
ルドルフ・シュルツ、R-bitの実質的な創業者兼オーナーで、R-bitの主なプロブラムの特許、株の5割を所有している。WBをほとんど単独で開発したくらいの天才プログラマーらしい。「らしい」というのは、ルドルフ・シュルツは表に出るのを極端に嫌い、正体を知っているのはテッドと重役くらいだからだ。テレビタレントのようなテッドと、ミステリアスなシュルツ、この二人のカリスマ性によりR-bitが大きくなったと言っても過言ではないだろう。
ついにあのプログラマーが正体を現すのか!
僕は餌を目の前にした犬のように目を輝かせていたに違いない。部長は呆れたように笑った。
「本当に何も聞いてなかったんだな。上の方は蜂の巣をつついたような騒ぎになってる。」
「えっと、まさかCEOがわざわざ日本語版の改訂しに来るんですか。」
「建前はね。だけどそんなわけない。分かりやすいカモフラージュだよ。R-bitがNYANCを買収してから今まで元NYANCはほとんど手つかずに放置されてた。これを機に東京支社の組織は大々的に改編されるだろう。でね、君に言っておきたかったのはね、組織改編の際は、僕や周りのユニットに遠慮する事なく、自分らのことだけ考えて行動して欲しいって事だ。君は元々開発を希望してたんだ。正直、元NYANC組の僕達には部下を守る力はないからね・・・・」
ありがたい忠告なのだが、僕は上の空だった。
その後、何を食べたのか覚えていないくらい、ルドルフ・シュルツのことで頭がいっぱいだった。
NYANCがR-bitに買収された時、僕は転職を考えたが、WBの日本語版を作るのに関わって考えを改めた。WBはちまたにあふれているSNSに毛が生えたようなものだろうと思っていたが違った。複雑で高度なシステムがユーザーに使いやすいようにシンプルに組まれている。何より、ユーザーのヒューマンエラーも見越した強固なセキュリティプログラムに舌を巻いた。あのシステムを一人で書き上げた何てまさに神業だった。正体が分からないだけに、死ぬ前に一度会ってみたい人だった。
改めて「ルドルフ・シュルツ」の情報を仕入れようとしても、検索でひっかかってくるのはテッドのシュルツを言及したインタビュー記事だけだ。
『・・・ルディは天才だよ。僕はルディに欲しい物をお願いするだけで良い。願いはルディがかなえてくれる・・・・・・・R-bitは“赤いウサギ”って意味さ。赤はルディの色なんだよね・・・・・・確かにルディはここ最近、開発から距離を置いている。欲がない奴でね。もう十分に資産を作ってしまったしね。僕のお願いは面白くなくなってしまったんだ。もう少し、こう、刺激的でエキサイティングする仕事をしたいらしい。だから皆さん、おもしろい案があったらぜひルディにお願いしてくれよ・・・』
どの記事もテッドがシュルツを賞賛している内容だった。
「里見さ~ん。一口乗りませんか?ルドルフ・シュルツの正体当て」
部下達がヤルヲのデスクに集まってヒソヒソやっていると思ったら、ブラウザでテッドの出身大学同期の卒業アルバム画像を見ていた。
「お前らね・・・・」
「固い事言わな~い。こんな機会二度とないですよ~ん」
部長に言われた件は皆にも伝えておいたが、みんな若くて独身だから、組織改編も他人事らしい。
僕はヤルヲのブラウザを覗いた。どいつもお育ちの良い優秀な学生らしい顔だ。だが、どれもWBを書いたプログラマーのイメージではない。
「この中にはいないんじゃないかな?」
「わお!さすが里見さん!そうきますか」
「なるほど。確かに『テッドと学生時代から仲良かった』とは言われているが、同じ大学出身とは限らない」
「不思議ですお。ルドルフ・シュルツって本名でしょう?これだけ有名なのに正体が分からないなんて。普通は隠そうとしても写真の一枚も出回るものなんですお」
「チャラ男はどう思う?こういうの得意だろ」
チャラ男は全く興味無さげにスマホをいじっていた。
「チャラ男?」
「こん中にいるわけないじゃないっすか~」
チャラ男はアルバムを見もせずに言う。
「なんで?」
「なんでって、シュルツとかってテッドの仮想世界の住人でしょ~。本物を探すだけ無駄っす」
そこに部長が入って来たのでヤルヲは慌ててブラウザを閉じた。
「今日の午後、シュルツさんが着くぞ。全員ロビーで出迎えること。それから間違ってもシュルツさんを、軽々しくルディとか変なあだ名で呼ぶなよ!ミスターシュルツだ。それに彼にジョークは通じないからな」
「イエスサー。ジョークが言えるくらいの英語力はありませんですサー」
「モコさんに同意ですサー」
「・・・ずいぶん、神経質なんですね。テッドは皆にファーストネームで呼ばせてるのに、大違いだ」
「テッドでさえ、気を使う相手ってことだ」
部長はピリピリしていたが、僕達は有名人にでも会えるような浮かれ気分が抜けなかった。
昼過ぎから、社内はいっそう騒がしくなった。空港に降り立ったCEOの動画を、出迎え組が撮影してオンラインで流しているらしく、周りの皆がモニターを見てきゃあきゃあ騒いでいた。僕あえて動画を見ないようにしていた。どうせなら、何の前情報もなく本物にあいたかった。
午後はお達しに従って、全員がロビーに出揃った。役員はエントランスの前に並んでCEOの到着を待っている。
「あ~あ。バカくさい。これで仕事が遅れた分の残業代はもらえるんでしょうね~」
「うるさい、チャラ男。礼儀を重んじる相手なんだからしょうがないだろ。ここにいる全員の首は彼の采配でなんとでもなるんだぞ」
外でどよめきが起こった。
「お、ご到着かな?」
部長が首を伸ばして外を見た。確認するまでもなく、どよめきが大きくなってくる。エントランスの自動ドアが開くと、ロビーは歓声に包まれた。
CEO御一行は10人程の一団だった。
「どれがシュルツ?」
「一番背の高い人。」
「・・・・うそだろ・・・」
ルドルフ・シュルツは僕のイメージと全然違った。
190センチはある長身にシックなスーツ姿のCEOは、ファッション雑誌から飛び出してきたモデルのようだった。秘書らしき金髪の女性や、ボディガードらしきガタイの良い男性陣と連れ立って歩いている様はハリウッド俳優さながらで、なんだか自分が映画のワンシーンの中にいるような気分になった。
彼らが近づくにつれ、CEOの顔の造形もはっきり見えたが、近くで見れば見るほど端正な顔だった。艶のあるダークブラウンの髪を後ろに撫でつけた古風な髪型が、まっすぐな鼻筋と深いブルーの瞳によく似合っている。
「かっけぇ~」
誰かがため息まじりにつぶやいた。
いや、つぶやいたのは僕だったのかもしれない。
「そうっすかぁ~」
隣のチャラ男は興味なさそうにスマホをいじっている。CEO達が近づいて来たので僕はチャラ男を肘でつついた。
と、CEOがこちらを見た。
僕と、目が合った。
CEOの目が驚いたように見開かれた。
彼は数秒間、確かに僕を見ていた。
顔に血が上りそうになったが、実際見られていたのは一瞬だったのかもしれない。気がついたら彼は僕らの前を通り過ぎていた。彼はエレベーターの前でギャラリーに振り返り、微笑んで会釈したので、拍手が起こった。御一行はエレベーターの中に消えた。
部長がため息をついた。
「さすがオーラが違うねえ。それにしても、さっきやけにこっちを見てたけど、知り合いでもいた?」
「好みの女でもいたんじゃないすかぁ~」
「ヤダ、アタシ!?」
「モコ、違うから」
オフィスに戻っても僕達は興奮覚めやらず、仕事にならなかった。いつのまにか社のWBのトップには、「こいつがルディです」というテッドのコメントと共に、テッドと肩を組んだCEOの写真が載っている。さらに、CEOのアカウントが新しくできていた。プロフィールの趣味には空手と柔道黒帯とあり、最新のコメントには子供の時から憧れていた日本に行けるので嬉しくて興奮していると書いてある。どこをとっても完璧すぎて信じられないプロフィールだった。
「あの顔で、あの身長で、スポーツもできて、天才プログラマーで、億万長者だって。神様ってホント不公平だよねぇ~」
モコは周りの男の顔をチラチラみている。モコは顔立ちなら美人の部類に入るのだが、男性からやけに疎まれている理由は余計な事をいちいち口に出すからだ。
「でもさあ、彫刻みたいに整った顔立ちだけど、冷たそうだよね~。なんていうか、アンドロイドみたい?」
「最新型ロボットだったりして。テッドならやりかねないですお」
「実際本物だろうが、代役だろうが誰にも証明できない」
「こら、お前ら、部長にも言われてるだろ。CEOがらみで軽口たたくなよ」
「だって、完璧すぎて嘘くさいんですお~」
「少なくとも、赤いウサギって可愛らしいもんじゃないよね~!どっちかっていうと狼?」
「だから、その話はするなって」
と、いいつつ、僕もCEOのことが頭から離れない。確かにCEOは赤いウサギのイメージとはほど遠いなと思っていた。昔は赤が好きだったのかもしれないが、今の彼から受けるイメージは上質の革製品や家具を連想させるダークブラウンだ。落ち着いた物腰と髪の色のせいだろうか。理知的な眼差しは、プログラマーや経営者というより、学者を思わせる。
「俺が新しいあだ名付けたげます」
それまでスマホをいじっていて会話に入ってなかったチャラ男がKYな発言をした。
「ハバネロ大佐!だって軍服似合いそーじゃん?」
これには僕も吹いてしまった。隣のユニットの奴らまでゲラゲラ笑っていた。
「軍服!そうですね!コスプレして欲しいですね!」
「鞭とかお似合いかも・・・」
と、急にただならぬ雰囲気を感じて部屋が静まり返った。
部署入り口付近のパーティッションの上からCEOが顔を出していた。
彫り深い顔立ちのせいで目が影になっていてものすごく怖かった。金髪の秘書が何か喋りながら入って来た。社内案内中らしい。全員が氷ついてCEOをみていたが、彼はすぐ顔を背けて出て行ってしまった。うちの部署に興味がなかっただけだと思いたかった。さすがにみんな亀の子のように首をすくめている。
「ヤダ。今の聞かれた?」
「どうせ日本語分かんないですお」
「親日家だし、少なくとも秘書は日本語理解できるんじゃないか?」
「あれ?俺らってヤバいことしちゃった?」
「・・・・かなりヤバいね」
ちょっと胃が痛くなってきた。
部長の忠告はもっと真剣に聞いておくべきだった。
その夜は近くのホテルでレセプションパーティが開かれた。役員以下は自由参加なのに僕は当然のごとく部長に連行された。うちの部下達は仕事にかこつけて出てこない。
「あいつらどうしたんだ。やけに大人しくなったな」
「・・・・はあ、仕事が立て込んでいるもので・・・」
「里見君は帰らないでね。CEOに紹介するから」
「CEO・・・ちょっと怖いですね。・・・・大丈夫かな?」
「どうして?今日は機嫌が良いらしいよ。二度とないチャンスかもしれない。」
「機嫌良い・・・?本当ですか・・・」
「御大はパーティには出ないんじゃないかって心配されてたけど、ちゃんと出てきてる。それに、本社はかなり気合い入ってるぞ。あの金髪の秘書グレースは本来、テッドの片腕だし、CKOまで連れて来たんだからね」
「CKOって何ですか?」
「最高知識責任者・・・・?とにかくCKOも重役だよ」
「なんか僕の理解が及ばない、すごいことになってますね」
カスタマーサポートなんて小物は眼中にないのかもしれない。
CEOに顔を売りたいのは当然うちの部署だけではなく、会場は込み合っていた。CEOの周りは人だかりができていて、CEOの頭しか見えない。こんな状況でCEOに挨拶なんかできるんだろうか。そのうち東京支社のチーフディレクターのスピーチが始まって、僕は本気で帰りたくなった。部長に人付き合いで損得を考えるなと怒られているのだが、こういうイベントはどうしても無駄に思えてしまう。
「では、ここで、CEOから自己紹介をお願いします!」
会場のテンションが一気に上がった。
僕もちょっと興奮してきた。CEOのイメージからしてスピーチなんかしてくれないと思っていた。生のスピーチを聞く機会は二度とないかもしれない。出席した甲斐があった。
CEOはちょっとだけ困ったようなそぶりを見せたが、すぐマイクの前に出て来た。満面の笑みからして、本当に機嫌が良さそうだった。
「R-bit東京支社の皆さん、初めまして。僕がルドルフ・シュルツです。どんなモンスターが上陸するか、ご心配されていたかもしれませんが、ご安心下さい、僕は東京支社を解体しに来たわけではありません」
笑いが起こる。
通訳がいらないくらい聞き取りやすい、きれいな英語だった。
「ご存知の通り、僕は怠慢な人間ですが、テッドから新商品を作るようにプレッシャーをかけられています。そこで大好きな日本に来れば、やる気がおきるだろうと思ったのです。そもそも、僕達がNYANCを統合したのは、NYANCの高い創造性と・・・・・・・・」
テッドほどこなれてはいないが、上品で、穏やかで、力強い、組織のリーダーとして完璧なスピーチだ。ずっと聞いていたくなるような心地よい声音に、聞き惚れてしまう。みんなも連れてくれば良かった。きっとみんなもシュルツさんが好きになるだろう。
「・・・・ですから皆さん、どうか僕に力を貸して下さい。Thank you」
自然と盛大な拍手が沸き起こる。
CEOははにかむようにちょっと笑った。
「これでいいかな?グレース?」
秘書がCEOにGJサインを出す。
爆笑が起こった。
「僕はテッドと違ってこういう場面に慣れてないんです。どうもありがとう」
笑いと拍手がいっそう大きくなる。
「なんか、すごく良い人だねえ・・・」
「・・・ええ」
僕は拍手もせずにただ突っ立っていた。
こんな人間がいるなんて信じられない。
テッド・ローゼンバーグの時は、若くして場慣れしたテッドの雰囲気にみんなひたすら圧倒されていた。だが、テッドの底抜けにフランクなアプローチより、CEOの真摯で適度にシャイな態度の方が、日本人に受け入れられやすい。あれをわざと演出してるなら、すごい策士だ。
あれで本当にプログラマーなんだろうか。
神様ってどれだけ不公平なんだ?
「よし!CEOを連れてくる!テクニカルをまとめて紹介したいから、里見君はここにいて!」
「・・・Good Luckです。部長」
部長がCEOに近づけるのかと思ったが、あの年代で営業部の部長だっただけあって、こういう場では頼もしい。部長は本当にCEOと談笑しながら戻って来た。
「このへんはテクニカル部門の人間が多いもので、カジュアルな恰好ですみません。それにしても、シュルツさんはファッションセンスが良くて、失礼ながらプログラマーには見えませんね」
「ありがとう。この服は日本で着るために秘書に選んでもらったんです。僕は普段楽な恰好しかしませんが、日本ではみんな常にお洒落に気を使っていると聞いたもので・・・・」
CEOがこっちに近づいている。
鼓動を押さえきれない。
耳まで赤くなっているかもしれない。
部長とCEOが目の前に立った。
「彼が例のカスタマーサポート部のユニットリーダーです。CIT出身でUnited statesには6年住んでましたから、WBの日本語改訂版ではきっとお役に立てるでしょう」
それまで穏やかに笑っていたシュルツの顔が、僕を見た瞬間ひきつったように見えたのは気のせいだろうか。
「ハルヒト・サトミです。お会いできて嬉しいです」
僕は初対面にふさわしい笑顔で握手を求めたが、CEOは値踏みするように僕を頭から足のつま先までじろじろ眺めている。僕が一歩近づくと、CEOは『しかたない』感じで手を差し出して来た。手をしっかり握ろうとしたが、手の平がわずかに触れたところでさっと手を抜かれてしまった。
は?
目下の人間とはいえ、これはいくらなんでも失礼だろう。僕は唖然として彼の顔を見たが、彼はすでにあさっての方を向いていた。
さらに振り向き様、彼が鼻で笑うのがはっきり聞こえた。
「なあ、チャラ男。僕の服って変か?」
帰り道、僕はチャラ男に聞いてみた。
「どうしたんすか。急に」
僕は腕を広げて自分の服を見下ろした。
「俺にファッションチェックして欲しいんすか?」
チャラ男は顎に手を当てて評論家のマネをする。
「そのスーツ、国産セミオーダーでしょ?体型に合ってるスーツが変なわけないじゃないすか」
チャラ男は僕のジャケットの袖をちょっと触った。
「カシミア混ウール。里見さんってブランドより素材にこだわりますよね」
「着るなら快適な方が仕事しやすいし、実は見栄えにはあまり興味がないんだ」
「またまた~。いつもキメてるくせに。今日もお洒落すぎず、誠実な営業マンって感じでステキです。で、それの何が悪いんすか」
「さっきのパーティでさ、なんか、シュルツさんに鼻で笑われたような気がしてさ。」
「なにそれ?失礼な奴っすね」
「握手もまともにしてもらえなかったんだよね・・・」
「はあっ!?」
くだらないと笑うかと思ったが、意外にもチャラ男は怖い顔をした。
「奴は何か話しました?」
「何も。鼻で笑っただけ」
チャラ男の眉間の皺が深くなる。
「なあ、失礼だよね?昼間のこと根に持ってるのかな」
「・・・俺のせいっすか?」
「まさか。あの時、僕も笑ってたんだから僕の責任だよ」
「まあ、あれを根に持ったなら相当ガキ臭い奴っすね。ちょっと頭がおかしいんじゃないですかね」
「頭がおかしいっていっても、CEOだからね。とにかく僕らCEOに嫌われちゃったよ。困ったね」
「じゃあ、会社辞めましょっか。俺も付いてきますよ」
「WBは好きなんだけどね・・・」
「よし!今日も飲みましょう!そんな失礼な奴のことなんか忘れましょ!里見さんが優秀だと分かったら向こうから謝ってきますよ。当分放っておけば良いんです」
そして、今日もなぜかチャラ男は僕の部屋に一緒に向かっている。
ま、いいか。
今夜はなかなか寝付けそうにない。
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