僕と精霊のトラブルライフと様々な出会いの物語。

ソラガミ

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【1】きっかけは最初の街から。

20)ちーん。

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 あれからランプに火を灯してバケツリレーみたいにして何回も運んだ。
 木精霊のセラフィは太陽の恩恵がないと眠くなってしまうらしく、日が沈んでしまった今の時間では助力は見込めない。
 とにかくアリオットが井戸から汲み、裏口のドアのところまで運ぶ。そこから先はハルが竈まで運び鍋に流し込む。まだ距離が短くなってやりやすいが、レバーを引く腕がだんだんと辛くなってきた。が、ここでへこたれるわけにはいかない。昼間は水の妖精に助けてもらったけど、本来ならそう簡単にはいかないのだ。諦めるな、まだやれる!まだやれるっ!自らに言い聞かせるようにただひたすら水を運び続ける。




 一体何往復しただろうか。「これで終わり」の言葉にホッとして全身から力が抜け倒れ込んでしまった。とりあえずあの特大鍋には程よい量の水で満たされたようで安心した。




「お疲れ様、ゆずハチミツだよ。疲労回復に効くから飲んだらお風呂でゆっくりしてきな」
「ありがとうございます!でもさすがに今日もお邪魔するわけにはいきません!宿屋に行きますので!」
「何言ってんのさ。あれだけの冒険者が帰ってきたからね、宿屋はどこも満室だよ。いいからうちでゆっくりしていきな」


 弟子の面倒を見ない師匠がどこにいるのさ、と屈託のない笑顔を向ける。
 『師匠と弟子』という響きとハルのあたたかさにジーーンっと感激してしまう。
 昨日の気絶した後、ギルドを通して「弟子としてしばらくお預かりするので安心してほしい」と連絡を入れていたそうだ。学校にはハルの師匠が赴任しているし、トスリフの『ハル魔道具・雑貨店』は冒険者なら誰でも知る程の有名店。両親は大層驚いたそうだが、「身元のはっきりしている方のところにいるのであれば安心だ。どうぞよろしくお願い致します」と深々感謝されたそうだった。
 自分の知らないところで色々と手間を掛けさせてしまっていたのが心苦しい。




「んなこと気にしないの!出てきたら夕飯にするからね。今日も色々あったんだ、きちんと休まないと身体がもたないよ!」



 ほれ、行った行った!とゆずハチミツを抱えさせられて半ば強制的に作業部屋を追い出された。






****







 かぽーーーーん。




 浴室を上げるとほのかに香る柑橘系。お湯にはゆずと布袋に入れられた出涸らしであろう薬草が浮かんでいる。一応薬湯といってもいいのだろうか。濾した後の薬草類はこうしてお風呂に使うことで成分を余すことなく使用しているようだ。この使い方は薬師ならではだろうか。
 身体を洗った後にゆっくりと湯槽に浸かる。じわりじわり。香りと温かさに身体の芯から暖まってくる。なんともいえないこの癒し。ホッと心が落ち着いた頃、昨今を振り返る。


 思い起こせばなんとも濃密な2日間だろうか。もう1週間経ったのではと思わんばかりの濃ゆさだ。
 昨日は知らずとは言え騎士団副団長の妹さんのお世話になったばかりか精霊と契約、更に有名な薬師に弟子入り。そして今日は朝から第二王子と騎士団副団長とお会いしたばかりか、例のギルドマスターとの事もある。こんな一庶民がそう簡単にお会いしたり、お話したり出来るような方々では到底ありませんよね!??




 ブクブクブクブク。
 青ざめつつ湯槽に沈んでいく。




 それにしても会う人みんな良い方々だった。
 ツェリさんは優しく、とにかく強かった。魔力の高さにも驚いたが、精霊や妖精も見えるだけでなく、その容姿に似合わない大鎌を振るう豪快かつ謎の強さを持ち合わせていた。
 そんなツェリさんを知ってると言っただけで第二王子と副団長とも繋がるとは予想してなかった。
 怪腕と呼ばれる副団長のジークレストさんはどれだけ強いのだろう。……うん、思い出しただけで肩が痛くなってきたぞ。精霊に詳しいリュシオン殿下はイマイチ掴みどころがない感じだった。エンブレム、あんなに簡単に渡していいものなのだろうか。うーん、謎だ。
 フューリさんはギルドの受付嬢ということもあり、素材や冒険者を見る目は鋭かった。観察眼だろうか。それに応急手当の時も驚きの手際の良さで、ギルドマスターの罵声に怯まず次から次へと介抱していた。ギルドマスターはどんな人だろう。とりあえず豪快なのは分かった。明日、あの人と会うのかー。
 ハルさんは僕の事を弟子と言ってくれた。学校では技能やステータスに伸び悩んでいたこんな僕を。






 カルティタニア王国、王都グランスタの学校は適正年齢であれば庶民だろうが貴族だろうが誰しも入学することができる。基本的な学術はもちろん、戦士や武闘家、魔法使いなどの冒険者としての戦闘スキルや薬師、魔道具師、鍛冶師などの生産職、商業、農業、研究者、育成者などありとあらゆる方面に若者の興味が赴くまま通ずるようにと開かれた学舎である。故に学科もさながら指導者も数多、好きな事を好きなだけ学べ、が方針である。中には召喚士などの適性が必要な学問もあるが、基本的には来る者拒まず、去るもの追わずである。

 入学時に適性を調べる検査があった。誰しも戦士向き、魔術師向き、研究者向きなどあらかたの方向性が見えるのだが、アリオットの場合その指針はまっすぐ上を向いたまま微動だにしなかった。検査を担当した教師も過去ほんの数例しかなかった様で驚いていたのを今でもはっきり覚えている。


 それから学業も実技も一通りこなせるようにと入学したての頃は毎日ガムシャラだった。戦士向きの実技も魔術師向きの講義も、加工師向きの講習も。さすがに今はそこまでではないが、少しでも興味を覚えたら話を聞きに行ったり調べたりするようになった。おかげでステータスは何か突出するわけでもなく平均的に伸び、剣技も魔法も中級くらいまでならそつなくこなし、雑学も色々と身についた。万能型と言われれば聞こえはいいだろうが、各方面の専門家に言わせれば平均過ぎて中途半端なんだそうだ。その言葉はアリオットの心に深く突き刺さったまま、未だにふと虚無感に襲われてしまう。



 こうしてポーション作成を教えて欲しいと申し出たのも自分の方向性を何かしら見つけたかったからだ。



 僕は何が最適なんだろう。




 そういえば作ったポーション、出来の具合を見てもらってなかったなぁ……




 ブクブクブクブク。
 
 





 小さな呟きも、頬を伝う雫も薬湯にそっと溶けていった。



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