鮮血の非常識

おしりこ

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 鳥のさえずりが聞こえ、澄み渡る青空とわたのような白い雲が広がる春の日和。
 鉄竜は時間つぶしにテレビをボーっと眺めていた。
 昨日はあの後、姫を愛が引き取り、そのまま家へと連れて帰っていった。
 その辺りは男が関わるよりも、女の子同士の方がいいだろう。という判断だ。
 そして、今日。この日の朝から記憶探しの手伝いを行う事を約束している。
 鉄竜は部屋の柱に取り付けてある時計を見つめる。現在、指している時刻は8時50分頃。
 約束の時間までは後十分だ。
 鉄竜は暇つぶしにパチパチとリモコンを片手に、テレビ番組を変えていく。
 この時間、やっているテレビ番組は大抵ニュースばかりだ。
 と、思わず鉄竜は手を止め、テレビをボーっと見つめる。
 何やら化粧をした麗しいアナウンサーが神妙な面持ちで、年老いた専門家に聞いていた。

『最近、女性ばかり狙った殺人事件が多発していませんか?』
『決まって狙われているのは妙齢の女性や女子中学生から女子高生、女子大生まで……。昨日も女性が殺されている現状です。少し異常ですよね。男性を一切狙わず、女性ばかりを狙う殺人者……少し前にも多くありましたね……』
『地域も様々で日本全国で見られているとか……』
『ええ。警察が発表した情報によると同一犯による犯行だと言われています。一体、いつ、誰が狙われるかも分からない、唯一女性だけを狙った無差別殺人といわれています』
「なんだ……随分と物騒だな……」

 こんなにも天気の良い朝に暗いニュースは気分まで沈んでしまう。
 唯でさえ、天気が良くて気が滅入っているというのに。
 鉄竜はすぐにテレビの電源をリモコンで落とし、机の上に乱雑に投げる。
 それから、外をチラリと眺める。
 キラキラと頼んでもいないのに当たり前のように輝く太陽。鉄竜は小さく舌打ちを打つ。

「曇りくらいがちょうどいいってのに……俺に対する当て付けか?」

 鉄竜は太陽が大嫌いだ。鉄竜にとっては害悪以外なにものでもない。
 いつもいつも働いて、太陽に休みくらい与えてもいいはずだ。特に雲が仕事をしないのが許せない。

「はぁ~……太陽、爆発しねぇかな~……」
「そんな事になったら、死んじゃうでしょ?」

 コツンと後頭部が叩かれる感覚を覚え、鉄竜は視線すら向けず、口を開いた。

「俺は再生できるから問題ない」
「うわっ、ここぞとばかりに自分の体質アピール?」
「再生……出来るのか?」

 鉄竜は後ろへと視線を向けると、そこには目を丸くした昨日の女性、姫が居た。
 姫は昨日の悪目立ちする真紅のドレスではなく、清潔感溢れる白のワンピースに身を包んでいる。頭にはお嬢様っぽさを引き立たせる白いつば広帽子。
 明らかに昨日のどこか悪徳令嬢な雰囲気から清楚なお嬢様へとイメージチェンジしている。
 鉄竜は姫の全身をくまなく観察し、顎に手を当てた。

「おぉ? 良く似合ってるじゃねぇか。まさに、姫って感じだな」
「うぅ……私は別の服が良いと言ったんだが、愛が全然聞かなくてな……」
「素材がいいので、気合を入れました!」

 鉄竜に向け、サムズアップする愛に鉄竜は親指を立てた。

「グッジョブ! 愛!」
「でしょ? それで、テツくん。記憶を探すにはどうするの?」
「ああ。やっぱり、まずは赤い城について、調べるのが手っ取り早いだろ」

 唯一、姫が覚えているのは赤い城。どういった形なのか、どういったものなのか、それはまるで分からないが、その記憶だけが残っているのなら、それから調べるのが吉だろう。
 そして、調べごとをするならば、うってつけの場所がある。
 鉄竜は座っていた身体を起こし、太陽の光を出来るだけ遮る為、着慣れたパーカーのフードを被る。

「とりあえず、図書館に行ってみようぜ。そこで赤い城が何なのかを探すんだ」
「おっけー! それじゃ、古里図書館だね」
「……トショカンとは、なんだ?」

 聞きなれない言葉なのか、姫が首を傾げると、愛は姫の手を握り、口を開いた。

「フフッ、行ってみてからのお楽しみ。それじゃ、レッツゴー!」

 愛の掛け声と共に鉄竜は自宅を出て、古里図書館へと向かった――。



    □


「こ、これが……トショカンというものか……何という本の数だ……」
「本を備蓄し、多くの人たちに読んでもらう為の施設。それが、図書館だ。本は人に知識を与えてくれるものだからな。調べ物にはうってつけなのさ」

 古里町にある唯一の図書館。それが古里図書館である。
 蔵書数はそこまで多くは無いが、田舎町で何か物事を調べるのならば、うってつけの場所だ。
 鉄竜は驚きのあまり口を開け、呆けた表情の姫を一瞥してから、口を開いた。

「姫はお前に任せてもいいか? 俺は自分でそれっぽいのを調べる事にするよ」
「うん。それじゃ、姫ちゃんは一緒にさがそっか?」
「あ、ああ……よろしく頼む」
「うっし、それじゃな」

 鉄竜は二人をその場に置き、規則正しく並んだ棚へと足を進めていく。
 多くがジャンル分けをされている本の山。一日で調べるのならば、ある程度絞って調べる必要がある。ならば、鉄竜は図鑑コーナーへと足を運び、城について書かれた本を探る。
 その本はすぐに見つかり、鉄竜はページを忙しなく捲っていく。
 そして、あるところで手が止まる。そのページには赤い城が写真として、残っていた。

「インド……デリー城?」

 思わず手を止めたのは、ユネスコ世界遺産にも登録されている、インドにあるデリー城。
 なんでも、インドの北部にある大都市デリーにある赤い城の建築物群。
 1639年から9年という歳月をかけて作り上げられたインドの代表的な建築物。
 彼女、姫はこの城に何かゆかりがある人物なのだろうか?
 だとすると、彼女はとんでもなく長生きという事になるが……考えるのをやめ、鉄竜は本を脇に抱える。

「とりあえず、情報としてはアリか。愛にも確認を取らないとな。それと、もう一つ知っときたい事もあるな……」

 赤い城に関する書物を集め、次に気になったのは、姫の体質だ。
 あの傷の再生は普通ではない。となると、彼女は間違いなく、鉄竜と似た存在である事は間違いない。少なからず、カテゴリは同じはずだと推察する事が出来る。
 ならば、それに関する情報もここで、集めとくのが吉だ。
 鉄竜はジャンルに囚われず、図書館の中を歩き続ける。
 そして、目を惹いた物から手当たり次第に、脇に抱える。
 妖怪図鑑に、神話図鑑、北欧神話の本に、ギリシャ神話、それに悪魔や魔術などの図鑑。中二心をくすぐるようなものから、それに関する専門書まで。
 より好みするのではなく、ありとあらゆる面からの情報を集める為に本を集めていく。
 鉄竜は大量に抱えた本を、備え付けられた机の上に積み上げ、腰掛ける。
 そして、一冊、一冊手に取り、目を通していく。
 本には多くの知識が眠っている。その知識から探る事だっていくらでも出来るはずだ。
 少しでも姫の記憶に繋がるようなものがあるはず。

「……何か無いか? 再生能力を持つ妖魔の情報は……」

 といっても、再生能力がある妖魔はかなりの数がある。
 愛が言った不死鳥に、吸血鬼、神に関連する存在は殆どが不死であるし、妖怪もまたより多く存在する。あまりにも膨大すぎる。
 この中から特定するのはあまりにも、姫からの情報が少なすぎる。
 けれど、確実に分かっている事もある。
 それは、彼女が間違いなく――妖魔が絡んでいるという事。
 あの傷の再生はあまりにもおかしい。人知を超えた存在が出来る所業。常識を覆す非常識の成せる技。
 であれば、妖魔である事は間違いないのだが、鉄竜は机の上に肘を付き、本に視線を沿わせる。

「ったく……碌な事書いてねぇな! なんだよ、悪魔憑きとか。この本は内容が薄すぎる!」

 鉄竜は悪態を吐き、悪魔図鑑なるものを脇に捨てる。
 この本は碌な事が書いてなかった。悪魔を深く掘り下げる訳でもなく、ただ多くの悪魔を羅列し、内容があまりにも薄い。こんな本は情報の一つにもなりゃしない。もっと深い事柄が必要だ。
 鉄竜は積んだ本をガンガン読み進めていく。けれど、これといって有力な情報は得られない。どれも、鉄竜が愛から聞いたことがあるような話ばかりだ。これでは、何の役にも立ちはしない。鉄竜は一縷の希望を込めて、更に本を読み漁っていく。
 どれだけの時間が経っただろうか。鉄竜は目が痺れる感覚を覚え、思わず天を仰ぐ。

「なんだよ、碌な情報ねぇな。といっても、情報が少なすぎるのも問題だよな……」

 元々、情報を調べる事において、最も基盤となる情報が大事だ。
 つまり、今回であれば、当人である姫の情報。それがあまりにも欠落している。
 分かっている事といえば、赤い城と再生能力。最早、特定する事自体が至難。彼女が記憶喪失だから、そればかりはしょうがないが、やはり歯がゆいものがある。
 けれど、無いものをねだってもしょうがない。鉄竜は一つ溜息を吐き、立ち上がる。

「ちょっと気分転換でもするか……」

 鉄竜は文庫本コーナーへと足を進め、何か面白そうな本を探る。
 情報ばかりの羅列ではなく、物語でも読んで気分転換でもしよう。
 そう思い、本を探し、鉄竜はある本で手を止める。

「お? これは良さげだな。吸血鬼カーミラ。ドラキュラよりも前に刊行された吸血鬼本の元祖。ずっと読もうと思ってたんだよな」

 似た存在として、ずっと惹かれていた。いつか読もうと思っていたが、なかなか機会にめぐり合わずに遠回しにしていた書物だ。
 これを機に読んでみるのもいいだろう。
 鉄竜は椅子へと戻るついでに、愛に任せた姫の様子を伺いに向かう。
 恐らく、彼女たちも彼女たちなりに調べ物をしてくれているだろう。
 鉄竜は愛と姫を見つけた。互いに向かい合わせに腰掛け、何やら本を読んでいた。
 鉄竜は存在を気取られないように、愛と姫の読んでいる本に目を向け……苦虫を噛み潰したような表情になる。

「おい……遊んでんのか? お前ら」
「お! 鉄竜。この本は面白いぞ。読み進める度にワクワクするような話があるんだ」
「そりゃそうだろ。児童書なんだからな」
「あ、テツくん! 私は調べ物してたよ? ほら」
「お前、まるで関係ないだろ? その本。数学本って……それに、大学レベルじゃねぇか……」

 姫がどこか自慢げに見せてくる本は、小学生が読むような児童書。
 まぁ、図書館を知らない彼女ならばしょうがない。記憶を探っている気があるのか、という疑問を些か抱いてしまうが、まぁ、珍しいものに興味を持ってしまうのは致し方ない。
 それに姫は好奇心が旺盛なのか、多くの児童書が積まれていて、今も純粋な笑顔を浮かべて児童書へと視線を巡らせている。その姿は出会った頃の凛々しさなんて持たない、見た目が醸し出す年にしてはあまりにも幼い姿。
 鉄竜はその姿に昨日と似たような引っ掛かりを覚える。
 あまりに――彼女の姿はチグハグだ。
 凛々しいときもあれば、異常に気弱なときも見せて、今は無邪気な少女のよう。
 どれが一体、本当の彼女なのだろうか。
 だが、今はそんな事よりも、愛である。鉄竜は愛の読んでいた本を奪い取る。

「あっ!? テツくん! 取らないでよ!」
「お前の読む本は高等すぎるんだよ! こんな数学書に意味があるのかよ!」
「良いじゃん! ちょっと興味が惹かれたんだから!」
「興味が惹かれるって……今は赤い城について調べろよ!」

 興味を持って本を読むのは別に構わない。
 けれど、時と場所を弁えてほしいものだ。今はあくまでも記憶を探る為に来ているのだから。
 すると、愛はぷくーっと風船のように頬を膨らませた。

「それならもう調べたよ!」
「調べたって……何か分かったのか?」
「赤い城について目星は立てて、姫ちゃんに聞いたよ。とりあえず、デリー城じゃないから」 
「……そうなのか?」

 どうやら、愛も鉄竜と同じ目星を立てていたらしい。やはりというか、流石というべきか。
 鉄竜が姫へと視線を向けると、姫は児童書から目を外し、小さく頷いた。

「ああ。デリー城というのは聞き覚えが無い。写真も見せてもらったが……覚えていない。何かを感じる事もなかった。きっと違うのだろう」
「マジかよ……それだったら、情報を絞れるのに……振り出しか……」

 鉄竜が顎に手を当てていると、愛は鉄竜が持っている本に気が付いたのか、疑念のジトーっとした眼差しを向ける。

「そういうテツくんだって……何? 吸血鬼カーミラって」
「……気分転換だよ」
「テツくんだって一緒じゃん。結局、私たちが大好きな本でも進展無しか~。なら、私から提案」

 愛は鉄竜へと詰め寄り、人差し指を鉄竜の鼻先に向けた。

「昨日の場所、昨日、姫ちゃんを見つけた場所に行ってみよ? そこなら何か分かるかも」
「それなら……昨日、何処かでパーティがあったかも調べた方がいいな」
「……なぜだ? それにパーティというのは……」

 愛と鉄竜の話を聞いていたのか、姫は首を傾げる。

「ああ。昨日の格好から察するに、パーティにでも参加してたのかなって。隣町ならそれっぽいところもあるだろうし……それに、あんなドレスはそうそう着ることもないだろ? なら、あてずっぽうでも調べて、行ってみるべきだと俺は思う」
「そうか……ならば、私は君たちの言うとおりにしよう」

 と、言いながら姫は立ち上がり、児童書を胸に抱える。
 そして、姫は本を棚へと戻そうとし、戻さず、またも戻そうとする、躊躇った様子を見せる。
 かなりの葛藤が見える。鉄竜は姫へと視線を向け、腰に手を当てた。

「……なんだ、続きが読みたいのか?」
「え? い、いや、別に……」
「良いよ。これは借りよう。俺もカーミラが読みたいしな」

 鉄竜は姫が抱えている本を掴み、カーミラの上に重ねる。

「これは借りる事が出来るんだ。だから、また帰ってから読めばいい」
「そんな事が出来るのか?」
「元々、図書館ってのはそういう所だ」
「じゃあ、私はこの数学書を」
「それは自分で借りろ。とりあえず、それじゃ行くぞ」

 そう言い、鉄竜と愛、姫は三冊の本を借りて、図書館を後にする。
 大した情報を掴む事は出来なかったが、まだ昨日の場所に行けば、何か分かるかもしれない。
 そんな僅かな望みを抱え、姫と出会った場所へと赴く――。 
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