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「ふぅ……流石に何だか疲れたね……もぅ時間も次の日なんて……」
「お前には辛いかもな。あれだったら、寝ても良いぞ」
「うぅん、テツくん。気になる事があるんでしょ?」
正義が帰ってから数分後。鉄竜と愛は自宅へと戻ってきていた。
命を狙われたり、ショッキングな様を見せ付けられたりと全身が泥のように気だるげな愛はすぐに布団へと倒れこむ。常人であれば、最早正気を保っているだけでも充分なエネルギーを使う。
鉄竜はベッドの上に腰掛け、一つ息を吐いた。
「まぁな。あの獅子堂正義ってヤツに会って、色々見えてきたよ。それで、俺の推測が間違ってないか……。お前の中ではもう、答えは出てるんだろ?」
「……やっぱり、気づいてたの?」
「お前の頭と察しの良さは知ってる。だから、答え合わせだ」
愛は他人よりも特に洞察力と観察力、知識量に長けている。
だからこそ、物事に対する事象を多角的に見つめ、真実にいち早くたどり着くだけの分析力を持ち合わせている。そう、鉄竜自身の正体をすぐに言い当てたときのように。
鉄竜が言うと、愛は布団の上に寝転がり、天井を見上げたまま、口を開いた。
「……正直、言うとね。最初からある程度アタリはつけてたの。どんな妖魔でどんな力を持っていて、どういう経緯だったのかって……けど、色々含んで考えたら、答えは一つしか無かった。一番、最悪なものしか残ってなかった」
「……だよな。それで? あの妖魔は――」
と、鉄竜が言いかけた瞬間。
鉄竜は全身をゾクリと駆け巡る嫌な予感を襲う。
誰かがこちらを見ている。殺意を滾らせ、立ち昇らせて、こっちを見ている存在が居る。
鉄竜は思わずリビングに備え付けられた窓を見つめる。そこには――闇が居た。
鉄竜は一息で動き出し、すぐさま臨戦態勢を取る。
「てめぇは……愛、下がってろ!」
「う、うん!」
「ウフフフ、みぃ~つけた。ずっとずぅっと探してたのよぉ?」
耳がたるむような甘く妖艶な言葉。闇が発する厭らしい女性の可愛さを詰め込み、煎じたような声音。
闇は右手を掲げ、リビングの窓ガラスを破壊し、部屋の中へと一歩、また一歩と足を進め、ニコリといやらしい笑みを浮かべた。
「ずっとずっとずっと、探してたの。キミのチを。ああ、おいしそう……とっても、とぉっても、おいしそう……」
「テツくん、これって……」
「ああ、あんときの妖魔だ。けど……なんだ、この気持ち悪い雰囲気は……」
「そんなに警戒しないでよ……あ、そっか……姿を変えたら……見てくれるかなぁ?」
瞬間、黒い煙と風と共に闇の周囲を渦巻く。
鉄竜と愛が思わず顔を覆っていると、眼前に居た闇の姿が大きく変化する。
金髪ブロンドヘアー。血を思わせる紅い瞳とその色と合わせたかのような全身を包み込む胸元が強調されたドレス。一目見ただけで男を誑かし、惑わせる、魔性の雰囲気を纏う妙齢の女性がそこにいた。
鉄竜は警戒心を急激に上げ、愛に耳打ちをする。
「愛……すぐにお前は家に帰れ。こいつは俺が狙いだ」
「なんで、テツくんが? この人は女性しか狙わないはず……」
「……どういう事だ?」
鉄竜は考えるよりも先に視線を女性へと向ける。
この眼前に居る女性。先ほど出会った闇の状態と明らかに別格の力を感じ取れる。
あの時の闇。あれはどこか不安定で、乱れがあった。けれど、今は絶対的な力を感じる。まるで、この世界に馴染んでいるかのような、絶対不動の力を感じてしまう。
だとすると、先ほどのように守りながら戦う事は鉄竜も出来ない。相手が同じ吸血鬼なのだとしたら、ここ一帯は間違いなく――焦土になる。それだけは避けなければならない。
鉄竜は出来る限り刺激をしないよう、妙齢の女性に声をかける。
「あんた、何者だ?」
「何者って、貴方はもう気づいてるんでしょ? とぼけちゃって……私は貴方を待ってたの」
「待ってた?」
「ええ、ずっとずっと、ずぅっと、四百年間、待ち続けたの。貴方という存在が私の目の前に現れるのを。ウフフフ」
妖艶の中に危険な香りのする笑顔を浮かべる妙齢の女性に鉄竜は冷や汗を流す。
会話をすればするほど理解する女性の纏う雰囲気。それはあまりにも常人には理解できない。鉄竜ですら冷や汗を流すほど、血と死と狂気の匂い。刹那、突如鼻を付く甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「やぁっぱり、近くで見ると……かっこいいわねぇ~、まさに、王……」
「なっ、むぐっ!?」
「ぬうぇぃ!?」
突然の出来事に鉄竜は目を丸くし、愛はそっ頓狂な声を上げる。
女性はいきなり鉄竜の両頬を掴むと瞬く間に鉄竜の唇を奪う。柔らかな唇の感触と女性特有の甘い香りが鉄竜の思考回路を溶かしていく。
しかし、すぐさま痛烈な痛みが唇から走り、溶かされた思考回路が元に戻っていく。
「っ!?」
「……フフ、やっぱり、この血……あぁ、一雫飲むだけで、ゾクゾク背中がふるえちゃう……」
女性は鉄竜の唇を鋭く発達した犬歯で噛んだのだ。
鉄竜の口腔は鉄の味に支配され、女性はその血を舐め取り、己の腕で身を抱き、恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ、ほしい、ほしい、ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい!! アナタが欲しいわ! その血、アナタの血がほしい、もっと、もっと飲ませて、ノマセテ……飲ませろぉ!!」
先ほどまでの恍惚な表情とは打って変わり、狂気を孕んだように頭を掻き毟り、眼光鋭く、その紅い瞳を鉄竜に向ける。明らかに常軌を逸脱した変わりよう。鉄竜はすぐさま呆気に取られている愛に叫んだ。
「愛、さっさと逃げろ!」
「あ、え、うん!」
「ダァメ、アナタは私のメインディッシュ前の――オードブルなんだから」
刹那、突風が吹き、鉄竜の横を女性が翔ける。
狙いは愛。そんな事は分かっていた。だからこそ、鉄竜はすぐさま反応する事が出来た。
鉄竜は横を過ぎ去ろうとした瞬間、女性の華奢な足を掴み、力いっぱい、窓ガラスへと投げ飛ばす。
女性は表情すらも伺えないような弾丸に匹敵する速度で窓ガラスを破り、夜空へと飛んでいく。
鉄竜はその姿を見つめながら窓へと移動し、背後に居る愛に声を掛ける。
「愛、絶対に家に帰るんだぞ。んで、絶対に外に出るな! 良いな!」
「うん! テツくんは……」
「俺はアイツを何とかしてくるからよ!」
「分かった! テツくん、無茶しちゃダメだからね!」
「分かってるっての。お前も気をつけろよ!」
鉄竜はその言葉を最後に窓枠に足を掛け、すぐさま蹴る。
女性を投げ飛ばした方角へと視線を向け、鉄竜は呟く。
「場所は古里公園か……」
古里町には広場が付いている公園がある。咄嗟の判断とはいえ、最も広い場所がそこ。だからこそ、鉄竜は投げ飛ばす瞬間に微調整をし、ちゃんと勢いそのままに古里公園に到着するように投げ飛ばした。
鉄竜は確信を持って満月煌く夜空へと飛び立ち、古里公園に一目散に向かう。
目まぐるしく変わる景色。色々考えたい事はある。けれど、古里公園に到着するのはあっという間だ。
数分もしないうちに古里公園に到着し、空中から見下ろす。
古里公園は遊具のあるスペースと広場、その両方に綺麗に柵で分割された公園。その広場に女性は傷一つなく立っていて、鉄竜の気配に気が付いたのか、視線を向ける。
「あらあら、随分と手荒い事してくれちゃって……ホント、残念だわ」
「何が残念だ……姫っ!!」
鉄竜は眼前に居る妙齢の女性に悲痛な思いで叫んだ。
そう眼前に居る正体。それは姫だ。状況がそう言っている。
まず、獅子堂正義が狙っていた妖魔こそが、あの女性のみを狙った連続殺人事件の犯人だ。これはほぼほぼ間違いないと言える。あの場所で犯行に及んだ妖魔は正義から逃げ続けていた。
己が殺されない為に。だが、彼女は逃げる事が出来ずに腹部を撃たれ、地に落ちた。その場所があの駅。そう考えるのなら、辻褄が合う。
妖魔は闇の存在だ。妖魔を殺す魔術師が介入する事件となれば、間違いなく、妖魔が絡んでいる。そして、その妖魔を殺そうとし、正義は『また逃げられた』と口にした。つまりは、そういう事なのだろう。
鉄竜は真っ直ぐ女性に指を刺し、口を開いた。
「なぁ、姫。それがお前の本性で今までのは全部、演技だったってのか?」
「……プッ、ククク、アーッハッハハハハハハハッ!」
破顔一笑。妙齢の女性はお腹を抱えて、涙が零れるほどに嗤い続ける。
あまりにも嘲笑っている姿に鉄竜は頭に血が上りそうになるが、すぐに女性は笑ったまま声を発する。
「フフフ、なぁるほど。君はまだ完全には知ってないようねぇ。なら、好都合。まぁ、そう簡単に知られても困るんだけどねぇ~。けど、イイ事教えてあげる」
「……イイ事だと?」
「そう。イイ事」
ふと、鉄竜の隣から鼻をつく甘い香りが鼻腔をくすぐり、思わず視線を移す。
そこには女性が鉄竜の耳元へと顔を寄せ、ポツリと呟いた。
「君の言う姫ちゃんだけど――私が全部、食べちゃった」
「なっ――どういう事だ……」
「どういうも何もそのままの意味よ。私があの子を喰らった。それ以上も以下もないでしょう?」
喰らった? その言葉を鉄竜は頭の中で反芻する。
もしも、闇があの場で愛を襲う前に喰らっていたのが、姫なんだとしたのなら、あの自室のキッチンにあった血にだって説明が付く。闇が突如現れて、姫が狙われたんだとしたら、それから抵抗する為なんだとしたのなら。
何故、鉄竜は気づく事が出来なかったのだろうか。
鉄竜は己の不甲斐無さに思わず握り拳を作った瞬間、悪魔の囁きが耳を撫でる。
「どぅ? 絶望した? 失望した? ウフフフフ、やっぱり、人が絶望に変わる瞬間っていいものよね。それがまさに希望とも呼べる存在だったら尚更ね」
「なんだと……」
「貴方は希望の象徴すぎたのよ。友達だ、諦めないだのヒーロー気取りって私、だいっきらいなの。殺して、殺して、殺したくなるくらいにね。だって、希望は一つだけだもの」
瞬間、鉄竜はすぐに直感する。このままこの場に居れば危うい。
しかし、動作に移すよりも先に鉄竜の腹部を何かが貫いた。腹部に広がる激痛と食道から口腔へと上がってくる血液。鉄竜は堪えきれずに吐血すると、血は女性の腕へと滴り落ちる。
「希望は私の美しさ。ただそれだけ。貴方もその糧でしかないの。それこそがこの世の中の真理。そして、貴方という希望は私からしたら目障りなの。目障りで目障りで、殺したいくらいに、目障りなの」
「……良く分かったよ」
痛む腹部を堪えたまま、鉄竜は華奢な女性の腕を両手で掴む。
ここまで会話をしたのならもう理解した。彼女を理解できない事を理解した。そして、自身が何も分かっていない事を理解した。そして、己の推測が大きく間違っていた事を理解した。
ならば、鉄竜がやるべき事はたった一つ。鉄竜はその両腕を力任せに――へし折った。
「うぐっ……ああああああああああああああっ!?」
女性は腕はすぐさま鉄竜の腹部から引き抜き、天へと挙げ、悶え苦しむ。
鉄竜も腹部から急に引き抜かれた事で一気に激痛が走り、その場に膝を付く。
どうなったのかも分からないのなら、せめて、この目の前に居る存在だけは殺せば良い。
もし、彼女が姫を殺したんだとしたのなら、せめてもの、弔いにはなるだろう。
鉄竜は腹部を腕で押さえながら膝を上げ、真っ直ぐ鋭く、込められるだけの殺意を剥き出しに、女性を睨み付ける。
「分かったよ、ああ、分かった。つまり、お前を殺せばそれで良いんだろ?」
「……フフッ、フフフフフフフフフフフフフ、やる気になったって事かしら?」
女性はヘの字に折られた腕を軽く指で撫でると、何事も無かったかのように修復し、鉄竜も同じく己の腹部を触り、撫でた。瞬間、貫かれた腹部から穴の開いた服に至るまで全てが治癒する。
手加減という概念を取り払い、鉄竜は己の心を鬼にする。
「容赦はしねぇぞ……てめぇは俺の大切なもんを傷つけたんだ。それくらいの報いは受けてもらうぞ」
「いい、凄くイイわ! その目。私を殺したくて殺したくて堪らない、その目。あぁ、ゾクゾクしちゃうわ……」
一瞬の静けさの中に一つの風が二人の身体を撫でる。
ここから先の戦いは常識からは外れた大きな戦い。常識という概念を飛び越えた人知を超えた戦い。
人間が踏み入れる事が許されない、暴虐の限りを尽くした殺し合い。
鉄竜はそれを予見し、覚悟を決める。腕だけではない、足、胴体、すべてを持っていかれる。
しかし、不死と不死の戦いとはそういうものだ。どちらの不死性が強いのか。ただそれだけ。
鉄竜は一つ息を吐いてから、気合を入れるように声を張り上げた。
「どうなっても知らねぇぞ! 悪魔ッ!!」
「ウフフフ、さあ、さあ、来て頂戴!! 私を愉しませなさい! 妖魔の王ッ!!」
「お前には辛いかもな。あれだったら、寝ても良いぞ」
「うぅん、テツくん。気になる事があるんでしょ?」
正義が帰ってから数分後。鉄竜と愛は自宅へと戻ってきていた。
命を狙われたり、ショッキングな様を見せ付けられたりと全身が泥のように気だるげな愛はすぐに布団へと倒れこむ。常人であれば、最早正気を保っているだけでも充分なエネルギーを使う。
鉄竜はベッドの上に腰掛け、一つ息を吐いた。
「まぁな。あの獅子堂正義ってヤツに会って、色々見えてきたよ。それで、俺の推測が間違ってないか……。お前の中ではもう、答えは出てるんだろ?」
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愛は他人よりも特に洞察力と観察力、知識量に長けている。
だからこそ、物事に対する事象を多角的に見つめ、真実にいち早くたどり着くだけの分析力を持ち合わせている。そう、鉄竜自身の正体をすぐに言い当てたときのように。
鉄竜が言うと、愛は布団の上に寝転がり、天井を見上げたまま、口を開いた。
「……正直、言うとね。最初からある程度アタリはつけてたの。どんな妖魔でどんな力を持っていて、どういう経緯だったのかって……けど、色々含んで考えたら、答えは一つしか無かった。一番、最悪なものしか残ってなかった」
「……だよな。それで? あの妖魔は――」
と、鉄竜が言いかけた瞬間。
鉄竜は全身をゾクリと駆け巡る嫌な予感を襲う。
誰かがこちらを見ている。殺意を滾らせ、立ち昇らせて、こっちを見ている存在が居る。
鉄竜は思わずリビングに備え付けられた窓を見つめる。そこには――闇が居た。
鉄竜は一息で動き出し、すぐさま臨戦態勢を取る。
「てめぇは……愛、下がってろ!」
「う、うん!」
「ウフフフ、みぃ~つけた。ずっとずぅっと探してたのよぉ?」
耳がたるむような甘く妖艶な言葉。闇が発する厭らしい女性の可愛さを詰め込み、煎じたような声音。
闇は右手を掲げ、リビングの窓ガラスを破壊し、部屋の中へと一歩、また一歩と足を進め、ニコリといやらしい笑みを浮かべた。
「ずっとずっとずっと、探してたの。キミのチを。ああ、おいしそう……とっても、とぉっても、おいしそう……」
「テツくん、これって……」
「ああ、あんときの妖魔だ。けど……なんだ、この気持ち悪い雰囲気は……」
「そんなに警戒しないでよ……あ、そっか……姿を変えたら……見てくれるかなぁ?」
瞬間、黒い煙と風と共に闇の周囲を渦巻く。
鉄竜と愛が思わず顔を覆っていると、眼前に居た闇の姿が大きく変化する。
金髪ブロンドヘアー。血を思わせる紅い瞳とその色と合わせたかのような全身を包み込む胸元が強調されたドレス。一目見ただけで男を誑かし、惑わせる、魔性の雰囲気を纏う妙齢の女性がそこにいた。
鉄竜は警戒心を急激に上げ、愛に耳打ちをする。
「愛……すぐにお前は家に帰れ。こいつは俺が狙いだ」
「なんで、テツくんが? この人は女性しか狙わないはず……」
「……どういう事だ?」
鉄竜は考えるよりも先に視線を女性へと向ける。
この眼前に居る女性。先ほど出会った闇の状態と明らかに別格の力を感じ取れる。
あの時の闇。あれはどこか不安定で、乱れがあった。けれど、今は絶対的な力を感じる。まるで、この世界に馴染んでいるかのような、絶対不動の力を感じてしまう。
だとすると、先ほどのように守りながら戦う事は鉄竜も出来ない。相手が同じ吸血鬼なのだとしたら、ここ一帯は間違いなく――焦土になる。それだけは避けなければならない。
鉄竜は出来る限り刺激をしないよう、妙齢の女性に声をかける。
「あんた、何者だ?」
「何者って、貴方はもう気づいてるんでしょ? とぼけちゃって……私は貴方を待ってたの」
「待ってた?」
「ええ、ずっとずっと、ずぅっと、四百年間、待ち続けたの。貴方という存在が私の目の前に現れるのを。ウフフフ」
妖艶の中に危険な香りのする笑顔を浮かべる妙齢の女性に鉄竜は冷や汗を流す。
会話をすればするほど理解する女性の纏う雰囲気。それはあまりにも常人には理解できない。鉄竜ですら冷や汗を流すほど、血と死と狂気の匂い。刹那、突如鼻を付く甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「やぁっぱり、近くで見ると……かっこいいわねぇ~、まさに、王……」
「なっ、むぐっ!?」
「ぬうぇぃ!?」
突然の出来事に鉄竜は目を丸くし、愛はそっ頓狂な声を上げる。
女性はいきなり鉄竜の両頬を掴むと瞬く間に鉄竜の唇を奪う。柔らかな唇の感触と女性特有の甘い香りが鉄竜の思考回路を溶かしていく。
しかし、すぐさま痛烈な痛みが唇から走り、溶かされた思考回路が元に戻っていく。
「っ!?」
「……フフ、やっぱり、この血……あぁ、一雫飲むだけで、ゾクゾク背中がふるえちゃう……」
女性は鉄竜の唇を鋭く発達した犬歯で噛んだのだ。
鉄竜の口腔は鉄の味に支配され、女性はその血を舐め取り、己の腕で身を抱き、恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ、ほしい、ほしい、ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい!! アナタが欲しいわ! その血、アナタの血がほしい、もっと、もっと飲ませて、ノマセテ……飲ませろぉ!!」
先ほどまでの恍惚な表情とは打って変わり、狂気を孕んだように頭を掻き毟り、眼光鋭く、その紅い瞳を鉄竜に向ける。明らかに常軌を逸脱した変わりよう。鉄竜はすぐさま呆気に取られている愛に叫んだ。
「愛、さっさと逃げろ!」
「あ、え、うん!」
「ダァメ、アナタは私のメインディッシュ前の――オードブルなんだから」
刹那、突風が吹き、鉄竜の横を女性が翔ける。
狙いは愛。そんな事は分かっていた。だからこそ、鉄竜はすぐさま反応する事が出来た。
鉄竜は横を過ぎ去ろうとした瞬間、女性の華奢な足を掴み、力いっぱい、窓ガラスへと投げ飛ばす。
女性は表情すらも伺えないような弾丸に匹敵する速度で窓ガラスを破り、夜空へと飛んでいく。
鉄竜はその姿を見つめながら窓へと移動し、背後に居る愛に声を掛ける。
「愛、絶対に家に帰るんだぞ。んで、絶対に外に出るな! 良いな!」
「うん! テツくんは……」
「俺はアイツを何とかしてくるからよ!」
「分かった! テツくん、無茶しちゃダメだからね!」
「分かってるっての。お前も気をつけろよ!」
鉄竜はその言葉を最後に窓枠に足を掛け、すぐさま蹴る。
女性を投げ飛ばした方角へと視線を向け、鉄竜は呟く。
「場所は古里公園か……」
古里町には広場が付いている公園がある。咄嗟の判断とはいえ、最も広い場所がそこ。だからこそ、鉄竜は投げ飛ばす瞬間に微調整をし、ちゃんと勢いそのままに古里公園に到着するように投げ飛ばした。
鉄竜は確信を持って満月煌く夜空へと飛び立ち、古里公園に一目散に向かう。
目まぐるしく変わる景色。色々考えたい事はある。けれど、古里公園に到着するのはあっという間だ。
数分もしないうちに古里公園に到着し、空中から見下ろす。
古里公園は遊具のあるスペースと広場、その両方に綺麗に柵で分割された公園。その広場に女性は傷一つなく立っていて、鉄竜の気配に気が付いたのか、視線を向ける。
「あらあら、随分と手荒い事してくれちゃって……ホント、残念だわ」
「何が残念だ……姫っ!!」
鉄竜は眼前に居る妙齢の女性に悲痛な思いで叫んだ。
そう眼前に居る正体。それは姫だ。状況がそう言っている。
まず、獅子堂正義が狙っていた妖魔こそが、あの女性のみを狙った連続殺人事件の犯人だ。これはほぼほぼ間違いないと言える。あの場所で犯行に及んだ妖魔は正義から逃げ続けていた。
己が殺されない為に。だが、彼女は逃げる事が出来ずに腹部を撃たれ、地に落ちた。その場所があの駅。そう考えるのなら、辻褄が合う。
妖魔は闇の存在だ。妖魔を殺す魔術師が介入する事件となれば、間違いなく、妖魔が絡んでいる。そして、その妖魔を殺そうとし、正義は『また逃げられた』と口にした。つまりは、そういう事なのだろう。
鉄竜は真っ直ぐ女性に指を刺し、口を開いた。
「なぁ、姫。それがお前の本性で今までのは全部、演技だったってのか?」
「……プッ、ククク、アーッハッハハハハハハハッ!」
破顔一笑。妙齢の女性はお腹を抱えて、涙が零れるほどに嗤い続ける。
あまりにも嘲笑っている姿に鉄竜は頭に血が上りそうになるが、すぐに女性は笑ったまま声を発する。
「フフフ、なぁるほど。君はまだ完全には知ってないようねぇ。なら、好都合。まぁ、そう簡単に知られても困るんだけどねぇ~。けど、イイ事教えてあげる」
「……イイ事だと?」
「そう。イイ事」
ふと、鉄竜の隣から鼻をつく甘い香りが鼻腔をくすぐり、思わず視線を移す。
そこには女性が鉄竜の耳元へと顔を寄せ、ポツリと呟いた。
「君の言う姫ちゃんだけど――私が全部、食べちゃった」
「なっ――どういう事だ……」
「どういうも何もそのままの意味よ。私があの子を喰らった。それ以上も以下もないでしょう?」
喰らった? その言葉を鉄竜は頭の中で反芻する。
もしも、闇があの場で愛を襲う前に喰らっていたのが、姫なんだとしたのなら、あの自室のキッチンにあった血にだって説明が付く。闇が突如現れて、姫が狙われたんだとしたら、それから抵抗する為なんだとしたのなら。
何故、鉄竜は気づく事が出来なかったのだろうか。
鉄竜は己の不甲斐無さに思わず握り拳を作った瞬間、悪魔の囁きが耳を撫でる。
「どぅ? 絶望した? 失望した? ウフフフフ、やっぱり、人が絶望に変わる瞬間っていいものよね。それがまさに希望とも呼べる存在だったら尚更ね」
「なんだと……」
「貴方は希望の象徴すぎたのよ。友達だ、諦めないだのヒーロー気取りって私、だいっきらいなの。殺して、殺して、殺したくなるくらいにね。だって、希望は一つだけだもの」
瞬間、鉄竜はすぐに直感する。このままこの場に居れば危うい。
しかし、動作に移すよりも先に鉄竜の腹部を何かが貫いた。腹部に広がる激痛と食道から口腔へと上がってくる血液。鉄竜は堪えきれずに吐血すると、血は女性の腕へと滴り落ちる。
「希望は私の美しさ。ただそれだけ。貴方もその糧でしかないの。それこそがこの世の中の真理。そして、貴方という希望は私からしたら目障りなの。目障りで目障りで、殺したいくらいに、目障りなの」
「……良く分かったよ」
痛む腹部を堪えたまま、鉄竜は華奢な女性の腕を両手で掴む。
ここまで会話をしたのならもう理解した。彼女を理解できない事を理解した。そして、自身が何も分かっていない事を理解した。そして、己の推測が大きく間違っていた事を理解した。
ならば、鉄竜がやるべき事はたった一つ。鉄竜はその両腕を力任せに――へし折った。
「うぐっ……ああああああああああああああっ!?」
女性は腕はすぐさま鉄竜の腹部から引き抜き、天へと挙げ、悶え苦しむ。
鉄竜も腹部から急に引き抜かれた事で一気に激痛が走り、その場に膝を付く。
どうなったのかも分からないのなら、せめて、この目の前に居る存在だけは殺せば良い。
もし、彼女が姫を殺したんだとしたのなら、せめてもの、弔いにはなるだろう。
鉄竜は腹部を腕で押さえながら膝を上げ、真っ直ぐ鋭く、込められるだけの殺意を剥き出しに、女性を睨み付ける。
「分かったよ、ああ、分かった。つまり、お前を殺せばそれで良いんだろ?」
「……フフッ、フフフフフフフフフフフフフ、やる気になったって事かしら?」
女性はヘの字に折られた腕を軽く指で撫でると、何事も無かったかのように修復し、鉄竜も同じく己の腹部を触り、撫でた。瞬間、貫かれた腹部から穴の開いた服に至るまで全てが治癒する。
手加減という概念を取り払い、鉄竜は己の心を鬼にする。
「容赦はしねぇぞ……てめぇは俺の大切なもんを傷つけたんだ。それくらいの報いは受けてもらうぞ」
「いい、凄くイイわ! その目。私を殺したくて殺したくて堪らない、その目。あぁ、ゾクゾクしちゃうわ……」
一瞬の静けさの中に一つの風が二人の身体を撫でる。
ここから先の戦いは常識からは外れた大きな戦い。常識という概念を飛び越えた人知を超えた戦い。
人間が踏み入れる事が許されない、暴虐の限りを尽くした殺し合い。
鉄竜はそれを予見し、覚悟を決める。腕だけではない、足、胴体、すべてを持っていかれる。
しかし、不死と不死の戦いとはそういうものだ。どちらの不死性が強いのか。ただそれだけ。
鉄竜は一つ息を吐いてから、気合を入れるように声を張り上げた。
「どうなっても知らねぇぞ! 悪魔ッ!!」
「ウフフフ、さあ、さあ、来て頂戴!! 私を愉しませなさい! 妖魔の王ッ!!」
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