14 / 21
014
しおりを挟む
「やっぱり……来ると思ってました」
「君は……こんな所で何をしてるのかな?」
鉄竜に帰れといわれた愛は鉄竜の自宅アパートの一階である人物を待っていた。
そして、ちょうど彼はやってきた。むしろ、愛は必ずやってくるという確信があった。妖魔を狩る彼ならば、鉄竜の言う、とんでもない力というものを察知してやってくる事を。
待ち人は、獅子堂正義だ。正義は先ほどとまるで同じ服装を身に纏っているが、表情が先ほどみた鋭く、野獣のような荒々しい雰囲気は無く、事故現場で出会った時のような生気の感じられない力無い顔をしている。
愛はそれに疑問を覚えながらも、正義を真っ直ぐ見据えた。
「……少し、聞きたい事がありましたので」
「そうか……生憎だが、僕も君に聞きたい事があったんだ」
互いがけん制し合うように見つめ合う。先ほど出会ったとき、彼は鉄竜と賭けをしている。
あの時居た闇、つまり、先ほど現れた女性を鉄竜が殺せば、妖魔であっても、命を見逃し、愛の命も救われる。しかし、正義が殺したのなら、愛と鉄竜は妖魔を殺す魔術師たちの手によって殺される。
その賭けの真っ最中だ。けれど、それよりも愛ははっきりさせたい事があった。
愛は一歩前に足を踏み出し、口を開いた。
「獅子堂さんは、あの妖魔の正体をわかっていますよね?」
「当然だよ。正体も分からない妖魔じゃ対処の仕方も変わってくる。それは――君も同じだろう?」
正義の言葉に愛は小さく頷いた。愛の中で既にこの一連の事件の答えは出ている。
あの闇と出会い、正義と出会い、そして、家に襲撃してきて、全てははっきりした。この戦いの結末。そして、いかに鉄竜が救われない道を選ばされている事を。
愛は無意識の間に力の入っていた両肩を脱力させる為、一つ息を吐いた。
「ええ、そうです。私はもう全部分かってます。あの妖魔がどういう正体で、今、何が起こってるのか……」
「それで、話っていうのは、もしかして、賭けを取り下げろ。とかいうつもりかな?」
正義の言葉に愛はすぐさま首を横に振り、小さく笑った。
「そんな訳ありませんよ。私はテツくんを信じてますから。それに――どんな結果であっても、彼は絶対に結果を変えます。貴方の思い通りにはいきませんよ」
「……だろうね。彼からは強い意志を感じるよ」
と、ここで、正義がどこか遠い眼差しをした。まるで過去を思い返すように。
それから一つ正義は一つ息を吐いてから、胸ポケットに手を入れ、タバコを一本口に咥えた。
「それで、君の話したい事とは何かな? それから僕の質問に答えてもらうよ」
「じゃあ、聞かせてもらいます。聞きたいのは、あの妖魔の正体についてです」
「なるほど、答え合わせか。良いよ、聞こうかな?」
正義は近くにあった壁にもたれ掛かり、胸ポケットから一本のタバコを取り出し、咥える。
「あの妖魔の正体、さっきの闇の正体って――エリザベート・バートリー本人ですよね?」
「……フフッ、正解だよ。いや、といっても、まだ半分正解、かな?」
「分かってます。あれはエリザベート・バートリーであって、そうじゃない。そうですよね?」
「君はなかなか鋭い観察眼を持ってるね。では、アレはあの妖魔の真の正体は何かな?」
愛は一つ息を吐いた。この答えは愛にとって最も突き放していた答え。
一番無くてほしかった答え。一番、知りたくなかった答え。一番、たどり着いてほしくなかった答え。
けれど、この答えに辿りついたからこそ、この答えが分かったからこそ、出来る事もある。
それをドタバタの間に鉄竜に伝える事が出来なかったのが、今は非常に悔やまれる。けれど、伝えていたら、彼はどうなっていただろうか。そんな事、想像に難くない。
だからこそ、この推測を確信に変える。愛は真っ直ぐ正義を見つめたまま、口を開いた。
「あの妖魔の真の正体は、『悪魔憑き』。エリザベート・バートリーの悪霊が取り憑いた女の子です」
□
白かった視界が徐々に晴れていく。
瞬間、鉄竜は全身がひんやりと冷える感覚を覚えた。視界は横になり、己が倒れているのを感じる。
「……ん?」
鉄竜はゆっくりと立ち上がり、今までの事を思い出す。そう、あの女、妖艶な吸血鬼に吸血され、鉄竜は力を吸われ、血を吸われた。と、そこまで思い出し、鉄竜はすぐさま立ち上がる。
「って、アイツは!! ん? ここは、どこだ?」
すぐさま鉄竜の頭の上に疑問符が浮かぶ。この場所は見覚えが無かったというよりも、何処だかまるで分からない。辺りに広がるのは誰も入っていない牢獄。鉄製の格子状の檻が鉄竜の立っている通路を挟んで、無数に並んでいる。空間そのものが牢獄であるかのように。
そして、床へとゆっくりと視線を向けると、真っ赤に染まっていて、思わず鉄竜は足を上げた。
「うわっ! これって……血か?」
思わず鉄竜がシューズの裏を確認したが、裏には何も付いていない。ゆっくりと警戒しながら、足を真っ赤な床に乗せるとゆったりと水滴が落ちるかのように波紋が広がる。
どういう原理はまるで理解出来ないが、どうやら落ちる事は無いらしい。鉄竜はくまなく辺りを見渡す。
「マジで、ここは何処だ? 俺は確かにあの妖魔と戦ってた。けど、吸血されて、ここに居る? 意味分からんな。とりあえず……奥に向かってみるか?」
このまま立ち往生していてもしょうがない。鉄竜はゆっくりと一本だけある通路の先へと進んでいく。
先は光すら見えず、ただ横にある檻を封鎖する鉄格子しか見えない。嫌な閉塞感を感じつつも、足を進めていくが、進めど、進めど、景色が変わらない。
進んでも、進んでも、両側には鉄格子の檻があるだけで、果たして進んでいるのか、戻っているのか、わからない、おかしな感覚が鉄竜の中に沸き起こる。
「なんだよ、これ……どうなってんだ?」
言いようも無い不安感と嫌な焦燥感が胸の中に生まれつつも、足を止めずに、進めていく。
水溜りの中を踏みしめるような足音だけが鼓膜を震わせていく中、ポツリと突如、鼓膜を震わせる音が聞こえた……ような気がした。
「ん? なんだ? 何の声だ?」
鉄竜は思わず足を止め、耳を澄ませた。すると、その声は女性のモノだった。
『アーッハッハッハ!! 貴女、ほんっとうにサイコー!! いい声で鳴くわね!!』
「この声……あの妖魔か!? くっそ、何処に居やがる!!」
鉄竜が声を聞いた瞬間に臨戦態勢を取るが、その声は止み、音が消え、沈黙が流れる。
胸の中に疑念が沸き起こり、鉄竜は首を傾げた。
「何だ? 何で、あいつの声が……」
鉄竜はまたもゆっくりと足を進めていくと、またも、妖魔の声が耳に届いた。
『あ~あ、壊れちゃった。なぁ~んだ、ちょこぉ~っと、足切っただけなのに、あぁ~あ、つまんなぁ~い、死んじゃえ』
「……なんだ? これ……」
どんどんと足を進めれば、進めるほど、女性の声がどんどんと聞こえてくる。
『恐怖に震えちゃって、ホント、いい顔するわぁ~。貴女は大事にだぁ~いじにしてあげる』
『ねぇ、やりなさいって言ってるでしょ? なぁに? わたしの言う事、聞けないのぉ? なら、君が死ぬ?』
『……貴女ね、そう、やっぱり、貴女!! 貴女さえ居なければ、ワタシのユメはカナッテタノ!! アナタノセイ、アナタノセイ、アナタノセイ!! 呪ってやる、殺してやる!! キサマ、シンデラクになれると思うなよ!! ゼッタイニ、ゼッタイニ、ノロッテヤルカラナァァァアァァアアアアア!!』
足を進めれば進めるほど、聞いていられないほど狂気を孕んだ声へと変化していく。
鉄竜は思わず歯噛みした。これだけの狂気。ただの人間が感じるにはあまりにも重すぎる。それにこの声はどんどんと強くなっていく。
『みぃつけた? もぅ、逃げられないわよ? だって、アナタは私で、私はアナタ、なんだもの。そ・れ・に。言ったでしょ? 呪ってやるって、死んでラクにしないって……ウフフフフ、貴女は私のお人形』
『ねぇ、何をためらってるの? さっさとヤりなさいよ。貴女はとっくに私と同類なんだから。それとも、私の手伝いが必要? 分かったわ、最初からそう言いなさいよ、全く、お人形さんは私が言わなきゃ分からないんだから、殺すのは――こうやるの』
『……あ~あ、まさか逃げるなんて。けど、良いわ。所詮、私のお人形なんだし、壊れてもいらないし。そ・れ・に、もうすぐ見つけられそうなの。ワタシの王子様……ウフフフフフ』
――そうか。ようやく、理解した。
鉄竜は一つ息を吐いて、足を進めた。そういうことだったのか。これならば、妖魔が彼女であって、記憶喪失や四百年の謎、その全ての辻褄が合う。けれど、だからこそ、鉄竜は思う。
彼女は何一つ救われてなんて居なかったんだ、と。彼女は常に狂気の隣に居たんだ、と。
己が不甲斐無い。分かっていたつもりで、何一つとして分かっていなかった。
彼女はずっとずっとずっとずっと、四百年もの間苦しんでいたんだ。支配され続けていたんだ。
王と奴隷。その関係はずっとずっと続いていた。奴隷だった鉄竜からしてみれば、それは辛いに決まっている。苦しいに決まっている。
鉄竜は思わず走り出した。声は未だ聞こえる。ヒステリックに叫び続ける幾重もの声が聞こえる。
『なぁに? 今更抵抗? その女は今殺しとかないと後々厄介なのよ? 分かる?』
『そう。貴女の心はその二人が繋ぎとめてるの……なら、殺しとこっか? ねぇ、ほら、貴女の大事な人を殺しなさいよ。それに、そっちの血もおいしそうだし……ねぇ、はやく、早くヤりなさいよ』
けれど、足は止めない。きっときっと、この先に――彼女は居た。
通路の最奥。巨大な鉄格子の檻。その中に彼女は居た。
出会った時となんら変わらない艶のある黒髪。男の視線を釘付けにする豊満で柔らかそうな胸。くびれた腰つきと突き出たヒップ。けれど、彼女は顔は違っていた。
出会った時の凛としたものではなく、優しそうでふわふわとした愛らしさのある顔つき。
彼女は首、手首、足首に手錠が付けられ、手のひら、胸、足に槍が突き刺さっていて、磔になっている。
鉄竜は足を止め、彼女を見つめた。すると、彼女は来訪に気が付いたのか、少しだけ垂れていた顔を上げ、鉄竜と視線が交差し、目を丸くした。
「どうして……ここに?」
「……知らねぇよ。けど……俺からしたらラッキーだよ」
鉄竜の胸の中はこんな状況にも関わず、少しばかり心躍っていた。
不謹慎だといえるかもしれない。けれど、それ以上に彼女に出会えた事が何よりも嬉しかった。
鉄竜が小さく微笑むと、彼女は首を傾げる。
「何が、ラッキーなの?」
「ラッキーだろ? お前と出会えたんだからよ」
「何言って……」
彼女が言いかけた瞬間、鉄竜は鉄格子を強く握り、最大限彼女へと近づく。
しかし、彼女は壁に磔にされているのと、鉄格子のせいで、殆ど近づく事は出来ない。けれど、それでも鉄竜は彼女に向け、満面の笑顔を浮かべた。
「お前が本当の姫。そうなんだろ? だから、ようやくだ。俺がお前を助けられる。本当の意味でお前を助けられる。そのチャンスが来た、そういうことだからだ! つまり、俺はお前を助けに来た!」
出会えた事は嬉しい。けれど、それ以上に彼女と出会った事で鉄竜自身がどうするべきかが見えた。
そんな確かなモノが鉄竜の胸の中にはあった――。
「君は……こんな所で何をしてるのかな?」
鉄竜に帰れといわれた愛は鉄竜の自宅アパートの一階である人物を待っていた。
そして、ちょうど彼はやってきた。むしろ、愛は必ずやってくるという確信があった。妖魔を狩る彼ならば、鉄竜の言う、とんでもない力というものを察知してやってくる事を。
待ち人は、獅子堂正義だ。正義は先ほどとまるで同じ服装を身に纏っているが、表情が先ほどみた鋭く、野獣のような荒々しい雰囲気は無く、事故現場で出会った時のような生気の感じられない力無い顔をしている。
愛はそれに疑問を覚えながらも、正義を真っ直ぐ見据えた。
「……少し、聞きたい事がありましたので」
「そうか……生憎だが、僕も君に聞きたい事があったんだ」
互いがけん制し合うように見つめ合う。先ほど出会ったとき、彼は鉄竜と賭けをしている。
あの時居た闇、つまり、先ほど現れた女性を鉄竜が殺せば、妖魔であっても、命を見逃し、愛の命も救われる。しかし、正義が殺したのなら、愛と鉄竜は妖魔を殺す魔術師たちの手によって殺される。
その賭けの真っ最中だ。けれど、それよりも愛ははっきりさせたい事があった。
愛は一歩前に足を踏み出し、口を開いた。
「獅子堂さんは、あの妖魔の正体をわかっていますよね?」
「当然だよ。正体も分からない妖魔じゃ対処の仕方も変わってくる。それは――君も同じだろう?」
正義の言葉に愛は小さく頷いた。愛の中で既にこの一連の事件の答えは出ている。
あの闇と出会い、正義と出会い、そして、家に襲撃してきて、全てははっきりした。この戦いの結末。そして、いかに鉄竜が救われない道を選ばされている事を。
愛は無意識の間に力の入っていた両肩を脱力させる為、一つ息を吐いた。
「ええ、そうです。私はもう全部分かってます。あの妖魔がどういう正体で、今、何が起こってるのか……」
「それで、話っていうのは、もしかして、賭けを取り下げろ。とかいうつもりかな?」
正義の言葉に愛はすぐさま首を横に振り、小さく笑った。
「そんな訳ありませんよ。私はテツくんを信じてますから。それに――どんな結果であっても、彼は絶対に結果を変えます。貴方の思い通りにはいきませんよ」
「……だろうね。彼からは強い意志を感じるよ」
と、ここで、正義がどこか遠い眼差しをした。まるで過去を思い返すように。
それから一つ正義は一つ息を吐いてから、胸ポケットに手を入れ、タバコを一本口に咥えた。
「それで、君の話したい事とは何かな? それから僕の質問に答えてもらうよ」
「じゃあ、聞かせてもらいます。聞きたいのは、あの妖魔の正体についてです」
「なるほど、答え合わせか。良いよ、聞こうかな?」
正義は近くにあった壁にもたれ掛かり、胸ポケットから一本のタバコを取り出し、咥える。
「あの妖魔の正体、さっきの闇の正体って――エリザベート・バートリー本人ですよね?」
「……フフッ、正解だよ。いや、といっても、まだ半分正解、かな?」
「分かってます。あれはエリザベート・バートリーであって、そうじゃない。そうですよね?」
「君はなかなか鋭い観察眼を持ってるね。では、アレはあの妖魔の真の正体は何かな?」
愛は一つ息を吐いた。この答えは愛にとって最も突き放していた答え。
一番無くてほしかった答え。一番、知りたくなかった答え。一番、たどり着いてほしくなかった答え。
けれど、この答えに辿りついたからこそ、この答えが分かったからこそ、出来る事もある。
それをドタバタの間に鉄竜に伝える事が出来なかったのが、今は非常に悔やまれる。けれど、伝えていたら、彼はどうなっていただろうか。そんな事、想像に難くない。
だからこそ、この推測を確信に変える。愛は真っ直ぐ正義を見つめたまま、口を開いた。
「あの妖魔の真の正体は、『悪魔憑き』。エリザベート・バートリーの悪霊が取り憑いた女の子です」
□
白かった視界が徐々に晴れていく。
瞬間、鉄竜は全身がひんやりと冷える感覚を覚えた。視界は横になり、己が倒れているのを感じる。
「……ん?」
鉄竜はゆっくりと立ち上がり、今までの事を思い出す。そう、あの女、妖艶な吸血鬼に吸血され、鉄竜は力を吸われ、血を吸われた。と、そこまで思い出し、鉄竜はすぐさま立ち上がる。
「って、アイツは!! ん? ここは、どこだ?」
すぐさま鉄竜の頭の上に疑問符が浮かぶ。この場所は見覚えが無かったというよりも、何処だかまるで分からない。辺りに広がるのは誰も入っていない牢獄。鉄製の格子状の檻が鉄竜の立っている通路を挟んで、無数に並んでいる。空間そのものが牢獄であるかのように。
そして、床へとゆっくりと視線を向けると、真っ赤に染まっていて、思わず鉄竜は足を上げた。
「うわっ! これって……血か?」
思わず鉄竜がシューズの裏を確認したが、裏には何も付いていない。ゆっくりと警戒しながら、足を真っ赤な床に乗せるとゆったりと水滴が落ちるかのように波紋が広がる。
どういう原理はまるで理解出来ないが、どうやら落ちる事は無いらしい。鉄竜はくまなく辺りを見渡す。
「マジで、ここは何処だ? 俺は確かにあの妖魔と戦ってた。けど、吸血されて、ここに居る? 意味分からんな。とりあえず……奥に向かってみるか?」
このまま立ち往生していてもしょうがない。鉄竜はゆっくりと一本だけある通路の先へと進んでいく。
先は光すら見えず、ただ横にある檻を封鎖する鉄格子しか見えない。嫌な閉塞感を感じつつも、足を進めていくが、進めど、進めど、景色が変わらない。
進んでも、進んでも、両側には鉄格子の檻があるだけで、果たして進んでいるのか、戻っているのか、わからない、おかしな感覚が鉄竜の中に沸き起こる。
「なんだよ、これ……どうなってんだ?」
言いようも無い不安感と嫌な焦燥感が胸の中に生まれつつも、足を止めずに、進めていく。
水溜りの中を踏みしめるような足音だけが鼓膜を震わせていく中、ポツリと突如、鼓膜を震わせる音が聞こえた……ような気がした。
「ん? なんだ? 何の声だ?」
鉄竜は思わず足を止め、耳を澄ませた。すると、その声は女性のモノだった。
『アーッハッハッハ!! 貴女、ほんっとうにサイコー!! いい声で鳴くわね!!』
「この声……あの妖魔か!? くっそ、何処に居やがる!!」
鉄竜が声を聞いた瞬間に臨戦態勢を取るが、その声は止み、音が消え、沈黙が流れる。
胸の中に疑念が沸き起こり、鉄竜は首を傾げた。
「何だ? 何で、あいつの声が……」
鉄竜はまたもゆっくりと足を進めていくと、またも、妖魔の声が耳に届いた。
『あ~あ、壊れちゃった。なぁ~んだ、ちょこぉ~っと、足切っただけなのに、あぁ~あ、つまんなぁ~い、死んじゃえ』
「……なんだ? これ……」
どんどんと足を進めれば、進めるほど、女性の声がどんどんと聞こえてくる。
『恐怖に震えちゃって、ホント、いい顔するわぁ~。貴女は大事にだぁ~いじにしてあげる』
『ねぇ、やりなさいって言ってるでしょ? なぁに? わたしの言う事、聞けないのぉ? なら、君が死ぬ?』
『……貴女ね、そう、やっぱり、貴女!! 貴女さえ居なければ、ワタシのユメはカナッテタノ!! アナタノセイ、アナタノセイ、アナタノセイ!! 呪ってやる、殺してやる!! キサマ、シンデラクになれると思うなよ!! ゼッタイニ、ゼッタイニ、ノロッテヤルカラナァァァアァァアアアアア!!』
足を進めれば進めるほど、聞いていられないほど狂気を孕んだ声へと変化していく。
鉄竜は思わず歯噛みした。これだけの狂気。ただの人間が感じるにはあまりにも重すぎる。それにこの声はどんどんと強くなっていく。
『みぃつけた? もぅ、逃げられないわよ? だって、アナタは私で、私はアナタ、なんだもの。そ・れ・に。言ったでしょ? 呪ってやるって、死んでラクにしないって……ウフフフフ、貴女は私のお人形』
『ねぇ、何をためらってるの? さっさとヤりなさいよ。貴女はとっくに私と同類なんだから。それとも、私の手伝いが必要? 分かったわ、最初からそう言いなさいよ、全く、お人形さんは私が言わなきゃ分からないんだから、殺すのは――こうやるの』
『……あ~あ、まさか逃げるなんて。けど、良いわ。所詮、私のお人形なんだし、壊れてもいらないし。そ・れ・に、もうすぐ見つけられそうなの。ワタシの王子様……ウフフフフフ』
――そうか。ようやく、理解した。
鉄竜は一つ息を吐いて、足を進めた。そういうことだったのか。これならば、妖魔が彼女であって、記憶喪失や四百年の謎、その全ての辻褄が合う。けれど、だからこそ、鉄竜は思う。
彼女は何一つ救われてなんて居なかったんだ、と。彼女は常に狂気の隣に居たんだ、と。
己が不甲斐無い。分かっていたつもりで、何一つとして分かっていなかった。
彼女はずっとずっとずっとずっと、四百年もの間苦しんでいたんだ。支配され続けていたんだ。
王と奴隷。その関係はずっとずっと続いていた。奴隷だった鉄竜からしてみれば、それは辛いに決まっている。苦しいに決まっている。
鉄竜は思わず走り出した。声は未だ聞こえる。ヒステリックに叫び続ける幾重もの声が聞こえる。
『なぁに? 今更抵抗? その女は今殺しとかないと後々厄介なのよ? 分かる?』
『そう。貴女の心はその二人が繋ぎとめてるの……なら、殺しとこっか? ねぇ、ほら、貴女の大事な人を殺しなさいよ。それに、そっちの血もおいしそうだし……ねぇ、はやく、早くヤりなさいよ』
けれど、足は止めない。きっときっと、この先に――彼女は居た。
通路の最奥。巨大な鉄格子の檻。その中に彼女は居た。
出会った時となんら変わらない艶のある黒髪。男の視線を釘付けにする豊満で柔らかそうな胸。くびれた腰つきと突き出たヒップ。けれど、彼女は顔は違っていた。
出会った時の凛としたものではなく、優しそうでふわふわとした愛らしさのある顔つき。
彼女は首、手首、足首に手錠が付けられ、手のひら、胸、足に槍が突き刺さっていて、磔になっている。
鉄竜は足を止め、彼女を見つめた。すると、彼女は来訪に気が付いたのか、少しだけ垂れていた顔を上げ、鉄竜と視線が交差し、目を丸くした。
「どうして……ここに?」
「……知らねぇよ。けど……俺からしたらラッキーだよ」
鉄竜の胸の中はこんな状況にも関わず、少しばかり心躍っていた。
不謹慎だといえるかもしれない。けれど、それ以上に彼女に出会えた事が何よりも嬉しかった。
鉄竜が小さく微笑むと、彼女は首を傾げる。
「何が、ラッキーなの?」
「ラッキーだろ? お前と出会えたんだからよ」
「何言って……」
彼女が言いかけた瞬間、鉄竜は鉄格子を強く握り、最大限彼女へと近づく。
しかし、彼女は壁に磔にされているのと、鉄格子のせいで、殆ど近づく事は出来ない。けれど、それでも鉄竜は彼女に向け、満面の笑顔を浮かべた。
「お前が本当の姫。そうなんだろ? だから、ようやくだ。俺がお前を助けられる。本当の意味でお前を助けられる。そのチャンスが来た、そういうことだからだ! つまり、俺はお前を助けに来た!」
出会えた事は嬉しい。けれど、それ以上に彼女と出会った事で鉄竜自身がどうするべきかが見えた。
そんな確かなモノが鉄竜の胸の中にはあった――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる