レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか

宮崎世絆

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幼少期編

46 会いたかったんです

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 美しい男神が降臨したかと思いきや、なんとユリウスだった。

 声変わりして、ボーイソプラノからイケボとなった心地よい声が、会えてなかった月日の長さを感じさせた。

「ユリウス、兄様……」

(この数年で、とうとう神になられたのか……兄神様……)

 あにかぐ様と読んではいけない。……絶対に。

「にーに……?」

 見知らぬ人物に少し警戒していた様だったが、レティシアの言葉で相手が自分の兄だと気付いたルドルフは、首を傾げてユリウスに尋ねた。

「そうだよ。ルディ、大きくなったね。僕の事覚えてないと思うけど、ルディのお兄ちゃんだよ」
「にーに!」

 殆ど記憶に無いであろうユリウスに対して、ルドルフは臆した様子もなく、小走りでユリウスに近寄った。

「おかえりなさい! にーにのこと、ねーねから、いっぱいきいてた! ボクね、すごくあいたかった!」
「それは嬉しいな。そうだルディ、レティは僕のこと、なんて言ってたかな?」
「えっとね、カッコよくて、すごくやさしいって! あとね、あたまよくて、えがおがすてきで、なんでもできるって、すごいにーにだって! うーんと、まだあるよ?」

(ちょちょっとルルーもうやめて!? お姉ちゃんのLIFEもうゼロよ!?)

「ル、ルルー! せっかく兄様に会えたんだから、一緒に遊んでもらいましょう!」
「もールルーちがう、ルディー!」
「ルルールルる、でぃー、ほらボール、今から浮かせるよー! 念動力サイコキネシス

 ちょうど足元に転がっていたボールが、フワリとルドルフの頭の高さまで浮かび上がった。

「すごーい! ボールうかんでるー!」
「ほーら、ボール捕まえる事が、出来るかなー?」
「わー! ボールまてー!!」

 ユリウスから、ルドルフを引き剥がす事に成功したレティシアは、安堵の息を吐いた。が、横にいたユリウスが、レティシアの腰に手を回して引き寄せ、耳にそっと声をかけてきた。

「嬉しいな。あんな風に、思っていてくれて」

(うひぃ!! 耳元でイケボが、イケボがーー!!)

「にににに兄様、改めて、おかえりなさい。その、学園生活大変みたいだけど、大丈夫?」

 さりげなく身を引くと、すんなり腰から手が離れた。

「うん。ちょっと、どうしてもクリアしなくてはいけない課題があってね。はっきり言って今のままでは時間が足りないんだ。だから去年の年末年始も、レティに会えなくて寂しかった」
「課題……。今回帰省して、大丈夫だったの? ……もしかして私が帰ってこいって書いたから……?」
「違うよ。僕が、どうしてもレティに会いたかったから。でも、やっぱり忙しくてね。今日一日しか居られないんだ。夕方前には戻らないと」
「ええっ!? そ、そうなんだ……。今日だけ。それも夕方まで、なんだ……」

 数日は一緒に過ごせると思っていたので、あからさまにガッカリした。
 そんなレティシアを慰めるかのように、レティシアの長い髪を一房手に取ると自分の唇によせた。

「……それにしても。会えない期間に、更に美しくなったね。僕にはもう女神にしか見えないよ? レティ」
「あ、ありがとう兄様……。兄様もすごくカッコよくなったね。背もすごく高くなって、声もイケボ……大人の男性の声って感じで。……何だか兄様すごく成長したなーって感じ!」

 ワザと最後はおどけた調子で応えた。この壮絶に甘い空気感を、どうにかしたかったからだ。

「レティもすごく成長してると思うよ? さっきのボールを浮かせて、今もルディを誘導してるあの魔法もすごいしね」
「そ、そうかな? あ、そうだ! 私ね、最近はお母様に鍛えてもらってるんだ! 剣技も上達したんだよ!!」
「シシリーと特訓しているのは転写書に書いてあったけど、義母様とも? ……まあ、レティの事だから、そんな気はしていたよ。それで、どの位上達したか義母様は何か言ってる?」
「えっと、お母様が言うには、剣技だけで判断するなら、中堅冒険者位の実力はあるだろうって」
「そうなんだ。……じゃあ、一度僕と模擬戦してみる? 学園で結構、剣の鍛錬を積んだから。僕もそれくらいには、実力は付いていると思うよ」
「え? 魔術学園なのに、剣術の実技もあるの?」
「うん。意外だと思うだろうけど、魔術以外にも結構力を入れているんだ。剣術の講義や訓練に、S級の冒険者が来たりするしね。そういえば以前、義母様が特別講師に来たこともあったよ?」
「そうなの!?」

(聞いてないんだけどお母様!?)

「そ、それって変装した兄様と、お母様が会ったって事だよね!? お母様は、兄様に気付いたの?」
「どうだろう? 気付いた感じはしなかったけど。義母様の周りは、常に生徒が群がっていたから。たぶん、分からなかったと思うよ」
「生徒まで虜にするなんて、何て人たらしな……。流石、お母様」
「で、どうする? 模擬戦」
「あ、うん! 兄様と戦ってみたい!! 自分の実力が、どの位通用するか知りたいし!」
「僕も、レティの実力が知りたかったから、よかった。じゃあ、昼食後に模擬戦しようか」
「分かった! あ、そろそろ昼食の時間だね。ルルー! お昼ご飯行こっかー!」
「ハアハア、ルルー、違うっ、ル、ルディ! だよ!」

 ボールを追いかけ過ぎて疲れている様子だったので、さりげなくボールを操作して、ルドルフが捕まえやすくした。
 やっとボールを捕獲出来てご満悦なルドルフと、そんなルドルフの功績を讃える様に、優しく頭を撫でるユリウスと共に庭を歩き出した。

「そうだレティ。せっかくだから、勝った方にご褒美を付けるのは、どうかな?」
「ご褒美?」
「例えば、負けた方に、一つ、願い事を聞いてもらうとか」
「お願い事……? ユリウス兄様に」

(兄様に願い事……。兄様、何でも叶えてくれるから、変なこと言うと後が怖い気がする)

「うーん。私は、特にお願い事は無いのだけど。兄様は、私に願い事があるの?」
「あるよ。何としても願いたい事が、ね」

 言葉に、強い意思が含まれている気がしたのでユリウスを見上げると。
 レティシアを見つめていたのか、すぐに綺麗なアメジストの瞳と目が合った。

「レティシアにしか、叶えられない願いがあるんだ。僕が勝ったら、そのご褒美をくれないかな?」
「う、うん。そこまで言うなら、別に良いよ。でも、私が勝ったら何でもお願い事叶えてね! 凄いの、考えておくから!!」
「もちろん」
「ボク、ねーねのつくった、おかしたべたい!」
「任せて!! ねーね、とびっきり美味しいの、作ってあげる!!」
「レティの手作りお菓子!? ルディ、レティに作ってもらった事、あるの?」
「あるー! プリン、おいしかったー!」
「……レティ。僕も食べたい」
「それがお願い事?」
「違うけど、食べたい。僕は食べた事が無いのに、ルディだけ狡い。羨ましい」

 本気で羨ましそうなユリウスの子供じみた物言いに、レティシアは笑いを抑えられなかった。

「ふふっ、分かった。兄様にも作ってあげる。時間的に簡単なものになってしまうけど、昼食のデザートに何か作るね」
「無理を言ってごめん。でもありがとう。レティの手作りだなんて、凄く嬉しいな。時間停止機能付き魔法鞄マジックバッグに入れて、永久保存したい位だよ」
「……そんな魔導具国宝に保存せずとも、いつかまた作ってあげるから……」

 楽しく会話しながら歩いていたら、気が付けばダイニングに到着していた。

 レオナルドとルシータはまだ来てなかったので、二人にもサプライズでデザートを食べてもらおうと考え、給仕にデザートを作りたい旨と、少し多めに材料を用意するよう伝えて厨房に用意するよう指示を出した。

 コートをシシリーに預けると、時間もないのでこのまま厨房へ足を運んだ。

 厨房は昼食の準備で慌しく料理人が動いていたが、レティシアが姿を現した瞬間、皆が一斉に最敬礼をした。

「デュメーヌ料理長、お邪魔するわ。皆は、気にせずに準備を進めてね」
「レティシア様。お待ちしておりました」

 レティシアを出迎えたのは、鋭い眼光で体格の良いデュメーヌ料理長。
 以前勤めていた料理長の息子さんだ。

 ここの厨房で若い頃から修業を積んでいたが、最近になってようやく前料理長に認められ、新しい料理長に就任した。

 レティシアが以前、ルドルフの為にプリンを作ろうとした時、公爵のご令嬢が料理をする事に難色を示したデュメーヌだったが、今ではレティシアが料理をする事に口を挟む事は無い。それどころか、レティシアの腕前に感服している様だった。

 前世でデザート作りにハマっていたレティシアは、手際良くプリンを作り上げ、その後もあらゆるお菓子を難なく作り上げてきた、今までの実績の賜物だ。

「こら、お前達! 手が止まっているぞ! 見惚れてないで、作業に集中!!」

 料理人達は、場違いの美しいレティシアに見惚れていたが、料理長の声で我に返った様に慌ただしく作業に戻った。

「忙しいのに、ごめんなさいね」
「いえ、とんでもない。レティシア様ならいつでも大歓迎です。お聞きした材料は、既にご用意しております。今回は、どの様なお菓子をお作りに?」
「ユリウスお兄様が、食後に食べたいらしいから、今からでも簡単に作れるフルーツグラタンを作ろうかと思って。カスタードクリームは私が作るから、フルーツを切るのを手伝ってくれる?」
「はい。かしこまりました」

 レティシアは早速手を洗い、鍋をコンロに置く。そこに牛乳、グラニュー糖の半分を入れ、沸騰直前まで温める。

 ボウルに卵黄、残りのグラニュー糖を入れて白くなるまでよく混ぜ、薄力粉、コーンスターチも加える。そのボウルに先程温めた牛乳を入れ、よく混ぜたらもう一度鍋に戻して、とろみがつくまで火を入れる。

 そしてバットに移して粗熱をとるのだが、そこは時短の為に魔法で冷ました。

 別のボウルで、よく混ぜてホイップした卵黄と生クリームを、冷ましたカスタードクリームに少しずつ混ぜ合わせて、生地の完成だ。

「レティシア様。フルーツを切り終えました」
「ありがとう。後、私達が食べ終わるタイミングを見計らって、焼いておいてもらえる? 今から生地と混ぜると、フルーツの水分が出てしまうから。このまま置いておくわ」
「はい。後はお任せ下さい。先程、レオナルド様とルシータ様がダイニングに到着されたようです。どうぞお戻り下さい」
「ええ、ありがとう。それでは宜しく頼みますね」


 レティシアが厨房から戻ると、家族は楽しそうに談笑していた。

「レティ、おかえり。僕の為にごめんね」
「ううん。仕上げは料理長に頼んだし、大丈夫」
「レティ! 何か作っていたのかい?」
「うん。食後のデザート。後でお母様達も食べてくれる?」
「レティの手作りか。それは楽しみだ」
「たのしみー!」
「ふふっ、久しぶりの家族全員での食事。凄く嬉しい!」


 笑顔あふれる楽しい昼食を、レティシアは大いに楽しんだ。
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