6 / 20
第6話 来客①
しおりを挟む◇
明くる日。
午前、少し遅めにリアムがやってきたようだった。私は急いで門を開け、リアムを通す。
彼は、いつも自らの身分を隠したがるようで、今日乗ってきたであろう馬車は、それこそいかにも高級な装飾は施してあるが、家紋ひとつ見つからない。
今や商人すら家紋を作っているというのに。
「ようこそ、リアム」
「アイリス、わざわざお迎えありがとう。まずは挨拶するべきなんだろうけど…ご当主がいらっしゃるのか?」
「今日は家を空けてほしいとお願いしたの。だからきっと不在よ」
そうなんだ、と微笑む彼は、社交界でも有名だ。もちろん、そのルックスで。
王都の令嬢ならば、誰もが一度は彼と…と夢を見たこともあると言っても過言ではない。
さらに正体も王家しか知らず、「正体不明の美男子」として一時期はお茶会の話題にもってこいだった。
そんな彼と、幼い頃から付き合いがあった私は、皆から羨ましがられたり、あるいは疎まれたり。
けれど、一番楽だったのは、彼自身が何も思わずに変わらず接してくれていたことだ。
「流石侯爵家。綺麗で広いんだね」
「でしょう?使用人たちが一生懸命心を込めて掃除してくれているの。だから、みんなのおかげよ」
「…アイリスは、そういうところは今も昔も変わらないんだね」
「?どういうこと?」
はて、と首を傾げる。
「そういうところ」とは。確かに夫よりもはるかに私との付き合いが長くて、なおかつ私のことを知っているけれど。
リアムはなんでもないよ、と笑って誤魔化した。
それから私たちは、庭園でお茶をした。
他愛のない会話をしながら。
「…そうそう。この前のパーティー、アイリスがそそくさと帰っちゃったせいでダンスに誘えなくて…。悲しかった」
「ごめんなさいね。幼馴染としても、そのことは念頭に置いておくべきだったわ」
「まあ、次があるから、楽しみにしとく」
本当にどうでもいいのに、彼といると不思議と落ち着く。
彼に恋慕したことはなくて、夫に対する昔のような激しい恋心すらない。だからこそ、安心している。
「そういえば…なんだか侯爵家の庭園は、バラが多いね」
「ええ」
「…でも、アイリスの好きな花はシャクヤクだろ?」
「そうだけど…」
「…おかしい」
彼は何かを呟き、それから立ち上がった。
「やっぱり、ご当主に会いにいく。案内して」
「え、でも…」
夫は、「騙す」ことが大嫌いだ。もちろん嘘も。だからこそ、幼い頃からディアナとの関係を隠そうとはしなかった。
それなのに、リアムは身分のついて何も公表していないのにーー行ったところで門前払いではないだろうか。
それに、今ルイス様はいないのでは…。
「…アイリス様」
レナがこそっと耳打ちする。
「…実は、旦那様は、いらっしゃいます」
「…え?」
「不在にするつもりはない、とアークに言ったようで、それを伝えられました。お伝えできず申し訳ございませんでした」
「いいえ、レナは…レナは、何も悪くないわ…」
信頼されていない証。
そしてなぜか、私は落胆した。
「…なら、行きましょうか」
これでも由緒あるラグリー侯爵夫人である。目の前に来客がいる以上、みっともない姿を見せてはいけない。ーーたとえ、幼馴染の前だとしても。
それが貴族の務めだと、そう幼い頃に習った。
庭園を抜け、私たちはルイス様の書斎に向かった。
だが、そこにいたのは書類の整理をしているアークだけだった。
「…ルイス様がどちらにいらっしゃるか、知っていて?」
「ええと確か…図書室に行くと申されておりました」
リアムにちらりと目をやりながらも、彼は淡々と返した。
「ありがとう」
私たちは、すぐに図書館へ向かった。
「お、重い…」
図書室の扉は、すごく重い。きっと古い頃からあるのだろう。
いつもならレナが手伝ってくれるが、今日は来客がいる手前、使用人はそれより前にいけない。彼の視界に入ってはいけないからだ。
リアムならば何も思わないだろうが、レナは流石使用人、何一つ動かない。彼女の表情は、「頑張れ」と言っているけれど。
「…大丈夫か」
リアムが、私の背中から一緒に押してくれる。
それになぜかどきどきしてしまう自分がいてーー。
がた、と扉が開く。
少しよろけそうだったが、なんとか持ち堪えた。
ーー待って。
私はさっき、何を考えたの…?どきどき、なんて、夫がいる身で。
「どうかした?アイリス」
「なんでもないわ…」
ちょうどその時、話し声がした。
どうやら男女のようで、男性側はおそらくルイス様だ。女性側はーー?
そっと近づき、本棚の陰に隠れて様子を伺う。
「…愛してるよ、フレア」
「ルイス様…!でも、でも…ルイス様には、アイリス様という立派な奥様が…」
「何を言うんだ。あんなのお飾りでしかないーー本当に愛するのは君だけだよ」
どくんと、鼓動が鳴る。
私は、何を見てるの。ルイス様は、ティアナではない誰かに愛を囁いている。ーー必ずしも、ティアナだけではなかった。
それなのに、私は選ばれなかった。
誰でもいいのかもしれない。もちろんさまざまな女性たちに可能性があって、今「フレア」と呼ばれた女性はたまたまかもしれない。
だけど、私は。もしかすると候補にすら入っていなくてーー。
「………っ」
どくん、どくん。
鼓動は止まない。
昔の私の想いはなんだったの。他の女性と同様、私だって、私だってーー。
あなたに、恋していたのに。
580
あなたにおすすめの小説
(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。
水無月あん
恋愛
本編完結済み。
6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。
王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。
私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。
※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる