私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら

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第10話 愛人の告白①

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レナが、こぽこぽと紅茶を淹れているのを前にして、私とティアナは向き合った。
一度取り乱したせいか、彼女の化粧は落ちかけて髪はボサボサになっている。

私は、ティアナを私と同等の席につくことを許し、自室に招いたのだった。

「ここは、誰にも聞かれる心配はないわ。レナについては、口が堅いの。私が保証するわ」
「あ、ありがとう、ございます……」

俯いて礼を述べた彼女に、紅茶を勧める。
戸惑いながらも彼女は一口目をカップにつけて、ふぅ、とため息をついた。

「落ち着いた?」

ティアナがこくんと頷いたのを見て、私は本題に入る。

「ティアナさんの用件は、愛人になった理由と…」
「今のルイス様について、です」

どこか寂しげな彼女は、口を開いて話し始めた。

「…私は、実は平民ではないのです」
「あら、そうなの?」

あまりにも私が淡々と反応したからか、彼女は驚いて私の方を見つめる。

「…はい。男爵家の三女として生まれました。けれど、お父様は、男の子を欲していて、とうとう私が生まれた時に痺れを切らしたのです」

ティアナの上二人も女。
その二人は、社交界でもそこそこ有名な美女「カミラ」と「レイナ」だ。

「お姉様たちは、美人だから使えると。だけど、私はお姉様たちに比べて、明らかに劣っていました。お父様は、それなら体を使って誘惑してこいと言い始めたのです」

だけど、と彼女は少し言葉に詰まる。

「っ、……私は、弱小ながら私のプライドがある。そう易々と、そんな汚いやり方でお父様の指示に従うことが、すごく嫌でした」

だから、バレない程度に猛勉強して、社交界では「馬鹿な女」として振る舞おうと心に決めていた。
けれど、彼女はある日、出会ってしまうのだーー。

「お姉様たちは、お父様の指示で社交界に顔を出さないといけませんでした。うちは小さな男爵家だったので、使用人もあまりおらず、小さい頃から雑用を手伝っていました」

水汲み、洗濯、炊事に清掃。全てをさせられてきた彼女は、ある日街に行くことになった。

「お父様に、予約していた本があるから取りに行きなさいと言われたんです。だけど、その本は、何故かなくて」
「…どうして?」
「他の方と重複して予約されていました。本屋側の失態だったみたいです…。だけど、またお父様のお怒りを買うことになるから、家に帰らず路上でうずくまっていたんです」

彼女は辛そうにしながら話す。

「そしたら、急に手が差し伸べられて。顔を上げると、少年がーールイスが、いたんです」

それが、ルイスとティアナの出会いだった。

「ルイスのお父様ーーつまり、今の前侯爵様が、お父様と本の重複予約をされていた方でした」

それを知ると、その頃から賢かった彼女はすぐに侯爵に譲らなければいけないことを理解した。
けれど、彼らは「家に着いて行って謝る」と言い出した。

「逆らえないから、とりあえず案内したんです。扉を開けるなりお父様は怒鳴りましたが、すぐに客がいることを知って薄っぺらい笑みを浮かべました………」

そして謝罪後、前侯爵は提案した。
そこの娘を、うちに働かせてはどうか、と。

「お父様は、目の色を変えて喜びました。その後、私が働いて得たお金の八割は男爵家に回せと私に言って…」
「…ひどいお話」
「そう、なのでしょうか…」

今まで「父に従う」ことを認識されられる環境にいた彼女にとっては、よくわからないことなのかもしれない。

「そのあと、私は自分を助けてくれた後も優しいルイスに惹かれて行ったんです。けど、ルイスが14の時に、奥様がやってきてーー」

奥様ーーつまり私。
私が、現実を目の当たりにする最初の場面だった、あの時だ。

「ひどく動揺しました。ーーだって、とても、可愛らしい方だったからーー」
「っ……!」
「ルイスは、この方を好きになるんだろうなって……そう思うと、心がもやもやしました。ルイスが人のものになるところを、見たくなく、て……」

ごめんなさい、と謝る彼女を嗜める。
そんなことを言われたってもう遅いことも、もうわかっている。

「謝らないで。好きな人が他の人を好きになるところを見たくないことは、よくわかるから」
「え……「よくわかる」って……」

私は何も答えずに微笑んだ。
上手く笑えているか、わからないけれど…。

「ごっ、ごめんなさい…………っ!」

必死で謝ってきた彼女に、頭を上げるよう促す。

「頭を下げるのは早いわ。もっと教えてーー私がきた後の、あなたたちの行動を」



「ちっ………」

思わず舌打ちをする。
まったく、これだから、女という生き物は。ーーまあ、私もそれに依存しているのだが。

ふ、と笑った後アークを呼ぶ。

「お呼びでしょうか、ルイス様」
「今日もあいつとは食事をとらない」
「……承知いたしました」

初めから、大人しい女だった。社交界で壁の花となっていた彼女を見て、相応しいと思った。
大人しい女でなければ、意味がない。

だからこそ、目論見は当たったはずだった。

結婚式で倒れた時は面倒だったけれど、その後は一切干渉してこなかったため、ひどく気分が良かった。
そのままティアナを手のひらで転がし、ついでに他の女も。

なのに、あの謝った時の彼女はーー。

「まったく、面倒なものだ」

なんでもてきとうに終わらせておけばいい。
謝れば、優しくすれば、大抵の女はすぐにやってくる。

これが、女という生き物だ。

情けない、と呆れながらも笑う。
あいつがまた大人しくならなければ、離婚だろうか。そうだとすれば、どれだけ絶望的な顔をするだろうか……?
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