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土曜市の店番

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「ヌッツェンマーン!」
「はーい!」
 緑のスカーフを首に巻いたレオンは、あたりをきょろきょろする。向こうで手をふる軽食売りのおかみさんが見えた。
「今、行くよ!」
 少年はすばやく人混みを縫って、パンのようにふっくらとしたおかみさんの元へ駆け寄る。
「レオン、ちょっと店番を頼むよ。小一時間で戻ってくるからさ」
「お安いご用だよ、ハンナ」
「じゃ、頼んだよ。どれでも一つ、食べていいからね。お駄賃は後払いだよ」
「ありがとう! 行ってらっしゃい」 

 オレンジ色のスカーフのハンナと入れ替わりに売り台の内側に入ると、レオンは瞳を輝かせて並んでいる軽食を見る。
 くん製肉や卵を野菜やハーブと一緒にはさみ込んだパンは、ボリューム満点で食べごたえがある。果物と一緒にてりってりに焼き上げたバターたっぷりのパンは、見ているだけでもよだれが出てくる。
 ああバターの良い匂い! こっちも甘くっておいしいんだよなぁ。どれか一つ。どれも食べたいけど、どれか一つ……。

「おいレオン、そんなに見つめてばかりいると、大事な売り物に穴が空いちまうぞ?」
「え?」
 ふり返ると隣のスペースで商売をしているジュース売りの青年が笑っている。
「穴が ⁉ 見てたら穴が空くの?」
「ははは! 物の例えだよ。そういう言い回しがあるのさ」
「なんだぁ、ほんとに穴が空いちゃうのかと思った!」
 レオンは人なつっこい笑顔を見せる。
「今日は何を飲む? レモネードならサービスしとくぜ。今日はレモンが安かったからたっぷり仕入れたんだ」
 黄色いスカーフの朗らかな青年はウインクする。
「いつもありがとう、リック。助かるよ。じゃ、レモネード作って!」
「よし来た」
 ひょろ長い腕で手早くレモネードを作りながらリックは言う。
「ヌッツェンマンとしてもっと稼げるようになったら、なんでも好きなジュースを注文してくれよ?」
「うん。その日一番飲みたいと思うジュースを、なんでも注文できるようになりたいな!」
 調理パンか菓子パンかで真剣に悩む少年の夢は、こんなささやかなものだった。
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