君が女の子

papporopueeee

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1日目

自由時間3:捧げる者

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 桃莉とジジの様子が気になって、小陽と睦美は再び音楽室へとやってきた。
 桃莉はピアノの椅子に腰かけており、ジジは床にぺたんと腰を下ろして、ふたりで話し込んでいるようだった。

「知らなかった……学校の屋上って、そんなに簡単に入れたんだ」
「三年生は大体知ってるけどな。ここから戻ったら……っと、お前らも来たのか」

 小陽たちの入室に気付くと、桃莉は軽く手を挙げた。ジジも手を振って小陽たちを歓迎している様子だった。

「ふたりはずっと歌ってたの?」
「うん、ジジはいっぱい歌った。トオリはずっとピアノ弾いてた。そういえば、トオリは歌わなくてもいいの?」
「歌は……ちょっとな。俺は自分が歌うのはあんまり得意じゃないんだ」

 桃莉の言葉に、小陽は少しだけ驚きを露わにした。桃莉の家は歌劇団に縁深いと睦美から聞いていたため、歌は得意分野なのかと思い込んでいたからだ。
 小陽は桃莉の歌について気になったが、桃莉の表情に影があるように見えたので聞かないことにした。誰にだって触れて欲しくない話題は在るし、小陽にだって在るのだから。

「得意とか、不得意とか、ジジは関係無いと思うけどな。歌いたければ歌えばいいと思う。ミコトもへたっぴだけど歌いたがってたし、イヨもへたっぴだけど自信満々だったし、ふたりともへたっぴだけど楽しそうに歌ってくれてたよ?」
「じ、ジジちゃんて友達にも辛口なのかな……ちょっと意外かな?」
「うん、ジジ辛いのは大好きだよ。わさびの辛いのも、胡椒の辛いのも、唐辛子の辛いのも全部好き。今日の夕飯は何が出るんだろうね……ちょっと楽しみ」

 ジジの天然ボケに対し、睦美は苦笑いを浮かべていた。榎戸ならば関西弁でキレの良いツッコミをしていたのだろうかと考えたが、テキトーな相槌をしてスマホを眺める姿しか思い浮かばなかった。

「ジジって日本生まれの日本育ちなんだよな……なんで日本語苦手なんだ?」
「んー……多分じぃじとばぁばがそうだから? あのね、日本語と英語を混ぜて話すの。文法は英語なのに単語は日本語とか、その逆とか……おかげで、ジジはどっちも中途半端になっちゃった……もしかしてジジ、何か間違えてた?」
「ううん、美味しいよね辛い食べ物。ボクはそこまで得意じゃないけど、ピリ辛のラーメンとか好きかな」

 睦美とジジはにこりと笑って互いに微笑みあった。どうやら辛党の輪が生まれたらしい。
 辛い物が苦手な小陽は、ジジの発言で気になった部分に言及して話題を変えた。

「ジジくんて、おじいちゃんおばあちゃんと仲が良いの? さっきの話だと、そのふたりから言葉を教わったんだよね?」
「ちょっと違う……? じぃじはおじいちゃんじゃないし、ばぁばはおばあちゃんじゃない。年齢的にはそうなのかもだけど、関係としてはジジのお父さんとお母さん……のはず。あのね、ジジは養子なの」
「えっ……ご、ごめん。あんまり聞いちゃいけないことだったかな……」

 プライベートな問題に首を突っ込んでしまったかと落ち込む小陽。それに対し、ジジは無表情のままふるふると首を振った。

「別に、ジジはあんまり気にしてないから。ジジは元々は孤児院に居たの。7歳の時にじぃじとばぁばの家族になって、そのまますぐに聖歌隊にも紹介されたの。それからは殆ど毎日教会に連れられて、皆に歌を捧げる日々なのです……あーめん」

 両手を結んで目を瞑り、虚空へと祈りを捧げるジジ。所作から信心を全く感じられないのもその幼さ故なのか、それとも抑揚の無い話し方のせいなのか。もしくは、養親が熱心なだけでジジ本人は宗教には興味が無いのかもしれない。

 ジジの経歴を知った小陽は少しだけ暗い気持ちになった。本人は気にしていないようだけれど、それでも幼くして孤児院に居たというジジの身の上を思わずにはいられなかった。
 隣の睦美の表情からは、小陽と同じようなことを考えているのが伝わってきた。しかし桃莉の重い表情は、小陽たちとは少し異なるように思えた。桃莉は何度か口を開いては閉じた後、意を決した様子で息を吸って話し出した。

「……ジジはそれでいいのか? これはあくまで外野の感想だから、見当違いかもしれないけど……今の話を聞くと、ジジの養親は聖歌隊に入れる為にお前を引き取ったように……いや、悪い。こんなこと、俺がただの想像で言及していいじゃないよな。すまない、忘れてくれ」

 ジジの心を気遣って自ら言葉を引っ込めた桃莉だったが、その逃げようとする言葉の尾をひっ捕まえたのはジジだった。

「ううん、多分それで合ってると思うよ? じぃじとばぁばに引き取られる前に何度も歌わされたし、聖歌隊に入るのも説明されてたし。だから、トオリは謝らなくて大丈夫。きっと間違ってないから」
「っ……それなら猶更じゃないか。お前はそれを理解していてっ……自分が養親の信仰心を満たす為に利用されているってわかっているのに、それでもいいって言うのか?」
「うん、いい……むしろ、ジジはそれが良いの」

 ジジの顔は無表情では無かった。まるで胸の内で灯る蝋燭の火を優しく見守るような、そんな慈愛に満ちていた。

「じぃじとばぁばが教えてくれたの。神様から多くを与えられた人は、その多くを他の人に与えなければいけない……この言葉がジジは大好きなんだ。ジジはいっぱい神様から貰ってるから、いっぱい皆にお返しするの。ジジは皆に歌を捧げて、それで皆が喜んでくれたらジジもとっても嬉しい。だから、ジジはこれで良い……ううん、これが良いの。トオリも、たくさんジジからもらって欲しいな?」

 ジジからは神様への信心が全く感じられない。お祈りの言葉にも神様への尊敬が籠っていない。それでも、その内には尊い想いを抱えていた。ジジが養親から受け継いだ博愛の心が、確かに小陽にも伝わって来た。

 しかしその想いは立派すぎて、幼いジジのが背負う姿は眩しすぎて、少し痛々しいようにも思えた。

「それに、トオリも同じでしょ? トオリは格好良いから、モデルとして多くの人に感動を分け与えてる。ジジと同じだよ」
「でも……見た目なんて俺が望んだ才能じゃない。ただ、偶然この顔と身体で生まれたってだけで……本当に欲しかった物は何一つ与えられていなかったとしても……それでも与えるべきだって、ジジは言うのか?」
「うん。だって、神様から貰えなかった物を気にしたって仕方ないもん。ジジも勉強はできないけど、それはイヨが与えてくれた。ピアノは弾けないけど、トオリが与えてくれた。だから、ジジもふたりに歌を捧げるの。Give そして Take……違う?」
「……ジジくらい割り切れたら、どれほど楽だろうな」

 自嘲染みた笑みを浮かべながら、短く息を吐き出す桃莉。小陽も睦美も何も言えずにただ黙って見守るしかない中で、ジジは静かに歌い出した。

「~~♪」

 それは小陽も知らない歌で、歌詞もわからなかったけれど、桃莉を励ましていることだけは伝わって来た。ジジの声も、瞳も、表情も、全てが桃莉の方を向いていたからだ。

 長いまつ毛を重ねてとても眩しそうに、桃莉は自身に歌を捧げるジジを見つめていた。
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