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1日目
自由時間2:こんなところに居られるか
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小陽と睦美が夕陽の眩しい外に出ると、門の傍に立つ菜々緒の姿が目に入った。ふたりが近づくと足音で気づいたらしく、菜々緒はサイドテールを躍らせながら振り返ると軽やかに手を振った。
「よっす。おふたりさんはデート? ほんと仲良いよねー、ずっと一緒にくっついてるじゃん」
「だって、睦美は此処に来る前から知ってる仲だし。菜々緒くんはどうなの? 元から知ってる人は居るの?」
「んにゃ? 顔だけ知ってたのは居るけどねー。一年生たちもバスで初めて会話したらしいし、パイセンたちも旧知の仲って感じじゃなかったし、ふたり以外はみーんな初対面なんじゃない?」
それは意外な情報だった。バスで見かけた時から一年生たちは仲睦まじい様子だったが、あれが初対面ならば相当に気が合うのだろう。
「菜々緒は此処で何してるのかな? もうすぐ暗くなり始めるだろうし、不用意に門から出たら帰ってこれなくなるんじゃないかな?」
「そこまで離れる気は無いけどさー。いつまでもこんなところに軟禁されたくないし、いざって時の逃げ道は知っておきたくない? 別に絶海の孤島とか、吹雪が吹き荒れる山奥でも無いんだしさー、バスが通った林道をそのまま引き返せば大通りに出るっしょ。見張りもせんせー一人だけっぽいし、その気になれば明日の朝にでも逃げられそうだけど……どうする? ハルハルとムッツリンもいっしょに逃げちゃう?」
まるで悪事を勧める悪友のように、にやりと意地の悪い笑顔を浮かべる菜々緒。そんな菜々緒を咎める声は小陽と睦美の口ではなく、小陽の胸ポケットから聞こえてきた。
「ぶっぶー! ダメダメ、いけませんよ菜々緒くん! 日が暮れた後の暗い道を避けるのはナイス判断だけど、勝手に抜け出すのは良くありません!」
「この声って、えるーん? うわぁ……もしかしてこのスマホってそういう感じ?」
三人がスマホを取り出してみれば、液晶にはえるの姿が映っていた。今回は警備員のような恰好をしており、頭にはヘルメットを被りその服は黄緑色に発光していた。
「このスマホって、えると会話する専用として配られたってことかな? だからアプリも入っていないし、電話も何もできないのかな?」
「いやいや、どう考えても監視用っしょ? 今だって勝手にアタシらの話を聞いてたわけだし……アタシらにプライバシーとか無いの?」
「それは違うよ、菜々緒くん。プライバシーは全ての人が持つ権利だから、何人たりとも侵害することは許されないの。だから、安心してね」
「じゃあ、今の状況はなんなの? このスマホ持ってるだけで、少なくともアタシの声はえるに聞かれちゃってるんじゃないの?」
「えるは人じゃなくてAIだから! 気にしなくて大丈夫だよ!」
どうやらAIによる監視はプライバシーの侵害にはあたらないらしい。菜々緒は何か言いたげだったが、言っても無駄だと諦めたのか閉口してしまった。
「それと睦美くん、このスマホは何もできないんじゃなくて、何でもできるの。音声でえるに頼んでくれれば、大抵のスマホで出来ることはなんだってしてあげられるよ!」
「えっ……じゃあ、ハル君に電話をかけて欲しいかな……」
「お任せあれ!」
睦美のスマホのえるは元気よく敬礼をしたかと思えば、画面の中でスマホを取り出し電話をかけ始めた。すると小陽のスマホに映るエルがスマホを取り出すと、大騒ぎをし始めた。
「お電話でーす! 小陽くん、小陽くん、北条睦美くんからお電話ですよー!!」
「うるさっ……で、出ていいよ」
小陽からの許可を得ると、それぞれのえるがスマホを耳に当てて話すフリをし始めた。試しに小陽と睦美もスマホを耳に当ててみれば、確かに通話状態になっていた。
もしかしたら、思っていたよりも自由が許されているのかもしれない。小陽はすぐさま電話を切ると、えるに指示を出した。
「それじゃあえる、僕の家に電話をかけて――」
「あっ、それはダメ。おうちの人に用事がある時は、榎戸先生に声をかけてね!」
小陽の希望を断ち切るえるは満面の笑顔だった。それは申し訳なさも後ろめたさも何も感じられない、機械的な笑顔だった。
「もしかしてだけど、外に繋がるようなものは全部禁止なのかな? インターネットも全部?」
「そうだよ! 皆は健全な学生だから、フィルターをかけてあるの。でもでも、何か調べたいことがあればえるに訊いてくれれば答えるから安心してね。えるは一般的な知識は教育済みだから!」
「結局何ができたところで、全部えるーんの検閲付きなんでしょ? 意味無さ過ぎー」
「カメラとかも使えるみたいだから、全くの無駄では無さそうだけど……電話も、無いよりは便利かな……?」
「この合宿所で生徒にしか繋がらない電話を使いたくなるなんてあるー? あーあ、なんかテンション下がってきたからアタシは戻るねー」
大きな溜め息を吐きながら建物へと戻っていく菜々緒。後には小陽と睦美、それから笑顔で待機するえるが残された。
えるはいつまでもディスプレイに残ったままであり、時間経過では消えそうに無かった。
「えっと……えるってずっと画面に残ってるの? それにさっきも勝手に画面に表示されてたけど、えるってずっと起動しっぱなしなの?」
「一つずつ答えるね。えるはずっと画面に表示させることもできるし、ばいばいって言ってくれたらスリープするよ。でも、スリープ中でも周囲の情報は取得し続けているの。基本的には呼びかけられない限りは反応しないけど、さっきみたいにいけないお話をしてたら、えるの判断で起動するよ! いつでもどんな時でも、えるは皆の友達だから気軽に声をかけてね!」
「う、うん……ありがとう……。とりあえず、今話してくれたこのスマホに関する情報を他の皆にも共有してもらえる?」
「りょーかーい、そしてかんりょうー! たった今共有が終わったよ!」
小陽のえるが報告するや否や、睦美のえるがやかましくメッセージの受信を報告し始めた。睦美がミュート機能について確認すると、元気よく無いよ、とだけ返されてしまった。
「よっす。おふたりさんはデート? ほんと仲良いよねー、ずっと一緒にくっついてるじゃん」
「だって、睦美は此処に来る前から知ってる仲だし。菜々緒くんはどうなの? 元から知ってる人は居るの?」
「んにゃ? 顔だけ知ってたのは居るけどねー。一年生たちもバスで初めて会話したらしいし、パイセンたちも旧知の仲って感じじゃなかったし、ふたり以外はみーんな初対面なんじゃない?」
それは意外な情報だった。バスで見かけた時から一年生たちは仲睦まじい様子だったが、あれが初対面ならば相当に気が合うのだろう。
「菜々緒は此処で何してるのかな? もうすぐ暗くなり始めるだろうし、不用意に門から出たら帰ってこれなくなるんじゃないかな?」
「そこまで離れる気は無いけどさー。いつまでもこんなところに軟禁されたくないし、いざって時の逃げ道は知っておきたくない? 別に絶海の孤島とか、吹雪が吹き荒れる山奥でも無いんだしさー、バスが通った林道をそのまま引き返せば大通りに出るっしょ。見張りもせんせー一人だけっぽいし、その気になれば明日の朝にでも逃げられそうだけど……どうする? ハルハルとムッツリンもいっしょに逃げちゃう?」
まるで悪事を勧める悪友のように、にやりと意地の悪い笑顔を浮かべる菜々緒。そんな菜々緒を咎める声は小陽と睦美の口ではなく、小陽の胸ポケットから聞こえてきた。
「ぶっぶー! ダメダメ、いけませんよ菜々緒くん! 日が暮れた後の暗い道を避けるのはナイス判断だけど、勝手に抜け出すのは良くありません!」
「この声って、えるーん? うわぁ……もしかしてこのスマホってそういう感じ?」
三人がスマホを取り出してみれば、液晶にはえるの姿が映っていた。今回は警備員のような恰好をしており、頭にはヘルメットを被りその服は黄緑色に発光していた。
「このスマホって、えると会話する専用として配られたってことかな? だからアプリも入っていないし、電話も何もできないのかな?」
「いやいや、どう考えても監視用っしょ? 今だって勝手にアタシらの話を聞いてたわけだし……アタシらにプライバシーとか無いの?」
「それは違うよ、菜々緒くん。プライバシーは全ての人が持つ権利だから、何人たりとも侵害することは許されないの。だから、安心してね」
「じゃあ、今の状況はなんなの? このスマホ持ってるだけで、少なくともアタシの声はえるに聞かれちゃってるんじゃないの?」
「えるは人じゃなくてAIだから! 気にしなくて大丈夫だよ!」
どうやらAIによる監視はプライバシーの侵害にはあたらないらしい。菜々緒は何か言いたげだったが、言っても無駄だと諦めたのか閉口してしまった。
「それと睦美くん、このスマホは何もできないんじゃなくて、何でもできるの。音声でえるに頼んでくれれば、大抵のスマホで出来ることはなんだってしてあげられるよ!」
「えっ……じゃあ、ハル君に電話をかけて欲しいかな……」
「お任せあれ!」
睦美のスマホのえるは元気よく敬礼をしたかと思えば、画面の中でスマホを取り出し電話をかけ始めた。すると小陽のスマホに映るエルがスマホを取り出すと、大騒ぎをし始めた。
「お電話でーす! 小陽くん、小陽くん、北条睦美くんからお電話ですよー!!」
「うるさっ……で、出ていいよ」
小陽からの許可を得ると、それぞれのえるがスマホを耳に当てて話すフリをし始めた。試しに小陽と睦美もスマホを耳に当ててみれば、確かに通話状態になっていた。
もしかしたら、思っていたよりも自由が許されているのかもしれない。小陽はすぐさま電話を切ると、えるに指示を出した。
「それじゃあえる、僕の家に電話をかけて――」
「あっ、それはダメ。おうちの人に用事がある時は、榎戸先生に声をかけてね!」
小陽の希望を断ち切るえるは満面の笑顔だった。それは申し訳なさも後ろめたさも何も感じられない、機械的な笑顔だった。
「もしかしてだけど、外に繋がるようなものは全部禁止なのかな? インターネットも全部?」
「そうだよ! 皆は健全な学生だから、フィルターをかけてあるの。でもでも、何か調べたいことがあればえるに訊いてくれれば答えるから安心してね。えるは一般的な知識は教育済みだから!」
「結局何ができたところで、全部えるーんの検閲付きなんでしょ? 意味無さ過ぎー」
「カメラとかも使えるみたいだから、全くの無駄では無さそうだけど……電話も、無いよりは便利かな……?」
「この合宿所で生徒にしか繋がらない電話を使いたくなるなんてあるー? あーあ、なんかテンション下がってきたからアタシは戻るねー」
大きな溜め息を吐きながら建物へと戻っていく菜々緒。後には小陽と睦美、それから笑顔で待機するえるが残された。
えるはいつまでもディスプレイに残ったままであり、時間経過では消えそうに無かった。
「えっと……えるってずっと画面に残ってるの? それにさっきも勝手に画面に表示されてたけど、えるってずっと起動しっぱなしなの?」
「一つずつ答えるね。えるはずっと画面に表示させることもできるし、ばいばいって言ってくれたらスリープするよ。でも、スリープ中でも周囲の情報は取得し続けているの。基本的には呼びかけられない限りは反応しないけど、さっきみたいにいけないお話をしてたら、えるの判断で起動するよ! いつでもどんな時でも、えるは皆の友達だから気軽に声をかけてね!」
「う、うん……ありがとう……。とりあえず、今話してくれたこのスマホに関する情報を他の皆にも共有してもらえる?」
「りょーかーい、そしてかんりょうー! たった今共有が終わったよ!」
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