32 / 83
2日目
神様から多くを与えられたから、その多くを他の人に与えた
しおりを挟む
「待ってください。鳳君も、和泉君も、少し落ち着くべきです。ふたりの間には何かがあったようですが、それは私たちには関係がありません。ここは皆で話し合いをする場ですから、ふたりだけで結論付けるのは早計だと思いますよ」
「そっ、そうだよジジくん! ぼくも、急にそんなこと言われても納得できないよ!」
「わたくしも、納得はしかねます。せめて、ジジくんからもう少しお話を聞かせてはいただけないでしょうか?」
それは声を挙げた3人だけの気持ちでは無かった。少なくとも小陽は、何もわからぬままジジにヘルメットを被せたくは無かった。
しかし桃莉の言葉は、そんな全員をたった一言で黙らせてしまった。
「ジジはカストラートだ」
カストラート、それは聞き馴染みの無い単語であり、小陽には意味がわからなかった。他の生徒たちも同じだったようで、反応を示したのはただ一人だけ……弥生だけが、その顔を青ざめさせていた。
「か、カストラート……? 間違いないのですか? 鳳君、君は……」
「うん、そうだよ。聖歌隊に入ってすぐだから、7歳の時。じぃじとばぁばに言われたから取っちゃった。その方が、ジジの歌声はもっと良くなるって」
「そんなっ……そんなことが許されるはずがありません!」
弥生は声を荒げながら、思い切り机を叩いた。それは普段の弥生からは考えられない程の動揺であり、それが意味を知らぬ者たちを余計に焦らせた。
「おい如月、何だよそのカストラートってのは。オレにもわかるように説明してくれ」
「っ……そ、それはっ……っ」
言いにくそうに口籠る弥生。そんなにも衝撃的なことなのかと身構える小陽の耳に、えるの明るく軽い声が響いた。
「それじゃあ、えるが説明してあげるね。カストラートとは、1600年頃に普及したとある特徴を持つ男性歌手を指す言葉なの。カストラートの歌声は他の男性歌手や女性歌手ではたどり着けない境地とされていて、官能的ですらあったとされているんだ。でもカストラートは非人道的という世論が高まったことによって、次第に数を減らしていったの。現代においては、少なくとも記録上は存在してはいけない人だね」
「そ、存在してはいけない人!? じ、ジジくんって、そんなに悪い人なの!?」
「黙ってろ、宇佐美。肝心な部分を省いてんじゃねえぞ、くそAI。結局、そのカストラートが持つ特徴ってのは何なんだよ?」
「それはね、第二次性徴が始まるよりも前に去勢をしていることだよ」
「……は?」
言葉を失ったのは久野絵だけでは無かった。イヨも、ミコトも、小陽も、何も言えなかった。
それは、一般的には動物に対して用いられる処置だ。人間に対してそれを行うのは、例えばガンなどの重い病気の治療の為だろうという思い込みがあった。それがまさか、たかが歌声の為に行われたなんて信じられなかった。
「皆は気にしなくていいよ? ジジも気にしてないから……それよりも、ジジの歌で喜んでもらえた方が嬉しいから」
ジジの養親はその歌声の為に、ジジから子種を奪った。ジジはどれだけ成長しようとも、この先誰を愛そうとも、自分の血を引く子供を作ることだけは絶対にできない。それなのに当のジジは何とも思っていない様子であり、それが余計に養親の醜悪さを感じさせた。
小陽はどうしても信じたくなかった。ジジの感情の無い声も、平気そうな様子も、とても受け入れられなかった。ジジが恨みつらみを吐いてくれなければ、小陽の方がおかしくなってしまいそうだった。
「……本当に? ねえ、ジジくんは本当に気にしてないの? だってっ……だってジジくんは、もう子供を作れないんだよ? ジジくんは……それを知ってたの? 知ってて……理解した上で、歌の為にそれを取ってしまったの?」
「手術した時は知らなかったと思う……だって、7歳だったから。説明はされてたかもしれないけど、当時のジジは理解してないだろうし、気にしてなかったと思う」
「それならっ、どうして今のジジくんはそんなに落ち着いていられるの!? そんなの騙されてたのと同じだよ! 今のジジくんは失った物の重みをきちんと理解していて、それなのにっ……どうしてそんなに平気そうなの?」
小陽の問いかけには何の意味も無いどころか、ジジにとってはマイナスでしかない。今更ジジが後悔したところで、失った物を取り戻せるわけじゃない。
小陽がジジにかけているのは、ジジを余計に苦しめかねない言葉でしかないことを、小陽自身もわかってはいた……それでも、問わずにはいられなかった。
それをジジも理解しているのかもしれない。ジジは苦しむどころか、小陽を慈しむような微笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ、コハル。そんなに不安そうな顔をしなくても、ジジは本当に何も気にしてないから。じいじとばぁばが教えてくれた、ジジの大好きな言葉……『神様から多くを与えられた人は、その多くを他の人に与えなければいけない』。ジジは、神様から、天使様のような容姿を戴いた。ジジは、神様から、澄み渡る歌声を戴いた。ジジは、神様から、孤児院で育ちながら養子にもらわれる幸運を戴いた。だから、ジジはたくさんもらった分、皆に多くを捧げるの……ジジの歌で喜んでくれる皆が、ジジは大好きだよ」
自身を囲む皆の顔を見渡しながら、まるで告白でもしたかのように照れ笑いを浮かべるジジ。
そんなジジからの無垢な愛に応えられる者は、此処には誰一人として居なかった。
「そっ、そうだよジジくん! ぼくも、急にそんなこと言われても納得できないよ!」
「わたくしも、納得はしかねます。せめて、ジジくんからもう少しお話を聞かせてはいただけないでしょうか?」
それは声を挙げた3人だけの気持ちでは無かった。少なくとも小陽は、何もわからぬままジジにヘルメットを被せたくは無かった。
しかし桃莉の言葉は、そんな全員をたった一言で黙らせてしまった。
「ジジはカストラートだ」
カストラート、それは聞き馴染みの無い単語であり、小陽には意味がわからなかった。他の生徒たちも同じだったようで、反応を示したのはただ一人だけ……弥生だけが、その顔を青ざめさせていた。
「か、カストラート……? 間違いないのですか? 鳳君、君は……」
「うん、そうだよ。聖歌隊に入ってすぐだから、7歳の時。じぃじとばぁばに言われたから取っちゃった。その方が、ジジの歌声はもっと良くなるって」
「そんなっ……そんなことが許されるはずがありません!」
弥生は声を荒げながら、思い切り机を叩いた。それは普段の弥生からは考えられない程の動揺であり、それが意味を知らぬ者たちを余計に焦らせた。
「おい如月、何だよそのカストラートってのは。オレにもわかるように説明してくれ」
「っ……そ、それはっ……っ」
言いにくそうに口籠る弥生。そんなにも衝撃的なことなのかと身構える小陽の耳に、えるの明るく軽い声が響いた。
「それじゃあ、えるが説明してあげるね。カストラートとは、1600年頃に普及したとある特徴を持つ男性歌手を指す言葉なの。カストラートの歌声は他の男性歌手や女性歌手ではたどり着けない境地とされていて、官能的ですらあったとされているんだ。でもカストラートは非人道的という世論が高まったことによって、次第に数を減らしていったの。現代においては、少なくとも記録上は存在してはいけない人だね」
「そ、存在してはいけない人!? じ、ジジくんって、そんなに悪い人なの!?」
「黙ってろ、宇佐美。肝心な部分を省いてんじゃねえぞ、くそAI。結局、そのカストラートが持つ特徴ってのは何なんだよ?」
「それはね、第二次性徴が始まるよりも前に去勢をしていることだよ」
「……は?」
言葉を失ったのは久野絵だけでは無かった。イヨも、ミコトも、小陽も、何も言えなかった。
それは、一般的には動物に対して用いられる処置だ。人間に対してそれを行うのは、例えばガンなどの重い病気の治療の為だろうという思い込みがあった。それがまさか、たかが歌声の為に行われたなんて信じられなかった。
「皆は気にしなくていいよ? ジジも気にしてないから……それよりも、ジジの歌で喜んでもらえた方が嬉しいから」
ジジの養親はその歌声の為に、ジジから子種を奪った。ジジはどれだけ成長しようとも、この先誰を愛そうとも、自分の血を引く子供を作ることだけは絶対にできない。それなのに当のジジは何とも思っていない様子であり、それが余計に養親の醜悪さを感じさせた。
小陽はどうしても信じたくなかった。ジジの感情の無い声も、平気そうな様子も、とても受け入れられなかった。ジジが恨みつらみを吐いてくれなければ、小陽の方がおかしくなってしまいそうだった。
「……本当に? ねえ、ジジくんは本当に気にしてないの? だってっ……だってジジくんは、もう子供を作れないんだよ? ジジくんは……それを知ってたの? 知ってて……理解した上で、歌の為にそれを取ってしまったの?」
「手術した時は知らなかったと思う……だって、7歳だったから。説明はされてたかもしれないけど、当時のジジは理解してないだろうし、気にしてなかったと思う」
「それならっ、どうして今のジジくんはそんなに落ち着いていられるの!? そんなの騙されてたのと同じだよ! 今のジジくんは失った物の重みをきちんと理解していて、それなのにっ……どうしてそんなに平気そうなの?」
小陽の問いかけには何の意味も無いどころか、ジジにとってはマイナスでしかない。今更ジジが後悔したところで、失った物を取り戻せるわけじゃない。
小陽がジジにかけているのは、ジジを余計に苦しめかねない言葉でしかないことを、小陽自身もわかってはいた……それでも、問わずにはいられなかった。
それをジジも理解しているのかもしれない。ジジは苦しむどころか、小陽を慈しむような微笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ、コハル。そんなに不安そうな顔をしなくても、ジジは本当に何も気にしてないから。じいじとばぁばが教えてくれた、ジジの大好きな言葉……『神様から多くを与えられた人は、その多くを他の人に与えなければいけない』。ジジは、神様から、天使様のような容姿を戴いた。ジジは、神様から、澄み渡る歌声を戴いた。ジジは、神様から、孤児院で育ちながら養子にもらわれる幸運を戴いた。だから、ジジはたくさんもらった分、皆に多くを捧げるの……ジジの歌で喜んでくれる皆が、ジジは大好きだよ」
自身を囲む皆の顔を見渡しながら、まるで告白でもしたかのように照れ笑いを浮かべるジジ。
そんなジジからの無垢な愛に応えられる者は、此処には誰一人として居なかった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる