君が女の子

papporopueeee

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3日目

乱暴には乱暴を

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「イヨ……くん……っ?」
「残念です……残念です、とても。ヤヨイさんは快く承諾してくださったのに……コハルさんは酷いお方ですね?」
「え――っ!?」

 それは一瞬の出来事であった。気づいた時には小陽はイヨに馬乗りされていて、両腕もイヨの足にがっちりと挟まれて動かせなくなっていた。
 動揺のあまり視界もおぼつかない小陽の瞳には、本当に楽しそうで嬉しそうなイヨの笑みが映っていた。

「イ、イヨくん、何のつもり? こんなの、冗談の範疇を越えてるよ……そ、それに、弥生くんって何の話?」
「実はわたくし、ヤヨイさんにもお願いしていたのです。わたくしの身代わりになっていただきたいと……優しいヤヨイさんがわたくしの為に身を挺してくださった姿は、コハルさんも見ていたでしょう? お優しいコハルさんも引き受けてくださると見込んでおりましたが……見当違いだったようです。そのように無碍にされては、お身体に直接お願いするしかないではありませんか」

 イヨは小陽の胸に人差し指を添えると、あばら骨の凹凸に沿って指先を滑らせた。呼吸の度に上下する胸をトランポリンに見立てて、イヨの指は小陽の胸をとんとんと跳ねていた。
 自由を奪われた小陽はイヨの戯れに対して固唾を呑み込むことしかできず、イヨは上半身を倒すと優しい声音で耳元に囁いた。

「ご安心ください、校則は確認済みです。禁止されているのは不純異性交遊だけですから、わたくしとコハルさんが身体を重ねようと拘束違反にはなりません。ですから、どうか小陽さんも楽しんでください……ふふ」

 不純で無ければ、交遊で無ければ、異性で無ければ、どれか一つでも満たさなければ禁止事項では無い。イヨが何をしようとしているかなんて、聞くまでも無かった。

 隣で眠っている睦美を起こそうと小陽は大口を開けたが、その喉が震えるよりも前に丸めた布を押し込まれてしまった。

「あーんがお上手ですね、コハルさんは。しかし、そんなに興奮してふがふがと匂いを嗅がれては、わたくしも照れてしまいます……お返し、させていただきますね?」

 イヨは上半身を倒したまま、その鼻先を移動させていく。耳の匂いをすんすんと嗅いで、深く息を漏らす。鼻先を重ねて、嬉しそうに身を捩る。頬に鼻先を埋めて、すりすりと擦る。
 それは仕留めた獲物の匂いを嗅ぐ肉食獣のようだった。拘束されている小陽は悲鳴も出せず、イヨの品定めにビクビクと反応して喜ばせることしかできなかった。

「ただ匂いを嗅いでいるだけなのに、そんなに愛らしい反応をなさるなんて……可愛いですね、コハルさん。本当に可愛らしい……まるで女の子のようですよ?」
「っ!!」

 その言葉だけは認めるわけにはいかないと、小陽は力を振り絞って身を捩った。しかしマウントを取られている小陽の抵抗ではイヨの余裕は崩せず、わざとらしく喘いで楽しんでいる様子だった。
 イヨは上体を起こして小陽を上から見下ろした。

「ふふ、コハルさんはそうでしたね。優しそうで、人畜無害な人柄が透けて見えるような雰囲気なのに、性別の話になると急に強情な瞳になっておられました。まるで、既にえるさんから洗脳を受けているかのよう……ですから、わたくしが救って差し上げます。自身を男の子だと謳う、コハルさんのその勘違いを正して差し上げます。得意なんです、わたくし……男の子を女の子にして差し上げるのが」

 小陽を見下ろし、月明りを全身に浴びるイヨ。それは淫魔の存在を信じさせるような、妖しい光景であった。
 このままでは自身の男の子どころか貞操すら守れない。小陽は何とか両腕を引き抜こうと力を込めるが、イヨに首をくすぐられて阻まれてしまった。

 イヨは小陽の下腹部に右手を添えると、滑り込ませるように体育着の内側に侵入し、そのまま裾を巻き込みながら小陽の胸へと上っていき――

「だから男ってのは嫌いなんだ」
「え――ひっ!?」

 ――背後から現れた影に襟を掴まれて、イヨはベッドの外へと放り投げられた。

「こんな奴と同じ性別ってだけでも反吐が出る……ああ、そうだ。今更の挨拶だが、邪魔してるぞ朝比奈」
「その声……久野絵くん……?」

 イヨの代わりに月明りに照らされていたのは久野絵だった。黒いマスクとフードでその表情は殆どわからないが、小陽をイヨの魔の手から助けてくれたことは確かだった。

 床に転がされたイヨは苦悶の声を漏らしながらも、よろよろと立ち上がって久野絵を睨みつけた。硬い床に身体を打ち付けられた痛みに悶えてはいるが、動けない程の怪我はしていないようだった。

「クノエさんっ……何処にいらっしゃるのかと思っていましたが、ずっとコハルさんのベッドの下に隠れていたのですか? 見上げたストーカー根性ですね」
「もう自己犠牲になるような奴は残って無いからな。宇佐美はともかく、オレと朝比奈に対しては何かを仕掛けるだろうと思ってた。いくつか予想はしてたが、一番野蛮で下品な選択肢にヤマ張ってみたら……発情した兎がノコノコ腰振りながらやってきたってわけだ。滑稽すぎて、笑いを堪えるのに必死だったぜ」

 久野絵からの嘲笑に対して、イヨは口を噤んでいた。ただ、悔しそうな息遣いだけは小陽の耳にも聴こえてきた。

「何だ、盛った様を覗かれて、耳真っ赤にする程度の羞恥心は残ってたのか」
「っ……貴方の品性の感じられない言い方が耐え兼ねるだけです」
「どの口が言うんだかな。てめえのしようとしたことがわかってねえのか……ああでも、身体に理解させるのがてめえのやり方だったよな?」

 久野絵が一歩迫ると、イヨは一歩後退った。久野絵が歩くだけでイヨは壁に追い詰められ、久野絵がこれ見よがしに拳を振り上げれば、イヨはビクりと縮み上がった。
 久野絵がイヨとは別の野蛮な行為をしようとしているのは明らかであり、目の前で血が流れるのを小陽は見過ごせなかった。

「ちょっと待って、クノエくん! 暴力は良くないよ!」
「あぁ? 朝比奈……てめえ自分がどんな状況だったかわかってねえのか?」
「それは……でも、結果的には久野絵くんに助けてもらえたし……それとは関係無く、目の前で暴力を振るおうとしてるのは見過ごせないよ」
「そうかよ……お優しいことで。でもまあ、オレには関係な――」

 小陽が久野絵を止めたほんの一瞬の隙をイヨは見逃さなかった。イヨほとんど転びながらも久野絵の脇をすり抜けると、そのまま一直線に小陽の元へと飛び込んできた。

 そして――

「えるさん、助けてください! クノエさんに襲われています!!」

 ――久野絵から身を守るように小陽の懐に転がり込みながら、イヨは大声で助けを求めた。

「緊急事態発生、緊急事態発生! エマ―ジェンシー!! 皆起きて―! 榎戸先生ー!! 1階C教室、朝比奈小陽くんの個室にて暴力事件発生の可能性大!! 即刻事態を確認し、生徒たちの身の安全を確保されたしー!!」

 小陽のスマホだけでなく睦美が寝ている部屋からも、個室の壁すらも越えて、えるの大きな声が建物内に響き渡った。
 続けて隣の部屋からバタバタと慌てる物音が聴こえて来て、ものの数秒で睦美が小陽の部屋へとやってきた。

「はっ、ハル君! 大丈夫……えっ……? これ、どういう状況なのかな……?」

 小陽に抱き着くイヨを見て、睦美は固まってしまった。
 イヨの言葉には虚偽が含まれており、実際にはクノエはまだ暴力は振るってはいない。睦美が凄惨な現場を想像していたのなら、予想とは異なる状況に困惑するのも当然だろう。

「コハルさんは、クノエさんに襲われるわたくしを庇ってくださったのです。そうですよね、コハルさん?」
「え、いや……そうなんだけど……それだけじゃなくて……」
「ハル君……? ちゃんと説明して欲しいかな……?」

 豪胆にも夜這いを仕掛けた相手に助けを求めるイヨ。混沌とした状況に対する説明を求める睦美と、説明に悩む小陽。
 混沌とした個室に続々と足音が迫って来る中で、久野絵は心底めんどくさそうにため息を吐いた。

「うぜえことになったな……とりあえず、そいつ一発は殴らせろ」

 久野絵は躊躇なく真っすぐにベッドへと歩み寄ると、小陽に引っ付くイヨの襟を掴んで強引に引き剥がした。

「待って、ダメだよ! 久野絵くん!!」

 小陽が止める間もなく拳を振り被る久野絵と、細い両腕で自らの顔を覆うイヨ。しかし、久野絵の腕が振り抜かれることは無かった。

「何があったのかはわかりませんが、暴力はいけませんよ織田君」
「如月……!」

 久野絵の腕を弥生が掴んでいた。睦美よりも後に到着したはずなのに、弥生は迅速な行動で暴力を防いでみせた。
 弥生の到着によって身の安全を確信したのか、イヨは声を震わせながらも笑っていた。

「ふ、ふふ……本当に、ヤヨイさんは優しいお方ですね?」
「ちっ……覚えとけよ、藤原……!」

 久野絵も諦めたようで、左手で掴んでいたイヨを突き飛ばすように離した。
 短く悲鳴を上げるイヨを小陽は反射的に抱きとめたが、声はかけられなかった。小陽視点ではイヨこそが悪であり、久野絵は助けてくれた恩人である。その久野絵の前でイヨを気遣うのが憚られた。

 しかし、イヨはそんな小陽の気持ちはお構い無しとばかりに小陽の耳に口を寄せると――

「助けていただき、ありがとうございます……お優しい、コハルさん?」

 ――久野絵に見せつけるように、小陽への感謝を口にしたのだった。
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