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4日目
話し合いはまだ終わらない
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床に蹲って悶えるイヨを、小陽はただ静かに見守っていた。
小陽がそうであったように、イヨにも男の子で在りたい理由があった。お互いに譲れなかったから、結果的にイヨがヘルメットを被ることになっただけで、被せたかったわけでは無い。
(性別なんて、押し付け合うものでも無いし、奪い合うものでも無いはずなのに……どうして、僕たちはこんなことをしてるんだろう……)
もっと早くに、それこそ初日に全員で団結して逃げ出せていたら、きっとこうはならなかった。えるに理不尽さを感じつつも状況を甘く見ていた結果、睦美が犠牲になり、菜々緒が犠牲になり、そして取り返しのつかない所まで来てしまった。
何が何でも洗脳は解かないといけない。解ける保証なんて無いけれども、それでも力を尽くすことが、皆を女の子にして男の子を手にした者の責務だ。
(もしもこんな状況じゃなかったなら、イヨ君とも普通の友達になれたのかな……)
やるせない気持ちで立つ小陽の元に、ミコトが歩み寄ってきた。
「い、イヨくん……なんだか、皆の時より苦しんでますよね……ちょっと、可哀想かも……」
憐れむくらいなら代わってやればいい。そう言うのは簡単だが、憐憫の情は抑えようとして抑えられるものでもない。小陽の胸中にも、どうしてもイヨへの同情が湧いてしまっていた。
「それくらい、男の子としての気持ちが強かったのかもね……絶対に男の子に戻してあげないとね」
「あ……や、やっぱり、戻さないとダメなんですか?」
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。小陽には、ミコトが何を言っているのか理解できなかった。
ミコトは学帽を両手で抑えながら、気まずそうに話し始めた。
「だ、だってだって……今のままの方が、皆優しいんですよ……? 鬼で悪魔のヤヨイ先輩も、お願いしたらぼくに全然イジワルしなくなったんです! 勉強も優しく教えてくれるし、質問したら何でも答えてくれるし、いっぱい褒めてくれるんです。ジジくんは特に変わった様子も無いですし……イヨくんは、もしかしたらぼくに怒ってるのかもって……。だ、だから、このままでもいいのかなって……だ、ダメですか?」
無邪気な瞳で、無垢な声で、最低のおねだりをしているミコト。それを受けた小陽の脳裏には、いつかの弥生の言葉が浮かんできていた。
『いいえ、教えません。昨日から見ていて、宇佐美君には教えない方が良いと思いましたので。私はただ、困っている宇佐美君の隣でいっしょに困るだけです』
あの時は弥生の意図が理解できなかったが、ようやく理解できたような気がした。
ミコトから悪意は感じられない。皆が逆らえない素直という言葉を悪用しようなんて邪気は全く無い。ただ純粋に、自分のことしか考えていないのだ。自分が主人公のゲームをプレイしていて、他人はミコトにとって都合の良いNPCでしかない。弥生も、イヨも、同じ感情を持つ人なんだと理解できていない。
小陽はミコトを甘え上手なのだと思っていたが、そうでは無かった。ミコトは自身が甘えているという自覚も無いのだろう。そうでないと、皆を洗脳したままにしておきたいなんて非道なことを、お菓子を求めるようにねだれるはずが無い。
些細なわがままは愛嬌だが、度を過ぎれば傲慢だ。
「……ねえ、もしも……もしもイヨくんやジジくんに庇って欲しいってお願いされていたら、ミコトくんはどうしてた? 代わりにヘルメットを被ってた?」
「えぇっ!? 嫌ですよ、そんなの……可哀想だとは思いますけど、でもあんなの被るの怖いですし……。ぼくは性別なんてどうでもいいですけど……怖いのは嫌なので……。だから、さっきだってイヨくんに被ってもらったんですし……」
ミコトの言い分は自分勝手だが、それはミコトに限った話ではない。他者の為に身を捧げたのは睦美、ジジ、弥生、そして久野絵だけだ。イヨは私情で動いていたし、小陽自身がそうだ。自身が男の子である為に、睦美すら犠牲にしてきた。
故に、小陽にはミコトを非難できない。だからと言って、男の子を譲るつもりも無い。今までと同じように、勝手な私情で女の子になってもらうだけだ。
「そっか……それじゃあ、このまま続きをしようか。残りはもう2人だけ……もう、僕とミコトくんだけだから。明日まで持ち越す必要も無いよね」
「そうですか? ぼく、もう眠いから明日が良かったんですけど……でも、コハル先輩が今日が良いなら、それでも大丈夫です!」
ミコトは小陽にすり寄ると、控えめに袖をつまんだ。そして学帽を深く被り直して、照れ笑いを浮かべた。
「えへ、えへへへ……最後に残ってくれたのが、優しいコハル先輩で良かったです。怖いクノエ先輩とか、鬼畜のヤヨイ先輩だったらどうしようって、ずっと不安だったから……ありがとうございます、コハル先輩」
ミコトは小陽を見上げ、学帽の鍔から親愛の笑みを覗かせていた。
「……お礼を言うのは、まだ早いと思うよ?」
小陽がそうであったように、イヨにも男の子で在りたい理由があった。お互いに譲れなかったから、結果的にイヨがヘルメットを被ることになっただけで、被せたかったわけでは無い。
(性別なんて、押し付け合うものでも無いし、奪い合うものでも無いはずなのに……どうして、僕たちはこんなことをしてるんだろう……)
もっと早くに、それこそ初日に全員で団結して逃げ出せていたら、きっとこうはならなかった。えるに理不尽さを感じつつも状況を甘く見ていた結果、睦美が犠牲になり、菜々緒が犠牲になり、そして取り返しのつかない所まで来てしまった。
何が何でも洗脳は解かないといけない。解ける保証なんて無いけれども、それでも力を尽くすことが、皆を女の子にして男の子を手にした者の責務だ。
(もしもこんな状況じゃなかったなら、イヨ君とも普通の友達になれたのかな……)
やるせない気持ちで立つ小陽の元に、ミコトが歩み寄ってきた。
「い、イヨくん……なんだか、皆の時より苦しんでますよね……ちょっと、可哀想かも……」
憐れむくらいなら代わってやればいい。そう言うのは簡単だが、憐憫の情は抑えようとして抑えられるものでもない。小陽の胸中にも、どうしてもイヨへの同情が湧いてしまっていた。
「それくらい、男の子としての気持ちが強かったのかもね……絶対に男の子に戻してあげないとね」
「あ……や、やっぱり、戻さないとダメなんですか?」
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。小陽には、ミコトが何を言っているのか理解できなかった。
ミコトは学帽を両手で抑えながら、気まずそうに話し始めた。
「だ、だってだって……今のままの方が、皆優しいんですよ……? 鬼で悪魔のヤヨイ先輩も、お願いしたらぼくに全然イジワルしなくなったんです! 勉強も優しく教えてくれるし、質問したら何でも答えてくれるし、いっぱい褒めてくれるんです。ジジくんは特に変わった様子も無いですし……イヨくんは、もしかしたらぼくに怒ってるのかもって……。だ、だから、このままでもいいのかなって……だ、ダメですか?」
無邪気な瞳で、無垢な声で、最低のおねだりをしているミコト。それを受けた小陽の脳裏には、いつかの弥生の言葉が浮かんできていた。
『いいえ、教えません。昨日から見ていて、宇佐美君には教えない方が良いと思いましたので。私はただ、困っている宇佐美君の隣でいっしょに困るだけです』
あの時は弥生の意図が理解できなかったが、ようやく理解できたような気がした。
ミコトから悪意は感じられない。皆が逆らえない素直という言葉を悪用しようなんて邪気は全く無い。ただ純粋に、自分のことしか考えていないのだ。自分が主人公のゲームをプレイしていて、他人はミコトにとって都合の良いNPCでしかない。弥生も、イヨも、同じ感情を持つ人なんだと理解できていない。
小陽はミコトを甘え上手なのだと思っていたが、そうでは無かった。ミコトは自身が甘えているという自覚も無いのだろう。そうでないと、皆を洗脳したままにしておきたいなんて非道なことを、お菓子を求めるようにねだれるはずが無い。
些細なわがままは愛嬌だが、度を過ぎれば傲慢だ。
「……ねえ、もしも……もしもイヨくんやジジくんに庇って欲しいってお願いされていたら、ミコトくんはどうしてた? 代わりにヘルメットを被ってた?」
「えぇっ!? 嫌ですよ、そんなの……可哀想だとは思いますけど、でもあんなの被るの怖いですし……。ぼくは性別なんてどうでもいいですけど……怖いのは嫌なので……。だから、さっきだってイヨくんに被ってもらったんですし……」
ミコトの言い分は自分勝手だが、それはミコトに限った話ではない。他者の為に身を捧げたのは睦美、ジジ、弥生、そして久野絵だけだ。イヨは私情で動いていたし、小陽自身がそうだ。自身が男の子である為に、睦美すら犠牲にしてきた。
故に、小陽にはミコトを非難できない。だからと言って、男の子を譲るつもりも無い。今までと同じように、勝手な私情で女の子になってもらうだけだ。
「そっか……それじゃあ、このまま続きをしようか。残りはもう2人だけ……もう、僕とミコトくんだけだから。明日まで持ち越す必要も無いよね」
「そうですか? ぼく、もう眠いから明日が良かったんですけど……でも、コハル先輩が今日が良いなら、それでも大丈夫です!」
ミコトは小陽にすり寄ると、控えめに袖をつまんだ。そして学帽を深く被り直して、照れ笑いを浮かべた。
「えへ、えへへへ……最後に残ってくれたのが、優しいコハル先輩で良かったです。怖いクノエ先輩とか、鬼畜のヤヨイ先輩だったらどうしようって、ずっと不安だったから……ありがとうございます、コハル先輩」
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