お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

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剣の落ちた日

良かれと思い積んでいた善行に返されたのは、首筋に添えられた刃だった

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「…………どういうこと?」

 聖剣を奪われたというだけでもチェルの理解を越えていた。その上で国から逃げる必要があるなど、今のチェルには到底呑み込むことができなかった。

 チェルの困惑を受けて、カイナは手近にあった椅子に腰を下ろした。どうやらチェルが納得できるまで話をしてくれるらしい。

「反乱だ。昼間の一件を受けて、一部の兵士が国を裏切って聖剣を奪い立て籠った」

「聖剣を……もう、僕には扱えないから? 次の聖剣使いになるために、奪ったの?」

 チェルがダズから暴行を受ける様を多くの人間が見ていた。聖剣が地面に落ちる瞬間を。ただ殴られることしかできないチェルの無様を。チェルの強さに惹かれていた兵士たちが、チェルが年相応の子供以下になってしまった姿を目撃した。

 反乱兵たちは次の聖剣の主になろうとしているのだとチェルは考えた。しかし、カイナはそれを否定した。

「違うだろうな。もし目的が聖剣の加護を得ることなら、チェルの身柄を要求しない」

「僕のことを呼んでるの? ……どうして?」

 チェルが聖剣を従えていた頃ならいざ知らず、今のチェルは聖剣の制御を失ってしまっている。カイナの言う通り、要求するほどの価値が自身にあるとはチェルには思えなかった。

「理由など知らん。反乱兵たちはまともに話ができる精神状態じゃない。だが、素直にチェルを引き渡しても碌なことにならないことはわかる。今この城の中では二分された兵士たちが互いに睨み合って緊張状態だ。いつ斬り合いに発展してもおかしくない」

「でも、それなら反乱兵を全員殺せばいいんじゃないの? わざわざ僕が逃げなくても……カイナ兄なら、できるよね?」

 裏切りとは明確な悪である。悪を為す人間は容赦なく殺せばいい。ダズを殺したのと同じように、カイナが剣を振るえば全て解決すると、チェルは本心からそう思っていた。

「なら、外の民たちも全員殺すか?」

「え?」

 その言い方は、まるでイクスガルドの民が反乱兵と同じように国を裏切り、チェルの身柄を要求しているかのようだった。

 チェルにはカイナの言葉が理解できず、カイナの険しい表情はチェルの想像が何も間違っていないことを示していた。

「チェル、お前が決めていい。聖剣を奪い立てこもる反乱兵達の要求に従って会いに行くのか。お前の身柄を求めて今も城の前で怒号を飛ばし続けている民たちにその身を捧げるか」

「……どうして? 僕、皆に恨まれてるの? だって……いっぱい悪い人を殺してきたんだよ?」

 チェルにはカイナが嘘を言っているようには見えなかった。それでも、その言葉を信じることもできなかった。

 チェルはチェルなりに民たちの為に働いてきた。城の近辺に棲む魔物はあらかた退治し、豊かな資源までのアクセスを担保した。敵国からの侵略を退け平穏な生活を守った。聖剣を血で濡らす度に、誰もがチェルを持て囃し感謝の言葉を浴びせてきた。

 そしてチェルは、善として生きる民の足を引っ張る悪を刈り取ってきた。全ては民たちの負担を和らげるために。

 積極的に街に出て抑止力として振舞ってきた。美味しい果実や野菜をプレゼントしてもらえるくらいに慕われているはずであった。それなのに、聖剣を失った途端に命を狙われるなんて。

「……もしも俺が誰かの物を盗んだり、誰かに理不尽に暴力を振るうような悪を為したなら、チェルは俺を殺すか?」

「? どうして、そんなことを聞くの?」

 答えなどわざわざ口に出さなくとも決まっている。だから、チェルにはカイナの質問の意図がわからなかった。

「そうか……なら、教えてくれチェル。俺はどうするのが正しいと思う?」

「えっ……っ!?」

 突然ベッドの上に上がり込むと、カイナはチェルを押し倒し馬乗りになった。ダズよりもずっと近い距離に顔を寄せると、カイナは手に持っていた聖剣の刃をチェルの首に当てた。肌に触れる寸前のその近さは、チェルが身じろぎをするだけでも首に赤い線を描くだろう。

「かっ、カイナ兄……?」

「今、俺の目の前には多くの民が欲している首がある。多くの民にとっては、ここで俺がチェルを殺さないのは悪であり、殺すことが善だ……。俺は、この首を民たちに与えるべきか?」

 額と額がぶつかり、瞳が互いを映し合う距離。

 額から伝わる。呼気から伝わる。瞳から伝わる。鼓動から伝わる。互いの心の全てが言葉無しに伝わる距離で、チェルはカイナからの確かな殺意を受け取った。

 チェルがカイナの言葉を肯定すれば、その瞬間に聖剣は元主の首を撥ね飛ばすだろう。

「…………」

 カイナはただ無言でチェルの言葉を待っている。そのプレッシャーでチェルの心臓は締め付けられ、命の危機に拍動のペースが上がっていく。

「はっ……はっ……」

 反乱を起こされるほどに皆に嫌われていたという事実と、突然死の淵に立たされた重圧。良かれと思い積んでいた善行に返されたのは、首筋に添えられた刃だった。

「っ……うっ……ひっ――」

 やがて、チェルはカイナの瞳をまっすぐに見つめたまま、大きな涙を零した。

「わかんない……わかんないよぉ……ひっ……ひっくっ……」

 死にたくなかった。聖剣を失い、民たちから反乱を起こすほどの憎悪を向けられていたと知っても。それでも、チェルは死ぬのが怖かった。

「そうか……。きっと、皆もわからなかったんだろうな」

 チェルが泣き出したのを見ると、カイナはすぐさま身を引いた。そして手に持った聖剣を半回転させると、その柄をチェルに差し出した。

「3つ目の選択肢だ。残された1本の聖剣だけを握りしめて、俺と一緒に亡命するか?」

「っ……カイナ兄と?」

「チェルが一人で逃げたところで野垂れ死ぬだけだろう」

 カイナの言葉は正しい。例え国の中であったとしても、日々を生き抜く力が皆無であることはチェルも自覚していた。

「でも……いいの? カイナ兄は皆から嫌われてないんでしょう?」

「どうだかな……。それに、これはご当主のご意向でもある。父親からすれば、逃がすためとはいえ息子を一人で送り出したくはないのだろう。イクスガルドは王子を失うことになるが……ここまでの反乱が起きてしまった以上、どのみち未来は無い。今更王子が何人残っていようが大して差は無いだろう」

「……カイナ兄は? カイナ兄は、いいの?」

 チェルはカイナの意思を知りたかった。その理由は自分でもわかってはいなかったが、本能がカイナ自身の意思を求めていた。

「何を今更……チェルの尻ぬぐいなど、それこそお前が赤ん坊の頃からやってきたことだ」

「……下品だよ、カイナ兄」

「ただの赤ん坊の世話の話だろう。下品も上品も無い」

 それはチェルの求めた答えではなかった。本当に欲しかった言葉を、カイナは言ってはくれなかった。

 しかし、それでも今のチェルにとっては十分だった。その声色はチェルが聖剣を失う前となんら変わらず、少なくともカイナだけは味方であるとチェルは思うことができたから。
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