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弱者の日常
だから、いっしょに逃げてくれてるの?
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「でもっ……でも、だってっ……誰も、止めなかったじゃんっ……。むしろ、褒めてくれてたくせにっ……僕のおかげで、悪いことをする人が減って治安が良くなってるって。困っていたから、殺してもらえて助かったって、言ってたくせにっ……。だから、僕はっ……魔物をたくさん殺して、敵兵だってたくさん殺して……同じように、悪い人も殺して回っていただけじゃん……」
口から溢れ出す感情に引っ張られるように、瞳からも感情が滲み出していく。拭っても拭っても雫は涸れず、体内の血液までもが流れ出さんばかりの勢いだった。
チェルがこれまで向けられてきた民たちからの笑顔は嘘っぱちだった。彼らはただ聖剣に媚びていただけだった。
チェルを褒め称えていた兵士たちは聖剣を崇めていただけだった。もう聖剣は失われているのに、チェルの背に浮かぶ聖剣の幻想を追い続けていた。
求められていると勘違いしたまま聖剣を振り続け、その刃から垂れる返り血を浴び続けてきたチェルの周りには、いつの間にか誰も居なくなっていた。ただ一人、優しくないカイナを除いて。
「俺は言っていただろう。何度も、何度も、罪を犯した人間であろうとも簡単に人を殺すのは止めろと言い続けていた。自身が耳を貸さなかったことを棚に上げて、責任を他者に押し付けるな」
「あんなの、口だけじゃん! もっと本気でっ……無理矢理にでも止めてよぉっ! カイナ兄がちゃんと教えてくれてたら……こんなことにならなかったのにっ……。口で言ってもわからないじゃんっ……体に教えられないと、わかんないじゃん……だから、僕だって殺してきたんじゃん……」
「聖剣相手にそれができれば苦労はしない。なにせ、俺は弱いからな」
「それはっ……そうだけどぉっ……」
それは今のチェルにとって最も辛い皮肉だった。
かつて、チェルは自身よりも弱いカイナの言葉に耳を貸さなかった。何を言われようとも、自らの思う正義を信じ続けることを止めなかった。
そして今、カイナは弱いチェルの弱音に耳を貸してはくれない。どれだけ嘆こうとも、ただ正論で撥ね退けるだけだ。
かつてのチェルがそうであったように、弱者の心は強者には決して届かない。今、チェルはそれを心と身体で理解していた。
すっかり暗くなった静謐の森に、焚火の音とチェルの嗚咽だけが響く。
カイナは焚火に薪を焼べながら、子供のように泣きじゃくってしゃくりあげるチェルを見据えていた。
「……勘違いしないように言っておくが、チェルの言葉は別に間違っているわけじゃない。俺がチェルを止められなかったのは事実だ。力の差は言い訳にはならない。チェルの正義を完全に否定することができなかったから、ある種諦観してしまっていた……。俺も、ご当主も、民も兵も……誰かが止めなければいけなかったのは間違いない。結果的にはダズがその役目を負うことになり、それがこの結果を招いた……。故に、チェル一人に押し付けるつもりもない。責任を押し付けるなとは言ったが、チェル一人で背負い込む必要も無い」
「……だから、いっしょに逃げてくれてるの?」
チェルのことを慮ったのではなく、ただ贖罪の為にカイナは今此処でチェルの傍に居るのか。民の為ではなく、国の為ではなく、罪滅ぼしの為にカイナはチェルの手を差し伸べたのか。
チェルの問いに対し、カイナは肯定も否定もしなかった。
「行動と贖罪を対応付ける意味は無い。許されたいとは思っていないし、誰かの為に動いているわけでもない。ただ、俺は自分が為すべきだと思う事をしているだけで、これからもそうし続ける」
カイナは立ち上がると、焚火の前で膝を抱えるチェルの右隣に移動した。そして片膝を着くと、まるで逃がさないと言わんばかりにチェルの右肩を強く左手で掴んだ。
「な、なに……? カイナ兄、どうしたの?」
突然のカイナの接近に戸惑うチェル。意図が分からず狼狽えているチェルの涙で潤んだ瞳は、まだカイナの右手が持っている物に気づいていなかった。
「今なら力で敵うからな。俺の正しいと思うことを、無理矢理にでも遂行させてもらう。今後のことを考えても、虫は食べられるようになっておくべきだ」
「えっ……ひっ!?」
チェルの瞳がカイナの右手で蠢いているモノに気づいた。反射的に身体を退いたが、掴まれた右肩が後退を許してはくれなかった。
口から溢れ出す感情に引っ張られるように、瞳からも感情が滲み出していく。拭っても拭っても雫は涸れず、体内の血液までもが流れ出さんばかりの勢いだった。
チェルがこれまで向けられてきた民たちからの笑顔は嘘っぱちだった。彼らはただ聖剣に媚びていただけだった。
チェルを褒め称えていた兵士たちは聖剣を崇めていただけだった。もう聖剣は失われているのに、チェルの背に浮かぶ聖剣の幻想を追い続けていた。
求められていると勘違いしたまま聖剣を振り続け、その刃から垂れる返り血を浴び続けてきたチェルの周りには、いつの間にか誰も居なくなっていた。ただ一人、優しくないカイナを除いて。
「俺は言っていただろう。何度も、何度も、罪を犯した人間であろうとも簡単に人を殺すのは止めろと言い続けていた。自身が耳を貸さなかったことを棚に上げて、責任を他者に押し付けるな」
「あんなの、口だけじゃん! もっと本気でっ……無理矢理にでも止めてよぉっ! カイナ兄がちゃんと教えてくれてたら……こんなことにならなかったのにっ……。口で言ってもわからないじゃんっ……体に教えられないと、わかんないじゃん……だから、僕だって殺してきたんじゃん……」
「聖剣相手にそれができれば苦労はしない。なにせ、俺は弱いからな」
「それはっ……そうだけどぉっ……」
それは今のチェルにとって最も辛い皮肉だった。
かつて、チェルは自身よりも弱いカイナの言葉に耳を貸さなかった。何を言われようとも、自らの思う正義を信じ続けることを止めなかった。
そして今、カイナは弱いチェルの弱音に耳を貸してはくれない。どれだけ嘆こうとも、ただ正論で撥ね退けるだけだ。
かつてのチェルがそうであったように、弱者の心は強者には決して届かない。今、チェルはそれを心と身体で理解していた。
すっかり暗くなった静謐の森に、焚火の音とチェルの嗚咽だけが響く。
カイナは焚火に薪を焼べながら、子供のように泣きじゃくってしゃくりあげるチェルを見据えていた。
「……勘違いしないように言っておくが、チェルの言葉は別に間違っているわけじゃない。俺がチェルを止められなかったのは事実だ。力の差は言い訳にはならない。チェルの正義を完全に否定することができなかったから、ある種諦観してしまっていた……。俺も、ご当主も、民も兵も……誰かが止めなければいけなかったのは間違いない。結果的にはダズがその役目を負うことになり、それがこの結果を招いた……。故に、チェル一人に押し付けるつもりもない。責任を押し付けるなとは言ったが、チェル一人で背負い込む必要も無い」
「……だから、いっしょに逃げてくれてるの?」
チェルのことを慮ったのではなく、ただ贖罪の為にカイナは今此処でチェルの傍に居るのか。民の為ではなく、国の為ではなく、罪滅ぼしの為にカイナはチェルの手を差し伸べたのか。
チェルの問いに対し、カイナは肯定も否定もしなかった。
「行動と贖罪を対応付ける意味は無い。許されたいとは思っていないし、誰かの為に動いているわけでもない。ただ、俺は自分が為すべきだと思う事をしているだけで、これからもそうし続ける」
カイナは立ち上がると、焚火の前で膝を抱えるチェルの右隣に移動した。そして片膝を着くと、まるで逃がさないと言わんばかりにチェルの右肩を強く左手で掴んだ。
「な、なに……? カイナ兄、どうしたの?」
突然のカイナの接近に戸惑うチェル。意図が分からず狼狽えているチェルの涙で潤んだ瞳は、まだカイナの右手が持っている物に気づいていなかった。
「今なら力で敵うからな。俺の正しいと思うことを、無理矢理にでも遂行させてもらう。今後のことを考えても、虫は食べられるようになっておくべきだ」
「えっ……ひっ!?」
チェルの瞳がカイナの右手で蠢いているモノに気づいた。反射的に身体を退いたが、掴まれた右肩が後退を許してはくれなかった。
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