新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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洛陽動乱

新たなる親子 6

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「奉先、お前、董卓に仕えて後悔は無いか?」

 出仕前に、高順は呂布を捕まえて尋ねる。

「どうした?」

「先日の話は聞いただろう?」

「……ああ、聞いた」

 呂布は表情を曇らせて頷く。

 先帝劉弁と何一族を排除してからと言うもの、ただでさえ増長していた董卓の専横は目に余るものになって来た。

 相国の地位に就いたのだから、宮内を帯剣して歩くのは正式な権限として持っているのだが、それによって宮女を好き勝手にして良いと言う事にはならない。

 今では皇帝の寝所で寝起きするようになり、気に入った宮女がいるとかなり強引に寝所へ連れ込むらしい。

 良識ある軍師の李儒も、頭を抱えていた。

 そこへさらに、董卓と元西涼軍の凶行が伝えられてきた。

 その時、董卓は視察と言う名目でとある村へやって来た。

 ほとんどの場合、董卓が視察に出る時には呂布がその護衛を務めるのだが、その時には呂布は李儒や華雄と共に練兵を行っていたので、護衛についたのは李傕と郭汜だった。

 その事も、事態を悪化させる原因の一因でもあった。

 その村へ差し掛かった時、董卓は突然激怒したと言う。

 春の陽気の中、その村では春の祭りの最中であり、誰も董卓が激怒する理由が分からなかった。

 分からなかったにも関わらず、董卓が命令すると李傕と郭汜は春の祭りで賑わう者達を次々切り捨てていった。

 それを見て元西涼軍も同様の行動をとり始める。

 春の祭りに参加していた善良な老若男女は、次々と切り捨てられ、あるいは生け捕りにされ、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 元荊州兵の中にそれに同行した者もいて、呂布は彼から詳しい話を聞く事が出来た。

 董卓はそれを見て、一人大笑していたと言う。

 累々たる屍を打ち捨て、積み上げた善良な男たちの首を荷台に積み上げ、生け捕りにした女達を連行して、まるで戦の凱旋軍かのように戻ってきたと言うのは彼だけでなく都でも語られている事である。

 その時に集めた首は一箇所に集めて焼き捨て、奪い取ってきた金品や女達は同行した将兵に払い下げられた。

 その後、彼女達がどうなったかは分からない。

 比較的情報に疎い呂布でさえ、簡単にこれだけの事を知る事が出来たのだ。

 情報分析が重要である軍師の李儒や、今でも将軍位ではないので末端からも情報を集める事が出来る情報通の高順などは、さらに詳しい事を知っているはずだ。

 その上で、高順は呂布に確認してきたと言う訳だ。

 正直に言えば、呂布も迷っているところもある。

 最高位にある董卓こそが周囲に規範となってもらわないと、制御が効かなくなってしまう。

 上にいる者が欲の形を示し、下の者がそれに羨望して、自分もそうなりたいと思う事が向上心に繋がると考えると、董卓の行動それ自体悪いと断じる事は出来ない。

 それにも限度がある。

「軍師殿の体調が心配になるな」

「まあ、あの人、体が強そうには見えないからなぁ」

 呂布が言うと、高順も頷く。

 とにかく董卓軍では腕力や暴力と言うのが絶対の基準と考えている人物が圧倒的に多く、李儒は常々頭を悩ませていた。

 一騎打ちの場合にはそれでも構わないかもしれないが、集団戦においては個人の腕力より指揮系統の優秀さや兵の練度の方が重要になってくる。

 呂布や華雄はそれが分かっているのだが、生粋の董卓軍でその事を知っていると言えそうなのは徐栄じょえいくらいかも知れない。

 もっとも、その徐栄も自分個人の武勲を重ねる事を重要視する傾向が強い為、李儒としては生粋の古株より、呂布や華雄の様な新参の外様の方が扱いやすく信用しやすいと言う事でもある。

 高順や張遼も練兵に参加していたのだが、元西涼軍の態度はあまり良くなかった。

 総数において元呂布軍は元西涼軍に対して圧倒的に少なく、全体の二割にも満たない数であるのだが、戦闘能力は圧倒的に呂布軍の方が高い。

 その事実さえ、元西涼軍は正しく認識出来ないでいるようだ。

「いっその事、董卓にはさっさと死んでもらって、お前が後を継いだらどうだ?」

「無茶言うな。相国閣下には娘婿の牛輔将軍と軍師殿の他にも、たくさんの娘や孫がいる。俺なんか順位で言えばその後だから、相国閣下が死んでも俺が継ぐ事は無いよ」

 呂布はそう言うし、実際のところは呂布が言うように後継者の優先順位としては、呂布は相当下位になっている。

 だが、世間はそう見ていない。

 董卓の他の後継者達と比べ、呂布は群を抜いて目を惹くと言う事もあるが、荊州時代の若き武神と言う圧倒的な武名、他の後継者達ほど横柄な態度を取らないと言う事もあって呂布への期待は高まっている。

 董卓の死後、後継者としてもっとも期待されているのが呂布なのだが、どうにも本人にその意志は無いらしい。

「高順、それじゃ家族の事を頼む。と言うより、お前はまだ将軍位に就くつもりは無いのか?」

「無い。俺は奉先以外に使われるつもりはない」

 この男のそう言うところは驚く程徹底していると、呂布は感心する。

 そんな事もあり、高順のもっぱらの仕事は呂布の妻子の警護である。

 呂布本人はまったく意識していないのだが、呂布にとって妻子は最大の弱みであり、丁原も呂布への害意を持ちながら最初に狙ったのは妻の方だった。

 高順が警護しているので見た目にはかなり物騒なのだが、軍師である李儒はその必要性も理解しているので、特に何も言ってこない。

 時には黄巾の乱の際『陥陣営』と恐れられた人物に対して李儒は興味があるらしく、高順に声をかけているみたいだ。

「まあ、相国閣下はご顕在だし、逆に何かあっては俺の責任になるわけだから、後継者については軍師殿によくよく考えてもらう事にするさ。あの人なら悪いようにはしないだろう」

「董卓軍の良心、か」

 高順は苦笑いしながら言う。

 董卓の軍師と言う事もあり、一般的に李儒は極めて陰険で酷薄な人物だと思われているのだが、実際には気苦労の絶えない中間管理職員というのが李儒の実情である。

 朝議に出席するのは、何も董卓や李儒だけではない。

 以前の宴に参加した者達のほとんどが、朝議には参加する事になるのだから、呂布も警備に駆り出される事になる。

 見た目で威圧する為に戟を手にする呂布だが、馬上であればともかく、地に足をつけている場合には戟より剣の方が扱いやすい。

 もしもの際には戟を置くか、戟を投げて剣で戦う事になると思いながら、呂布は朝議の参加者達に目を向ける。

 以前の曹操の計画が効いたのか、朝議の参加者達はどこか気まずそうに董卓や呂布から目を逸らす。

 そう言う行動が常なので、そうじゃない行動はとても目立つ。

 中でも曹操のように何の緊張感も見せず、顔見知りを見つけては気軽に挨拶をしている様な人物は非常に目立つ。

 が、そう言う行動は目立っても呂布が気をつけるような行動ではない。

 それとは別に、目を惹く人物がいた。

 曹操のように、特別目立つと言う行動を取っている訳ではないのだが、皆が目を伏せて董卓と目が合わないようにしている中で、一人董卓を睨みつけている人物がいた。

 越騎校尉の伍孚ごふである。

 比較的穏健派だったはずだが、今の目つきはどう見ても穏健ではない。

 体の厚みもちょっと不自然に見えるので、官服の下に鎧を着込んでいるのかもしれない。

「董相国、ちょっとよろしいでしょうか」

 呂布は董卓を呼び止める。

「何だ、呂布よ」

「伍孚殿の様子が気にかかるのですが」

「伍孚?」

 董卓が伍孚の方を見る。

「董卓!」

 事が露見したと思ったのか、伍孚は叫ぶと袖に隠していた小刀を抜き放って董卓に襲いかかる。

 完全な不意討ちであったとしても、成功していたかどうか分からない。

 だが、先に呂布が気付き、董卓が意識していたと言うのは大問題だ。

 董卓は伍孚の小刀を避けると、伍孚の利き手の手首を両手で抑える。

 こうなると刃物を持っていても、何の役にも立たない。しかも膂力の差はハッキリ出る。伍孚と董卓では体重差もあり、伍孚はここから有効な行動を取る事も、その時間も無かった。

 呂布が戟の柄で伍孚の首の後ろから押さえつけ、その場に組み伏せたのである。

 そのまま伍孚を縛り上げると、董卓は縛った伍孚を周囲に見せつけるように引き連れて、朝議の場ではなく刑場へ行く。

 必然的に朝議に参加するはずだった者達も、董卓共々刑場へ同行する事になった。

「伍孚よ、儂は貴様の無能さには触れず、これまで通り越騎校尉に据えておいてやった。その報いがこれか? この裏切り者め!」

「裏切り者とは、片腹痛い! 儂は貴様の臣下ではなく、貴様は儂の主君ではない。故に裏切りには能わぬ! 貴様の罪状は天知る、地知る、人ぞ知るだ! 儂の行為は貴様の罪を問うモノ。貴様の分厚い皮を剥ぎ、脂ぎった肉を食いちぎれなかった事が悔やまれてならぬ!」

 伍孚は自分の状況を説明する事も、改善する事もせずに董卓に噛み付かんばかりに言葉を叩きつけている。

 そんな恫喝で考えを変える董卓ではない。

「言いたい事はそれだけか? では、反逆罪は明白だな。越騎校尉、伍孚。貴様には死罪を言い渡す。爪先から寸刻みにせい」

 董卓は伍孚に向かって宣告する。

「今この場で儂のクツを舐めて許しを乞えば、命だけは許してやるぞ?」

「ふざけるな、逆臣め! 貴様の栄華など長くは続かぬ! いずれ遠からず、貴様とて同じ報いを受けようぞ! いや、少帝陛下の呪いが貴様に下る!」

「何一族には今は亡き王美人、董大皇太后、董重元帥の呪いが下ったのだ。劉協陛下は、亡き生母、育母の仇を討つ為に儂に命じられた。孝の道を正さずして何の正道か。高位にある者が罪を逃れて法の正しさを問えるのか」

「貴様は何の罪も無い善良な農民を虐殺した! 貴様にこそ罪がある!」

「定まった税を収めず、畑を蔑ろにしていた者達に罪無しと言うか。春の祭りだろうがなんだろうが、それは構わない。だが、祭りは税を収めない理由になるのか」

 董卓は伍孚に向かって、感情的にではなく諭すように言う。

 それでも伍孚は絶命するまで、董卓を罵り続けた。





 こうして董卓政権は磐石となった。

 かに思われていた。
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