新説 呂布奉先伝 異伝

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洛陽動乱

陽人の戦い ~汜水関~ 1

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 曹操捕縛失敗の報が洛陽に届いた時、その報を深刻に受け取ったのは李儒くらいなものだった。

「表情が険しすぎませんか?」

 董卓の護衛を務める呂布は、董卓が昼寝をすると傍を離れて李儒の執務室へやって来た。

「呂布将軍。相国がお休みの間こそ近くにいなければならないのでは?」

「女を呼んでいるところには居づらくて。身内の方にお任せしていますよ。何かあったらすぐに駆けつけられるように、軍師殿のところに遊びに来ているわけです」

「遊びって。僕は真面目に忙しく仕事してますよ」

 そう言いながら、李儒は苦笑いしながら呂布に向かって言う。

「まあ、ちょっと息抜きしますか。休憩にしよう。済まないが、何か飲み物を」

 李儒は執務室で共に働いていた文官達に声をかけると、大きく伸びをする。

 董卓政権における李儒の存在は非常に大きく、李儒がいなければ三日で正常に機能しなくなるとまで言われている。

 名目上で言えば、李儒はそこまで重臣と言うわけではなく、王允や袁隗などと比べれば三段は下がる階位でしかない。

 しかし、有力な協力者であるとはいえ外様である王允や、階位で言えば国内でも有数でありながら形骸化している袁隗と比べ、李儒は娘婿と言う身内であり董卓の信任の厚さで言えば呂布と並ぶ双璧と言える。

 武の呂布、智の李儒と言えるのだが、武は董卓軍の要なので呂布以外にも董卓軍四天王なども控えているのに対し、智では李儒の代わりがいないと言う事も李儒の多忙さに繋がっている。

 だが、李儒が言うには今の多忙さは代わりが務まる者がいないと言うより、そう言う者達に今は言えない別の仕事を任せている為だ、と言う事だった。

 呂布にも言えない秘密の仕事と言うのは気になったが、知らなければ秘密の漏れようがないと言う李儒の説明も納得出来たので、呂布は聞かない事にしていた。

「で、李儒殿。曹操を取り逃がした事はそんな大きな事なのか? 確かに曹操の切れ者振りは知っているし、正直に言うと袁紹より十倍曹操の方が怖いと思ってはいるんだが、それでも曹操は無位無冠。土地持ちの袁紹、袁術の方が危険なのでは?」

「呂布将軍の杞憂はもっとも。勢力と言う話で言えば、現時点で董卓軍を除くと最大勢力は袁家宗家の後継である袁術、ついで名声では袁術を上回る袁紹、そこからは大差無いものの橋瑁きょうぼう、孫堅、劉岱りゅうたいなどが続きます。曹操などは当分名前が出ない程度の勢力でしか無いのですが、曹操の怖さはそう言うところではないのです」

「それは分かりますよ。曹操はそんな分かり易い怖さじゃ無い。何やら得体の知れないところが怖いんだ」

「その通り。ところで呂布将軍。もし呂布将軍が今の董卓軍と真正面から戦う事になった場合、勝つためにはどれくらいの兵力が必要だと思いますか?」

 李儒は戯れだと言う事を前提として、呂布に尋ねる。

「それは同じ西涼兵を率いて、と言う事ですか?」

「いえ、漢軍の正規兵を基準として下さい」

 そう言われると、呂布は腕を組んで考え込む。

 西涼兵と漢兵では、攻撃力の差が圧倒的に違い過ぎる。

 冗談やものの例えというだけでなく、本当に攻撃力だけに関して言えば十倍近い差があるのだ。

 もし百人対百人で戦う事になれば、西涼兵の圧勝である事は疑いない。

 だが、千人対千人以上になってくると兵の個人的能力より、隊としての練度の方が重要になってくる。

 そうなると個人の能力ほどの差は出ない。

 それでも勇猛果敢な西涼兵と董卓軍の将が率いるとなると、同数程度の四、五万くらいでは心もとないだろう。

「そうですね。確実に勝とうとするのなら十万は必要かと」

「僕もそう思います。呂布将軍であればともかく、それ以外の将であれば十万の兵を率いても董卓軍には勝てないでしょう」

「そもそも十万もの兵を集められないでしょうからね」

 呂布は笑うが、李儒は神妙な表情で頷く。

「本来であれば、今の状況で十万もの兵を集められる人物も勢力も無く、それで考えれば何も恐れるような事は無いのですが、曹操であれば何か奇想天外な手段でそれを可能にするかも知れないのです」

 そんな馬鹿な、とは思うのだが、それを笑い飛ばす事は呂布にも出来なかった。

 曹操と言う男には、それだけの怪しさと危うさがあるのだ。

「でも、どうやって? いや、曹操と言う男の能力の高さは知れ渡るところではあるが、それだけで十万の兵を集める事は現実的とは言えないのでは?」

「そうなんですが、何かやらかすとしたらやはり曹操と思えて仕方が無いのです」

 どこか楽観的な呂布と違い、李儒はどうにも落ち着かない様子だった。

「呂布殿、先程の質問とは逆になりますが、敵はどれほどまでなら防ぎ切れますか?」

「十万ですね。洛陽の城も堅城と言えば堅城なのですが、それでも物量で押されて絶対に陥落する事無し、とはさすがに言えません。数量に差が出ては個々の武勇ではどうにも埋められない差が生まれます」

 呂布は慎重な意見を出す。

 高順などは呂布が守れば、五万の董卓軍で五十万の軍勢からでも城を守れるなどと言っていたが、いくらなんでもそれは楽観が過ぎる。

「十万、ですか。何事も無く過ぎれば良いのですが、油断は出来ません」

 しかし、李儒の思いとは裏腹に悪い予感と言うものは的中する事になった。





 後日、漢で司法に携わった橋玄きょうげんの一族である橋瑁から漢全土の諸将に対し、今は亡き先帝による董卓討つべしと言う勅が発せられた。

 橋瑁の呼びかけに各地の刺史、太守が呼応。

 反董卓を掲げる大連合が結成され、その盟主には袁家宗家の袁術を抑え、名声実績人望の揃った袁紹が選ばれ、袁術は副盟主として名を連ねる事になった。

 反董卓連合に名を連ねた者は以下の通り。

 南陽の袁術。

 冀州の韓馥かんふく

 豫州の孔伷こうちゅう

 兗州の劉岱。

 河内の王匡おうきょう

 陳留の張邈ちょうばく

 東郡の橋瑁。

 山陽の袁遺えんい

 済北の鮑信ほうしん

 北海の孔融こうゆう

 広陵の張超ちょうちょう

 徐州の陶謙とうけん

 西涼の馬騰ばとう

 北平の公孫瓚こうそんさん

 上党の張楊ちょうよう

 長沙の孫堅。

 渤海の袁紹。

 合計十七勢力。全兵力数四十万と言う大連合軍の結成が、洛陽に知らせられたのはそれから間もなくの事。

 主力としての名の中に曹操の名は記されていないが、この大連合を実現させたのは曹操の手腕によるものである事は、李儒にも呂布にも分かった事だった。

 この報を受けた董卓は烈火の如く怒り狂うと誰もが思ったのだが、董卓は文官武官を呼んだ中で手を叩いて大笑した。

「よもや儂に楯突こうと言う阿呆が集まりおるとはのう。ちょうど一掃してくれようと思うておったところ、手間が省けると言うものよ。この喧嘩、派手に買ってくれようではないか」

 董卓は楽しそうに宣言する。

 これも董卓の怒りの表現である事を呂布はこの時知ったのだが、西涼ではもっとも恐れられている行動だと言う事を、後に李儒から教えてもらった。

 考えてみれば丁管や伍孚の暗殺未遂の時にも、董卓は怒り狂った訳ではなく、逆に冷静沈着だったり楽しそうだったりしていた。

「徐栄。都に残る袁家の者を皆殺しにせい。袁紹の叔父、袁隗の三族ことごとく切り殺し、その首を反董卓連合の陣に届けてやれい。せっかく集まった奴らを誰一人逃がさんようになぁ」

 董卓は残忍な笑顔を浮かべて言う。

「相国、それでは連合の士気を高める事になります」

「それがどうした」

 李儒の諌めに対し、董卓はまったく意に介さない様子で言う。

「有象無象がどれだけ集まろうと、我が敵ではない。李儒、今更お前に説明するまでもない事だがのう」

「……御意に」

 李儒はそう頷くと、引き下がる。

「では、連合を迎え撃つ将はいかがいたしましょう」

「それは決まっておる」

 李儒の質問に、董卓は即答する。

「我が息子、呂布奉先をおいて他にあるまい」

 その董卓の言葉に子飼いの武将達に思うところはあっただろうが、今の董卓を前に反論出来る者はいなかった。

「奉先、良いな?」

「はっ。ご期待に添いましょう」

「うむ。共の者は誰が良い?」

「それではかゆ……、胡軫将軍とその副将華雄を」

 呂布は素直に答える。

 本当なら華雄がいれば十分なのだが、一応華雄は胡軫の副将と言う事になっている。なのでその筋を通す為には、胡軫を呼ぶ必要があった。

「して、戦場は?」

 呂布は李儒に尋ねる。

「交通の要所であるがゆえに、最大の弱点にもなっている虎牢関ころうかん、およびその前門である汜水関しすいかん。総大将である呂布将軍には虎牢関を。胡軫将軍には最前線となる前門、汜水関を守っていただきます。よろしいか?」

「かしこまりました」

 呂布は答える。

 とは言うものの、この時董卓軍が動員出来た軍勢は五万。対する連合軍は四十万。

 呂布が守れると想定した兵数の四倍だった。

 いかに守る側が有利とはいえ、西涼兵の強さはあくまでも攻撃にあるので、今回のような守勢では我が強く連携の薄い西涼兵の強さは、場合によって強みどころか弱みになる。

 これで解散となった後、呂布は手勢を整えようとしていたところを李儒に呼び止められる。

 そこには呂布だけでなく、華雄と張遼もいた。

「お忙しいところ、申し訳ない。ですが、お三方には今回の戦の事を説明しておきたくて」

「説明?」

 そう尋ねたのは華雄だった。

「董相国の言葉では無いが、売られた喧嘩を買うだけでしょう?」

「それでは四十万の敵を跳ね返す事は出来ません」

 華雄の言葉に対し、李儒は首を振る。

「守りの戦ですから、城壁などの高所を上手く利用する、と言う事ですか?」

 張遼も尋ねてみるが、李儒はそれも違うと言うように首を振る。

「相手の総数は四十万と言われていますし、参加している諸将から見てもおそらく過小では無いでしょう。ですので、力で対抗しようとしても飲み込まれる恐れがあります」

 それは改めて言われなくても、この場にいる三将であれば李儒に説明されるまでもなく分かる。

「ですが、その四十万と言う兵数に誤魔化されてはいけません。相手の四十万と言う数字には弱点も抱えた秘密があるのです」
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