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彷徨える龍
馬中の赤兎、人中の呂布 8
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張燕は袁紹軍に降伏して、黒山の賊軍はその場で解体され消滅する事になった。
その事後処理として呂布と成廉と張遼、袁紹軍からは張郃と審配と郭図が様々な手続きなどに振り回される事になっていた。
その一方、魏越も個人的な事後処理を行う必要があったので、呂布とは別行動を取っている。
「魏越将軍、私も同行します」
単独で行動しようとする魏越に、趙雲が同行を申し出る。
「何だ、子龍か。疲れているだろう? ゆっくり休んでいれば良いのに」
魏越が笑いながら言うと、趙雲は首を振る。
「私は皆さんより若いですから、回復も早いのです」
「はっはっは! つい先ほどまでヘトヘトで槍も持てなかったくせに、それだけ減らず口を叩けるのであれば十分か」
「また余計な事をさせるな、と成廉将軍からも念を押されていますから」
「それは余計な一言だ」
趙雲の言葉に、魏越はムッとして言う。
情報を得て、結果として黒山の戦いを大幅に短縮させる事が出来たのは魏越の功績によるところは大きいのだが、やはり勝手にその領地安堵ともとれる約束をした事は問題となった。
今回は事なきを得たが、もしもの場合には魏越だけの問題では済まず、当然呂布にも、場合によっては袁紹軍全体にも関わる大事になるところだったと、郭図からねっとりねちねちと責められたところでもある。
その事もあって、魏越は集落に今後も賊から守ってもらうにはどうしても袁紹軍の傘下に加わる事で、それ以降は袁紹に守ってもらう事を説明しなければならない。
それは郭図から嫌味を込めて言われるまでもなく、魏越は自分で詫びを入れるつもりでいた。
おそらく呂布であれば笑いながら、そんな事は気にしなくていいと言ってくれるだろうが、そんな呂布だからこそ魏越は主君と仰ぎ、主君と仰ぐからこそ恥をかかせる訳にはいかない。
その責任は自分で取らなければならない事くらい、自分でも分かっている。
魏越は手勢を十名ほどと趙雲を連れ、呂布軍本隊から離れて集落へ向かう。
「子龍はこれからどうするんだ? 張郃将軍を頼って袁紹軍に戻るのか?」
「いえ、そのつもりはありません」
趙雲は即答する。
「戦いの前にも言った通り、張郃将軍は別とする事は出来ますが、袁紹軍に『本物』はいません。呂布将軍の戦いを見てしまった以上、その考えは前以上に強くなりました。あの場にいても、私に得られるものはありません」
「言うねぇ」
趙雲の言葉に、魏越は苦笑いする。
その実力たるや、年齢からは考えられないほどのものを身につけているせいもあって、性格や物言いなどにやや難がある趙雲ではあるが、やはり若さから理想を追い求める傾向が強い。
それが即悪い事では無いものの、成長するに従って嫌でも妥協せざるを得なくなっていくものなのだ。
趙雲の求める『本物』も、世に求められていなければ表に出る事は無く、また趙雲自身がその『本物』になったとしても、袁紹軍の将軍達の様な人物達が上にいるのであれば趙雲はその命令に従わなかればならない。
いずれそれが分かる時も来るだろう、と魏越は考えてしまった。
「では呂布軍へ来ないか?」
「それは、呂布将軍からの許しは得ているのですか?」
「いや、俺の独断だ」
「……魏越殿」
「いや、待て。子龍であれば呂布将軍も悪い顔はしないだろうし、これから袁紹軍で戦っていく事になったとしても、呂布将軍の旗下にあれば少なくとも子龍の言う『本物』の元で戦う事が出来るんだ。お互いにとって悪い話じゃないだろう?」
「私の事はともかく、また独断で動こうとしている事が問題なのでそれを指摘しているのですが、それは分かっていますよね?」
「……はい」
魏越は小さな声で答える。
実は以前から成廉から注意されている事でもあるのだが、これまでの彼らの状況から即断即決が身についてしまっていた。
魏越と成廉はそれぞれが地主であったが、袁術からの理不尽な要求を断ったが為に敵とみなされ、賊軍の扱いを受けていた。
それでも袁術軍に下るをよしをせず抵抗してきたのだが、強大な袁術軍と戦い続ける上で、どうしても話し合いや許可を待っている余裕もない事は多くあり、またその時の魏越は最高責任者の立場と言う事もあって、独断で事を進める事が多くあった。
その時に成廉から注意を受けていたのだが、一度身に付いた習慣と言うものはなかなか修正しても治らないものである。
「で、それはそれとして、子龍は呂布将軍の元で働くつもりはないのか? もしそのつもりがあるのであれば、俺も口利きするが、どうだ?」
「そうですね……」
趙雲は少し考える。
「悪くはないのですが、出来る事なら呂布将軍とは戦場で雌雄を決する戦いをしてみたいものです」
「はぁ?」
趙雲の言葉に、魏越は耳を疑った。
「おま、それ、本気か? 将軍の戦いは間近で見ているだろう?」
「ええ。凄まじかったです。人はこれほどまでに強くなれるものなのかと、目を疑いました」
趙雲は素直に頷く。
「それだけに呂布将軍の旗下に加わってしまうと、呂布将軍に頼りきりになってしまい、甘えてしまうのではないかと思うのです。私は先日まで槍を極めたと思っていましたが、呂布将軍の戦いを目の当たりにしてまだまだ足元にも及ばないと感じました。これよりさらに腕を磨き、いずれ将軍と槍を合わせたいと思います。そこで敗れ、それでもなお呂布将軍が私を必要としてくだされるのであれば、私も喜んで呂布将軍の元で働かせていただきます」
「……大したもんだよ、お前も」
魏越は正直な感想を口にする。
今回の戦いで、『馬中の赤兎、人中の呂布』を堪能したのは何も敵軍ばかりではない。
僅か数十騎を率いて敵軍に突撃、味方の危険を知るやそちらへの救出に走る事も厭わない。
常に最前線に立ちながら、それでも自分の部隊にはほぼ被害を出さないと言う圧倒的武勇は、味方からするとこれほど有難いものは無いと言えるほどだった。
魏越も自分の実力には多少の自信は持っていたが、呂布と比較するのはただ恥をさらすだけである事を痛感し、万が一にも敵対したくないと感じていた。
趙雲は真逆に感じているらしく、腕を磨いてきたと言っても地主であった魏越と、生まれついての武人である趙雲との違いなのかもしれない。
「しかし、袁紹軍に留まらずに呂布将軍と戦いたいとなると、公孫瓚軍か? 子龍とは戦いたくないものだが」
「そうですね。今すぐ敵対しても私には万に一つも勝目はありませんから、一度故郷の常山に帰って基本からやり直そうかと考えてます」
「真面目だねぇ。それであればしばらく呂布軍に身を置いて実戦で技を磨き、十分に実力がついたところで呂布将軍に挑むと言う手もあるのでは?」
「一度主君を仰いだ者に、実力がついたからと刃を向けるのは謀反であり、忠臣のなすところでは無いでしょう」
自他共に認める自信家の趙雲であればそんな事を考えてもおかしくないのでは、と魏越は思っていたのだが、趙雲は想像以上に忠義の士であるらしい。
「確かに。それは俺の主張が間違っていた」
「迂闊な発言が多すぎるのでは? 少々改めた方が良いかと思います」
「そこは反省するところではあるが、子龍には言われたくないなぁ」
言っている事は間違っていないものの、言葉の選び方が相手の不快感を煽ってしまう趙雲の物の言い方は今後直した方が良いと、魏越は思う。
本人は武骨者を自負しているみたいだが、実際にはかなり賢い趙雲なので、その辺りの事も今後自分で気づいて直していく事だろう。
さらに今回の戦いでも兵法の勘所は悪くないどころか、素晴らしく優れた一面も見せていたので、張遼と同様に将来有望な人物である。
魏越と趙雲がそんな話をしながら集落を目指していたのは、もはや戦いも終わり、敵はこの近辺にはいないと言う判断から気が緩んでいた事は否めない。
それだけに、集落に到着した時の光景を目にした時には絶句した。
集落が襲撃されていたのである。
村は焼かれ、村人はただ切り捨てられていると言うだけでなく、見るも無残な姿に変わり果てていた。
「こ、これは一体?」
趙雲は言葉を絞り出したが、その質問に魏越は答える事が出来なかった。
賊軍の残党の事が頭をよぎる。
呂布遊撃隊が拠点攻撃を開始した時、賊軍はほぼ全軍に救援を求めたはずではあるが、そこで全軍が確実に救援に向かってきたとは断言できず、解散になった事をよしとせずに報復をおこなったのではないか。
単純な可能性で言えばまったく無いとは言えないまでも、そんな事を行っているヒマがあるのであればまずは逃げて安全を確保する事の方が優先されるはずでもある。
それに報復と言っても、この集落は山の中に点在する集落の一つに過ぎず、呂布遊撃隊に情報を与えたのがこの集落であると確信する事は難しいはずだった。
では、逃亡する賊がたまたまこの集落に立ち寄って略奪に及んだのか。
だとすると、運が悪かったの一言では済まされないほどの不運に見舞われたとしか言い様がないのだが、どうにも腑に落ちなかった。
ここに来るまでに賊軍の残党にまったく出くわさなかったと言う事もあるが、戦いが終わった直後で、まだ袁紹軍はこの黒山に滞在している。
いかに解散を命じられたからと言って、そこで略奪などに及べば残党刈りの口実を与えるだけであり、残党刈りの苛烈さは賊軍と呼称されるのであれば知らないはずがない。
そんな時に、こんな事を行うのは明らかな自殺行為なのだ。
魏越と趙雲があまりの事に混乱している中、全ての秘密を知っているであろう、この場にいるはずのない人物がこちらへやって来るのが見えた。
「おや、そこにいるのは呂布軍の方ではありませんか。たしか魏越殿、でしたね?」
自然な口調で語りかけてきたのは、この黒山賊軍討伐の総大将を任じられている顔良であった。
本来であれば総大将である顔良が事後処理に追われないはずはないのだが、顔良は最初から郭図にすべて任せると言って、早々に制圧した拠点から去っていたのは魏越も目にしている。
あの時は侠客出身の顔良なので事後処理などの面倒な事は嫌いなのだろう程度に考えていたのだが、この集落にいる理由は無い。
「顔良将軍、これは一体?」
「ん? 魏越殿は到着したばかりで? これで全員?」
顔良は魏越の質問に答えず、首を傾げている。
顔良一人ではなく、顔良が率いてきたと思われる兵士達も集まってくる。
「顔良将軍、何があったのですか?」
「もちろん説明しますが、まずは質問に答えて下さい。到着したばかりで、これで全員ですか?」
「そうですよ!」
馬鹿にする様な態度の顔良に腹を立て、魏越は怒鳴る様に答える。
「そうですか、それなら安心です」
顔良はそう言うと魏越に近づいて来て、無造作に剣を抜いて魏越の胸を貫く。
「な、何を」
魏越の言葉に顔良は笑顔を浮かべると、兵に合図を送る。
顔良の兵達は一斉に矢を射掛け、さらに槍を突き立てる。
奇跡的に避ける事の出来たのは趙雲ただ一人であり、それ以外の魏越の兵達は一瞬にしてその命を奪われた。
いかに武勇に優れる趙雲と言えども、手にある武器は槍が一本のみであり、しかも戦いの疲れも完全に抜けている訳ではない。
「趙雲! 呂布将軍の元へ!」
「絶対に呂布の元へ行かせるな! 殺せ!」
魏越が命をかけて叫び、趙雲はそれに呼応して脱兎の如くその場から逃げ出すが、顔良はすぐに追手を差し向ける。
「いや、ちょうど良かったですよ、魏越殿。貴方とその部下達が恩人であるはずの集落で略奪や虐殺を行っているのを見つけたので、私が成敗したと言う話に出来ますからね。部下の監督不行届で呂布殿にも自然な形で罪を着せる事が出来る。袁紹様にはこの顔良がいるのだから、呂布など必要無いと説明するのが簡単になりました。いや、本当に有難い事です」
顔良は笑顔で魏越にそう言っていた。
「おや、死んでいましたか。せっかくこの私が説明していると言うのに、失礼なお方ですね。ですが、その首に免じて、この度の失礼は許して差し上げましょう」
一方の趙雲も、顔良の追手を十数名その槍で突き倒していたが、やはり多勢に無勢。また、その体力も限界に近く、ただその強靭な精神力だけで呂布の元へ戻ろうとしていたが、顔良の追手に先回りされ、それも叶わなくなった。
唇を噛み切り、血涙を流さんばかりの悔しさに身を焼きながら、趙雲はそれでも生き延びる道を選び、袁紹と敵対する公孫瓚の元へ落ち延びる。
その時、心の中に強い誓いを立てる。
もし同じ様な事があったら、例え百万の兵に囲まれようとも必ず主君の元へ帰る、と。
今の自分にはそれを実現するだけの実力が無いのであれば、それが出来る様にする、と。
だが、この時の趙雲はすでに槍は折れ、騎乗する騎馬も無い状態であり、生きて公孫瓚の陣営にたどり着くどころか黒山から下山する事さえも至難であり、心に立てた誓いを果たす事が出来る未来が来ると言う保障はどこにもない状況であった。
その事後処理として呂布と成廉と張遼、袁紹軍からは張郃と審配と郭図が様々な手続きなどに振り回される事になっていた。
その一方、魏越も個人的な事後処理を行う必要があったので、呂布とは別行動を取っている。
「魏越将軍、私も同行します」
単独で行動しようとする魏越に、趙雲が同行を申し出る。
「何だ、子龍か。疲れているだろう? ゆっくり休んでいれば良いのに」
魏越が笑いながら言うと、趙雲は首を振る。
「私は皆さんより若いですから、回復も早いのです」
「はっはっは! つい先ほどまでヘトヘトで槍も持てなかったくせに、それだけ減らず口を叩けるのであれば十分か」
「また余計な事をさせるな、と成廉将軍からも念を押されていますから」
「それは余計な一言だ」
趙雲の言葉に、魏越はムッとして言う。
情報を得て、結果として黒山の戦いを大幅に短縮させる事が出来たのは魏越の功績によるところは大きいのだが、やはり勝手にその領地安堵ともとれる約束をした事は問題となった。
今回は事なきを得たが、もしもの場合には魏越だけの問題では済まず、当然呂布にも、場合によっては袁紹軍全体にも関わる大事になるところだったと、郭図からねっとりねちねちと責められたところでもある。
その事もあって、魏越は集落に今後も賊から守ってもらうにはどうしても袁紹軍の傘下に加わる事で、それ以降は袁紹に守ってもらう事を説明しなければならない。
それは郭図から嫌味を込めて言われるまでもなく、魏越は自分で詫びを入れるつもりでいた。
おそらく呂布であれば笑いながら、そんな事は気にしなくていいと言ってくれるだろうが、そんな呂布だからこそ魏越は主君と仰ぎ、主君と仰ぐからこそ恥をかかせる訳にはいかない。
その責任は自分で取らなければならない事くらい、自分でも分かっている。
魏越は手勢を十名ほどと趙雲を連れ、呂布軍本隊から離れて集落へ向かう。
「子龍はこれからどうするんだ? 張郃将軍を頼って袁紹軍に戻るのか?」
「いえ、そのつもりはありません」
趙雲は即答する。
「戦いの前にも言った通り、張郃将軍は別とする事は出来ますが、袁紹軍に『本物』はいません。呂布将軍の戦いを見てしまった以上、その考えは前以上に強くなりました。あの場にいても、私に得られるものはありません」
「言うねぇ」
趙雲の言葉に、魏越は苦笑いする。
その実力たるや、年齢からは考えられないほどのものを身につけているせいもあって、性格や物言いなどにやや難がある趙雲ではあるが、やはり若さから理想を追い求める傾向が強い。
それが即悪い事では無いものの、成長するに従って嫌でも妥協せざるを得なくなっていくものなのだ。
趙雲の求める『本物』も、世に求められていなければ表に出る事は無く、また趙雲自身がその『本物』になったとしても、袁紹軍の将軍達の様な人物達が上にいるのであれば趙雲はその命令に従わなかればならない。
いずれそれが分かる時も来るだろう、と魏越は考えてしまった。
「では呂布軍へ来ないか?」
「それは、呂布将軍からの許しは得ているのですか?」
「いや、俺の独断だ」
「……魏越殿」
「いや、待て。子龍であれば呂布将軍も悪い顔はしないだろうし、これから袁紹軍で戦っていく事になったとしても、呂布将軍の旗下にあれば少なくとも子龍の言う『本物』の元で戦う事が出来るんだ。お互いにとって悪い話じゃないだろう?」
「私の事はともかく、また独断で動こうとしている事が問題なのでそれを指摘しているのですが、それは分かっていますよね?」
「……はい」
魏越は小さな声で答える。
実は以前から成廉から注意されている事でもあるのだが、これまでの彼らの状況から即断即決が身についてしまっていた。
魏越と成廉はそれぞれが地主であったが、袁術からの理不尽な要求を断ったが為に敵とみなされ、賊軍の扱いを受けていた。
それでも袁術軍に下るをよしをせず抵抗してきたのだが、強大な袁術軍と戦い続ける上で、どうしても話し合いや許可を待っている余裕もない事は多くあり、またその時の魏越は最高責任者の立場と言う事もあって、独断で事を進める事が多くあった。
その時に成廉から注意を受けていたのだが、一度身に付いた習慣と言うものはなかなか修正しても治らないものである。
「で、それはそれとして、子龍は呂布将軍の元で働くつもりはないのか? もしそのつもりがあるのであれば、俺も口利きするが、どうだ?」
「そうですね……」
趙雲は少し考える。
「悪くはないのですが、出来る事なら呂布将軍とは戦場で雌雄を決する戦いをしてみたいものです」
「はぁ?」
趙雲の言葉に、魏越は耳を疑った。
「おま、それ、本気か? 将軍の戦いは間近で見ているだろう?」
「ええ。凄まじかったです。人はこれほどまでに強くなれるものなのかと、目を疑いました」
趙雲は素直に頷く。
「それだけに呂布将軍の旗下に加わってしまうと、呂布将軍に頼りきりになってしまい、甘えてしまうのではないかと思うのです。私は先日まで槍を極めたと思っていましたが、呂布将軍の戦いを目の当たりにしてまだまだ足元にも及ばないと感じました。これよりさらに腕を磨き、いずれ将軍と槍を合わせたいと思います。そこで敗れ、それでもなお呂布将軍が私を必要としてくだされるのであれば、私も喜んで呂布将軍の元で働かせていただきます」
「……大したもんだよ、お前も」
魏越は正直な感想を口にする。
今回の戦いで、『馬中の赤兎、人中の呂布』を堪能したのは何も敵軍ばかりではない。
僅か数十騎を率いて敵軍に突撃、味方の危険を知るやそちらへの救出に走る事も厭わない。
常に最前線に立ちながら、それでも自分の部隊にはほぼ被害を出さないと言う圧倒的武勇は、味方からするとこれほど有難いものは無いと言えるほどだった。
魏越も自分の実力には多少の自信は持っていたが、呂布と比較するのはただ恥をさらすだけである事を痛感し、万が一にも敵対したくないと感じていた。
趙雲は真逆に感じているらしく、腕を磨いてきたと言っても地主であった魏越と、生まれついての武人である趙雲との違いなのかもしれない。
「しかし、袁紹軍に留まらずに呂布将軍と戦いたいとなると、公孫瓚軍か? 子龍とは戦いたくないものだが」
「そうですね。今すぐ敵対しても私には万に一つも勝目はありませんから、一度故郷の常山に帰って基本からやり直そうかと考えてます」
「真面目だねぇ。それであればしばらく呂布軍に身を置いて実戦で技を磨き、十分に実力がついたところで呂布将軍に挑むと言う手もあるのでは?」
「一度主君を仰いだ者に、実力がついたからと刃を向けるのは謀反であり、忠臣のなすところでは無いでしょう」
自他共に認める自信家の趙雲であればそんな事を考えてもおかしくないのでは、と魏越は思っていたのだが、趙雲は想像以上に忠義の士であるらしい。
「確かに。それは俺の主張が間違っていた」
「迂闊な発言が多すぎるのでは? 少々改めた方が良いかと思います」
「そこは反省するところではあるが、子龍には言われたくないなぁ」
言っている事は間違っていないものの、言葉の選び方が相手の不快感を煽ってしまう趙雲の物の言い方は今後直した方が良いと、魏越は思う。
本人は武骨者を自負しているみたいだが、実際にはかなり賢い趙雲なので、その辺りの事も今後自分で気づいて直していく事だろう。
さらに今回の戦いでも兵法の勘所は悪くないどころか、素晴らしく優れた一面も見せていたので、張遼と同様に将来有望な人物である。
魏越と趙雲がそんな話をしながら集落を目指していたのは、もはや戦いも終わり、敵はこの近辺にはいないと言う判断から気が緩んでいた事は否めない。
それだけに、集落に到着した時の光景を目にした時には絶句した。
集落が襲撃されていたのである。
村は焼かれ、村人はただ切り捨てられていると言うだけでなく、見るも無残な姿に変わり果てていた。
「こ、これは一体?」
趙雲は言葉を絞り出したが、その質問に魏越は答える事が出来なかった。
賊軍の残党の事が頭をよぎる。
呂布遊撃隊が拠点攻撃を開始した時、賊軍はほぼ全軍に救援を求めたはずではあるが、そこで全軍が確実に救援に向かってきたとは断言できず、解散になった事をよしとせずに報復をおこなったのではないか。
単純な可能性で言えばまったく無いとは言えないまでも、そんな事を行っているヒマがあるのであればまずは逃げて安全を確保する事の方が優先されるはずでもある。
それに報復と言っても、この集落は山の中に点在する集落の一つに過ぎず、呂布遊撃隊に情報を与えたのがこの集落であると確信する事は難しいはずだった。
では、逃亡する賊がたまたまこの集落に立ち寄って略奪に及んだのか。
だとすると、運が悪かったの一言では済まされないほどの不運に見舞われたとしか言い様がないのだが、どうにも腑に落ちなかった。
ここに来るまでに賊軍の残党にまったく出くわさなかったと言う事もあるが、戦いが終わった直後で、まだ袁紹軍はこの黒山に滞在している。
いかに解散を命じられたからと言って、そこで略奪などに及べば残党刈りの口実を与えるだけであり、残党刈りの苛烈さは賊軍と呼称されるのであれば知らないはずがない。
そんな時に、こんな事を行うのは明らかな自殺行為なのだ。
魏越と趙雲があまりの事に混乱している中、全ての秘密を知っているであろう、この場にいるはずのない人物がこちらへやって来るのが見えた。
「おや、そこにいるのは呂布軍の方ではありませんか。たしか魏越殿、でしたね?」
自然な口調で語りかけてきたのは、この黒山賊軍討伐の総大将を任じられている顔良であった。
本来であれば総大将である顔良が事後処理に追われないはずはないのだが、顔良は最初から郭図にすべて任せると言って、早々に制圧した拠点から去っていたのは魏越も目にしている。
あの時は侠客出身の顔良なので事後処理などの面倒な事は嫌いなのだろう程度に考えていたのだが、この集落にいる理由は無い。
「顔良将軍、これは一体?」
「ん? 魏越殿は到着したばかりで? これで全員?」
顔良は魏越の質問に答えず、首を傾げている。
顔良一人ではなく、顔良が率いてきたと思われる兵士達も集まってくる。
「顔良将軍、何があったのですか?」
「もちろん説明しますが、まずは質問に答えて下さい。到着したばかりで、これで全員ですか?」
「そうですよ!」
馬鹿にする様な態度の顔良に腹を立て、魏越は怒鳴る様に答える。
「そうですか、それなら安心です」
顔良はそう言うと魏越に近づいて来て、無造作に剣を抜いて魏越の胸を貫く。
「な、何を」
魏越の言葉に顔良は笑顔を浮かべると、兵に合図を送る。
顔良の兵達は一斉に矢を射掛け、さらに槍を突き立てる。
奇跡的に避ける事の出来たのは趙雲ただ一人であり、それ以外の魏越の兵達は一瞬にしてその命を奪われた。
いかに武勇に優れる趙雲と言えども、手にある武器は槍が一本のみであり、しかも戦いの疲れも完全に抜けている訳ではない。
「趙雲! 呂布将軍の元へ!」
「絶対に呂布の元へ行かせるな! 殺せ!」
魏越が命をかけて叫び、趙雲はそれに呼応して脱兎の如くその場から逃げ出すが、顔良はすぐに追手を差し向ける。
「いや、ちょうど良かったですよ、魏越殿。貴方とその部下達が恩人であるはずの集落で略奪や虐殺を行っているのを見つけたので、私が成敗したと言う話に出来ますからね。部下の監督不行届で呂布殿にも自然な形で罪を着せる事が出来る。袁紹様にはこの顔良がいるのだから、呂布など必要無いと説明するのが簡単になりました。いや、本当に有難い事です」
顔良は笑顔で魏越にそう言っていた。
「おや、死んでいましたか。せっかくこの私が説明していると言うのに、失礼なお方ですね。ですが、その首に免じて、この度の失礼は許して差し上げましょう」
一方の趙雲も、顔良の追手を十数名その槍で突き倒していたが、やはり多勢に無勢。また、その体力も限界に近く、ただその強靭な精神力だけで呂布の元へ戻ろうとしていたが、顔良の追手に先回りされ、それも叶わなくなった。
唇を噛み切り、血涙を流さんばかりの悔しさに身を焼きながら、趙雲はそれでも生き延びる道を選び、袁紹と敵対する公孫瓚の元へ落ち延びる。
その時、心の中に強い誓いを立てる。
もし同じ様な事があったら、例え百万の兵に囲まれようとも必ず主君の元へ帰る、と。
今の自分にはそれを実現するだけの実力が無いのであれば、それが出来る様にする、と。
だが、この時の趙雲はすでに槍は折れ、騎乗する騎馬も無い状態であり、生きて公孫瓚の陣営にたどり着くどころか黒山から下山する事さえも至難であり、心に立てた誓いを果たす事が出来る未来が来ると言う保障はどこにもない状況であった。
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