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彷徨える龍
馬中の赤兎、人中の呂布 9
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魏越の不祥事の報は顔良の帰陣と共に伝えられ、呂布軍に衝撃が走った。
「馬鹿な! 魏越に限って、そんな事をするはずがない! それは何かの間違いだ!」
成廉は卓を叩いて怒鳴る。
陣営に加わってまだ日も浅いので、呂布は魏越の事を詳しく知っている訳ではない。
だが、情報をもらった上にもてなそうとまでしてくれた集落を略奪するなど、確かに考えにくい。
もしそのつもりであれば、賊軍のせいに出来る時に行うべきであり、ここで悪行を誇る意味は無かった。
これが敵地であった場合、あるいは敵対する集落であると言うのであれば報復行為として略奪や焼き討ちを行い、憂さ晴らしする場合もある。
許される事ではないが、これまでにそう言う事が行われていた事は呂布も知っている。
董卓軍であれば、あるいは日常茶飯事だったかもしれない。
が、今回は協力してくれた集落である。
もし事実であれば、それは切り捨てられても何ら不思議はない大罪であった。
しかし、付き合いの長い成廉はもちろん、呂布も魏越がそんな事を行ったとは信じられなかった。
「私も自分の目を疑いましたよ。まさかあの呂布将軍の部下が、こんな非道を行うとは思いもしませんでしたから」
顔良は首を振って、ため息混じりに言う。
その芝居がかった仕草に成廉は顔良に掴みかかろうとするが、張遼に止められる。
「こんな事は言いたくありませんが、協力してくれた方々に対して略奪を行うなど、罰すると言うよりもはや害獣として駆除しなければならないほどの事。まして今回の事は袁紹軍として行動している以上、袁紹殿にも多大な迷惑がかかっているのですよ?」
顔良が畳み掛ける様に言ってくる。
「何か証拠があっての事だろうな」
成廉が顔良に言う。
「証拠?」
「そこまで言うのであれば、魏越が略奪を行っていた証拠があるのだろう! 略奪を行っていたのが魏越ではなく賊軍の残党であり、魏越はそれと戦っていたのかもしれないではないか! それを早合点して討ったと言うのであれば、そちらの落ち度ではないか!」
「はっはっは。これは中々の詭弁。恐れ入りました」
顔良の言い方に成廉は剣を抜こうとするが、張遼に止められている。
「魏越は私に気付くとこちらに襲いかかってきた為、やむを得ずこちらも応戦したまでの事。その時には集落の方々は皆殺しにされていたので、証人もいない状態。なるほど、証拠を出せと言われても、この状況ではこちらも潔白を証明できないと言う事ですか。実に賊将らしい逃れ方ですな」
「貴様ぁ!」
「よさないか」
鼻息荒く顔良を睨みつけている成廉を、呂布がたしなめる。
「顔良将軍も、口が過ぎますぞ。この戦の功績は呂布将軍に大である事は間違いないのだ」
郭図はそう言って顔良を止めるが、自身達の非礼を認めるつもりは無いと言う態度は崩そうとしない。
この問題に関しては、張郃と審配も口を出しづらそうだった。
二人は親呂布派とも言える人物達ではあるが、それでも袁紹軍である。
また、その立場でなかったにしても、顔良の言い分と成廉の言い分のどちらが正しいか分からない以上、問題を解決に導く事ができないのが分かっているから口を出せずにいた。
「子龍は? 子龍はどうした!」
成廉はそう叫ぶが、その声に応える者はいない。
「子龍? 趙雲が何か?」
張郃が話に参加する好機とばかりに、成廉に尋ねる。
「魏越には子龍を同行させていた! 魏越とて略奪をよしとするはずもないが、子龍も同じく略奪などさせるはずもない! まして、子龍は袁紹軍所属だったではないか!」
「さて、同様に襲いかかってくる一兵卒まで把握出来るわけもなく。非戦闘員を手にかける様な者、切り捨てられて当然でしょう」
顔良は優雅さをも感じさせる態度で、悠然と応える。
その態度に成廉は烈火の如く怒り、張郃も眉をひそめる。
「これ以上話す事はありませんね。帰るとしましょう」
顔良は言葉だけでなく、そのまま立ち去っていく。
「この事、当然ながら主君に報告させて頂く。功を誇るあまり、周囲が見えないとあれば将軍の器も知れますな」
「言い過ぎでしょう。武功を挙げた呂布将軍を貶めて、袁紹軍の名が上がるとでもお思いですか? それは安直に過ぎます」
張郃が静かに郭図を諭す。
「今この場で呂布将軍と事を起こすつもりで? 兵力には差があるにしても、わずかな兵力でこの黒山の賊軍を制した軍であり、『馬中の赤兎、人中の呂布』とまで言わしめた方。どれだけの犠牲を払うつもりですか?」
声を荒げる事も無く淡々と尋ねるが、郭図にはそれに対する回答は用意されていなかったらしく、舌打ちしただけで言葉は出てこなかった。
「とにかく、もはやここに用はない。撤収するぞ、張郃。呂布軍は後から来るように!」
吐き捨てるようにいうと、郭図は顔良の後を追って去っていく。
「何やら誤解と行き違いがあった様子。将軍がそのような事をなさるお方では無い事は、私もよく知っております。あのような輩の言葉を信じぬよう、私の方から主へ口添えいたしますゆえ、軽挙なさいませんよう」
「ご心配なく、審配殿。我らも落ち着きましたら後を追います」
呂布はそう言うと審配や張郃と別れ、呂布軍を招集する。
「将軍、せめて魏越を弔ってやりたいのですが、よろしいでしょうか」
袁紹軍の面々から離れたせいか、少し落ち着いた成廉の提案である。
「……申し訳ないが成廉殿、それはやめておいた方が良いのでは?」
張遼が申し訳なさそうにではあるが、それでも成廉に反対する。
「何故だ! 魏越は濡れ衣を着せられたのだ! 袁紹軍の汚い策の犠牲になったというのに、それを弔う事もできないのか!」
「血を吐くほど悔しいのはわかりますし、俺だって奴らのやり口には反吐が出ます。まさか袁紹軍がここまで腐敗していようとは思いませんでした。ですが、それでもその軍は強大、しかも援軍として魏続、侯成は未だ袁紹軍下にあり、将軍のご家族も袁紹のお膝元。呂布将軍がどれほど勇猛であったとしても、人質に取られては戦えません」
「では、袁紹に尻尾を振れというのか! あらぬ濡れ衣を着せられても、黙って受け入れろを? 名門には逆らえませんと笑顔で這い蹲ばれというのか!」
少し落ち着いたと思っていた成廉だが、頭に血が上ったらしく張遼にも一歩も引こうとはしない。
「我が君は、そこまで暗愚ではありません」
明らかに呂布軍でない者が、口を挟む。
宋憲である。
「袁紹様は見識広く、人を用いられるお方。確かに顔良、郭図の様な俗物は紛れていたとしても、事の善悪は分かるお方。審配殿が申された通り、誤解を解いて下さるでしょう」
「……宋憲、貴様、いい度胸しているな」
成廉は剣に手をかける。
「今の我らは袁紹軍に恨み骨髄。よく顔を出せたものだ」
「わかっております」
成廉に対して、宋憲は頷く。
「まして、本隊に集落の情報を与えたのは自分。魏越殿が濡れ衣を着せられ、策謀の贄とさせてしまった原因は自分にあります」
「なるほど、死ぬ覚悟はあるという事か」
成廉は剣を抜く。
「おそらく自分がこの呂布軍へ再度派遣されたのも、呂布軍の誰かの手で殺させる事が目的なのでしょう。そうすれば呂布将軍の軍は略奪を行った軍と言うだけでなく、友好の証として送った使者をも切る。人中の呂布ともてはやされても、その実、血を望む獣である。郭図はそう言うつもりなのでしょう」
「では、宋憲殿はあえて切られる為にここへ?」
張遼が質問すると、宋憲は首を振る。
「いえ。郭図は将軍達を侮っています。ですので、自分が生きて本拠点へ戻れば郭図の浅知恵は破綻し、その言葉に信憑性無しとなりましょう。さすれば魏越殿に被せられた泥を拭い、郭図、顔良を罰する事も出来ます。呂布将軍には是非とも共に袁紹様を支えて頂きたく思います」
宋憲は剣を向ける成廉を一切恐れる事なく、武器に手をかける事もせずに説得する。
「……道理は宋憲殿にある。失礼いたした」
成廉は素直にそれを認め、剣を収める。
宋憲の命懸けの説得により、呂布軍は袁紹軍と敵対する事なく帰路につく。
先行する袁紹軍とはかなり離れてしまったが、それでも袁紹軍の殿が張郃である事は知らされた。
親呂布派の武将でもあるが、張郃は漢全土を見ても有数の実力者でもある。
兵数に勝る張郃の軍であれば、いかに勇猛果敢な呂布軍であっても短時間で粉砕する事は出来ず、本隊は張郃を盾にして本拠地へ逃げる事が出来ると言う布陣だった。
しかし、これは宋憲が言うように袁紹による指示ではなく、郭図や顔良が独断で行っている事だろうと呂布は思う。
もし袁紹の指示でこのような事をやっているとしたら、袁紹の評判はここまで良くなってはいない。
だが、袁紹軍は大きくなりすぎた。
急激な膨張は空洞化を生む事になるが、袁家と言う名門であればその大きさは周りの比ではなく、そこでの名声や権力は多大である。
確かに郭図や顔良は一芸に秀でているだろうが、本来であればその長所で競い他者を圧倒せねばならないところ、他者の短所をあげつらって自らを高く見せようとしている。
それは空洞化を進めるばかりであり、袁紹が早めに手を打たねば取り返しがつかない腐敗を招く事になりかねない。
呂布はそう考えていた。
それでも袁紹軍の行動は、呂布の期待に応える事は無かった。
袁紹軍の殿軍を務める張郃軍が袁紹の本拠地に入ると、呂布軍が入るのを待たずに門が閉じられてしまったのである。
「何をする! 呂布将軍がお戻りだ!」
張遼や成廉が前に出ようとするのを抑えて、袁紹軍の武将である宋憲が声を上げる。
「黙れ! 民を害する賊軍め!」
門の上から宋憲を怒鳴る者がいた。
袁紹軍の中心人物でもある、淳于瓊である。
「自分は宋憲! 呂布軍と行動を共にした、袁家の武将である!」
「黙れ、賊め! 宋憲はすでに死したと聞く! 死者の名を騙る不届き者め! 恥を知れ!」
淳于瓊の言葉に、宋憲は絶句した。
先行した顔良や郭図から、すでに宋憲は呂布軍によって殺されたと報告されているらしい。
それだけでも十分なのだが、その言葉を鵜呑みにして疑っていない様子にも、かけるべき言葉が見つからなかった。
「呂布将軍! 何事ですか?」
都合の悪い事に、公孫瓚方面の援軍に向かっていた魏続達の軍が、呂布軍に合流を果たす。
ただでさえ現状での信用の無い呂布軍だが、ここで五千もの兵が合流しては実際にはともかく、見た目には呂布がこの袁紹の拠点を攻撃に向かった様にも見えた。
「すぐにこの場を去れ! 去らねば敵とみなすぞ!」
淳于瓊は大声で怒鳴る。
「また何やら巻き込まれたのか?」
別方向から高順が、呂布の家族を連れてやって来る。
「高さん? 何でここに?」
本拠地で匿われているはずの呂布の家族が、外に出て軍と合流と言うのはあまりにも不自然であった。
奇妙に思った張遼が尋ねるが、高順自身も複雑な表情を浮かべていた。
「沮授とか言うヤツからの密書でな。内輪の策謀によって呂布将軍とその家族に危険が迫っていると知らされて、こうやって出てきたと言うわけだ」
「沮授と言えば、張郃将軍と同じく元は韓馥の部下で慎重な男。おそらく余計な災いを避ける事を狙っての事でしょう」
淳于瓊の説得を諦めた宋憲が、高順に説明する。
「ようは出て行け、と言う事か」
高順の言葉に、呂布も頷く。
ここで呂布の家族を人質に取った場合、呂布を降伏させるどころか全面攻勢を誘いかねない。
顔良や郭図はそれを狙っていたのかもしれないが、その沮授と言う者はそう考えず、余計な諍いを避けたと言う訳である。
「して、宋憲殿は今後どうする?」
呂布が尋ねると、宋憲は呂布に臣下の礼を取る。
「自分は袁紹軍では死んだ事になっています。そうなれば自分は袁紹軍に居所はありません。良ければ将軍の元へ置いていただきたく」
「もちろん、それは喜んで。郝萌は?」
呂布は郝萌を見る。
郝萌は袁術より派遣された、袁紹軍への援軍を率いる武将であった。
ここでの役割を終えたと言うのであれば、袁術の元へ戻るのが常である。
「あいにくと我々は呂布派とされ、おそらくそれは袁術様へも伝わっている事でしょう。そうなれば我々も罰せられる事になりかねません。実績を持ってでないと、袁術様への元へ戻る事は出来ません」
郝萌も呂布の元へ戻る事を望んだ。
魏続、侯成も袁紹軍に残る事より、放浪の身であったとしても呂布の元にいる事を望む。
今なお地盤も固まらない弱小勢力でありながら、呂布軍の中核は徐々に形を成し始めていた。
「馬鹿な! 魏越に限って、そんな事をするはずがない! それは何かの間違いだ!」
成廉は卓を叩いて怒鳴る。
陣営に加わってまだ日も浅いので、呂布は魏越の事を詳しく知っている訳ではない。
だが、情報をもらった上にもてなそうとまでしてくれた集落を略奪するなど、確かに考えにくい。
もしそのつもりであれば、賊軍のせいに出来る時に行うべきであり、ここで悪行を誇る意味は無かった。
これが敵地であった場合、あるいは敵対する集落であると言うのであれば報復行為として略奪や焼き討ちを行い、憂さ晴らしする場合もある。
許される事ではないが、これまでにそう言う事が行われていた事は呂布も知っている。
董卓軍であれば、あるいは日常茶飯事だったかもしれない。
が、今回は協力してくれた集落である。
もし事実であれば、それは切り捨てられても何ら不思議はない大罪であった。
しかし、付き合いの長い成廉はもちろん、呂布も魏越がそんな事を行ったとは信じられなかった。
「私も自分の目を疑いましたよ。まさかあの呂布将軍の部下が、こんな非道を行うとは思いもしませんでしたから」
顔良は首を振って、ため息混じりに言う。
その芝居がかった仕草に成廉は顔良に掴みかかろうとするが、張遼に止められる。
「こんな事は言いたくありませんが、協力してくれた方々に対して略奪を行うなど、罰すると言うよりもはや害獣として駆除しなければならないほどの事。まして今回の事は袁紹軍として行動している以上、袁紹殿にも多大な迷惑がかかっているのですよ?」
顔良が畳み掛ける様に言ってくる。
「何か証拠があっての事だろうな」
成廉が顔良に言う。
「証拠?」
「そこまで言うのであれば、魏越が略奪を行っていた証拠があるのだろう! 略奪を行っていたのが魏越ではなく賊軍の残党であり、魏越はそれと戦っていたのかもしれないではないか! それを早合点して討ったと言うのであれば、そちらの落ち度ではないか!」
「はっはっは。これは中々の詭弁。恐れ入りました」
顔良の言い方に成廉は剣を抜こうとするが、張遼に止められている。
「魏越は私に気付くとこちらに襲いかかってきた為、やむを得ずこちらも応戦したまでの事。その時には集落の方々は皆殺しにされていたので、証人もいない状態。なるほど、証拠を出せと言われても、この状況ではこちらも潔白を証明できないと言う事ですか。実に賊将らしい逃れ方ですな」
「貴様ぁ!」
「よさないか」
鼻息荒く顔良を睨みつけている成廉を、呂布がたしなめる。
「顔良将軍も、口が過ぎますぞ。この戦の功績は呂布将軍に大である事は間違いないのだ」
郭図はそう言って顔良を止めるが、自身達の非礼を認めるつもりは無いと言う態度は崩そうとしない。
この問題に関しては、張郃と審配も口を出しづらそうだった。
二人は親呂布派とも言える人物達ではあるが、それでも袁紹軍である。
また、その立場でなかったにしても、顔良の言い分と成廉の言い分のどちらが正しいか分からない以上、問題を解決に導く事ができないのが分かっているから口を出せずにいた。
「子龍は? 子龍はどうした!」
成廉はそう叫ぶが、その声に応える者はいない。
「子龍? 趙雲が何か?」
張郃が話に参加する好機とばかりに、成廉に尋ねる。
「魏越には子龍を同行させていた! 魏越とて略奪をよしとするはずもないが、子龍も同じく略奪などさせるはずもない! まして、子龍は袁紹軍所属だったではないか!」
「さて、同様に襲いかかってくる一兵卒まで把握出来るわけもなく。非戦闘員を手にかける様な者、切り捨てられて当然でしょう」
顔良は優雅さをも感じさせる態度で、悠然と応える。
その態度に成廉は烈火の如く怒り、張郃も眉をひそめる。
「これ以上話す事はありませんね。帰るとしましょう」
顔良は言葉だけでなく、そのまま立ち去っていく。
「この事、当然ながら主君に報告させて頂く。功を誇るあまり、周囲が見えないとあれば将軍の器も知れますな」
「言い過ぎでしょう。武功を挙げた呂布将軍を貶めて、袁紹軍の名が上がるとでもお思いですか? それは安直に過ぎます」
張郃が静かに郭図を諭す。
「今この場で呂布将軍と事を起こすつもりで? 兵力には差があるにしても、わずかな兵力でこの黒山の賊軍を制した軍であり、『馬中の赤兎、人中の呂布』とまで言わしめた方。どれだけの犠牲を払うつもりですか?」
声を荒げる事も無く淡々と尋ねるが、郭図にはそれに対する回答は用意されていなかったらしく、舌打ちしただけで言葉は出てこなかった。
「とにかく、もはやここに用はない。撤収するぞ、張郃。呂布軍は後から来るように!」
吐き捨てるようにいうと、郭図は顔良の後を追って去っていく。
「何やら誤解と行き違いがあった様子。将軍がそのような事をなさるお方では無い事は、私もよく知っております。あのような輩の言葉を信じぬよう、私の方から主へ口添えいたしますゆえ、軽挙なさいませんよう」
「ご心配なく、審配殿。我らも落ち着きましたら後を追います」
呂布はそう言うと審配や張郃と別れ、呂布軍を招集する。
「将軍、せめて魏越を弔ってやりたいのですが、よろしいでしょうか」
袁紹軍の面々から離れたせいか、少し落ち着いた成廉の提案である。
「……申し訳ないが成廉殿、それはやめておいた方が良いのでは?」
張遼が申し訳なさそうにではあるが、それでも成廉に反対する。
「何故だ! 魏越は濡れ衣を着せられたのだ! 袁紹軍の汚い策の犠牲になったというのに、それを弔う事もできないのか!」
「血を吐くほど悔しいのはわかりますし、俺だって奴らのやり口には反吐が出ます。まさか袁紹軍がここまで腐敗していようとは思いませんでした。ですが、それでもその軍は強大、しかも援軍として魏続、侯成は未だ袁紹軍下にあり、将軍のご家族も袁紹のお膝元。呂布将軍がどれほど勇猛であったとしても、人質に取られては戦えません」
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少し落ち着いたと思っていた成廉だが、頭に血が上ったらしく張遼にも一歩も引こうとはしない。
「我が君は、そこまで暗愚ではありません」
明らかに呂布軍でない者が、口を挟む。
宋憲である。
「袁紹様は見識広く、人を用いられるお方。確かに顔良、郭図の様な俗物は紛れていたとしても、事の善悪は分かるお方。審配殿が申された通り、誤解を解いて下さるでしょう」
「……宋憲、貴様、いい度胸しているな」
成廉は剣に手をかける。
「今の我らは袁紹軍に恨み骨髄。よく顔を出せたものだ」
「わかっております」
成廉に対して、宋憲は頷く。
「まして、本隊に集落の情報を与えたのは自分。魏越殿が濡れ衣を着せられ、策謀の贄とさせてしまった原因は自分にあります」
「なるほど、死ぬ覚悟はあるという事か」
成廉は剣を抜く。
「おそらく自分がこの呂布軍へ再度派遣されたのも、呂布軍の誰かの手で殺させる事が目的なのでしょう。そうすれば呂布将軍の軍は略奪を行った軍と言うだけでなく、友好の証として送った使者をも切る。人中の呂布ともてはやされても、その実、血を望む獣である。郭図はそう言うつもりなのでしょう」
「では、宋憲殿はあえて切られる為にここへ?」
張遼が質問すると、宋憲は首を振る。
「いえ。郭図は将軍達を侮っています。ですので、自分が生きて本拠点へ戻れば郭図の浅知恵は破綻し、その言葉に信憑性無しとなりましょう。さすれば魏越殿に被せられた泥を拭い、郭図、顔良を罰する事も出来ます。呂布将軍には是非とも共に袁紹様を支えて頂きたく思います」
宋憲は剣を向ける成廉を一切恐れる事なく、武器に手をかける事もせずに説得する。
「……道理は宋憲殿にある。失礼いたした」
成廉は素直にそれを認め、剣を収める。
宋憲の命懸けの説得により、呂布軍は袁紹軍と敵対する事なく帰路につく。
先行する袁紹軍とはかなり離れてしまったが、それでも袁紹軍の殿が張郃である事は知らされた。
親呂布派の武将でもあるが、張郃は漢全土を見ても有数の実力者でもある。
兵数に勝る張郃の軍であれば、いかに勇猛果敢な呂布軍であっても短時間で粉砕する事は出来ず、本隊は張郃を盾にして本拠地へ逃げる事が出来ると言う布陣だった。
しかし、これは宋憲が言うように袁紹による指示ではなく、郭図や顔良が独断で行っている事だろうと呂布は思う。
もし袁紹の指示でこのような事をやっているとしたら、袁紹の評判はここまで良くなってはいない。
だが、袁紹軍は大きくなりすぎた。
急激な膨張は空洞化を生む事になるが、袁家と言う名門であればその大きさは周りの比ではなく、そこでの名声や権力は多大である。
確かに郭図や顔良は一芸に秀でているだろうが、本来であればその長所で競い他者を圧倒せねばならないところ、他者の短所をあげつらって自らを高く見せようとしている。
それは空洞化を進めるばかりであり、袁紹が早めに手を打たねば取り返しがつかない腐敗を招く事になりかねない。
呂布はそう考えていた。
それでも袁紹軍の行動は、呂布の期待に応える事は無かった。
袁紹軍の殿軍を務める張郃軍が袁紹の本拠地に入ると、呂布軍が入るのを待たずに門が閉じられてしまったのである。
「何をする! 呂布将軍がお戻りだ!」
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「黙れ! 民を害する賊軍め!」
門の上から宋憲を怒鳴る者がいた。
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「自分は宋憲! 呂布軍と行動を共にした、袁家の武将である!」
「黙れ、賊め! 宋憲はすでに死したと聞く! 死者の名を騙る不届き者め! 恥を知れ!」
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それだけでも十分なのだが、その言葉を鵜呑みにして疑っていない様子にも、かけるべき言葉が見つからなかった。
「呂布将軍! 何事ですか?」
都合の悪い事に、公孫瓚方面の援軍に向かっていた魏続達の軍が、呂布軍に合流を果たす。
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「すぐにこの場を去れ! 去らねば敵とみなすぞ!」
淳于瓊は大声で怒鳴る。
「また何やら巻き込まれたのか?」
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淳于瓊の説得を諦めた宋憲が、高順に説明する。
「ようは出て行け、と言う事か」
高順の言葉に、呂布も頷く。
ここで呂布の家族を人質に取った場合、呂布を降伏させるどころか全面攻勢を誘いかねない。
顔良や郭図はそれを狙っていたのかもしれないが、その沮授と言う者はそう考えず、余計な諍いを避けたと言う訳である。
「して、宋憲殿は今後どうする?」
呂布が尋ねると、宋憲は呂布に臣下の礼を取る。
「自分は袁紹軍では死んだ事になっています。そうなれば自分は袁紹軍に居所はありません。良ければ将軍の元へ置いていただきたく」
「もちろん、それは喜んで。郝萌は?」
呂布は郝萌を見る。
郝萌は袁術より派遣された、袁紹軍への援軍を率いる武将であった。
ここでの役割を終えたと言うのであれば、袁術の元へ戻るのが常である。
「あいにくと我々は呂布派とされ、おそらくそれは袁術様へも伝わっている事でしょう。そうなれば我々も罰せられる事になりかねません。実績を持ってでないと、袁術様への元へ戻る事は出来ません」
郝萌も呂布の元へ戻る事を望んだ。
魏続、侯成も袁紹軍に残る事より、放浪の身であったとしても呂布の元にいる事を望む。
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