新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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龍の生きた時代

何を望み何を求め何を得て、そして何を失ったのか 4

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「どうだった? 今日戦ってみた印象は?」

 曹操陣営で、郭嘉が各武将に尋ねる。

 下邳城攻めの初日、あえて郭嘉は特に指示を出さずに現場指揮官に任せて様子を見ていた。

 と言っても、完全に自由に好き勝手にやらせたと言うワケではない。

 最終的に事細かに報告してもらう事になるので、報告事項が多くなる様な戦い方を心がける事と言う条件の元、それぞれの指揮に任せたのである。

「認めるのは癪だが、正直なところ守りが堅い。落とせないとは言わないが、短期間で落とせる城ではないな」

 南側から攻めた夏侯淵が、率直な感想を言う。

「東側は絶望的ですね。とにかく川の流れが早く、川幅も広い。川を渡ったところが敵の弓の射程範囲なので、どうしようもありません」

「北も同様です。北側は東より川幅は狭いですが、それでも川の流れが早く、しかも東側より深いのが問題です。そもそも渡河で体力を使い果たして、さらに矢の雨にさらされては城攻めどころではありません」

 東側の李典と北側の于禁が、口を揃えて言う。

「だとすると、西側は攻略の足がかりになるかも」

 そう言ったのは、西側を攻めた楽進だった。

「西側を守る高順はかなりの豪傑である事は間違いないですが、兵力の少なさを士気の高さと個人の武勇で支えています。それぞれの方面に攻撃を仕掛ければ、おそらくもっとも手薄になるのは西側ではないかと」

 楽進の報告に、郭嘉も含めて全員が頷く。

 ここまではおおよそ予想通りと言える結果である。

 負傷している夏侯惇と援軍扱いの劉備は、今のところ予備兵力として温存しているのだが、早めに出す必要があるかもしれないと郭嘉は考えていた。

 あの陳宮が最後の砦として立て篭る事を選んだ城が、力押しだけでどうにか出来るとは思っていなかった。

「では明日から南を陽動として、西側を攻める事にしよう」

「いささか性急では無いか? 確かに我々には時間が無いのは事実ではあるが、西側の攻めを厚くするのは構わないにしても、泰山からの挟撃には十分警戒するべきだろう」

 荀彧が郭嘉を諌める様に言う。

「それはもちろんっしょ。でも、泰山の連中と呂布軍は連絡を取り合う事が出来ない状況ッスから、今が好機で攻め時なんスよ。荀彧先生、間違ってますかね?」

「いや、間違いでは無いが、挟撃を意識しては肝心の攻め手が緩む。まずは泰山の臧覇軍を叩いてから、本格的に下邳城攻めを行っては?」

「臧覇は手強いわよ?」

 今まで黙っていた劉備が口を挟んでくる。

「自分から攻める手はともかく、泰山を守る戦いになったら相当なものよ。数万の兵を相手にも山を守りきるかもしれないわね」

「実際に呂布軍を相手に追い払ったらしいからなぁ」

 郭嘉もその事に頭を悩ませていた。

 事の真偽は分からないが、実際に臧覇は呂布軍と戦って勝利していると言う実績がある。

 とは言え呂布本人と戦った訳でもなく、陳宮の策にも思える様な展開なのだが、呂布軍と戦って勝ったと言う事実は変わらない。

 もし泰山の兵力を一気に叩き潰せるのであればそれも構わないのだが、そこに日数を費やす様な事になれば、追い込んだ下邳城の呂布軍に休養の時間を与える事になり、さらに兵力を割いた本陣に呂布自ら攻め込んでくる事も考えられる。

 いや、考えられると言うより、まず間違いなく陳宮であればその手を打ってくる。

「それであれば、適当な数の兵で泰山を包囲させ、その動きを牽制させれば良いのでは? 下邳城さえ落とせば泰山の臧覇も戦っても勝目が無い事くらいわかるはずだし、何よりそれでも抵抗するのであればそれこそ一網打尽にしてしまえば済む話なのだから」

 荀彧の提案は、これ以上はないくらいの正解だと郭嘉も思う。

 思うのだが、その手では温いのではないかと言う漠然とした不安があった。

 漠然とした不安と言うのであれば、特に理由は無いものの泰山にこそ本当に倒すべき相手がいる様な気がしてならない。

 もちろん泰山の臧覇がそれほどの敵だと郭嘉は考えていないのだが、それとは別に言葉に出来ない不可解な脅威を感じていた。

 それは軍師としての勘ではなく、博徒としてのソレだったかもしれない。

 殆どの場合で勝てる勝負手が来ているのだが、相手にそれを上回る手が入っている時の感覚。

 それは荀彧や他の軍師では持つことの出来ない、郭嘉ならではの感覚だったかもしれなかったが、それだけに感覚を言葉だけで説明する事は極めて難しい。

「郭嘉?」

 これまで即断即決かつ速攻が多かった郭嘉にしては決断に迷いがあるらしく、曹操も不思議そうに郭嘉の方を見る。

「俺にいい考えが浮かばない以上、荀彧先生の策に乗ってみましょう。荀彧先生の策は良い手だし、向こうの出方もわかるってモンです」

 そうは言うものの、郭嘉としてはこれでは足りないと言う予感があった。

 二日目の戦い方としては、北と東は牽制程度に抑え、南から大掛かりな陽動を行い西から精鋭を攻めさせる。

 その一方で泰山を包囲して下邳城との連携を防ぐ、と言う手立てだったのだが、曹操軍が動くより早く泰山の臧覇軍が動き出した。

 泰山包囲を任されたのは夏侯惇の代役である夏侯恩だったのだが、布陣を完了させる前に千騎ほどの騎馬隊が布陣の済んでいない手薄なところを狙って攻撃してきたのである。

 夏侯恩も夏侯一族に連なる者として十分な実力を持った武将であり、先の小沛での戦いで命をかけて曹操を守った功によって青紅剣せいこうけんと言う名剣を曹操から与えられた武勇も持っている。

 それでも相手の騎馬兵を捉える事が出来ず、布陣を切り裂かれてしまった。

 郭嘉が援軍を手配しようとしているところ、今度は小沛から敵が姿を現したと言う報告が入ってきた。

 まだ遠目に確認出来るところではあるものの、その数は数千ほどの歩兵であり、急襲してくる様子は無いものの布陣を構えて様子を伺っていると言う。

 小沛には予備兵も多く入っているので防衛自体はまったく問題では無いのだが、予備兵を防衛に当ててしまったらこちらへの援軍の兵が足りなくなってしまう。

 完全に後手に回ってしまった事を知らない現場の武将達は当初の予定通り、南側からの陽動を仕掛けて西側から攻めると言う当初の予定に従って行動していたのだが、封じ込めに失敗した泰山からの騎兵二千ほどが西側を攻める精鋭部隊の背後から突撃してきた為、西側は混乱し、楽進は被害が大きくなる前に速やかに攻撃を中断して本陣まで後退した。

 西側戦力の撤退に伴って南側も後退し、まったく良いところもなく何の戦果も得られないまま二日目は終了した。
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